2-4
クロック数を最大限まで引き上げ、ゆっくり流れるような時間の中で私は思考する。
どうするのが最適か。
逃げる? 何処からか分からんが凄まじい跳躍で接近してきたんだぞ。下手に背中を見せた瞬間に踏み潰される。
戦う? 荷電粒子砲が長時間の冷却に入った時点でダメだ。脆いミュルメコレオでさえ省電力モードで撃破できない装甲を持っている怪物、その中でも特大級の敵に強装モードでも攻撃が効くとは思えない。
単原子分子ブレードなら破壊できるだろうが、この巨大さを相手に一人で翻弄できる自信はなかった。体の各所から明らかに物騒な攻撃オプションと思しき筒が伸び、方々に穴が開いていることからして武器は巨体だけではないのだろう。黙らせるまでに何人死ぬか分かったもんじゃない。
となるとだ。
[総員! 太母に向かって走れ!]
時間稼ぎしかないだろ! 幸い、もうティアマト25は指呼の距離、全力で走ればすぐ辿り着ける。彼等が逃げている間に私はコイツを足止めし、皆が十分に離れてから離脱する。このガタイでは太母の中までは追ってこられまい。
かなりリスキーではあるが、最も被害が少なく済む方法はこれしかなさそうだ。
「ノゾム! 僕も戦う!」
「ダメだ! 有効な攻撃手段がない! 足手まといだからさっさと行け!!」
共に戦うと申し出てくれたガラテアに酷い物言いをしてしまったが、天蓋聖都なる〝太母〟の次に有効な情報源へのコネクションたる彼女を喪う訳にはいかない。
何より、コイツと戦えそうなのは私一人だから仕方ないじゃないか。
「だけどっ!!」
「どうしてもって言うなら遠くから撃ってくれ!! 死人を出したくない!!」
此方を観察して逡巡してくれているのを良いことに、さっさと行けと手を振れば、彼女は少し悩んだ後に私と名前のない怪物を見比べ、やっと冷静な判断ができたのかティアマット25の方へと走り出してくれた。
「安心しろ! 仇は君の代わりに討ってみせる!!」
「死なないでよ! 死んだら霊薬の礼ができなくなる!!」
「そんなの、ここにつき合って貰っている時点でとっくにチャラだよ!!」
よかった、これで被害は減るだろう。
さぁて、後は私とお前の二人きりだが……どうするね。
『上尉! 熱源上昇! 恐らく攻撃態勢です!!』
「分かった!!」
腰を落として備えれば、耳を劈く咆哮と共に大量の鏃付きワイヤーが怪物の全身から放たれた。
「あっぶねぇ!!」
その密度は凄まじく、単純な回避は不能。私は体を屈めながら抜刀し、空間ごと捕縛しようとするワイヤーを切り拓いて活路を強引に作り出す。
クソッ、しかもこのワイヤー、誘導性がありやがる。ただの鋼線じゃなくて中に動力が入っているようで自在にうねり、その反動を利用して追いかけてくるじゃないか。
初撃を躱されて多くの鏃が地面に突き立ったが、のたくりながら追いかけてくる物もある。斬り飛ばしてやってもまだ動き、その速度から体に叩き付けられた衝撃は十分。鞭としても脅威のそれを無力化したいなら根っこから断ち切るしかないのだが、接近させてくれる気配が全くない!
畜生! なんだこの後隙の無さ! 前文明が残した偉大なる〝彼方より来たる企業〟からサルベージされたデータを元にしたVRのボスでももうちょっと有情だったぞ!!
鋼線を斬り飛ばし、回避しつつ逃げ回っていたが仲間達はまだ近くにいる。クソッタレ、これまだ十分以上は時間を稼がんといかんな。そこまで体力が保つか!?
懸念した瞬間、ワイヤーの射程距離外に出たのか動きが一瞬とまった。八本の足が忙しなく動いて間合いを詰めてこようとするので逆方向に逃げれば、必死に追いかけてくるので有効打を見つけたような気がした。
こいつ、遠距離武器がないのか? それなら引きずり回せば時間は幾らでも……。
『上尉! 気を付けて! 射撃が来ます!!』
「っ!?」
刹那、私の視界が真っ赤に染まった。火器管制系の副機能、敵が持つ〝射撃オプション〟の砲口から危害位置を予測して染め上げる回避補助機構だ。
セレネからの警告がなかったら、私は穴だらけになっていたかもしれない。
全力で横っ飛びした直後、さっきまで体があった空間を大量のボールベアリングが攪拌していき、最後には盛大に地面を耕した。
体の各所から伸びた管、あれはコイルガンの銃身か!!
