表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/119

10-5

挿絵(By みてみん)

 人出が足りないならどうすればいいか。


 死蔵されていた人材を掘り返せば良いのだ。


 「聖徒様の慈悲に深く深く感謝いたします。我等の身命を賭して御奉公することを機械神の御名において制約いたします」


 「大義である。励めよ」


 本音で言えば、そこまでしなくていいよと言いたい私の前に数人の男達が跪いていた。


 彼等はヴァージルが権勢を誇っていた時代に〝異端〟認定を受けた、いわゆる政治犯であり、今まで獄に繋がれて飼い殺しにされていた人材だ。


 代表して声を上げたのはイェフダ・シモンソン・ポートマンという少壮の男性で、掘りが浅く、投獄生活中に蓄えたであろうもみあげに繋がる豊かな髭が特徴の男だった。


 黄道共和連合は非コーカソイド系の人類も多かったので、そのDNAデータを引き継いだ天蓋生徒の民も肌の色や顔付き、骨格が様々だが、彼は恐らくユダヤ系に近い遺伝子プールから生み出された血の連枝であろう。


 「我々、接寄派熱信党が再び陽の目を見ることがあろうとは。これぞ正に機械神の差配。我等信派の身、如何様にでもお使いください」


 深々と真新しい司教服に身を纏ったイェフダは、機械聖教の宗派でも正当とされる福音派と異なり――聖典の厳格な遵守に重きを置いた信者集団――聖典を自己解釈し、少しでも神祖に歩み寄るべく〝身体改造〟を追求したがために不遜であるとして異端認定を喰らった一派の長だ。


 聖なる機械を体に埋め込む自己改造自体は福音派も行っているが、それは必要に応じて行われるものであり、基本的に事故や戦争で肉体を失った時に行われる。アウレリアが手足を拡張義肢に入れ替え、聖別機械との同調のため神経系を一部機械化しているのがそれだ。


 一方で接寄派は神祖に近づくため、まだ使える部分も機械化することを推し進めた過激派とも呼べる戒律を持っており、跪いたイェフダの両手両足は義肢に置換されていた。軽くスキャンしたところ、左目も精巧な義眼に入れ替わっているし、内蔵も四割ほどは機械に置換されている。


 こりゃかなり適性のあるギアプリーストだったようだな。


 何でも修練として麻酔なしで切り落とし、その後に接続する荒行の末にこうなったようで、ぶっちゃけ話を聞いた時はちょっと退いた。


 いや、性能を高めるために機械化するのは分かるんだけど、まだ使える部分を〝不便だから〟捨てるのではなく、信仰を示すためにぶった切るのは機械化人的にも理解不能だったのだ。


 そこまでする必要ある? と、有神論的無宗教な我々には思えてならないのである。


 ともあれ斯くあれ、今の天蓋生徒は聖職者という名の技術者不足。故に私はアウレリアに掛け合い、自分の責任の下で政治犯に恩赦を与えた。


 勿論、横領犯や刑法犯は弾いた結果、異端認定を喰らった政治犯の大量釈放になっただけで、彼等の教えに同調した訳ではない。


 ただ、彼等を目溢しすると、一つ大義名分ができるから選んだのだ。


 「では、名乗りたまえ」


 「はい、私は……ヴァージニア、ただのヴァージニア助祭です」


 呼ばれて現れたのは、聖女の格を剥奪された代わりに助命が認められたヴァージニアだ。


 彼女は深度Vの電脳化と全身義体化の実験が施されたこともあり、現状の人類で限りなく神祖に近い存在である。


 つまり、ヒュペリオン2の面倒を見させるのにも天蓋聖徒の世話をさせるのにも最適な下地が作られている人員であるのみならず、敬虔で自己保身を考えない性格。


 こんな人材を民心慰撫のために吊すのは勿体ないと、私自ら助命嘆願して、雇った吟遊詩人にお涙頂戴のストーリーを握らせて野に放った上で極刑リストから外したのだ。


 聖典を引用すれば、彼女は機械神の残滓を降ろすために捧げられた犠牲の羊。余程の設備がなければ死ぬ可能性が高い深度Vの全身置換施術という〝難行〟に耐え抜いた〝殉教者〟であると説得すれば、聖徒がこねた屁理屈だけあって割とすんなり通ったよ。


 あと、父親が自分に施して安全か確認するための実験台にされたこと、自分を身代わりにしてでもヴァージニア領の安堵を願ったことも買われて、同情的な意見が結構多かったのもある。


 ということで、政治犯を利用して不足した人手を補おうという寸法だ。


 実際のところ、私も祈祷によって引き起こされる、機械に耐用年数を無視させる奇跡にどれだけの人材が必要か分かっていない。故に、とりあえずあればあるだけええやろの精神で、信仰の方向性はさておき、人品がねじ曲がっていないのを片端から牢獄から解き放って今に至る訳だ。


