2-9
〝太母〟奪還の報は電撃的に……とまではいかないが、長距離通信技術を持たない割りに素早く出回った。
生き残った戦士達が、早速自分達の部族に情報をもたらしに行ったのだ。
森の中の異形は殆どが沈黙し――幾らかバグで動いているのもいるが――安全性が確保されたこともあって、元の居住地を取り戻し、そして〝太母〟に参拝するべく多くのテックゴブ達がやってくることであろう。
リデルバーディも私を褒め称える宴の開催を約束してくれたので、取り返したら帰れと塩っ辛い対応をされずに済むことが確約されて一安心というところかな。
ただ〝清廉なる雄神〟という二つ名は謹んで辞退したがね。
〝聖槍の勇者〟でさえ小っ恥ずかしいのに、勝手にティアマット25の旦那にされては困る。そんなことになっては、泉下の寺田中佐が手巾を噛んで悔しがってしまうだろうよ。
ともあれ、何とか成功裏に〝太母〟を奪還した我々は、伝令として出て行った者達を残して現地に滞在していた。
後片付けのためである。
太母の中では制御が失われて死にかかっているモドキ、及び外縁に大量の異形が転がっており、そのままにしておくと生体部品を多用していることもあって腐敗しかねない。そこから疫病が発生して、折角ティアマット25を取り戻したのに呪いめいた病気で大勢死にました、とかがあったら洒落にならんからな。
その対応として、私はリデルバーディの許可を得て――今回の功績で、彼は間違いなく族長に昇進するだろう――生きていた工廠設備の中、通常装備区画を使わせて貰っていた。
そこでまず何を作ったかと言えばだ……。
「ノゾム」
〔主/神の番/ノゾム様〕
艦橋でコントロールに励んでいた私達の元に、機械的な足音を引き連れてガラテアと三人のシルヴァニアンが現れた。
彼等は皆一様に〝強化外骨格〟を着込んでいた。背骨を基部に肩と腰を支え、両足と腕に沿って部品が伸び、半ば座るようにして装着する生身剥き出しの後方で活動する工兵用装備だ。
船内軽作業用の外骨格は、人工筋肉と流体モーターによって何倍にも筋力を増幅させ、同時に様々なアタッチメントで機能拡張が可能な工兵のお供……と言いたいところだけど、作れたのは膂力強化しか機能のないダウングレード品である。
だって、資材が足りてないのもあるし、正式なヤツは私と同じ電脳がないと管制できないからさ。だから神経パルスを拾って同調するだけの旧時代的なヤツをセレネにでっち上げて貰ったんだ。
ガラテアは大きさをそのままにした物で、シルヴァニアン達は彼等の体格に見合った物を新規に設計している。ファンシーさが大分薄れたが、これはこれで可愛らしいと私は気に入っている。
デザイン変更は、そこまで大変な作業ではなかった。関節が干渉する部分を調節し、彼等の筋力に見合った過剰出力を制限するだけで済んだから楽なもんだよ。おかげで兎達も力仕事ができるようになったと喜んでいたし。
工場に余裕ができたら、長老に老体用の歩行補助具も作ってあげるか。
「死体の始末、大体終わったよ。目に付く物は外に放り出した」
「ありがとう、助かるよ」
「しかし、凄いねこれ。こんなに着心地のいい甲冑なんて初めてだ。操作に全く違和感がない。それにモドキの死体を片手で三体ずつ運んで全く重くないんだ!」
少しモドキ達の白い血で汚れた体にムンと力を入れ、ガラテアは外骨格の出力に惚れ惚れとしているようだった。
それもそうだろう。彼女が最初着ていた外骨格は大破していたから性能は不明だが、こいつはダウングレードしていても高次連の正規品だ。戦闘用規格ではないにせよ、単身で1tまでは持ち上げられる性能は凄まじかろう。