このクソボケ! 主砲が見当たらないからって油断しやがって! 外見が明らかに多脚戦車っぽいんだから、機銃くらい積んでないわけないだろ!!
自分に激怒しつつ、連射しながら追いかけてくるコイルガンの弾道から逃げるが、砲身の動きの方が早いので早晩限界が来よう。
と来ると遠くに行くのは逆に悪手。甲種義体、軍用の標準ボディだったらこの程度豆鉄砲にもならないと弾き返しながら進むところだが、今の脆弱な肉体では一発でも致命傷になりかねんから最悪だ。
なら、やっぱり安息の地は近距離か!
弾丸を避けながら名前のない怪物に肉薄すれば、ヤツは射撃を一旦止めて再びワイヤーを発射してきた。鏃が補充されているのはまぁ我慢するとして、どうやら搭載している火器管制系はお粗末と見えるな! 行進間射撃も不得意だから一々止まって攻撃するし、二つ以上の火器を同時に使えないなら何とかなるさ。
ワイヤーを斬り裂いて回避していると、途端に重さを感じるようになった。
何だと思えば、単分子原子ブレードの活動限界がとっくに訪れているではないか。硬質ワイヤーを斬り続けたせいで単分子はすり減り、大気中の物体と化合し、普通の刃物と大差ない切れ味まで落ちていた。
それでも斬れているのは私の腕前あってこそだと思いたいが、この数を捌ききるのに納刀している時間はない。切れ味が完全に元に戻るまでには二〇秒は鞘に漬けておかないといけないが、その間に触手プレイもといワイヤーで細切れにされるのは必至。
だが、このまま酷使しても折れる、ってことはだ。
私は刀を片手に持ち替え鞘を手に取り、納刀すると鞘を嵌めたままぶん回す。極小機械群を収めた鞘は超硬質金属でできているため、弾き飛ばすくらいなら訳はない。
私ってば頭いいーと自画自賛しつつ攻撃を捌いたのだが……いや訂正、これメッチャキツい。斬り飛ばして数を減らしているのではなく、弾き飛ばして逸らしているだけなので、直ぐ軌道修正して戻ってきやがる!
素手で回避するより難易度がちょっと下がったくらいで大差ないぞ! このまま二〇秒、凌ぎきれるか!?
私が焦り始めると同時、ヤツは八本の野太い足を動かして接近してきた。
ワイヤー攻撃が中々効かないと思って、その圧倒的質量で叩き潰しに来たのだろう。
好都合……と言いたい所だが、精度が悪くなったものの鋼線が空間を占める密度は健在。狙いこそ甘いものの欲張って自分から突っ込んだら普通に死ぬので、肉薄して足を落とすのは無理か。
それなら股下を潜ってやる!
そう思った瞬間、腫瘍まみれの肉が破裂した。
場所は本体底部。何事かと思ったら、そこから現れたのは多数の丸鋸ではないか。三〇cm間隔で密集し、火花を散らしながら回転する様を見て、私は即座に体の下に逃げ込むことを諦めた。
クソッタレ! 対策は完璧ってか! 高次連の主力戦車でもそこまでのギミック仕込んでねーぞ!!
踵を返して中距離を維持していると、ピンとタイマーが時間が経った音を報せる。よし、やっと単原子分子ブレードが再使用可能になった! 抜刀しつつワイヤーを切り払い、どうしたものか考える。
あっ、そういえばそろそろ〝聖槍〟のクールダウンが終わる……って、ダメだ、チャージなんてさせてくれまい。あれを構えながら回避機動を取るのは不可能だ。狙っている間に蜂の巣か乱切りにされているかのどちらかだろう。
って、これ詰んでないか? 有効な攻撃手段は届かないか構えさせてくれる余裕がなくて、ついでもってまた五六秒後には鞘に収めて研ぎ直さないといけないから――何だか巨大な飛竜と戦っていた時の記憶が浮かんできた――ジリ貧も良いところだ。
それに、この脆い体が限界を報せてきている。息が上がり、呼吸に血の臭いが混じり始めた。粘膜が乾ききった時特有の、口と鼻に押し寄せて来るヒリつく感覚。
どうする、どうする、どうする。
「撃てーっ!!」
すると、遠方からパンパカ賑やかに銃声が響き肉腫が大量に弾けた。
ガラテア達からの援護射撃! ちぃ、〝太母〟まで行けと言ったのに250mも離れてないじゃないか。あのままだとコイルガンで挽肉にされるぞ!