 「聖徒様、ご無礼ながらご質問が」


 「ん? 何かね」


 イェフダが問うてきたので、ヴァージニアを助命したことの是非でも問われるのかと思っていたら、彼は落ち窪んだ眼からキラキラとした目線を私達に送ってくる。


 「聖徒様は全身が機械でできていると窺いました。真にございましょうか」


 「生体パーツはあるが、まぁそうだな」


 「おお!!」


 答えてやると、彼はやにわに立ち上がったかと思えば、そのまま両手を広げて五体投地をした。


 しかも、一体跪いてクッションを入れるやつじゃなくて、つま先から重力に従って顔面を打ち付けるクッソ痛そうなヤツをだ。


 困惑している私とヴァージニアを余所に彼の追従者も続々立ち上がって痛そうな五体投地を行い始める。私は、その凄絶さに止め時を見失い、全員が痛烈に顔を打ち付けた。


 高感度聴覚素子が拾った音は、床と鼻骨がぶつかってへし折れた音だろうか。よくよく見れば、硬質素材の床に赤いシミが広がり始めているのが見えた。


 ええ……こわ……。


 心の底から退いていると、ゆっくり起き上がった接寄派熱信党のギアプリースト達は立ち上がり、血濡れの顔面に手をやって鼻骨の位置を直したり、懐から取りだしたハンカチで流血を防ぎ止めていた。


 「あー……その……大丈夫か?」


 「はい、問題ありません。我々流の最上位礼ですので」


 何でも何割か機械化されていた神祖の体は、倒れても痛みを感じないという聖典の記載に従って、自分達もその領域に至ろうと努力するべく体を痛めつける五体投地が慣例になっていったそうだ。


 自分で引っ張り出しておいてなんだが、そりゃこんなことしてたらヤベーヤツらだと思われて異端認定の一つも喰らうわと思った。


 いや、しかしアウレリアも凄いの寄越してきたな。信心だけは清廉派の次に信頼が置けますと言っていたけど、これはもう狂信の域なのでは?


 「我等を獄から解き放って下さった信徒様に従い、聖務に全うすることをここに改めて誓いまする!!」


 「ああ……うん……励むが良い」


 コワイ。今回は元司祭以上の人間とだけ会って、身分復権の話をしたんだけど、こんなのがあと三百人からいるってマジ? 私、どうやって付き合っていけば良いの。


 困惑が大いに勝ったが、ただ、好感を覚える要素も一つあった。


 彼等は一度も、すぐに自分も高度に機械化してくれと嘆願してこなかったのだ。


 今までアウレリアや一部のギアプリースト以外と会えば、やれ聖徒の力でああしてくれだのこうしてくれだのと喧しかったのに――賄賂を握らせようとした不届き者もいた――彼等は一度もみっともなく私に縋らろうともしない。


 それは、信仰者として、神をただ(よすが)とするのではなく、仕え支えるという本来の宗教者としての姿勢を示していた。


 だから私も、ちょっと退きはするけど、やっぱ牢獄に戻そうかなとは思わなかったのだ。


 「しかし、ヴァージニア助祭は凄まじいですな。私よりも機械化率が高いとは」


 「え、えっと……」


 「彼女は脳の高次領域部分、約3%意外を除いて全て機械化されている。聖都で最も私に近い存在と言えるだろうな」


 「でしたら助祭ではなく、大司教になっていただいてもいいものを……枢機卿補佐は何を考えていらっしゃるのか」


 そりゃ正常なことをだよ、というツッコミを辛うじて抑え込み、これも政治だと呟くに留めた。


 とりあえず、どうにかこうにかヒュペリオン2を維持する人員は揃っただろうが、随分と人生の芸風が違う連中が集まってしまったなぁ……どうしたもんだか。


 いや、旗艦を乗っ取ってクーデターとかやらかしそうにない性分だろうから、その辺は信を置けるので、要らん心配をする必要がないのは凄く安心できるんだけどさ。


 「ディド」


 『御側に』


 愛さなかったとはいえ、自分の娘が妙ちくりんな教義を勝手に編み出した連中の姫と化している様を微妙そうな顔で眺めていたヴァージル、もといディドに彼等を連れヒュペリオン2を案内するように命じた。


 無機質なはずの貌からもジトーっとした抗議の視線を感じたが、私は努めてそれを黙殺し、さっさと行けと命じると、魂を命令に絡め取られている彼は接寄派を連れて出て行った。


 「さて……」


 ギシリと心地好い音を立てて軋む椅子に体を沈める。


 ここはヒュペリオン2の艦長室。元々VRアバターやチャットで色々済ませるきらいがあるため、艦長の私室でも質素かつ簡素な豆腐建築に定評のある高次連と違って、輸出先の黄道共和連合に倣って威厳を醸し出すべく広々としている部屋には、ヴァージルが運び込んだ調度品などが並んでいてどこぞの城の一室めいている。


