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 暗色に染められた上下一体のツナギ型作業服と多目的ポーチを用途によって入れ替えられる腰帯(ファーストライン)は、私のデータバンクにあるVRゲームデータから得た物を立体成形機(3Dプリンター)によって出力された。


 長靴(ちょうか)も同じく荒廃した都市を一人で彷徨うゲームで使われていた装備で、足によく馴染んで歩きやすく、色々なゲームをしていてよかったと改めて思った。


 人差し指と中指だけを抜いた手袋を力強く穿き、机上に置かれたハードケースを手に取った。


 中に収まっているのは、仮想空間内で初等教育を受けていた頃――私は90年代をベースにした牧歌的な時代背景だった――御菓子の空き箱を繋げて作った、玩具の鉄砲に似ている。


 マットブラックの艶がない本体には一切の凹凸がなく、照準装置はおろかマガジンリリースボタンや引き金すら備わっていない。厳密に言うと全く必要ないからついていないのだ。


 『すみません、上尉。そのような物しか用意できなくて』


 「あるだけで上等だよセレネ」


 この玩具めいた銃は施設警備用のドローンが装備している、低脅威度の敵を排除するために装備された電磁石銃(コイルガン)だ。低反動で威力もそこそこ、燃費に優れ無重力下での運用も簡単であるためドローンの基礎装備としてはよく採用されている。


 手に持てば自動で無線がリンクされ、電脳の火器管制系(FCS)と即席の銃が接続された。仮想のマガジンリリースを押せば、銀玉鉄砲めいた丸い弾頭を大量に収めた弾倉がするりと吐き出される。


 『装弾数五〇発。バッテリーは通常モードで二五発、強装モードで一二発、省エネモードで五〇発撃てる仕様です』


 「威力は?」


 『通常モードで650J(拳銃弾並)、有効射程は120m程です。強装モードでは3,300J(小銃弾)ほど出ますが、銃身の摩耗が激しいのでオススメできません。なにせ、ここの設備では予備銃身の製造にも苦労しますので』


 「ま、お守りにはなるか」


 構えると視界にFCSと連動した銃口の向きが反映され、命中予測地点が紅く表示される。視界で命中希望地点を指定すれば、腕の筋肉が自動で補正され狙った通りの場所を示し、命中確実状態に移れば緑に光る。


 これまでのプロセスは基底現実時間で約0.25秒。軍用規格の義体で戦って来た人間からすると遅すぎるが、VRで遊んでいた身分としてはチートを疑う速度。


 これなら多少の脅威が現れてもやってやれないことはないだろう。


 ファーストラインに装備された拳銃嚢(ホルスター)に電磁石銃をしまい、予備弾倉を続けて差し込んでいく。


 そして次に重要なのは、VRの中でもファンタジーに浸っていた私であればこそ、全力で使うことができる装備だ。


 『単原子分子(モノアトミック)ブレード。大気中での使用可能時間は五六秒。限界が来る度に鞘に戻してください』


 「コイツの扱いは慣れた物だ。忘れたかいセレネ、私は甲種白兵徽章持ちだぞ」


 『そうでしたね上尉。失礼しました。士官用の飾りになっているのが実態でしたから』


 日本刀を思わせる形状の剣は、最新科学によって生み出された〝理論上あらゆる物を切断可能〟な刀剣だ。


 刀は高次連の機械化人が身に纏う装備では未だに現役。刃の先端が極大の単原子分子によって成るため、あらゆる物体の分子の隙間を縫って結合を崩壊させられる優れものである。


 反面、刃部先端の単原子分子は脆く、長期間大気に晒すと直ぐ大気中の物質と化合して単分子ではなくなってしまうため、極小機械群の研ぎ師達を満たした鞘に戻してやらねば直ぐ切れ味が鈍る弱点もある。


 とはいえ、抜剣から十数分は普通の剣と同程度の切れ味を維持できるので、白兵戦をやるのに不足はないのだがね。実際頼りになる武器だよ。


 特に、こういう原始的な武器でドつき合うVRゲームを数十万時間遊んできた私にとっては、指先の延長みたいなものだ。


 鯉口を切ってみれば密封が解けてプシュリと小さな音が鳴り、粘液型の極小機械群(ナノマシン)を纏った独得の照りがある刀身が姿を現した。


 統合軍の汎用品ではなく、オーダーメイド専門店の私物。注文して五〇年待ちの上、給料一五年分をブチ込んだ国綱Type-Aは二千年の時を乗り越えても尚麗しさをそこなっていなかった。