だが、正直援護はありがたい。敵に一瞬の隙ができた。きっと足りないおつむで、どちらを優先して排除すべきか考えているのであろう。
この隙に一か八か足下に接近して、一本でも切り飛ばせるか試してみるかと逡巡していると、不意に電脳が大きなアラートを鳴らした。
友軍誤射の危険性を報せる警告だ。IFF、敵味方識別装置に味方のFCS照準波長が被ってしまった時に鳴る音が何故と思えば、セレネの大声が響き渡る。
『上尉! 距離を取って!!』
「セレネ!!」
何と、見れば彼女のドローンが低空まで降りてきているではないか! しかも、いつの間にやら作業用アームで〝聖槍〟を掴み上げ、電波中継用ドローンに助力させて持ち上げている。
そうか、確かに彼女のドローン単体では可搬重量が四〇kgそこらしかないから荷電粒子砲を持ち上げることはできないが、補助ドローンを使えば何とかなる! それに、電源供給も外部ユニットだよりということで使うことができるのだ。
更なる敵の増援を察したのか奇怪な戦車が慌てているのが分かった。標的が三つに増えたため、優先目標を設定しそこねているのであろう。
馬鹿め、そこは一番の火力を叩き潰すのが定石だろうに。
だが、お前が馬鹿で助かったよ。
砲身が振動し、内部で粒子加速器が十分に働いていることが分かる。全力出力での射撃は有効半径も凄まじく広く、この義体では縁で炙られただけで蒸発してしまうだろう。
蒸発……して……?
ま、待て! 射手は防護力場で磁場や輻射熱から守られているけど、それ思ってるより有効半径広いからな!? 丁種の肉体じゃ焦げ肉になるからな!?
「うぉぉぉぉぉ!!」
『撃ちます!!』
待って! ちょっと待って!! 全力でワイヤーを斬り飛ばしながら危害半径から逃れるべくジタバタ走り抜けば、背後で凄まじい轟音が轟き私は吹っ飛ばされていた。
名前のない怪物の爆発、というよりも超高熱によって熱された大気中の水分が暴力的な勢いで膨張したからであって、余熱でも髪が少しチリついているのが分かる。
地面をゴロゴロ転がって二度、三度と子供が雑に投げたゴム鞠のように跳ね上がり視界に警告が浮かぶ。
危険、受け身を取らないと義体に致命的損傷を引き起こす可能性があります? 言われなくとも分かっとるわい!!
私は四度目を肩から着地して自分から跳ね上がり、五度目で手を付いて減速、六度目は勢いが減じたことを利用して肩、腰、膝の順で落着させて衝撃を全身で受け流しつつ回転。
なんとか木や岩にぶつかることなく、衝撃を殺しきって止まることができた。
「し、死んだかと思った」
よかったー……事前に〝聖槍〟を撃ちまくって方々の木々を薙ぎ倒しておいて……障害物があったらぶつかって、体の中が血と骨と内臓の混ざった肉袋になっているところだったぞ。
『大丈夫ですか上尉!!』
「なんとか、生きてるよセレネ……君の機転と三至聖のご加護に乾杯……」
『ああっ、ありがとうございます! T・オサム! 貴方の作品に永遠の光を!!』
彼女はAIの聖人を讃えながら、私に謝ってきた。
注意を引いていてくれないと〝聖槍〟が回収できなかったこと、何とか拾い上げるのに苦労したこと、火器管制系が独特すぎて直結するのに時間がかかったことなど、幾つも詫びてくるが、こちらから言えることは一つだよ。
ありがとう、君達がいて本当に助かった…………。
【Tips】多脚戦車。文字通り足が多数ある戦車。専ら六脚か八脚に設計され、無限軌道より高い走破性と地形対応能力を持つ。
高次連ではこの形式の戦車が主流化しており、これは都市部でも荒地でも運用可能な性能を誇るためであり、従来の問題であった整備性の難も自動修復する極小機械群によって解決したからである。
次回の更新は2024/07/15 15:00頃 を予定しております。




