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〝太母〟奪還より暫くして、方々に逃げた諸部族を訪ねて行った戦士達だが、どうやら部族の長達は一度、それが本当なのかを確かめたがったらしい。
無理もない。テックゴブの英傑達が二百年かけて挑み、時に合同軍を結成して尚も達成できなかった偉業なのだ。それが唐突に現れた異邦人によって為されたと言われて、信頼できる者は少なかろう。
それで“太母”に訪ねる前に合議を一度開き、私を見定める役が三二部族の中でも力があった部族長のギンゲルギズに与えられ、噂の真偽を確かめると同時に彼等なりの政治をやりに来たようだった。
押しつけられた軍旗には、一つの称号が付帯していた。
テックゴブではない私を名誉族長と認め、かつて滅んだ部族の再興を許す……と、言う体で此度の氾濫によって生まれた大量の〝はぐれ〟を引き取って欲しいのだという。
名誉と義務はいつだって釣り合う物と決まっているけれど、中々にデカい物を放ってくれたもんだ。
ガラテア達が刺激したせいで暴れた異形の損害は多く、ギンゲルギズ曰く二つの部族が滅び、五つの部族が滅びかけているという。実際リデルバーディが所属している部族、グラッヴゴルブは彼を含めて戦士は三人しか生き残っておらず、今も兎の王国に匿われている一五名を除いたら全体の生き残りは三〇人に満たない。
それと同じような、最早部族の体を成していない生き残りや、面倒を見切れない孤児が沢山いるので氏族の再興を名目に私に押しつけてしまおうという魂胆のようだ。
そして、それをどう扱うかで私の度量を図ろうというのだろう。
中々どうして、素朴で朴訥な種族だと思ったが強かでいらっしゃる。
色々考えた結果、私はそれを受け容れた。
なに、養っていくことはそう難しくない。ティアマット25の近辺に悪くない立地で居留地を建てて良いと許可を得られたし、今まで通り立体成形機を使えるなら衣食住に困ることもないのだから。
何より、正式にリデルバーディの上司となって、彼を戦士長として率いることができるようになるのが大きかった。
グラッヴゴルブの部族長は、今回の一件で心が折れたのか引退を表明しているから、誰も文句を言うまい。
それに元から戦力は欲しかった。崩壊した部族の生き残りであっても、マンパワーが得られるのであれば文句はない。
懸念が一つあるとすれば、彼等がガラテアを恨んでやいないかくらいのものだ。
しかし、今はそれも〝太母〟奪還の喜びに紛れて消えている。
次々にやって来た部族達は本当に太母の中に入れると、自分達の代で太母が帰ってきたと知って狂喜乱舞し宴を始め、そこら中で歓喜の喜びと喜悦のあまり漏れたむせび泣く声で溢れかえる。
この宴を以て、私はラスティアギーズの名誉族長となった。
ここで言う名誉というのはテックゴブ達から贈られた、同族でなくとも族長を名乗る権利のことであり、ついでに一代限りの名称であることを意味する。
つまり、あとでちゃんと同族の後継者を指名しろよってことだ。
まぁ、私、寿命ないから居座ろうと思ったら延々居座れることは黙っとこ。テックゴブ達は二〇〇年ばかしが寿命だろうから、幾らか私の老いがないことに気付くのも時間が掛かるだろうから、問題にはなるまいて。
[グラッヴゴルブの生き残り三〇余、余所の部族に吸収されなかった戦士一五名、生き残りで行く当てのない男女三八名、孤児六七に老人四〇名。まぁ、部族としては大したものだな]
[……いいのかノゾム、体よく■■■捨てにされたような物だぞ]
宴を眺めながら饗された酒を――正確にはっぽいなにかで、私には代謝できなそうだ――片手に部族の者達を前にして、群狼に横座りになった私にリデルバーディがフィルター混じりの罵言を言った。
どうやら相当腹に据えかねているようで、今にも怒鳴り出しそうな雰囲気だ。きっと、太母を救った勇者を“試す”とは何様のつもりであろうかと憤ってくれているのだろう。
[しかしね戦友、私は悪い方に捉えてはいない]
[怪我人病人、後は使い物にならない■■■と■■■揃いだ!]
