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その巨体は地平線のその向こう、約数日分の遠方に聳えていた。
[太母! 太母だ! よもや、俺の代で本当に太母を拝めるだなんて!!]
リデルバーディ達テックゴブが感激のあまり、カメラアイから涙を流しているとおり――洗浄液か何かだろうか――地平の向こうに見えるのは、彼等が〝太母〟と呼んで崇めている物。
それは、艦尾から垂直に突き立った一隻の〝航宙艦〟であった。
銀河高次思念連合体統合軍の乙種三型特殊工廠船〝ティアマット25〟。全長2.6km、全幅400m、総重量200ギガトン級の大型艦で、艦隊の一般物資製造を担う工場船だ。
内部には大量の生活物資や消費型武装を製造する立体成形機工場と、それらで消費する原料ブロックがはち切れんばかりに詰まっており、戦闘力こそないに等しいものの一隻で分遣艦隊を食わせていける、旗艦の次に重要な船種がどうしてこんなところに。
「見たところ、ソフトランディングを試みたようだな」
『そのようですね。艦尾スラスターは全損、船体も五分の一程が埋没していますが、大気圏内を航行できない船にしては頑張った方かと』
基本的に我々統合軍の航宙艦は大気圏内の航行能力を持たない。
というのも、物理法則に基づけば宇宙だと重量の問題がないため――慣性はあるから全く無視できる物ではないにせよ――何でも巨大に作るから、重力に打ち勝てるような造りをしていないのだ。
無論、飛行可能なように設計された大型抗重力機構を搭載する強襲揚陸艦などはあるが、それらは基本的に母船に内蔵、あるいは牽引されて惑星まで運ばれる物であって、全長は500m前後、総重量50ギガトンほどと〝小型〟であることが多い。
その五倍はある船体をよくぞ崩壊させず地面に落着させたものだ。というか、落ちたのが二千年前かどうかしらないが、今もよくぞ崩壊せず突っ立ってられるな。1G下で船体が崩壊していないのは流石、高次連設計局というか何と言うか。
「しかし、何て量の異形だ。やはり、テックゴブ達の伝承通り異形はあそこから吐き出されているようだな」
『ティアマット25の製造能力なら十分に可能です。まぁ、弊機にはあの船が何を思ってテックゴブ達を生み出したかが謎なのですが』
「そこは船体管制をしている数列自我に聞かない限り分からんな」
我々の船は船体に数列自我を積み、一人でコントロールすることが多い。つまり、あの船にもセレネと同じく自我があるのだ。
まぁ、今も生きていればの話ではあるのだけど。
[なぁリデルバーディ、見たことのない航空型が幾つも飛んでるが、あれは何だ?]
しかし、どうやって辿り着いたものかな。ティアマット25の周辺には大量のハルピュアが飛び回っている上、近隣では見たことのない異形が飛び回っていた。
喩えるならファンタジーのグリフォンであろうか。頭部は長方形の大型視覚素子に入れ替わっており、体の各所からワイヤーが跳び出して、足は航空機の降着機めいた形の上、腹に三連装の電磁投射砲を搭載している。
[……俺達も初めてみる]
[空を飛んでるってことは、あれが名前のない怪物って訳じゃなさそうだな]
参ったな、大物が存在しているのは知っていたが、あんな化物まで相手しないといけないとは。
どうみてもコイルガンでは破壊できそうにない。集中射撃を浴びせても装甲板に弾き返されて、初速が我々の武器よりずっと速く強力な電磁投射砲の反撃を受けて全滅ってのが関の山だな。
しかも、近くには一機しかいないが、ティアマット25の近くでは何機も飛び回っているのが見える。あれを簡単に撃破できない限り〝太母〟の中に潜り込むなんて不可能……。
「待てよ? なぁ、セレネ、熱感センサーに切り替えてくれ」
『え? はい、分かりました』
無線で繋がっているセレネのドローンに視界を移し、熱源観測モードに切り替えて確信する。
あのグリフォンめいた怪物には小型の融合炉が積まれていると。
高次連では低温核融合炉は極めて基本的な動力炉として親しまれている。技術の発展と共に小型化と安全化が進んで臨界事故を起こすことがなくなったそれは、日々の動力として浸透し、義体の主機になるほど普及していた。
あの巨体を浮かすにはハルピュアのバッテリーじゃ無理だと思ったんだが、ビンゴだとは。
そして、動力炉さえあれば……。
〔なぁ、リデルバーディ、君は〝聖槍〟を使っていただろう? あれを撃てないか?〕
〔無茶を言うな! 俺は端子があるから射手にはなれるが、祈祷師五人で祈ってやっとの代物だぞ!!〕
問うてみればリデルバーディは悪態交じりに私の非常識を詰った。
ああ、やっぱりアレ祈祷で発電して撃ってたんだ。いよいよ魔法染みているな……本人達は何も自覚していないけど、凄いことをしてるって分かっているのだろうか。
だってたった五人が踊るだけで50GW、原子炉並の発電量を出せるなんて、どう考えてもおかしいだろう。街一個食わせていける電力量だぞ。