 「我が愛剣、よくぞ残しておいてくれた」


 『上尉のお気に入りでしたから、これだけは分解しませんでした』


 ここの設備では再現不能な物品だけあって頼り甲斐がある。近年の戦闘では極閉所戦でもなければ出番のない代物でも、この肉体では最後の綱みたいなものだ。


 軽く払って鞘に戻せば――この時、気を付けないと親指が飛ぶ。新人がよくやらかすミスの代表例だ――腰帯の剣帯で頼もしい重みを伝えてくれた。


 とりあえずこれで武装は全部か。


 後は可視光しか拾えない目で暗闇を進むためのフラッシュライト、流体金属が詰まった筒型の万能工具、一々経口摂取で栄養を補給しなければぶっ倒れる体を維持する高カロリー錠剤と大気中の水分を集めて勝手に補給してくれる小型水筒。


 それと、通信帯汚染が発生している現在、様々な機械と〝直結〟することは危険極まりないので、掌大の小型情報端末も用意して貰った。


 しかし懐かしいなコレ。仮想現実で義務教育を受けていた時以来だぞ。電脳空間では生身の設定だったから、みんなこれ片手にピコピコやってたよな。下手すると二世紀ぶりくらいに見たかもしれん。


 「欲を言えば作業用の多腕アームが欲しいな」


 『申し訳ありません、上尉。設備の備蓄を殆ど丁種義体の培養ポッドに使ってしまったので、ここの工場設備は本当に脆弱なんです』


 「分かってるさ。言ってみれば三至聖の誰かがプレゼントしてくれるかなと思っただけさ」


 第二次太陽系紛争で地球は吹き飛び、西暦の遺産は大半が灰燼に帰したため我々の宗教は紛争以前と以後で随分と違う。


 今の機械化人が崇めるのはA・クラーク、A・アシモフ、R・A・ハインライン。三つのAからなる三至聖だ。前文明のデータから引き上げられた聖典に基づく聖人達のご加護で私は生き残ったようだが、流石に無茶なおねだりまでは聞いてくれない。


 余談だが、この三至聖に幾つか加わる派生聖人がいるのだが、数列自我達には熱烈なT・オサムとA・ケンの信奉者が多い。人工知能と人間の愛を描いた偉人だかららしいが、まぁ種族によって信仰が異なるのは普通のことだろう。


 ともあれ、三至聖に丸投げする訳にもいかんし外を探索して、状況を確認した上で生きたデータを引っ張ってこないとな。


 封鎖されていた施設の暗い廊下――そもそも普通の義体は目が良いため、照明が最初から設置されていない――フラッシュライトで照らしながら問い掛ける。


 「施設は二千年、完全に封鎖か」


 『はい。どのような形で情報汚染を受けるか分かりませんでしたので、ドローンすら飛ばしていません』


 「堅実で賢い選択だ。だが……」


 『はい、上尉との閉鎖回線に切り替えてバックアップしますよ』


 言うが早いか、廊下の奥から一機のドローンが飛んできた。


 小型の警備ドローンだ。アタッシュケースほどの大きさの本体に左右一対のティルトローターが備わり、ほぼ無音で滞空している。内部には通信器機と分析器機、それと万一に備えての護身用コイルガンが搭載された標準型調査ドローンで、この基地にも一五機ばかし配備されていたはずだ。


 といっても、部品取りで使われてしまって、生きているのはこれを含めて三機だけらしいが。


 基地との情報中継用に残しておくことを考えると、お供はコイツだけか。


 何とも寂しいお供だな。かつては統合軍の兵士として数十の同胞、数万のドローンと共に戦場を駆け抜けた私の部隊が、たった一人と一機とは。


 「君の可愛らしい顔が見えないのは残念だが、その内に取り戻そう。じゃあ、行こうか」


 『はい、上尉。何処までもお供いたします!』


 健気で愛らしい相方をお供に廊下を歩けば、二〇世紀にも渡って封鎖されていた、幾重もの隔壁が開いていく。ゴンゴン音を立てて、微かな埃っぽさ――クソ、性能が低いくせに敏感すぎるんだよな、生身のセンサーは――に鼻腔を擽られながら歩けば、ついに地上への偽装扉へと辿り着く。


