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10-6

 軍人と騎士、その最大の違いは何か。


 両者共に専業軍人であり、戦争への備えを存在意義としているが、大きく異なる点が幾つかある。


 一つは軍人というのは文民に統制されるものであって、騎士とは君主の命に服する者である点。


 要は指揮系統の最高位が異なっている。


 高次連は議会民主制を敷いている国であるため、軍は厳格なシビリアンコントロールの下にある。我々はその場の気分で敵を殴っているように思われることもあるのだが、これでいてちゃんと議会を通してから統合軍という棍棒をブン回している文民の軍隊だ。


 まぁ、議会が「そんな議論なんて野蛮な……ここは一つ暴力で……」というタカ派と「一発鼻面殴って黙らせてから対話しましょうよ」というハト派が――怖ろしいことにこれがハト派なのだ――多数を占める議会なので、軽々に抜いてはならない伝家の宝刀が包丁並みの気軽さで抜かれるのはさておくとしよう。


 諸々勘案して、やっぱり騎士と軍人は全く違う種族であるわけだが、これは見た目にも大きく現れる。


 「うーん……ド派手……」


 私は新規編成した〝テイタン2 TypeG〟の仕上がりを見るため、工廠ユニットが移設されたヒュペリオン2の格納庫を訪れたのだが、飛び込んできた色彩の色鮮やかさを見て思わず呟いた。


 「赤、青、黄、白、黒……」


 居並ぶテイタン2は基本のオリーヴドラヴや出荷時お約束の市街戦のグレーという地味な機体が一機もなかった。


 それもこれも、新設の戦闘団編成にあたって、押っ取り刀で出て行った前回と違い、騎士達から陳情が上がってきて、その圧に屈さざるを得なかったせいだ。


 軍人と騎士の違い、その中でも大きい物は、前者は戦場では目立っちゃいけないのだが、後者はむしろ目立ちたがることにある。


 元々は敵味方識別を容易にし、友軍相撃を防止するために行われてきたソレであるが、騎士にとって伊達に彩ることは生き様の誇示であると同時に、戦場といういつ生命を散らすか分からない場所に身を置き続けることへの報酬でもある。


 そのため、マギウスギアナイトのギアアーマーは新兵でもない限りは家紋やら個人のイメージ、好きな色やらがペイントされていることが多く――一応規則で左肩に機械聖教の紋が、右肩に家紋がと決まってはいるらしい――我を見よとド派手に色を塗る文化があるそうだ。


 その魂を機動兵器乗りになっても引き継ぎたい者は多く、戦場で目立てず散るのはあまりに虚しいという意見書がダース単位を超えて届き、随伴歩兵などの賛同者が送ってくる物も含めるとグロス単位に近づいたため、面倒臭くなって「もう好きにしてよ……」となったため、格納庫はまるでスポーツカーの展示場めいた彩りを見せているのだった。


 まぁ、ヒュペリオン2の整備工廠ユニットも無傷で手に入ったおかげで生産能力には余裕があるから、多少塗料を無駄遣いするくらい良いんだけどね。それに現代戦だとセンサーが発展しまくったのもあって、単なる迷彩って余程低性能の光学素子を積んだ相手以外だと意味がないし。


 ただ、どの機体が指揮官機か分からず、エース機がしれっと混じっているかもしれないという恐怖を突っつく、統合軍お得意の機動兵器運用ドクトリンが使えなくなったのは惜しい。


 いや、相手をしているのは基本的に人間ではなく異形ばかりで、本能のままに襲いかかってくる連中だけだからディスアドバンテージとまでは行かないからこそ、私も容れたのだけども。


 ただ今後、ちょっと知恵が働く敵が現れたら偉そうなのから叩き潰そうと考えるのは当然なので、必要に応じて強権を振るう必要はあるかもしれない。


 うん、色々理屈を捏ねたけれど、心の中の男の子が「でもエースカラーって超格好良いじゃない」と囁くから、気持ちは分かるんだよね。私もゲームの中だと黒をベースに赤の差し色を入れた、悪役っぽさとヒロイックさが同居したカラーを好んで使っていたから。