やっぱりこの世界には魔法があるのかもしれない。私が認知できない形での。
となると、頼りになるのは形がある〝科学〟の結晶だな。
「すまんセレネ、少し無理をする」
『は? 上尉、何を……』
私は万能工具を取りだして自分のコイルガンを分解し、バッテリーコネクタを露出させると、帯革に刺さっていたマガジンとコードでどんどん接続していく。
コイルガンは電圧によって威力を増すことができる銃だ。取り回しのためこの大きさ、壊れないようにするため今の出力になってはいるが、無茶すればバッテリーの数だけ威力を上げることができる。
FCSが悲鳴を上げて、非推奨、危険、禁圧状態と警告ウィンドウをポップアップさせるが全て管理者権限で無視。
[皆、離れていろ]
『上尉! 無茶です!!』
「一発で当てりゃいいんだ当てりゃあ!!」
万能工具をナイフに切り替えて近くの床に突き刺し、腕を乗せて固定。つま先で地面を蹴って掘り返し固定。
「ノゾム! 何をするつもりなんだい!?」
「ガラテアも離れていてくれ! 衝撃でぶっ飛ぶぞ!!」
慌てて走り去っていく仲間達が安全圏に逃れるのを確認すると同時、私は超過充電状態に陥ったコイルガンを躊躇なくぶっ放した。
超音速の弾丸が虚空を駆け、殆ど同時にコイルガンが〝爆ぜた〟。銃身が破裂し、グリップが蕩け、バッテリーが炎上する。
反作用によって私の体も吹き飛び、そのままバック宙するように虚空へと投げ出された。
世界が回る。一回転、二回転……目で逆さまになった視界の中、弾丸が異形の頭部を貫通するのが見えた。弾丸が飛び込んだ衝撃が内部で溢れ、正面装甲を貫通した際に背面に突き抜ける勢いを喪ったのか中で跳弾しまくっているらしく機構が内側から滅多打ちにされて火花を散らす。
やがて、グリフォンめいた怪異は制御を喪ってフラフラと堕ちていった。
「ははっ、やってやった」
『上尉! なんて無茶を!! 生きてるのが奇跡です! ああっ、T・オサムのご加護に感謝いたします!!』
「アレを落とさないと、どうせ引き返すしかなかったんだ。仕方ないだろ」
更に三度、四度と転がって藪にぶつかりやっと止まった私をセレネが大声で怒鳴った。視界の端っこのウインドウでは、体を模した人型の図形、その端々が真っ赤に染まってダメージを警告してきている。掌は火傷でボロボロになり、肉も幾らか削げているようで、体の各所に破裂したコイルガンの部品が突き刺さっていた。
[……! …………!!]
「……! …………!?」
心配して駆け寄ってきたリデルバーディやガラテアの声が聞こえない。ああ、こりゃ鼓膜も逝ったな。
私は手を振って心配するなと示し、腰のポーチから賦活剤を取りだして首筋に刺した。これで直に体の損傷は治ることだろう。
『上尉! 本当になんてことするんですか! 今、貴方の体に換えはないんですよ!?』
「あいででで……分かってるよ、セレネ、君を一人にするつもりはない。むしろ、長く一緒にいるため頑張ってるんだ」
鼓膜が破れた今、伝わるのは圧縮電波言語で喚くセレネの声だけ。
相方はちょっと心配性すぎるな。まぁ、気持ちは分かるから大人しく叱られておくけどね。
あー、やれやれ、痛みなんて久し振りだな。普段は選別削除できるから軽減していたけど、この丁種義体は器用なことができないから困る。
痛いのは生きてる証拠とは言うけれど、やはり煩わしくて仕方がないな。
私は発射の衝撃で吹っ飛んでいった多目的工具を拾い上げ――コイツも大概頑丈だな。羨ましくなってきた――墜落した異形の下へ走り寄る。鼓膜が破れているので三半規管が不安定だが、電脳のバランサーで無理矢理調節して到達し、熱源が喪われていないことを確認してから異形の腹を開いた。
するとどうだ、念願の低温融合炉が――林檎大の大きさをした歪な球で、絡まったコードが本当に臓器のように見える――生物でいうなら心臓に位置する場所で正常稼働状態にあるではないか。
私は小躍りしたい気分でコード類を外し、端末に繋げて制御をオーバーライド。自分の物にして融合炉を持ち帰る。
その頃には鼓膜の修復も終わって、外の音が聞こえるようになってきた。
「大丈夫かい!? ノゾム! 血だらけだ!!」
「心配要らないよガラテア、傷は霊薬で塞がった」
「でもっ、でも痛いだろう!!」
「痛みなんて我慢すればいいだけだろう?」
心配そうに体をペタペタ触って傷口が本当に塞がっているか確認したがるガラテアのさせたいままにしてやりながら、私はリデルバーディのところに向かう。
そして、別の戦士達がえっちらおっちら運んでいた〝聖槍〟を指さした。
[リデルバーディ、私を戦士と見込んでくれるなら、あの聖槍に触っても良いだろうか。君達が認めてくれた名誉戦士の称号にかけて壊すようなことはしない]
大事な物なので置いて行くことはできないと主張するから、運んできた物に仕事をしてもらおう。コイツが稼働すれば大群も何するものぞ。
[あ、ああ、構わない。だがノゾム! 今の音でハルピュアを刺激してしまったぞ!]
