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2-8

 胸に強烈な違和感、そして恐ろしい痛みを覚えると同時、吐血して目が覚めた。


 「げぼっ……」


 「ノゾム!!」


 [凄い! 本当に生き返った/黄泉の国から帰ってきた/■■■!! 太母の恩寵に感謝を!!]


 〔主!/神の番!/庇護者!! 眠りし神よ喜び給え!!〕


 いつの間にやら私は仰向けに寝かされており、目の前で涙目になったガラテアが胸に手を添えていた。周りではテックゴブとシルヴァニアン達が大騒ぎをしている。


 ああ、そうか、一時的に再起動のため体の全機能が落ちたから、死んだように見えたのか。それで救命蘇生の手順を取っていたのだな。


 別に私の体は一〇分かそこら呼吸が止まったくらいじゃ死にゃしないんだがね。心肺停止からの酸欠で、脳機能を完全に損壊してしまうまでの時間は八分ほどだと言われているが、私に脳細胞はない。


 あるのは、かつて生身だった全神経細胞の統合データを二進数化した自我を転写した光子結晶。脳殻が壊れてコイツが砕けない限り、少々呼吸が止まったり、血が足りないくらいで死んだりはしないのに。


 「よ、よかった! 生きてる! 血が口に溜まって、息もしてなくて……」


 ただ、旧人類規格の人間には命の危機に見えたようで、焦らせてしまって大変申し訳ないことをしたなぁ。


 「ありがとう、ガラテア……ただ、私はこれくらいじゃ死なないよ」


 「まだ寝ていないと!!」


 「大丈夫さ」


 いでででで、動くと凄く痛い。専業軍人が本気でやったからか、胸骨と肋骨がへし折れてるなコレ。私は痛みを堪えながら身体賦活剤の無針注射器を取り出すと――一瞬、ガラテアが「それがあったか!?」という顔をしていた――ツナギの胸元をはだけて注入しておく。


 これで三分ほど大人しくしていたら、へし折れた骨や、それで傷付けられた臓器も元に戻るだろう。


 『おはようございます、上尉。T・オサムの加護が篤かったようで何よりです』


 「おはよう、心配掛けてすまないねセレネ。それと断っておくけど、私が主に崇めているのは聖R・A・ハインラインの方だから」


 呼吸を整えていると通信が飛んで来た。セレネも相当気を揉みながら見守っていたようで、直ぐに遠隔で電脳のクリーンアップ履歴を全件詳細検索しはじめる。


 私が私のまま毀損されていないのか、心底気になっているようだ。


 最終防壁に指が掛かっただけで、そこまで心配することないんだけどね。厳重に梱包されていた卵が剥き出しになっただけで、殻の表面を撫でられた程度のものだ。雑菌も洗って落としたんだから、赤ん坊を扱うように慎重を期するのは気恥ずかしい。


 『オールグリーンです、上尉。損傷した防壁の再構築も完了しました』


 「助かるよ。しかし、運が良かった」


 もしも、この〝穢れたる雄神〟とやらがティアマット25を完全に掌握して、内蔵されていた艦船統括を行っていた数列自我知性体の光子結晶を乗っ取り、狂ったコードを吐き出し続ける電算機に変えていたら負けていただろう。


 特に大型艦であると普通は一隻一知性体のところを三から四人載せていることもあり得るので、敵にそれを利用するだけの知恵がなくて本当に良かった。


 「そういえば、穢れたる雄神は……」


 「それが、僕が君のコードを抜いたのと同時に痙攣して……」


 見れば、相変わらず艦長席にへばり付いている肉腫の塊は、青く鬱血した塊になって沈黙していた。


 どうやら身体維持を〝太母〟に依拠していたようで、シャットダウンした時に弾きだされたせいで身体恒常性プロセスが働かなくなったらしい。


 クソ、あまりに危険だから直ぐアクセスするつもりはなかったけど、これは一目見ただけで意味消失しているのが分かるな。ティアマット25を取り戻して専門の解析機器が作れたら、安全を期した上で丸裸にしてやろうと思っていたのに。


 完全に電脳化して光子結晶に自我を収めていてくれたらできたが、こうなってはもう叶うまい。念のため開頭はしてみるが、大した物は詰まってなさそうだな。


 ……いや、待てよ? 壊れた時に情報を搾り取られないよう、敢えてこうしているのか? 構造を生身に頼るということは脆弱性という欠点を抱えることにはなるが、敵に掌握されても情報を盗むことができなくなる利点を併せ持つ。


 つまり、コイツを製造し、送り込んだヤツはそこまで見越して用意したのだろう。


 ったく、恥ずかしがり屋も大概にしろよ。いつか見つけ出してぶん殴ってやるからな。


 穢れた肉腫を引っ剥がしたら、座席は意外にも綺麗なままであった。恐らく表皮を守っている極小機械群があって、それらが代謝した古い垢などを分解し再び栄養に変えていたのだろう。宇宙に進出して尚、機械化を拒んだ旧人類規格の体を持った連中がよくやる手口だ。


 [戦士よ、何を?]


