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予想通りティアマットの足下に近づけば近づくほど、異形の密度は増していった。
『上尉! 二時の方向に新たな敵集団!!』
「ノゾム! 後ろからも来てる!」
[聖槍に敵を近づけさせるな!!]
〔空/上/天警戒! 神の祝福/奇跡/ご加護を!!〕
現状、我々はやっと〝太母〟の側面に書かれた船体名が読める程の間近に近づいているが、それを森中に散った異形が探知したのか波状攻撃を食らっていて休む暇もない激戦を強いられていた。
「クソッタレ! 前方を薙ぎ払う! 私の前にいる者はみんなどけ!!」
〔退避/逃げろー!!〕
直掩を務めていたシルヴァニアンがパタパタと走って逃げ、開いた前方を出力15%まで絞った陽電子砲で薙ぎ払った。重粒子の直撃を喰らったホヴやミュルメコレオが熔けて落ちていく。
あれから何度か試射した結果、敵を撃破するのに必要な出力はこれで十分だと判明した。あの大型飛行型の――以降グリュープスと呼称――内蔵していた融合炉は握り拳大の小型さもあって出力は大人しく、瞬間出力を犠牲に持続性を重視したようで〝聖槍〟本体の低性能具合も相まって連射が効かない。
いや、そもそも荷電粒子砲なんか惑星表面上で使う武器じゃないのだ。本来は航宙艦が使う近接攻撃オプションで、中から小型のデブリ撃墜や航宙戦闘機、機動兵器の迎撃に用いるべきであって地上では消費電力の割りに、運用上のデメリットが多すぎる。
ちょっと本題から逸れた愚痴はともかく、一々敵を蒸発させる火力は必要ないので、出力を落とし粒子の圧縮度合いを加減してギリギリ〝ローストになる〟火力でぶっ放しているのだが……。
「冷却に入った!!」
[〝聖槍〟冷却中! 死ぬ気で抑えろ!!]
〔迎え撃てー!!〕
加減しても五秒打てば強制冷却に入るせいで連射が利かん! 今ので百ほど融かし殺したが、本当にキリがない。
流石にあの損害状況を見るに〝ティアマット25〟の生産設備が全力で動いているとは思いがたいが、本気で異形を吐き出し続けていることだけは確かだ。
畜生、こちとら敵陣に出向いている上、五〇人足らずの寡兵なんだぞ。ちったぁ加減という物を知らないのか!
私は左手で拳銃嚢からコイルガンを引き抜き――遠征ということもあって、予備が二挺ある――標準モードで背後から迫るミュルメコレオの群れに掃射を見舞う。
一発一発、微かな時間差を付けての連射だ。傍目には横薙ぎで適当に弾をばら撒いているように見えようが、クロック数を限界まで上げた視界の中では一体につき一発が確実に突き立っており、頭部を破壊されて機能を失っていく。
それでも後衛は仲間の死体を乗り越えるか蹴散らして遠慮なく接近してくるので、殺しても殺しても留まるところを知らない。二五発の弾丸なんぞあっと言う間に撃ち尽くして、バッテリーの尽きたマガジンが自動で排出された。
「ああ、ふほっ!」
銃を一旦口に咥えて新しい弾倉を引き抜き、再装填する。内部で自動装填装置が働いてチェンバーに弾丸が装填されたので、私はもう一斉射をかまして後方の勢いを漸減させる。
それでも敵の勢いが止まることはなく、最も近い距離では30mにまで届いていた。倒木を抱えたホブが怪異の死体を掃き清めながら接近してきており、それにテックゴブが銃剣を付けたコイルガンを構えて対処している。
[頭部だ! 頭部を破壊しろ!!]
[まだ銃剣は使うなよ!]
[うわぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!!]
銃声とボルトアクションの稼働音が多重奏で鳴り響き、全力射撃を浴びたホヴが倒れる。
しかし、恐慌状態に陥りつつあるテックゴブ達の射撃精度は落ち、必要以上の弾丸を浴びせているため効率が劇的に悪化していた。
ああ、畜生、このままじゃ弾丸備蓄も含めてジリ貧だ。
「っ……! 冷却完了! セレネ! 敵が一番厚いのは!!」
『九時方向!』
[ぶっ放すぞ! 全員どけぇ!!]
斜め後ろに展開してたテックゴブ達を退かせ、死ぬことを全く恐れない軍勢を重粒子の光線でお出迎えする。焼けて蕩けても数歩は進んでから倒れていく姿は、VRゲームで戦った不死の軍勢を思い起こさせた。
ああ、もう! 私は一体何時からドラウグル蔓延るダンジョンに挑んだことになったんだ!!