[なぁに、まかせておけ]
お許しが出たので〝聖槍〟、小型の荷電粒子砲の隣に座り込んで予備コードを大量に引っ張りだし、融合炉と接続していく。
テックゴブ達は何らかの弾体を込めた上、体をコードと接続して周りで躍る儀式にて発電していたようだが――実際、間近で見ても電源は一切備わっていなかった。いよいよ以て不思議だ――無限のエネルギーを生む融合炉を接続すれば、本来の力を発揮できる!
「ぐおっ、重いな……」
[聖槍を一人で持ち上げた……!?]
重量は80kgくらいか? 六角柱という持ちづらい形状、短すぎる三脚は私の役に立たず、専用のグリップがないので抱えるように持つしかないが、何とか構えられる。
しかもコイツ、ちゃんと火器管制系が搭載されているじゃないか! OSの種類が少し違うが、コードを書き換えて無理矢理接続し修正。連動してFCSに充電状況と危害半径が表示されるようになった。
[ようし、道を空けてくれ!!]
ギャアギャア空中で集結しつつあるハルピュアに聖槍を向け、充電状況を確認。
充填率45%、半分未満だが十分十分。
私は火器管制に出力を30%に落とし、二秒間だけ発射するように設定した。以前にテックゴブ達が発射していた火力を鑑みるに、ハルピュア相手にはこれで十分だからだ。
「さぁ、いくぞ!」
仮想のトリガーを引き〝荷電粒子砲〟を目覚めさせる。砲身の中で二機の電子加速器が円を描くように重金属粒子を加速させて螺旋を画き、遂には色を帯びない力の塊となって解き放つ。
惑星の磁場に影響を受けながらも不可視の電荷された粒子は直進、15GWもの大電力を受け取った加速器の出力で混淆されながら亜光速で飛翔し、集まりつつあったハルピュアを横薙ぎにして蒸発させた。
直後、砲身の放熱板がガバンと音を立てて開き、放熱が始まる。
周りの仲間達は、一撃で蒸発したハルピュアの群れを見てポカンとしていた。
[な、なんてことだ、祈祷師五人がかかりで起動する〝聖槍〟がたった一人で……]
[勇者だ! ノゾムは戦士なんてものじゃない! 〝聖槍〟に選ばれた勇者なんだ!]
テックゴブ達が盛り上がり始め、何か凄い物を見たことを直感したらしいシルヴァニアン達も踊り始めて喜びを表現する。
「ノゾム……君、ギアプリーストの才能があるよ! 高位司祭になるのも夢じゃないくらい!!」
「いや、だから何なんだ! 勇者だとかギアプリーストだとか! 私は仕様通りに道具を使っただけなんだが!?」
叫んだとしても盛り上がりは収まりを見せない。
セレネの『あーあ、調子に乗るから』という言葉が腑に落ちないまま、私はどこか小っ恥ずかしくなる二つ名と、大型の脅威に対抗する武器を手に入れたのであった…………。
【惑星探査補記】荷電粒子砲。宇宙空間における〝近接攻撃オプション〟の一つ。主として一光秒以内の距離に肉薄する雷撃艇や接近してきたミサイル、大型デブリなどの撃墜に用いられるが、惑星表面上においては磁場や地磁気の影響を強く受けるため運用されることは基本的にない。
次回の更新予定は2024/07/13 19:00頃 を予定しております。