3-1
機嫌良く口笛を吹きながら群狼をイジっていると、セレネから通信が入った。
『上尉、本当に行くのですか?』
その声は随分と訝っているようで、あまりおだやかではなかった。
「いかなくてどうする」
目的格が入っていないが、彼女が言いたいことは良く分かった。
活動範囲が膨大に広がった今、私が聖都まで行くことを早急だと非難したいのだろう。
実際、群狼を作れるようになったこと、人手を確保できたことで活動範囲は今までの数十倍、いや、百倍以上に広がったと言えるだろう。
なにせコイツの巡航速度は平均80km/h、最高時速は220kmだ。単純重量で600kgまで積載できるペイロードは実に強力で、数機で編隊を構築すれば道によるが一日に千数百キロを軽々と踏破する。
しかも群狼自体に人工疑似知性――いわゆる旧世代AI――が搭載されているため、眠っていても目的地まで走り続けてくれる優れものだ。行き先さえ命令しておけば、シルヴァニアンやテックゴブでも遠方に斥候として出られるようになった今、何ヶ月も離れた地まで行かずとも、探索できる場所は幾らでもあると言いたいのだろう。
『ですが、観測拠点、地球化拠点、簡易拠点、総計二六箇所も探索可能範囲にあるんですよ』
「だが、どれも設備としては小粒だ。宇宙に上がれるような抗重力ユニットを作れる場所ではない」
『そうではありますが……』
古い地図に照らし合わせれば、一週間で行って帰ってこられる場所にある各種拠点は二六箇所を超えるが、どれも私達の拠点を越える製造設備を持っているような物ではない。各所に分散した地球化のための拠点は大半が無人拠点で、セレネやティシーのように面倒を見る個体がいないのでとっくに朽ち果てているだろう。
それでも製造原料や工場部品くらいはあるだろうから、行く価値がないのかと言われればそうでもないのだが、得られる旨味は少なかろう。
「だから確実に巨大な工廠のある聖都に行きたい」
我々は実質的に寿命がないのでのんびり構えてコトを進めることは得意であるから、じっくりそれらを探索し尽くしてからやってもいいといえばいい。
だが、貴重な情報源となり得る聖都が危機に瀕している今は話が別だ。
なにせ〝竜〟とやらは全長がウン十mを越える超大型生命体で、聖都外縁の都市部が幾つも陥落して何万人も死んでいるという。
知性体大好きな我々としては、守ってやりたいのが心情というものだ。
『ですが上尉、危険すぎます』
「危険なのは、この義体に収まっている限り変わらないだろう。最悪、乙種義体が手に入るなら探索する価値はあるが、候補拠点にはどれも義体生産能力はない」
義体というのは精密機械の集合体であり、何処ででも作れるような代物ではない。
そして、我々機械化人や数列自我知性体は筐体がぶっ壊れたら、脳殻だけ持って帰って専門工場で入れ直して貰った方が早いし安全なので、方々に工廠を設置するようなことはしないのだ。
コストが掛かりすぎるし、一つ一つに技師を配備する余裕もないからな。
勿論、工場は自動化できるし疑似知性でも義体のフィッティングくらいできるけど、本当にそこまでして用意する必要がなかったのだ。
何と言ったって、今回の第二二次播種船団の機械化人総参加者は〝たったの二千人弱〟でしかないのだから。
まぁ、自動化の弊害ってヤツだ。統合軍は艦船だけでいえば四百万隻を越える大艦隊だが、実のところ兵員なんてのは陸戦隊と含めて五十万人もいなかったりする。各リングワールドの郷土防衛隊を含めて、やっとこ百万を超えるかどうかってところかな?