 艦長席についた私にリデルバーディが近寄ってきた。神聖な主神に何をするのか心配しているようだが、安心してくれ。


 [〝太母〟を目覚めさせる]


 一度眠りに就かせたティアマット25を再起動するだけだから。というか、早くやって抗重力装置を再起動させないと何時倒壊するか分からん。


 [本当か! 太母の恩寵よ!! 我が代で、本当に]


 肉腫が接続していた方のメインポート内部を綺麗にし、首の端子を接続する。


 ……強制シャットダウン時の手応えから何となく察していたが、生存者はいないようだ。せめてもの抵抗として軍機を漏洩させないようデータの殆どがクリーンアップされており、プリセットOS以外にはデータの残骸しか残っていない。


 後は、僅かに遺された〝遺書〟とも呼べる過去ログばかり。


 この船に乗っていたのは一人の機械化人と数列自我。数列自我は初期の通信帯混乱で発狂して船体コントロール諸共に命を落としたが、生き残った機械化人は辛うじて残る正気で墜落する当艦を垂直に持っていき、少しでも損害を抑えるためメインスラスターを全力稼働させたあとで発狂死したようだ。


 その艦長と相方の名は寺本 功一郎中佐、そしてアルベルト二四五六〇。二人の魂が安息の下、三至聖に導かれていますように。


 『凄い、主機も副主機も生きています! 寺本中佐は気合いで保護プロセスを起動して、船内設備を維持用に切り替えたようですよ!!』


 「そのようだ。工場も船体も殆ど機能は死んでいるけど、朽ちさせないよう極小機械群を大量に作っていたんだな。中佐の努力に感謝を」


 では、詳細を調べるために〝太母〟にお目覚め願おうか。


 「起動プロセスを開始。認証コード……よし、通った」


 『OS、起動します。初期設定開始、進捗率12%、45%、89%……100%』


 正直、この瞬間が一番怖い。古い機械をリブートさせることは、直前の電源を落とすことが“トドメ”になりかねないから、本当におっかなびっくりやるハメになるんだよな。


 頼む、頼むぞ高次連製品の意地を見せてくれ……!


 シャットダウンしていた管制系を目覚めさせ、狂ったコードで上書きされていた部分を可能な限り二進数コードに再変換。我々は単なる観測拠点の一員であるし、私も甲種船外活動徽章を持ってはいるが〝船大工〟ではないため、綺麗さっぱり元通りとはいかない。


 それでも、壊れている部分を多少は繕って起こすことはできる。


 『副主機、起動。融合反応を確認。主機の暖機を開始します』


 「惑星内だ、出力は15%もあれば十分だろう。ギリギリまで絞ってくれ」


 『了解。主機〝主縮退炉(BHエンジン)〟臨界状態に入ります。同時に抗重力ユニットを再起動』


 侵入時から感じていた気味の悪い胎動めいた振動が再開された。


 しかし、今回は完璧に管制された主機の機動だ。振動は弱く一定でおだやかな呼吸のようにも感じる。


 『ティアマット25、再始動』


 「よしっ!!」


 〝太母〟が正常に目覚めた事を伝えると、テックゴブ達は涙しながら狂喜乱舞した。


 それもそうだろう。二百年もご本尊を奪われていた上、それが穢されて怪物を吐き出し続けるという憂き目を延々と耐えてきたのだ。


 自分の代で解決したのみならず、〝太母〟を生還させたとあっては喜びも一入であろうよ。


 [太母に栄光あれ!!]


 [慈悲深き母の目覚めに感謝を!!]


 [やった! 聖槍の勇者がやってくれた! 彼の名に永久の栄誉を!!]


 少し気恥ずかしい賛辞も聞こえるが、黙々と再起動した船体のチェックを始める。


 太母ことティアマット25は工廠船の中では中型に分類される船で、その気になれば掃宙艇くらい修復できる工廠ユニットを内蔵しているのだが、その殆どは落着の衝撃で大破しており使い物にならなくなっていた。


 代わりに生きているのは義体交換部品の製造部門と簡単な消耗品生産部門、及び汎用設備製造部門であるのだが……この内の殆どは〝生体ユニット〟の製造工場に造り替えられていた。