[落ち着きたまえよ。私は何事も良い方に考える気質だ。一気にこんなに同胞が増えたんだぞ、喜ばない理由がどこにある]
ん? と首を傾げながら手を広げると、ラスティアギーズの一員になると――恐らく半ば強引に――決められた者達はホッと安堵の息を吐いた。
[昔から言うだろう。人手こそ力だと]
[だが飢えた■■■と萎えた■■■、あとは■■■■ばかり……]
[根本的に使い物にならない生き物などいない。それに、私は自分で言うのも恥ずかしいが身内贔屓が酷い男でね]
酒杯を置いて、手をパンと叩けばピーターがゴロゴロと台車を押してきた。
そして、ばっと覆い布を振り払うと、そこには良く肥えた猪が丸まる一頭載っているではないか。下処理は丁寧に済ませ血はソーセージに、モツは新鮮な内に火を通して、そして肉は巨大オーブンで表面がテラテラと光るまで炙っている。
ふふふ、我々のVRでは味が分かるからな。サバイバルを題材に置いたゲームで適当な調理をすると舌を殺されるから、こういうのは得意中の得意なのだよ。
宴を催すと聞いたから、慌てて狩ってきたんだ。
[身内と決まったなら、皆、唯一の例外なく姫の如くあやす。そして、子が父を慕うが如く振る舞ってくれれば満足する]
[これは豪勢な……]
[さぁ、大いに食おう。四頭も狩ったんだ、腹がはち切れるくらいあるぞ]
この辺りには異形も多いが、地球の植生が再現されているのみならず動物まで放たれているため獲物は多い。実際にテックゴブ達も猪や鹿を狩って生きてきたようで、ご馳走と認識しているのか皆飛びつくように短刀と肉叉を手に肉塊へと挑み掛かっていった。
[皆、腹が満ちたら働く気にもなるだろう]
[ノゾム……いや、族長、あまり調子に乗らせない方が良いぞ]
[匙加減はしっかりするさ。だが今日は目出度い日だ、食えるだけ食って呑めるだけ呑んでも太母は咎めやしないよ]
それに君に贈り物もあると言えば、酒で少し肌の色が白くなった――血液が白いため、紅潮するとこうなるのだろう――リデルバーディがカメラアイの瞳孔を収縮させた。
[コイツは……]
[〝太母の英雄〟がそんな鎧じゃ格好も付くまい?]
再びピーターが外骨格を使って押してきた台車には、一台の強化外骨格が載せられていた。
勿論、プレゼントと言った以上シルヴァニアン達に配った普及品ではない。
テックゴブの体格に合わせ、全身を被甲したフルプレートモデルだ。
[最大装甲圧は胸部で30mm、可動部シーリングは多層カーボンシート製だ」
一応、テックゴブの美醜感覚に従って、かなりトゲトゲしたデザインにしたつもりであるのみならず性能にも拘っている。
装甲の主要材料は航宙艦の外殻にも使われている超硬質展性チタン合金、関節部を装甲するのはナノ単位で立方体構造を取らせることで、ただ縒った物とは比べものにならない性能の防弾防刃ナノカーボン。
我々の基準では丙種強化外骨格二型という、後方勤務ではあるが弾が飛んでくる可能性がある場所で働く工兵向けの品に近い頑強性と出力を実現させた。
まぁ、色々部品が足りていないので、参考した丙種二型と違ってセンサーもサブアームも、補助疑似知能も搭載していない簡易品だから、比べたら開発部の人間から鼻で笑われそうな代物ではあるんだけどね。
それでも全部族の戦士が着ている鎧と比べても、こっちの方が格段に頑丈で高性能であろう。着心地も悪くなく、そのまま生活して問題ないように作った。内部は柔軟な生体繊維で覆われているから汗も垢も吸収して浄化してくれるし、可動域の広さから寝転んでも痛くないはずだ。
[い、いいのか!? こんな凄い甲冑!!]
