2-7
私は賢いので、テンションが上がっていても〝聖槍〟を最大出力でぶっ放すような真似はしなかった。
ただ、出力を10%まで絞っても廊下が少し熔けたのは、テックゴブ達にも許して欲しい。100%で撃てば廊下を貫通して船外とまではいかないが、数区画は貫通していただろうから、ちゃんと理性は働いていたんだ。
「くそっ、また冷却か!!」
水蒸気を吐いて冷却パネルを開く〝聖槍〟に少し苛ついてきた。ここ半日で凄まじく酷使しているからヒートシンクがイカれてしまったのだろうが、低出力状態でも頻繁にクールダウンに入られては使い物にならないではないか。
[何があった!]
[門にデカブツが待っててな! 今開くから少し待ってくれ!]
リデルバーディも少し遅れて上がってきた。真っ白な血に塗れていることからして、前は前で地獄だったが、後ろもそれに劣らぬ地獄具合だったと見える。
後方から続々と遅滞戦闘を繰り返しながらシルヴァニアン達も上がってきたが、数が少し足りない。一二人だけしかいないじゃないか。
〔何があった!〕
〔登った/尊いこと/導かれた〕
兎の戦士を統括している個体に聞けば、帰ってきたのは悲しげな足踏み。見れば彼が担うコイルガンの銃剣は血塗れになっていて、凄惨な白兵戦を繰り広げたことが分かった。
弾が尽きたのだ。それでも、私のためならと闘争心に欠ける種族にも関わらず戦場に着いてきてくれた彼等の内、三名が犠牲になってしまったとは。
〔……彼等にティシーのご加護があらんことを〕
兎達のプロメテウスに祈りを捧げ、力不足を嘆きたい気分になったが、そんな暇はないと膝をぶん殴り力を込め直した。
悼むのはあとでいい。兎の神話に従えば――ティシーファイルでえらくファンシーに綴ってあった――シルヴァニアンは死後、若草の籠に迎え入れられて、その中で〝鋼の指の愛撫を永遠に受ける〟と本気で信じている。
集落のため戦って果てたというのであれば、あの優しいプロメテウスもきっと認めてくれるだろう。
「クソッ、こじ開けるしかないか。赦せよみんな」
悲しみを拭うように納刀していた単原子分子ブレードを抜き放つ。研ぎ上がった単原子の刃は、防護塗膜が剥がれた中央管制室の扉を斬り割くこともできるだろう。
あー、思うとおりにいかない。あわよくばティアマット25の防御設備を利用できるかもとか考えていたのに、こっちに襲いかかってきたってことは通信帯汚染でコードが完全に破壊されているな。
直結するのは危険か。
私は一瞬、扉脇のコンソールに未練を抱いたが、仕方がなしに扉を斬り込んで思いっきり蹴り飛ばした。
重い二層構造の扉がずしんと音を立てて倒れる。分厚さが30cm近くあるから、重すぎてちょっと足首がグキッってなりかけた。
そういや中央管制室なんだから普通に防爆扉だよな。格好付けないで押せば良かった。
軽く足首を庇いながら入り込んだそこは、酷く殺風景な空間であった。
SFチックな機械は全くなく、殆どが滑らかでのっぺりとした金属の壁と床のみで構成されており、中央に椅子と接続用端子があるだけ。
これは何処の設備、船でも大して変わらない。
何せ船の制御は直結している人間か搭載型数列自我知性体が行うのだから、贅沢に時間を使う目視して読まねばならぬ計器やモニターが必要ないのだ。
故に我々の船は基本的に殺風景な造りをしている。宇宙船の艦長をやる古式ゆかしいVRに慣れた私には随分と寂しく感じるが――謎の丸い計器とか一杯ついてて欲しいのに――奢侈と伊達を理解しない航宙軍の艦船乗り共は揃って艦橋をこうしやがる。
もっとこう、無駄に豪華で倒れてきたら押し潰されそうな柱を置くとかできんのかね。
[入れ! 急げ!!]