これが正規品だったら出力は50%増し、六本の作業用アームに空中移動用のアンカーまであるから、もっと便利なんだよ。
ま、私は使えるから、自分用にそれを出力したんだけどね。
本当は戦闘用外骨格が欲しかったところだけど、兵器製造区画は船体維持用の極小機械群工廠に造り替えられていたから――恐らく機密保持のため中佐が優先的に再構築したのであろう――これで我慢するさ。その内に増加装甲なりなんなりくっつけて、戦闘にも耐えられるよう改装しよう。
「ところでノゾム、何をしていたんだい?」
「足を作っていた」
「足……?」
「これさ」
言って、私は小型の模型を取りだした。
丙種一型広域移動用多脚装輪車両。通称〝群狼〟と呼ばれる軽装甲車両だ。
外見は四つ足のバイクといったところだろうか。流線型の本体両側からタイヤの代わりに二対四本の動物型関節脚部が伸び、足の先端は蹄の代わりにタイヤになっている。
車輪は展開式で必要とあれば三つ指型の足に変わり、地面をしっかりと踏みしめて傾斜角75°の急坂や山道も登れるようになっているのだ。
不整地を機械化人が征くための装備であると同時、制空優勢が取れていない地域の強行偵察用装備として愛されていた。
当然、荒れ地だらけの惑星開発でもお供として必須装備だったので、通常装備区画で製造できるようになっている。
全長は約2mと大型ながら車高は足を折りたたんで走行モードになれば80cmと低くなり、犬科動物を参考した脚部は展開しても高さ1.4mと隠匿性に優れている。大型なのは積載量確保を目的にしており、後部に大型パニアバッグを三個、前部に二個装備できる長期活動を視野に入れたもので、装備物資を工夫すれば半年は無補給で活動できる優れものである。
しかもしかも、胴体に多関節作業アームを装備しており、それに個人携行用の火器を持たせることで、ある程度の戦闘力まで確保されているのだ。
ここでは作れないが無反動砲や迫撃砲を積んだ支援モデルも存在し、数多の戦場で音もなく駆ける軽騎兵として活躍してきた実績ある群狼を製造できるのは僥倖だった。
いやぁ、帰ろうにもここからシルヴァニアンの王国は二十日以上かかるからな。これなら一日で行けるから、ずっと欲しかったんだよ。
それに操縦系をちょっとイジればガラテアやシルヴァニアン達でも使えるから、本当に欲しかった……。
「ギアキャリバーじゃないか!」
「何?」
「僕達マギウスギアナイトの愛馬だ! 天蓋聖都の大聖母工廠でだけ作れる鋼鉄の愛馬! どうしてそれがここで……」
模型を私の手ごと掴み上げて感動に震えるガラテア。
そういえば、ここから聖都とやらは凄まじく遠いと聞いた。私はてっきり生き物の馬を使っていたのかと思ったが、そうではなかったのか。
いや、冷静に考えれば当たり前だな。外骨格を含めれば装備の総重量は300kgを軽く超えるだろうし、それに普通の馬なら耐えられない。補給を考えれば大隊規模の――騎士達の編成が千人ではないだろうが――派遣は補給線が追っつくまい。
群狼の動力は小型融合炉なので補給要らずだから、全く同じ物を使っていたと仮定すると、ガラテア達が長駆ここまで到達できた理由も納得がいく……のだが、疑問が増えた。
何故、彼女達は高次連の装備を知っている?
強化外骨格は明らかに新造されたと思しき粗製品だった。だのに群狼だけは正規品というのが納得いかん。
もしかして、聖都にはここより高度な高次連の遺跡が眠っているのか?