「って、もう冷却!? 使いすぎたか!?」
九時方向に二秒間、真っ直ぐ打ち続ければ前衛が溶けて直ぐ後ろも真夏のアイスが如く蕩けていったが、代わりに〝聖槍〟が炎天下のアスファルトのようにカンカンに熱くなって、あっと言う間に再冷却に入ってしまった。
畜生、連射し過ぎたか、冷却完了まで……一八〇秒!?
長すぎる! ボーッとしてれば一瞬だが戦場では永劫に近い時間。強力だとしても、これだけのクールタイムを要求してくる系のULTなんて待ってられねぇよ!!
「クソッ、タイマーセット、一八〇秒! セレネ! 現状一番個体が多い方角!」
『また無茶をっ……六時方向! ガラテアが相手してるところです! T・オサムのご加護を!!』
ぼさっと突っ立って無駄にできる時間でもない。私は〝聖槍〟をその場に置いて全力で駆け出した。
「吶喊する! 誤射に気を付けてくれ!!」
「ノゾム!?」
私を中心に六時方向では、倒木を盾にガラテアとテックゴブ二人、シルヴァニアン三人が防衛線を敷いて弾幕を張っていた。右から順に一発撃つ度に左の射手が撃って無駄弾を減らす効率的な指揮を執っていた彼女は、流石騎士階級といったところか。
それでも圧に耐えかねているようで、敵がもう30m、リロードを一度挟めば接敵される至近にまで到達していた。
「いよいっしょぉ!!」
倒木を飛び越え、空中でコイルガンを抜き放ち射撃。自分が跳躍する軌道は火器管制系が認識しているので、良い塩梅で弾道予測を修正してくれる。後はVRゲーマーのカンで微調整を行えば、弾丸がブレることなく先頭を行くホヴの頭部直撃。念入りに二度撃ちで叩き込んで腐った西瓜の如く弾けさせ、疾駆する勢いのまま転倒するので背中に着地。
後に続いていたホヴの膝に強装モードで叩き込んで転倒させ後続への障害物として転倒を誘発させると同時、味方の重みで圧死させ、次々転んだ一団の頭部に同じく弾丸を叩き込んでトドメを刺していく。
そして視界に表示される残弾ナシの表示。
拳銃嚢にコイルガンを戻しつつ、視界の端っこを見れば冷却完了までのタイマーは、まだたっぷり一四五秒も残っていやがる。
「ちぃ、まだ三五秒!? 絶対六〇秒は経ってたろ!」
『時計は嘘を吐きません上尉!!』
ああ、あれだ、早く過ぎて欲しいほど時間が長く感じる現象だな、これ。電脳のクロック数を最大まで引き上げたからとかじゃなく、本当に時間が遅く錯覚しているやつだ。
懐かしい、仮想空間内での義務教育時、夜勤バイトで似た心地を味わったことがある。時計の針が全く進まなくて死ぬ思いをしたっけな。
あのA.D.1990年代が再現された牧歌的な仮想空間への郷愁を抱きつつ抜刀、極小機械群の研ぎ師達でぬらりと特徴的にテカる刃でホヴとミュルメコレオに斬りかかった。
胴を両断し、首を落とし、刃の隙を狙って近寄ってくる個体は蹴倒して首をネジ折り、斬って斬って斬りまくる。
「す、凄い……まるで狂戦士みたいじゃないか……」
剣戟だけは一切のソフトを使わない、VRで染み込ませた私だけの技術。教本通りガチガチに固まった近接戦闘プロトコルなんて使い物にならないし、私のように技術を体感で染み込ませた相手にはいい鴨だ。
刃は五体を武器にする最高のツール。自由に、柔らかく、応変に刃を振るう。白兵徽章持ちを異名で“サムライエンフォーサー”と称するのは伊達じゃないんだぜ。
「イィィィヤァァァァ!!」
気合いを込めて刃を振り抜き、ホブを縦に両断、大量の返り血を半歩動いて避け、別個体への目潰しへとしつつ再び振るう。
最初に設定したタイマーより早く、自動で起動した単原子分子ブレードの使用限界を報せるタイマーの方が先に鳴った。
くそっ、もうか。いやだが、刃筋を立てれば普通の刃物に劣らぬ切れ味はあるから、このまま白兵を続行だ。
元々VRでは単原子分子ブレードなんて贅沢品は使っていなかったんだ。ファンタジーでも戦国物でも、刃筋が立っていないと敵が斬れない異様なシビアさで判定してくるゲームをベリハで遊んでいた私を甘く見るんじゃない!!