軍事力は膨大だが、その大半が自動制御艦艇とドローンで構成されていて、人間は監督しているだけで十分だから構造的に自然とそうなってしまった。
故に義体を整備できる箇所は限られており、今いるティアマット25より巨大な工廠船くらいにしか一から全部作れる場所はない。
「遺構から義体が発掘できる可能性なんてないんだし、奇跡的にあっても経年劣化で御陀仏だろう?」
『そうではありますけども』
「それに、動力にしてしまった私と君の筐体は、もう元に戻らないんだ。なら、少しでも可能性がある場所を探る方が有意義ってもんだよ」
パーツを作れるところは沢山あるが、交換が前提の摩耗しやすいマニピュレーターなどがメインで重要パーツの生産拠点はやっぱり〝上〟なのだ。
その点、この丁種義体は本当に異例だな。最低限の設備とDNAデータさえあれば再現できるのだから、不便ではあるけど生産性は高いとか謎すぎる。
まぁ、原理的に旧人類の体を培養するのが一番お手軽ってのはお寒い話だなぁ。
「それに前と違って予備を作れるようになったんだ。そうビビるこっちゃない」
『ロストする危険性は依然高いと行ってるんですよ!!』
ティアマット25の設備で電源さえ作れたら、元の拠点でセレネが作った義体培養装置で私の予備ボディを生産するのは簡単だろう。製造に一月二月かかろうが、今までと違って何十年とジリジリ耐えるような必要はない。
なぁに残機が増えるんだから、そう難しく考える必要はないさ。流石に軍事規格の脳殻がぶっ壊れることなんて早々ないんだから。
それこそ、これだけの設備があっても〝聖槍〟の生産はできないんだ。アレくらいしか、今のところ地上で私の脳殻を完全に破壊して、光子結晶を砕ける武器は見つかってないんだから余裕余裕。
「もっと気楽に構えて行こうよセレネ。クエストが向こうから来てくれたんだ。世界規模のオープンワールドをやっているようなもんなんだから、ヒントには頼らないと終わりが来ないぜ」
『だったら、もう少し気長に構えてください上尉……』
説き伏せられてガックリしているアイコンを見せたセレネに悪いと笑い、私は自分用の〝群狼〟を満足げに眺めた。
大きな単眼のヘッドライトがついたバイクに足が生えたような装輪車両は、今日ロールアウトされたばかりで暗褐色の装甲はピッカピカ。今し方フィッティングと試験機動を終えたところで、何時でも使えるようになっていた。
狭い倉庫の中で試しに跨がってみると無線で疑似知性と接続でき、ようこそと無機質な声で搭乗を歓迎された。
「テスト運行。制御権を私に」
『RJ.You have control lieutenant Matsuyoi』
主機をゆっくり起こして始動。四脚の先端に備わった椅子のキャスターのように360°回転するタイヤの前輪を一回転。いわゆる超信地旋回を一回キメた後、壁側まで走り前輪が触れる寸前に停止。そこからバックにギアを切り替えて急停止の後、後輪のみ強烈にブレーキを掛けることでウィリー状態に持ち込む。
そして前足を振り回すことで、一切移動せず前後を入れ替えて着地。キュッとタイヤが地面に擦れる音が頼もしいと同時に心地好く、ぶん回してもちゃんと着いてきてくれる軍用規格に心が躍った。
うん、ファンタジーVRの馬も大好きなんだけど、やっぱり軍用は扱いやすくていいや。
「よしよし、満足満足。自動制御に切り替えてくれ」
『As expected lieutenant.I have control』
初ロールアウトなので大丈夫かと少し心配だったけど、ティアマット25の工廠はいい仕事をしてくれた。あとはコイツを何十台か量産すれば、直ぐに遠征の仕度に入れるだろう。
〔ノゾム様〕
〔ん? どうした?〕
出来映えに満足しているとシルヴァニアンの一人がやって来た。最近は私を名前で呼ぶように指示したら、大半が畏れ多いとして断ってきた中、珍しく従った一人。私は彼を側近に任じ、個人的にピーターと呼んでいる。