余計な思考をしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。クリアリングを基底現実時間で三秒かけて済ませた私は、人数が減ってしまった戦士達を中へと導く。
[手伝ってくれ!]
「! 分かった!!」
そして、自分で斬り飛ばした防爆扉の縁に指をねじ込み、持ち上げようと試みる。重くて敵わなかったので、あの矮躯に見合わぬ力持ちのテックゴブ達に助力を頼んでどうにかこうにか立てかけて、扉に蓋をする。
後方からモドキが続々と追いかけてくる気配がしていたのだ。
[封鎖しろ! 弾薬を再分配! 私は〝太母〟の状態を見る!!]
完全に袋の鼠状態だが仕方がない。
それに私の予想通りなら〝太母〟さえ掌握できれば何とでも……。
「ひっ!?」
『どうなさいました上尉!』
「キッショ!! なんじゃこれ!!」
さて、艦長席は制御室壁面付近にあり入り口に背を向けているため、クリアリングの時には見えなかったのだが、そこにある接続端子を探ろうとしていた私は座席にみっちり詰まっているものの気色悪さに悲鳴を上げた。
肉腫が、ぼんやり人の形をしているっぽい腫瘍めいた塊が艦長席に縋り付いていたのだ。パッと見で頭部っぽい場所を背もたれに擦りつけて胎児のように丸まる姿は、何か生命を根本的に侮辱しているような怖気を感じさせて吐き気を覚えた。
そ、そう言えばテックゴブが言っていたな。〝太母〟は〝穢れたる雄神〟に犯されたと。
これがソイツか? 名前にピッタリすぎて名付けた大昔のテックゴブを褒めてやりたくなった。
「機械化人の死体……な訳ないよな」
『上尉、義体は朽ちても腐りません』
「分かってるよ」
どくんと脈打つ気持ちの悪い物体は、椅子にへばり付く形で艦長席の端子と半ば融合していた。
うーん、外科的に除去したい気がするんだが、こういう時に直結している相手を強引に引っこ抜くと、されている方もぶっ壊れることが多いんだよな。
となると、端末越しにでもコイツと端子を直結させないといけないのか。
……やだなぁ。
とも言っていられないので、私は二つあるポートの内、空いている片側に端末を繋いだのだが……ブツンと電源が落ちた。
この大事な時にバッテリー切れ!? なんて古典的なボケはおいておいて、そうではない。
端末の旧型CPUが過負荷に耐えきれず焼き切れたのだ。
約0.06μs、膨大な情報、狂ったコードを鉄砲水のように浴びせ掛けられて端末が破壊されたことが辛うじてサルベージできたログから分かる。
この小型端末はクラックされたのではなく、単なる〝誰?〟という問い掛け一つで焼き切れた。
『上尉、これは……』
「間違いない、光子結晶を使った量子電算機持ちだ」
この毎秒ごとの処理速度、狂ってこそいるが狂っているなりに論理だったプログラムは、私やセレネと同じ処理速度と領域容量がないと走らせることのできない物だ。
つまり、この醜怪な雄神を黙らせるには直結する他ない。
「こんな土壇場で電子戦をやることになるとは……」
『上尉、無茶ですよ! その筐体には副脳すら積んでいないんですよ!?』
「かといって、黙っていたら細切れだ。無茶する価値はあるさ」
『ここ暫く無茶〝しか〟してません!!』
物入れからコードを取りだし、同じくしまっていた通信中継用ドローン子機を取りだして空中に浮かべる。
『援護はしますが、ここから何km離れていると思ってるんですか! 通信ラグは2秒以上ありますよ!』
「仕方ないだろ、光とか言う遅い回線しかないんだから」
我々が銀河規模の通信帯を構築するにあたって「光って遅くね?」という感想に行き着いたのは、実はそんなに最近のことでもない。何なら我々の前身が生身の肉体しか持っていなかった時代ですら遅いと言われていた。