「あ、ああ、そうだ、ギアキャリバーだな。うん」
「僕らの馬は全部戦闘で喪ってしまったから、どうやって帰ろうかと思っていたんだ!!」
「なら、君に一機進呈するよ。工廠の生産能力には余裕があるからね」
「こんな希少な装備を貸すのではなくくれるっていうのかい!?」
急いで作るべき物はなかったので、追加で一機や二機作る程度の余裕はある。ティアマット25は、基本的にこれからも自己恒常性の維持に殆ど割かせる予定ではあるけど、個人用装備くらいなら幾らでも都合できるさ。
それに、これからはテックゴブにもシルヴァニアンにも東奔西走して貰う予定なのだ。足は何十と作る予定だったから誤差みたいなもんさ。
「君が故郷に帰れないなんて悲しいことにならないよう、上等なのを贈るよ。なに、君と私は共に戦った仲じゃないか」
そうだろう戦友? ガラでもないがウインクしてみれば――思えば通じるのだろうかコレ――彼女の頬が微かに紅く染まった。
それから私の手を握ったまま、目を見つめてやや考え込んだ後、意を決したようにガラテアは口を開く。
「お願いがあるんだ、ノゾム。僕と一緒に聖都まで来てくれないか?」
「は? 何だい急に」
「僕らが〝太母〟まで来た理由を説明するよ」
止める間もなく彼女は訥々と語り始めた。
曰く、聖都は危機にあるらしい。
何でも〝竜〟と呼ばれる巨大生命体やキマイラーのような異形に脅かされ、彼女達の領域は日々後退しているという。
その事態を打開するため、マギウスギアナイトは各地に派遣されて遺跡を漁り、竜を撃退できるような装備を探してくる任務を帯びていたらしい。
「こんな厚顔無恥な頼みをするのは間違っていると思う!」
「いや、別にそこまで……」
「ただ、兎達を救い、小鬼まで救った君の慈悲に縋ろうとしている僕を笑わば笑ってくれて構わない!!」
「だから別に……」
「お願いだノゾム! 君ほどの男なら聖都を救える! どうか僕と一緒に聖都まで来てくれないか!! ここで散った戦友達の想いを無駄にしないためにも、どうか、どうか! 僕にできることなら何っでもするから!!」
う、うーん、こまった、ここまで熱烈に頼まれるとは予想してなかったぞ。
熱心に勧誘されるまでもなく、聖都には行くつもりだったんだよな。
不活性な光子結晶を持つ人類。惑星地球化が終わって随分と経つのに〝千年〟ものタイムラグと共に現れた不自然な状況。
そして何より〝天より降り立った〟とされる都市は、きっとティアマット25よりも巨大で重要な施設の可能性があるのだ。
たとえば、今も動く航宙艦だとか。
だから調査のため聖都には行くつもりだったし、いかなければならなかった。
「分かった、ガラテア。元々聖都には行くつもりだったんだ」
「本当かい!?」
「それに、人々の危機と聞いては黙っていられない。何とかできるか試してみよう」
お題目を唱え、縋り付く彼女を抱き留めて落ち着くよう撫でてやった。
うーん、しかしガラテアは仲間を全て喪ったことで情緒がちょっと不安定になっているようだな。今後、ちょっとは治療のことを考えた方がよさそうだ。
「ありがとう、ありがとうノゾム……!!」
「ところでガラテア、聖都はどういうところなんだい?」
「あっ、それなら……」
問えば、彼女は懐から一枚の紙を取りだした。
何でも故郷を遠く離れても忘れないようにと、戦友が持たせてくれた物のようで、受け取って見てみれば幾つかの書き込みと共に〝写真〟が映っているではないか。
それは遠方の丘から取られた街の写真。裏にメッセージを書き込む余白があることからして絵葉書の一種だろう。
表面に印刷されていたのは、ただの街ではない。
割れた卵の殻の一部を思い起こさせる、巨大な蓋のような物が覆い被さった大地は、目算で直径160kmはあるだろうか。
私はこの構造物に見覚えがあった。
欠け落ちた一部でこそあっても〝準衛星級航宙艦〟の一部をどうやったら見間違えられよう。
第二二次播種船団には大量の大型艦が随行していた。衛星級は勿論、準衛星級も複数。
「ガラテア、準備が整い次第行こう」
「本当かい!?」
コイツは間違いなく準衛星級航宙母艦〝イナンナ12〟だ。機械化人以外のアドバイザーを乗せた一種の独立権限を持った船舶。
これには惑星地球化を終えた16thテラを売り飛ばす〝黄道共和連合〟の旧人類達が乗っていたはず。
その彼等が惑星表面上に降下し、人類を繁殖させたとしたら、何か大きな通信帯異常に関わる秘密があるに違いない。
私は彼女の大事な絵葉書が歪まないよう気を付けながら手に力を込めた。
今、掌の中に確信に迫る大きな鍵の欠片が握られていた…………。
感想や誤字報告、いつも助かっております。作品のクオリティ向上、及び作者のやる気に関わるので、これからもよかったら観葉植物に水をやるつもりでしてくださるととても嬉しく存じます。
明日2024/07/20は15:00から1時間刻みで5話連続更新の予定です。
お楽しみに!