〔リデルバーディ氏が戻りました。お目に掛かりたいと仰せです〕
〔分かった。直ぐ行くと伝えてくれ。今は何処だ?〕
〔〝太母〟の前で礼拝中です。他の小鬼達も連れています〕
ああ、そうか、彼等は〝太母〟に入る時には五体投地の礼拝が必要なのか。一々やらせるのも可哀想、というより私が待つのが面倒なので、外に即席の拠点を作るか。どうせ中だけで完結するのは〝船体が縦を向いている〟時点で不便極まりないしな。
いや、折角だ、コイツも仕上がったし迎えに行くか。
〔ピーター、後ろに乗ってくれ〕
〔いや、そんな畏れ多い……〕
〔元々コイツは二人乗りだ。遠慮するな〕
命ずればおずおずと行った調子で外骨格を着たピーターが跳ねて後部に乗り、帯革をギュッと握った。
管制系を再び取り戻し、船内を文字通り駆け抜ける。
〔速い! 速すぎます! 怖い!!〕
〔速さに慣れておけ! 私の供回りになるということは、コイツを乗りこなせないと話にならんぞ〕
〔聞いてません/知りませんよぉ!!〕
座席に足をたんたん叩き付けて必死に訴えるピーターが振り落とされないギリギリの速度で廊下を走り、垂直な部分は飛び降り、あっと言う間に太母の入り口に辿り着いた。
来る時は難儀したけど、やっぱり悪路に強い足があると違うなぁ。
[ノゾム! もう来たのか!?]
[やぁ、リデルバーディ。見てくれ、コイツが機械の馬だ]
礼拝中に声をかけるのは作法に反するかなと思ったが、扉が開いたのに反応して先頭から一つ後ろにいた彼は直ぐに反応してくれた。
[お、おお……彼が……]
[どちら様でしょうか]
[ワシはバルゲンゴグ部族の部族長をしているギンゲルギズと申します]
肌の皺、緑色の双眼カメラアイの曇り具合からして老齢と思しきテックゴブが恭しく頭を下げた。
どうやら群狼に跨がって現れたことが、相当のインパクトを与えたと見える。
[〝清廉なる雄神〟と直接お会いできることを心より、心よりお喜び申し上げる……]
小っ恥ずかしい二つ名が出てきたのでオイ、とリデルバーディを睨むと彼は何ともバツが悪そうに顔を逸らした。
どうやら、自発的に言いふらしたと言うより、何処かから漏れて行き渡ってしまったようだ。
[ご挨拶痛み入る、バルゲンゴグのギンゲルギズ殿。して、此度のご訪問は帰還のご相談かな?]
〝穢れたる雄神〟とその走狗共に追われるまで、テックゴブ達はティアマット25の近くに住んでおり、部族も一つに統一されていたという。
今は三二部族にまで分裂した部族も〝太母〟が取り戻されたと知ったなら、続々と潜伏を止めて集まってくるであろう。
その時に権力争いが起こらないよう、私は予め一つの策を講じていたのだ。
[そうです。誇り高き〝太母の英雄〟リデルバーディの言葉を信じ、真っ先に馳せ参じました次第で]
恥ずかしい二つ名を得るのが私だけじゃ釣り合いがとれまいと、彼を英雄に仕立て上げるべく、かっちょいい呼び名を進呈してあげたのだ。
こうすれば、各部族は〝太母〟を取り戻した私を尊重しつつも、最も功績が高かったと本人から評価された彼を第一に慕うであろうと。
基本的に人類ってのは身内贔屓で同種族贔屓の生き物だからな。〝太母〟が自分達の元に返ってきたのは嬉しいが、全て私の手柄ということで語られてはつまらなかろうから、政治を上手いことこねくり回すことにしたのだよ。
[それと、私を始め幾つかの部族から貴方に贈り物をと思いまして]
[贈り物? それは態々ご丁寧に。しかし私は……]
[今は滅びた偉大なる部族の一つ、ラスティアギーズの旗頭を]
差し出される古ぼけた、諸所が白い血で汚れた軍旗を見て、私はちょっと嫌な予感がした。
これ、結構面倒臭いことを押しつけられるヤツじゃあ…………。
本日は五話連続更新となります。
次回は2024/07/20 16:00頃を予定しております。