『そこは甲種白兵徽章を誇るべきなのでは?』
「五月蠅いなぁ! ってか思考漏れてた私!?」
セレネからのツッコミを受けつつミュルメコレオの首を刎ね飛ばせば――よくよく見れば、その頭は獅子よりも別のネコ科動物っぽかった――五歩離れたところでホヴの頭が砕ける。
「間違ってもノゾムに当てるな! 撃て! 撃ちまくれ!」
〔神様の伴侶/主、無茶苦茶する!〕
[聖槍の戦士を死なせるな!!]
援護射撃だ。心強い。少し離れたところの敵を狙い討ちしてくれる仲間に任せ、私は大物を斬って斬って斬りまくった。
そして遂にタイマーが鳴る。
「セレネ!!」
『一二時方向! 個体数二〇〇以上!!』
多いな畜生! 私は走りながら納刀し、随分と減った六字方向の敵をガラテア達に任せ〝聖槍〟へと走る。
「任せた!」
「任された!!」
すれ違い様に一言騎士に投げかければ、心強い応えが返って来る。
いいねぇ、軍属は。やっぱり何処の世界でも騎士ってのは心強い物だ。覚悟が決まっていて腹が据わってるじゃないの。
「数が多いな……出力最大、焼き払う!」
『最大で撃つと次の冷却は三〇〇秒以上はかかりますよ!』
「二〇〇以上チマチマ撃ってられないから仕方ないだろ」
〝聖槍〟の電力チャージは万全、内部で粒子加速器を最大限仕事をさせ重粒子に電荷を帯びさせ無形の槍を生成。
「正面、みんな下がれぇぇぇぇ!!」
一二時方向を守っていた味方の退避と同時に発射し、全ての敵を蒸発させた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
くそ、疲れた。全力疾走を二分以上続けた上で八〇kgもある物を持ち上げるもんじゃないな。酷使すると疲労物質が溜まる筋肉が過度な使用に文句を言って、重い苦情を伝えてきやがる。
畜生、技術者集団め、高々外交用の義体なんだから、そんなところまでご丁寧に再現する必要もなかろうに。
再び放熱板を開いて長い冷却に入った〝聖槍〟を捨てるとガランと音を立てる。激しい運動と放射熱を至近距離で浴びたせいで額にびっしり浮かんだ汗を手の甲で拭い去れば、体の端々に避けきれず付着した真っ白な返り血が生臭い匂いを鼻に伝えてくる。
戦場の匂い、久し振りだな。VRで二千年嗅ぎ続けたそれとはまた違った生々しさがある。
コイルガンを抜いて再装填しつつ――残り弾倉は二つ、心許なくなってきた――周りを見渡せば、我々を包囲しようとしていた敵は殆ど倒れ、残りは僅かになっていた。
残敵も次々コイルガンの餌食になっていき、辺り一面血で真っ白だ。
「ふぅ……何とか勝ったか……」
『上尉! まだです!! 高熱源反応接近』
はぁ!? と声を上げる間もなく、荷電粒子砲が通り過ぎて湯気を立てる射線の名残に一つの影が躍り込んできた。地面を抉りながら盛大に着地し、生臭い息を吐き出す。
それは、節足動物に似た肉塊であった。
八本の足は装甲板と肉腫がごちゃ混ぜになって醜く、膿が滲む胴体は頭と一体化して巨大な粉砕機の如く。
全高は約二m半、全長は足を抜けば五mちょいってところか。
「おいおい、勘弁してくれよ」
巨大な多脚戦車を前にして、私は上昇した体温とは由来の違う粘っこい汗を掻いた。
コイツが名前のない怪物か。
その名に劣らぬ威容に、その場の全員が慄いた…………。
【惑星探査補記】自動戦闘プロトコル。決まった型を決まった動作で思考通りに実現させるもので、射撃系においては非常に有効だが、乙種白兵徽章持ち以上を〝サムライ〟と称する剣技に優れた機械化人達にとって、教本通りの動きは鴨以外の何者でもない。
このことから機械化人相手に船内白兵を行うことは自殺同然と見做されている部分があり、逆に機械化人は高度な技術を持ちながらにして船内白兵戦を好む傾向がある。
2024/07/14は 15:00頃 の更新を予定しております。