何せ有線通信でさえ地球の表と裏側で格ゲーをやると数フレームの誤差が出るのだ。これでは真面に試合ができん。故に我々は量子通信を発達させ、超光速通信網を銀河に張り巡らせてきた。
しかし、量子通信など端末も衛星も存在しない今、贅沢過ぎて望むべくもない。ただ着いてきてくれるだけでも御の字ってところだ。
か細い電波越しに相方が何処までやれるか分からないが、彼女は数列自我知性体。生まれついての電子戦エキスパートであると同時に仮想世界の妖精さんだ。何とか合わせてくれることを祈るほかあるまい。
「ガラテア」
「何だいノゾ……って、気持ち悪!? そ、それが穢れたる雄神!?」
咄嗟に銃を向けようとする彼女を何とか抑え、物理的に破壊すると〝太母〟も壊れるかもしれないからと何とか押し止めた。
「今からこれを退治しようと思うが、かなり危険が伴う。もし私が君の手を強く握ったら、無理にでも接続を引っこ抜いてくれ」
「き、君端子があるのか!? い、いや、それは一旦置くとして、い、いいのかい!? ギアプリースト達は回線同士で繋がった機械を途中で抜くと大体が壊れるって……」
「狂うよりマシさ。頼むぞ」
手を差し出せば、少しの逡巡の後に彼女は力強く応えてくれた。
よし、万が一に備えての緊急シャットダウン準備も完了。
「さぁ、狂ったコードに潜るぞ」
『嵐の中にダイブするみたいなものですよ。お供しますけどね』
「悪いねセレネ。君に三至聖、三つのAのご加護があらんことを」
『上尉にもT・オサムとA・ケンのご加護があらんことを』
深呼吸。そして、意を決して端子にコードを繋ぐと、膨大な狂気が流れ込んできた。
だが、所詮はプログラムだ。どれだけ狂っていようがコーディングされている以上、法則性はある。まるででたらめな数列であれば機能しないが、曲がりなりに〝太母〟を蝕んで異形を生産し続けている以上は、きちんと意味ある物を吐き出している訳だ。
「ぐっ、気持ち悪い」
『三進数コード、及び一五進数コード、古いコマンドプロンプトやソフトがごちゃ混ぜになっています。なんてこと、これは攻性情報流でもウイルスでもない……自我を焼却して書き換えようと試みています!』
精神障壁をゴリゴリ削ってくる「誰?」というシンプルな問いの連鎖。それだけで此方のソフトは狂ったプログラムからの浸透を阻むのに手一杯になり、自我領域を狂気から守る戦いで脳味噌が煮えそうな感覚に襲われた。
クソッ、かつて通信帯に溢れたという狂気に比べたら、一個体が放っているだけのプログラムなのでマシなのだろうが、ここまでの〝圧〟があるとは。
『……汚染されたポート二三~四四を自閉、欺瞞領域展開、囮障壁……侵食されています。多層展開に移行』
「防御は任せる! 私は艦内コントロール系に潜り込んで再起動を試みさせる」
自我に張った幾重もの障壁や囮がドンドンと灼かれていくのが分かった。向こうは高次連規格の通信波長で完全に狂ったコードを送り込んできて、自我を灼こうとしてきている。下手にウイルスとかじゃない分、抗体コードや攻性障壁が役に立たないのが悪辣すぎた。
「コイツを中継にティアマット25に接続……コントロール系統は何処だ……クソッ、内部プログラムが滅茶苦茶に書き換えられている!」
『ポート六七~八九を自閉、囮障壁一~二二層を自切、新規欺瞞領域多重展開』
侵攻が早い! 私が狂ったプログラムを読み切るのが先か、自我が焼き切られるのか先か怪しくなってきたな。
私は体の管制を一瞬だけ復活させ、腰元のポーチを探って三本の無針注射器を取りだした。
電脳加速剤とも呼ばれる一種のコンバットドラッグで、一時的にリミッターを外してオーバークロック状態へ強制的に持っていく一種の解除コードだ。
通常の速度では競り負ける。メモリの幾つかが焼け落ちる覚悟をしてでも手数で上回らなければ、この気持ち悪い進数コードを読み切れん!