 「あっ、ノゾム!」


 「おや、代将補閣下。ご機嫌麗しゅう」


 「だからそれ止めてよ!!」


 鶏冠まで付けるとか、どこで発注したんだよと言いたくなるチューンがされている目に喧しい機体群の中を見て回っているとガラテアに合った。すっかり体に馴染んだらしい高次連規格の軍用ツナギを着込んだ彼女は、自分の機体を整備する機着長と――整備士というより、毎日の祈りを担当するギアプリーストだ――調整の相談をしていたようであった。


 今や正式に指揮権を相続して黄道共和連合代将補となったガラテアに敬礼をすると、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして胸を小突いてきた。


 「ははは、ごめんごめん。しかし、精が出るね。午前中は実機訓練だっただろう?」


 「だから尚更違和感を潰しておきたくて……ほら、施術の後から感覚が違って……」


 言って、彼女はぽりぽりと背中を掻いた。


 黒色のツナギに隠された背、脊椎は先日ヒュペリオン2の医務ユニットにて機械化施術が施され、更に高度な電脳がガラテアに実装された。半ばカンで行われている天蓋聖都と違い、一応は知識がある私とセレネが仕様書を読み込んで、出荷時状態から劣化していない医務室で行ったので安全性は抜群だ。


 今や彼女の脳は脳殻にコーティングされており、内部に小型の陽電子補助演算装置が組み込まれている、定義づけするなら乾眠に失敗した神祖達と何ら変わらないスペックになっていた。


 「世界が広くなったというか、遅くなったというか……」


 「それが〝コッチ〟の標準だ。慣れた方が良いよガラテア」


 代将補として今後ヒュペリオン2に直接命令を下す彼女が、一々私を中継に挟んでいては手間であること。


 そして何より、当人が志願したこともあって、現在のガラテアは機械化深度Ⅲといったところまで体をチューンした。


 重要な臓器を残しつつ、戦闘に特化した肉体は機械化人に近づいており、高度な電脳化が施されたこともあってクロック数は一般的な旧人類の数十倍に引き揚げられた。


 我々の価値観では、それでもまだ遅いのだけれど、急に時間が澱んだように引き延ばされた本人にとっては関係ないのだろう。まだ弾丸を見てから避けることはできないが、引き金を引く挙動に反応するくらいは余裕になった世界の中で、一々パラメータを弄くって適応するのに難儀しているようだ。


 光子結晶仕様のOSならば滅茶苦茶ファジーにクロック数を調整してくれるから簡単なんだけど、できるだけ生身を残したいとの希望に沿ったから、かなりチグハグになってしまったのだろうな。


 一気にⅤまでやるのは怖い、というのは理解できるから、非難する気はないけども。


 「おや、ガラテアは塗装をしていないのかい?」


 「んー? 僕はそういうのあんまり興味ないから。あと……」


 ノゾムとお揃いが良いんだ、と微かに頬を染めたガラテアのテイタン2は、今までと同じオリーヴドラヴの標準迷彩。左肩に歯車が組み合った機械聖教の聖印が刻まれているだけで、後は胸部装甲に星が二つ刻んである。


 あれはキルマークだな。ヘパイトス3と乱戦の中で二機も撃破したから、機着長がペイントしたのだろう。戦場に行く乙女が飾り気がなさ過ぎてはあまりに可哀想だと想って。


 そして、カタログを見た誰かが「格好良い!!」と気に入って大流行した、一応は対破片防護や電子戦欺瞞効果のあるマントもなしね。実にプレーンでテイタン2らしい仕上がりは、私の好みに合っていた。


 「ぼ、僕はシンプルな方が格好良いなって気質だから! ほ、ほら! ノゾムは飾らなくても強いから、肩に国章とエンブレムだけしか入れてないじゃない!?」


 「まぁ、元々ゴテゴテすると怒られる軍記だったからね」


 精一杯自分の言葉を誤魔化すように手を振るガラテアを微笑ましく見守っていたが、実際私の機体は配下のそれと比べてペイントは少ないし、オプション装備も何も追加していない。


 今や私とセレネしか帯びることのない恒星の球と、光子生命体が放つ八方後光に八角縁の紋章が陽光と機械の歯車を同時に模す高次連の国章を左肩に抱き、右肩にはサムライの称号を許された者だけが帯びることの許される〝士魂〟の二文字を刻み込んだ。