[私は名誉族長なのだろう? なら、戦士長にちゃんとした装備を配る義務がある]
勿論、その配下にもな。
そう一言添えると、余所の部族からかき集められた敗残兵達が俄に活気づくのを感じた。アレと同じのを貰えるのかと。
ああ、やるとも、デザインはモブっぽくするけどね。
それに戦士達は五人ほど私の遠征に着いてきて貰う予定なんだから、ちゃんとした武装を用意して土地を守らせないと。
あとシルヴァニアンとの交易だって続けて貰わないと困るのだ。仕事に必要な最低限の道具には拘らねば結局損をする。
ティアマット25の立体成形機なら、これくらい訳はない。ケチケチしないで使えるだけ使う。
そして各族長は、僅かな嫉妬と厄介払いを含めて私に彼等を押しつけたのだろうが、上手く利用させてもらおう。
何つったって私は〝太母の伴侶〟なのだろう? 先に喧嘩を売ってきた以上、文句は言わせんよ。お荷物を押しつけて身軽になりたい気持ちは分かるが、相手は選んでやるべきだったな。
とはいえ、私もそこまで意地悪ではない。周りで羨ましそうに見ている他部族の個体も含めて、後できっちり厚遇するさ。
ほんの何年か、ラスティアギーズを優遇するだけで、いつか部族全体の平和的統一が適った際には必ず。
彼等は寺本中佐とアルベルト二四五六〇が作った訳ではないにせよ、二人が命がけで崩壊させなかった船から生み出された、いわば機械化人類と数列自我知性体の子供なのだ。
大事に大事に扱っていくよ。
可能性は自分で言うのもなんだが、とてつもなく低いけれど、原隊に復帰できたら議会に彼等の〝高次知性体認定〟をちゃんと取って貰うつもりでもあるしね。
それに、テックゴブ達の政治的混乱って実はそこまで心配してないんだ。
何せ彼等には異形という怪物がいたから離散して暮らすほかなかっただけであって、別に部族間抗争とかで骨肉の争いを繰り広げていた訳ではないのだ。暫くは誰が総族長になるかで揉めはするだろうが、元から合議制に近い緩い連帯を作っていたらしいので、その内収まるべき形に収まろう。
流石に一番に殺すべきヤツが死んだから、二番目のお前らが死ね、と旧人類めいた物騒なことは言い出さないと期待したい。
[リデルバーディ、暫くは忙しく働いてもらうぞ]
[……先払いでこれだけ貰ったら、どれだけ請求されるか分からなくておっかないぞ■■■]
悪態を一つ付き、彼は酒をぐいっと飲み干すと勢いよく背中が開いた強化外骨格の中に乗り込んだ。着ぐるみのような構造をしているので、着方は教わらなくても想像すれば分かったのだろう。
そして、搭乗を確認した強化外骨格は密閉され、力強く動き出す。戦士長の単眼だけが覗くように作った兜のおかげで威圧感は凄まじい程に強い。
[族長に!!]
[[[族長に!!]]]
声を揃えた乾杯に、水筒を掲げて答えた。適度に水分をとって細胞を湿らせ、栄養タブレットを囓って――今日はブルーベリーか、個人的にはハズレだな――食事を終える。
賑々しく宴を楽しむ彼等を微笑ましく見守りながら、私は空を見上げて故郷に想いを馳せた。
さて、少し余裕が生まれたので考える時間ができたが、あの星々の中のどの光にも含まれていない、更に遠くの銀河にいるだろう両親はどうしているだろうか。
旧人類と違って寿命の心配はないにせよ、きっと私の仏壇が用意されてるんだろうなぁ。可愛がってくれた祖父母や曾祖父母が命日ごとに沈んでなきゃいいんだが。
しかし、本当にどうやって帰ろう。ティアマット25には抗重力ユニットは積んであったが、船体剛性を保つため取り外す訳には行かないし、そもそも大気圏内飛行を想定においていない艦船に搭載されたユニットなので、当然のように大気圏離脱能力がない。
そして、我々高次連の機械化人は抗重力ユニット、量子力学と重力子力学によって生み出された惑星からの柵を軽減する術以外で星の重力に抗う方法を喪って久しい。
いや、だって便利なんだもん。こればっかり使ってたら、そりゃみんな地上から大推力で第一宇宙速度を突破しようなんて燃費も効率も悪いこと忘れるよ。国会図書館の技術保全目録の中にはあるかもしれんけど、ロケットの作り方なんてまるで知らん。本国でも建造できないのではなかろうか。
これから向かうつもりの天蓋聖都に偶然落っこちてて、譲って貰えたりしないかなぁ。
私は少し現実逃避気味な考えを結びながら、ちびちびと星を肴に水筒の水を煽るのだった…………。
次回の更新は 本日17:00頃を予定しております。