「ノゾム、何を!?」
「気付けだ!!」
封を切って一気に三本、首筋にブチ込めばドクンと世界が脈打って視界が真っ赤に染まる。
一時的な過負荷で電脳が過熱し、丁種の義体が耐えられない発熱をしたのか鼻血が噴出するが構う物か。
「……尻尾を掴んだ! コード変換開始!」
狂った数字列の法則性を掴んだ! 誰? という声の重なりを分解し法則性の目を摘まんで二進数、つまり我々が一般的に扱っているコードへ無理矢理変換。ティアマット25のデータを泳いで中央管制系へと近づいていく。
[まだか戦士よ! 外からの圧が高まってきている!!]
〔強く/より多く/過分に抑えろ!!〕
一方、表の圧力も高まっている。ここを抑えられるのが拙いと分かっているのかモドキが大量に入り口へ押し寄せて、切り拓かれた蓋をこじ開けようと体当たりを繰り返しているのだろう。
っと、危ねぇ、扉の開閉コマンドが走るところだった。そうはさせんぞ。
『上尉! 危険です!! 欺瞞領域抜かれました! 精神障壁一~三番損傷! 囮障壁は無視されます!』
「あと少し、あと少しだ」
自我を守る殻がガリガリ音を立てているのが分かる。気が狂いそうな重圧の中を耐え抜き、穢されたコードを端から正して少しずつ〝太母〟の制御に近づいていった。
よし、船体管制系に接続、緊急時手順でセキュリティクリアランスを解除、認証コードをスルーして船体コントロールに……。
「繋がった! 緊急シャットダウンプロトコル!!」
『障壁四~六番、汚染限界! 自切します! 最終障壁に取り付かれますよ!!』
「プログラムを書き換え続けないとダメだ! あと一二秒稼いでくれ!!」
『無茶を言いますね!?』
私が直す端からプログラムが狂った方向に上書きされてしまうので、こちらも塗り直さないといけない。そうでなければ、折角走らせた緊急シャットダウンが中断されてしまう。
本体……承認、ウイルスブロッカーも正規命令と判断して命令を通し、最終承認手順が踏まれ、船体を制御するOSが通知を発した。
『ティアマット25、緊急プロトコルに従いシャットダウンを開始します』
方々で動いていたソフトが強制的に終了されてシャットダウン手順が進行、〝太母〟の機能が落ちていき、船内に侵入していた時から感知していた微細な振動が止まる。
主機や副主機の電源、内部で稼働していた製造機械、その全てが止まりはじめているのだ。頼むぞ、再起動するまで崩壊しないでくれ。
『ティアマット25、シャットダウンします。ご利用ありがとうございました』
「ガラテア!!」
最後の壁、自分が自分であって〝貴方ではない〟と区分けする最後の障壁に冷たい爪が掛かるのと、シャットダウンが実行されるのは殆ど同時だった。
私はガラテアの手を掴み、コードを引っこ抜かさせる。
同時、世界がブラックアウトした。
『上尉! 上尉!!』
「ノゾム! 抜いたよ! ノゾム!!」
電脳が過負荷に耐えかねて、再起動のため電源を落とそうとしている。ある意味で正常な手順であるため安心できた。
体から力が抜け、電脳管制OSの無機質な声が聞こえる。
再起動実行中、キャッシュ削除、汚染データを除染中。
扉を叩く音も消えた。予想通り、あの異形共は〝太母〟のドローン管制系で動いていたようだ。シャットダウンされてしまえば、動きも止まる寸法さ。
勝ったぞ。
消え行く意識の中、私は静かになっていく世界の中で高らかと戦吠えをした…………。
【惑星探査補記】電脳同士の直結はお互いに干渉を可能にするという一点において、効率では端末を用いるより数段効率よく行えるが、本質的には魂を触れあわせる危険な行為であるため、余程安心できる設備か、親しい間柄でもなければ行われない。
申し訳ありません、投稿直前に直したい部分が見つかって遅れました。
2024/07/18も更新は18:00頃を予定しております。