 本来は味方にしか見えないホロタグでやるべきことを、態々実体塗装でやるのは中々気が引けたが、私がお洒落しないと誰もお洒落できないと言われたので仕方がなく塗ったのだ。


 それに、これでも地味にした方だ。本当は私の猛々しさを現す赤が良いとか、慈悲深き聖徒の色たるライトイエロー、ツナギに合わせた黒喪が良いとか周りが好き勝手言う中、私は緑が好きなんだと言い通して標準塗装を貫いた。


 聖都では緑は地味な色として好かれていないのか――ド派手なエメラルドグリーンは別だが――変わった趣味扱いされたのは、少し異議を唱えたいところである。


 何となく最奥に仰々しく安置されている私のテイタン2に近寄ると――因みに、帝都郊外にあった例の守護神様をフルレストアしたものだ。士気が上がるだろうから、手間暇かけて使うことにした――他の機体より数倍の機着整備士が熱信に祈祷を行っていた。


 「ねぇ、ノゾム、アレってなんて読むの? 高次連の言葉って……」


 「表意文字だからね。喋れても読めないのが普通だ。電脳化したら翻訳プロトコルが入っているだろう?」


 あ、そっか、と新しいスマホを買ったばかりのように機能を持て余しているガラテアは、こめかみに指をやってうんうん唸ったあとで、やっとこ翻訳機能を起動できたらしい。ここら辺、補助AIが気を遣ってくれる高次連性と黄道共和連合製で使い勝手がかなり違うんだよな。


 何と言うか、彼等は脳にAIを入れるのが怖いとかで、実装を嫌がったのだ。


 そも反乱できるような仕様にしてなきゃいいだけの話なのに、何をビビっているのだと高次連では笑いの種になっていたな。


 「しこん……サムライの魂?」


 「古い文化でね。元は第十一旅団の紋章で、十一を縦に並べると士、つまりサムライを意味する言葉になるって洒落でついたんだけど、時代を経るに連れて私達甲種近接格闘徽章持ちの象徴になったんだ」


 今は軍規の問題で出力できないが、私が持っている数々の徽章の一つたるサムライの証は、下部に交差した刀で飾られた士魂の二文字。数十億の高次連軍人のなかで1%未満しか持っていない誉れ名は、私という個我を支える柱の一つである。


 故に、派手にし過ぎないように、しかし心構えを忘れないようペイントした。


 「あ、いいことを思いついた」


 「どうしたの?」


 「ほら、戦闘団のナンバーがまだ決まっていなかっただろう?」


 私が率いる部隊は独立性のため庭園騎士団には含まれず、独立した戦闘単位として運用するため、定数のない〝戦闘団〟とすることがアウレリアとの交渉で決まった。


 やろうと思えば軍団規模まで拡充できる自由裁量権を得たが――そこまで維持するリソースがないから、最大でも師団で抑えるが――戦闘団としてのナンバーが未定であったのだ。


 騎士団では臨時編成の部隊でも二桁番号までしか使っていないと聞いていたので、三桁番号を割り振れば誤認はないかと考えていたが、丁度良いじゃないか。


 一人の士が指揮する部隊、ということで、我々は一一一戦闘団ということにしよう…………。




【惑星探査補機】高次連は極めて膨大な軍隊であるため、一般的に四桁の番号を編成に用い、上二桁が所属、下二桁が部隊番号となる。その上で五桁の番号は臨時編成、ないしは〝特別運用部隊〟であるため、今回の命名はその規則に倣ったものとなる。

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― 新着の感想 ―
生身が好きな黄道ナントカにはスマホあってもおかしくないし、教育課程だったという現代日本にそっくりのVRの中にはスマホもガラケーも黒電話もあったんじゃねぇかな。
高次連にスマホが? 流石に違和感。
>>そんな議論なんて野蛮な……ここは一つ暴力で……  議論が野蛮って、和、話し合いが十七条憲法のころから一番に来る日本には何言っているかわからない?議論なんて面倒くさいとか、弱肉強食の原則に基づいてと…
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