 前の主が討ち取られて――しかも、割とガチめに死ぬより酷い目に遭っている――空室となったここがしばらく私の私室なのだが、広すぎて落ち着かない。


 どうしたもんだかと、机の上にとりあえず置いた木製のシガーケースから精神沈静用の煙草を取りだしていると、セレネから連絡があった。


 『私だけど。どうかしたかい?』


 『ドックΑ-1へのテミス11係留作業を完了しました』


 『ああ、ありがとう』


 アイガイオン級陸上戦艦は随伴艦を伴って行動することもあり、巡洋艦級の船に対しては船外整備設備しか持っていないものの、二つしかない大型格納庫には掃陸艇を格納できるような構造になっている。乾船渠ほどの設備ではないが、応急修理や重整備ができるだけの能力が備わっているので現状だと実に心強い。


 ただ、こうなってくるとコットス級とギュゲス級を喪ったのは勿体なかったな。旅の足としては、小型な掃陸艇がもう一隻あれば小回りも利いて、戦術的な幅が出たのに。


 とはいえ、ない物ねだりをしても仕方がない。故に大改修を予定しているテミス11を放り込む作業を任せていたのだ。


 『これから簡易装甲を再びパージして、飛行と長距離移動に適した武装への換装作業を始めます』


 『ありがとう。全員に指差し呼唱とハーネス、それからヘルメットの装備を厳命するように。軽外骨格は行き渡っているんだよな?』


 『心得ておりますよ。装備充足率は完璧ですし、慣れたシルヴァニアンやテックゴブを監督者として配置し、現場監督にピーターを充てています。あと、重作業用に何人かテイタン2パイロットを借りますがよろしいですね?』


 『好きに使ってくれ』


 これから無理矢理装甲をパージして空を飛んでいたテミス11は生まれ変わる。ヒュペリオン2に搭載されていた整備工廠を用い、二人で色々な過去のデータをひっくり返して作った掃空挺とでもいうべき飛行母艦に生まれ変わるのだ。


 まぁ、ぶっちゃけて言うと元の状態に戻すこともできるんだけど、衛星砲も超巨大砲に狙われる心配もない今、空を飛べる作戦司令部というアドバンテージはかなりデカイからね。天敵がいないのだから、かつて諦められたペーパープランを復活させちゃおうという運びになった訳だ。


 これでテミス11は食べ損ねた鰈の一夜干しめいた状態から、綺麗な二等辺三角形に後進翼のついた機能的な外見に生まれ変わることであろう。格納されていた予備の抗重力ユニットの増設、主推進器やサブスラスターの増設によって機動性も向上し、機動兵器の運用能力も大幅に上昇する予定だ。


 三ヶ月ほどの工期を予定しており、我々基準では随分とのんびりした建造速度だが、熟練工が不在の上、人材は全て天蓋聖徒の救貧対策で無職者を募ってやっているので仕方がない。


 高次連はかつて三日あれば駆逐艦を建造し、掃宙艇であれば一日と半分で仕上げる凄まじき製造能力を持っていたが、私はただの敗残兵。現地で使える物を使えている分、その遅々とした進みとしか言いようがない工期にも納得するしかないのだ。


 ああ、三ヶ月もあれば、正規の衛星級戦列艦が完成してもおかしくないというのにな。今じゃ戦闘団一個揃えるのが年単位の仕事か。


 クロック数を上げても、時間がジリジリとしか過ぎないのは辛いものがあるなぁ…………。




【惑星探査補機】高次連の何よりの強みは軍の編成・再編成の素早さであり、必要に応じて現地工廠にて短期間で艦隊が構築されるため、護りが薄い地点を強襲したと思ったら、観測距離に入った瞬間に数個艦隊がお出迎えしてくることが珍しくないことだ。

実質異世界転生、書籍版本日発売!!


本屋巡りをして確認してきましたが、早速並んでいて感無量でした! 筆者にチャーシュー麺でも奢ってやるつもりでご購入いただければ幸いです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
書籍買いました!セレネのイラストが非常にいい・・。人外的ながら艶っぽいというか癖にささりますね!そして望がソルジャーなのにアンニュイな顔立ち・・まあ義体だから出力が上がったからってムキムキな訳ではない…
先生、書籍のカラーページの上尉がページの谷になってて顔が半分見栄ないでござる! 悲しいでござる!
修練として麻酔なしで切り落とし~の下りを見て「モズ●ス様と波長合いそう」と思っておりましたが、その後の彼らの行動を見て「これモ●グス様だよ!」ってなりましたw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