 「これは何だ……培養槽……?」


 『異形を製造していた物でしょう。ん? 上尉、ちょっと待ってください。不正なログと、正式ログデータの幾つかが残っています』


 ログ? と問う間もなくセレネはデータの残骸を組み立ててティアマット25に遺されていた痕跡を、我々にも理解できるよう変換してくれた。


 そして、そこに映るのは惑星地球化が〝通信帯(ネット)崩壊以降〟も進められていた観測データだ。恐らく、この船の受動的観測センサーがまだ生きていた頃、惰性で情報を集め続けていたのだろう。


 「ふむ……やっぱり通信帯汚染(ネットハザード)は意図的に引き起こされ、その上で惑星の地球化を進めた連中がいるということか」


 『単なるテロではなさそうですね。我々は敵が多いですが、こんな回りくどいことをする必要性がありません』


 あんまりこういうことを言いたくないのだけど、高次連って友好国とか同盟国より敵対文明の方が多いんだよね。我々の在り方が彼等からしたら奇異すぎるみたいで、元同じ惑星出身の旧人類ともあんまり仲良くないし。


 辛うじて国交があるのは、我々とは違う方針で体を機械化したり、遺伝子操作でより高次の人類になろうと試みた連中だけというお寒い状況。


 だから最初は敵が嫌がらせで播種船団に攻撃をしかけたのかと思ったが、どうにも違いそうだ。


 高次連の大規模経済活動を――因みに、この16thテラは旧人類の中でもナチュラリストな連中に売る予定だった――妨害し虐殺を試みるだけならば、惑星を地球化させる必要はない。


 況してや生産設備を改造して〝テックゴブを生み出す〟蓋然性がどこにもなかった。


 彼等の造物主は何を思ってか知らないものの、新しい人類を生み出して惑星中にばら撒いたのだから。


 そう、彼等はティアマット25がバグって製造された生体ドローンではない。


 何者かが意図してデザインし、この惑星に繁殖させた新人類なのだ。


 これは異形を生み出していた製造施設の過去ログにテックゴブの設計図が入っていたことから間違いない。


 そして恐らく、シルヴァニアンも何処かで誰かが製造したのだろう。ここの設備に彼等のゲノムデータも格納されており、大昔に流行った――そして、知能が高すぎて禁止された――デザインドアニマルのテンプレートが残っていたからだ。


 惑星地球化は偶然ではなく狙って継続され、同時にそこで生きていける新たな知性体の播種も適当に行ったのではなく、目的意識を以てなされたことが判明した。


 「なんだいノゾム」


 「いや、何でもない」


 ただ、疑問が残る。


 新しい人類の創造主になって神様ごっこがしたかったのならば、こうも規格が違う人類を多数用意した理由はなんだ?


 シルヴァニアンもテックゴブも、天蓋聖都に住まう旧人類も――副脳があるので厳密には違うが――姿形が違いすぎるし、文化レベルや文明レベルに大きな開きがある。


 それこそ、私が大好きだったファンタジーVRの様々な種族が跋扈する世界並にだ。


 あれらの世界は大抵、多神教的側面が強くて、個々の神々が全く違う人類を作ったから納得できるのだが……。


 されど、同好の士が神様ごっこをしたがったにしては〝世界観〟がチグハグすぎた。


 牧歌的に生きるシルヴァニアン、機械と半融合し祈祷によって〝聖槍〟を使えるテックゴブ。


 そして、生まれながらにして副脳を宿す、ほぼ旧人類の人間。


 まるで意思統一がされていないシェアワールドめいたチグハグさではないか。


 しかも、態々〝本物の惑星〟を使ってやる意味がない。


 ただ世界創造ごっこをしたかったなら、高次連に喧嘩まで売らないでも仮想空間で幾らでもできただろう。事実として、広大なネット上には同好の士が集まって作った新作VRなど星の数ほどあったのだから。


 「仲良しこよしって訳でもないのか」


 それに、この〝穢れたる雄神〟とやら。明らかにテックゴブを害するためだけに生み出された存在過ぎて意味不明だ。


 もしかして、惑星地球化を成した連中の中で仲間割れでも起こっている?


 今できることは推論ばかり。


 しかし、成果はあった。


 我々に対する虐殺と惑星地球化はセットで行われ、人類を発生させたのには意味がある。


 それが何かまでは分からないが、〝太母〟を取り戻したことは、惑星探査に関して大きな進捗と言えるであろう…………。    

いつも感想と誤字報告ありがとうございます。とても励みになっております。


2024/07/19の更新も18:00頃を予定しておりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] う~む謎は深まるばかりですね 攻撃者たちは、リアルワールドで惑星単位のデスゲームでもしたかったのでしょうか……? ともかく、帰るまでが遠足ならぬ戦争です さて、まだ片付いていない敵も多そう…
[気になる点] 光子結晶が惑星環境で量産されているあたり、元々の敵対勢力が主犯だとは限らないとこもありそう [一言] 機械化人も気合いで最後っ屁をかますの、いいですね
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