 向こう側で鳴り響く轟音は土が退けられている音だろう。やがて扉がゆっくり開き、私は凄まじい明るさに思わず手を翳して目を守った。


 「これが……外か」


 『……綺麗ですね、上尉』


 施設が埋まっていた小さな丘の中腹からは、見渡す限りの大草原が広がっている。膝丈の草が元気に、青々と茂っている姿はリングワールド育ちの私には新鮮だった。


 核となる恒星を囲むように作られた合金の鉄環大地、人口の世界にも公園はあったけれど、こうも広く管理されていない自然は初めてだ。


 戦場の地は幾つでも踏んできたが、そこは軌道爆撃で掘り返された残骸と泥濘の山であったので、この青々しさとは真反対。思い切り息を吸い込めば、VRゲームで幾度となく楽しんだ物より新鮮な、不愉快ではない青臭さのある新鮮な空気が肺を満たす。


 「緑為す地平線。現実で拝んだのは初めてだ」


 『弊機もです。最後に惑星表面を見た時は、まだ赤茶けた大地に灰色の空でしたからね』


 天を見上げれば安定した大気層が太陽の光を散乱させて抜けるような蒼で染め上げられ、転々と白い雲がのんびり流れている。地球から離れ、自らその母星を砕く愚行にまで手を染めたにも拘わらず、旧人類が地球型惑星に住みたがる理由が今、少し分かったような気がした。


 「さて、地図だが……流石に役に立たんよな?」


 『震動を何度も検知してきました。地殻変動の兆候もありましたし、何より衛星とリンクできないので全て手探りですよ』


 ぶぅんとドローンが上空に飛び上がって、高高度から写真を撮って簡単なマップを作ってくれるが、手元の端末に生成されたそれは酷く狭い。まるで新作のオープンワールドゲームで唐突に放り出されたかのような未踏の大地感がある。


 うーん、ゲームならせめて最初の行き先くらい示してくれる物なのだが。


 惑星の磁場を頼りに極を探し当て南北を設定したが、見渡す限りの草原に文明の痕跡はなかった。北に30kmばかしいけば森が広がっているが、それ以外は丁寧にならされた微かな起伏のある丘ばかりで本当に何もない。


 ……もしかしてこれ、全部歩いて調査しろっていうのか? 普通、これだけマップが広かったら移動手段をさっさとくれるもんだろう。


 現実はVRゲームほど優しくないなぁと嘆きつつ、私は現在の地図と旧い地図を照らし合わせ、まず近場の開発拠点を目指すことにした。


 健在であるとは思いがたいが、何か使えるものが一つ二つ残っているだろう。後はえっちらおっちら持って帰って拠点の機能を回復させ、作れる物を増やそう。


 そして、宇宙に上がる。そうしなければ、こんなちっぽけな惑星上では何が起こっているかなど分かりようもない。


 せめて衛星付近に停泊していた母艦〝ナガト7(超弩級航宙艦)〟や重力転移門まで行かなければ。我々を助けに来ていない時点で生き残っているとは思いがたいが、此処よりはマシだろうさ。


 「まずは北だな。ここから25kmか……遠いな」


 『先に行って確認してきましょうか?』


 「君との連絡手段を喪う訳には行かない。緊密にいこう」


 『承知しました上尉。後ろはお任せください』


 まぁ、そう急ぐ旅でもない。脆いとは言え、この義体は老いることもないし、私の脳殻に収まっている光子結晶が砕けるようなことがなければ死ぬこともないのだ。怪我をして動けなくなる方がずっと拙いのだから、慎重かつのんびりと行こう。


 「下草は千萱(ちがや)類か。通信帯(ネット)が崩壊した後も誰かがコツコツやったようだな」


 『そうですね。北に見える森の木は楢や楡です。惑星地球化標準フォーマットに照らし合わせた、旧地球の植生をそのまま使っていますね』


 下生えを掻き分けながら歩いていると、ふと遠くに動く者が見えた。


 おやっと思い目線を合わせると、隣でドローンが高度を上げた。無線接続でドローンのカメラと直結すれば、この肉眼より何倍も優れた解像度と望遠度の視界が広がる。


 『……兎、でしょうか』


 「おかしいな、我々の仕事は植生の管理までで、生物持ち込みは引き渡した後でやる予定だっただろう。設備もないのになんで生き物が……』


 って、待てよ? 何か縮尺おかしくないか?


 ドローンの高度が高いのを加味してもデカすぎ……。


 そう思っていると、兎がヒョコッと立ち上がったではないか。


 頭は私の膝丈の下生えより上に出る大きさなのも驚きだが、それ以上に驚くことがある。


 服を着ているのだ。植物性の貫頭衣を纏い、腰にはナイフと思しき鉄器を紐でぶら下げて、物入れなのか革袋も幾つか結びつけてあった。


 「は?」


 『は?』


 思わずハモった驚愕の声に驚いたのか、兎はそのまま頭を下げて姿を隠したかと思えば、凄まじい速度で走り去っていった。


 お、おお、何て素早さ。時速45km以上は確実に出ている。この筐体じゃ全力を出して精々35km毎時が限界なのを考えると、とんでもない速度だぞ。


 「え? もしかして第二種接近遭遇かコレ」


 『兎型の高次知性体は今のところ確認されてませんね』


 我々高次連には様々な種族が所属している。私のような機械化人、セレネのような数列自我は後から加わった組で、発起人は光子の波長が自我を持った光子生命体であるし、明らかに人間を食い殺しそうな――その実、凄くおだやかなのだが――粘液生命体や粘菌生命、あとは集結した藻類が高次知性を発生させた特異なケースまである。


 その中で炭素基系と思しき兎はいない。衣服を纏い、道具を持っているということは間違いなく知性があるのだろうが、一体どうしたことか。


 『じょ、上尉! 戻ってきましたよ! 増えてます!!』


 「何っ!?」


 敵対的なのかと思って拳銃嚢に手を伸ばす私。遠方から凄い速度で駆け寄ってくる兎達は特有の跳ねる走法であっと言う間に肉薄してきたかと思えば……数mのところでとまり、我々を囲むように円を描いてひょこひょこ二足歩行し始める。


 これは、狩りをするため獲物を囲んで攪乱しているというより、踊っている?


 謎の第二種接近遭遇に困惑する我々を余所に、兎達は兎特有の無表情を湛えたまま、動作だけは何とも楽しげにぴょんぴょこ踊り続けるのであった…………。 


【惑星探査補記】数列自我知性体。ホモ・サピエンス・マテーマティス。高度に発展したAIであり独創性や“想像力”を得たことにより、機械化人が新たな人類と認定し、自分達のパートナーとして側に置いている。

 当人達は奉仕種族を自認しているが、機械化人的にはあくまで対等な存在として扱われる。

 いよいよ実質異世界転生したようなくらい様変わりした惑星の探索です。オープンワールドで広い世界に裸一貫で放り出されるワクワクってありますよね。


 励みになりますので、感想など頂けたら大変嬉しく存じます。


【補記】

ファーストライン:腰に巻くベルトで様々なポーチやホルスターを後付けできるようにした装備。警察官や軍人が腰に巻いているのと大体同じ物。


コイルガン:螺旋状に巻いた電磁石の間を磁性を帯びた弾丸を通すことで加速度を得る銃。小型バッテリーを使って省電力で発射できることと、反動の軽さから宇宙空間での使用に難がないことから愛用されている。


FCS:ファイア・コントロール・システムの略称。火器の管制を務めており、武器の照準を司る。用は高度なオートエイム機能である。



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― 新着の感想 ―
良い点 「「は?」」 一言 はっはw
T・オサムは直ぐに手塚治虫って分かったけど、A・ケンはだいぶ考えさせられた。 AI止まの赤松健だと分かった時にその落差に笑った。漫画の神様と同列に扱われるとは(笑) 果たしてこの兎人たちは友好的存在…
Ep2の感想を全部読んで誰も突っ込んで無いんで…… アイザック・アシモフは Isaac Asimov だ!
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