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10-4

 腑に落ちない気持ちを抱えながら天蓋聖都の目抜き通り、機動兵器でも十分余裕がある街路を行進する。機動兵器乗りたちは基本的に戦闘訓練ばかりさせていたこともあって、歩調がチグハグなのが残念であったが、そこは巨体の持つ勇壮さで誤魔化して民達が萎びるようなことはなかった。


 隊列が天蓋の下に向かうにつれて観衆は高貴な人間となり、最奥には輿に乗ったアウレリアが待っていた。


 彼女は滑らかな動作で降りると跪き、私達を粛々と迎え入れる。


 『隊列、分かれ』


 命令に従って偶数列を成していた歩卒隊が半分に分かれて〝テイタン2〟に乗っていた私が先頭に出る。


 『帰参した』


 「無事のお帰り、何よりにございます」


 機外用スピーカーで語りかけるとアウレリアは一層平伏し、背後に控えていたギアプリースト達もそれに続く。


 私は身振りで民達に落ち着くよう指示すると、コックピットブロックを開いて義体姿で降り立った。


 流石にこの後、会談をするから脳殻を移しての移動は面倒だからね。今回は有人型に改造した機体に乗って出てきた訳だ。


 「此度の戦勝において、機械神の一部を回収した。都市の鎮護を大いに扶けることであろう」


 「あの威容、間違いなく機械神の指先に間違いありません。天蓋生徒臣民、及び枢機卿補佐として喜ばしく存じます」


 「神の慈悲は信徒へ平等に運ばれねばならん。故に饗宴の振る舞いを用意した」


 言って手振りで指示すると、隊列の後方から大型コンテナを背負っていたテイタン三機が歩み出て、ゆっくりとしゃがみマウントラッチからコンテナをずらすように地面に下ろした。


 本来は地上の歩兵に装備を供給するためのオプションであるが、今回納まっている物は違う。


 〝ヒュペリオン2〟な内部に軍団規模の部隊を呑み込んで起動する戦闘艦だ。故に、当然の如く格納された人員を食わせて行くための設備がある。合成食料プリンターからはレーションのみならず嗜好食パッケージも出力することが可能で、その上、肉体が人間に近い黄道共和連合の兵卒は酒も嗜むので大量の速成醸造所もある。


 十万からの人間を食わせて行くだけの設備を持て余しておくの勿体ないので、祝いと言ったら為政者からの振る舞い酒とタダ飯だろうということで、大量に生産させて持ってきてあったのだ。


 実際、これだけ派手にパレードをやったのだから、飯と酒がなかったら反乱物だ。


 「有り難く存じます、聖徒様。機械神の恵み、民に惜しみなく配分いたします」


 コンテナから見える大量の食料に民達は沸き立っており、同時にアウレリアはヴェイルの向こうでほっと表情を緩めているのが分かった。恐らく、今回の凱旋式に伴って放出しなければいけない備蓄食料が減ったことを喜んでいるのだろう。


 天蓋生徒は二次・三次産業を中心とし、それ以外は金融主体の都市だからな。四方からの物資供給が細っている今、大々的に蔵を開いてパーティーとあったならば、有事に備えた備蓄が随分と減って困ったことになったろう。


 「この後、輸送機で食い尽くせぬほど追加を運んでくる。盛大に振る舞い、大いに祝え」


 「お慈悲に感謝いたします。機械神に祈りを」


 アウレリアが祈りを捧げるとお供の信徒達も同様に祈り、民は無差別に神や聖徒を讃える全く揃っていない合唱を上げた。


 そして、表向きのパフォーマンスを追えた私は、謁見室へと上がる。


 下の指揮はガラテアに任せ、勇士達は民にもみくちゃにされる勢いで歓迎されて自尊心を大いに満たす。命を懸けて無茶な戦場に向かったのだ、報酬としてその時間を楽しむのは当然の権利であろう。


 その後、静々といつもの謁見室に引き下がると、アウレリアは身を投げ出すよう深く椅子に体を沈めた。そして、ヴェイル越しにこめかみを揉んでみせる。


 「さて、また難儀なことになりましたね」


 「デカブツを急に持ち帰ったのは悪いと思っているよ。だが、アレが地方で転がっているよりはマシじゃないかな?」


 「仰る通りですが……」


 はぁ、と物憂げに溜息を吐いて、脇息に預けた右手をそっと額にやった。


 「あれだけの規模となると、日々の祈祷だけでギアプリーストが何人要るか。既に人事整理で追放した者が多い故、地方と天蓋の維持だけでカツカツなのですが」


 「そこは心配ないよう準備した。ディド」


 『御側に』


 一緒に連れてきていたヴァージル……じゃなくて、ディドが金属質のヒールで絨毯を踏みしめる特有の音を立てて隣に出て来た。


 「あの船、ヒュペリオン2に付属してきた船員だ。コイツがいたからヴァージルは自在に巨艦を操作できた」


 『……現在の識別タグは待宵上尉の配下に再定義されています』


 できるだけ自分の匂いを想い人の前で消したいのだろう。意図的に機械的な抑揚のない声でしゃべるヴァージルは、素を知っているだけにちょっと気持ち悪い感じがする。


 とはいえ、バレると私もコイツも面倒なことになるから構わないのだけど。


 それに、言っていることは事実だ。刑罰労働を課された機械化人や数列自我を縛るように、念のため行動制約プロンプトが割り込ませてあるので、ディドは意図的に自分の正体を明かすことや、反逆行為を取ろうとした瞬間にブロックされる枷が嵌めてある。


 いくら私が暢気だからって、ここまでの大逆を上首尾に成功させかけたヤツを放っておく訳がないだろう?


 それに、この方が罰になって辛かろう。自分が生きていることを報せることも、況してや思いを伝えることもできず、利己欲による反逆者として記憶に刻まれる様を見せ付けられる。


 恋煩いで戦争をやらかした馬鹿には、これ以上ない沙汰と言えよう。


 「では、その機械妖精様がいれば維持は問題ないと」


 「制御系は最初から生きていたから、コイツ一人で維持から運用までこと足りる。聖都を気紛れに襲う竜からの良き防壁になってくれると思うよ。脱落した東園騎士団の代わりとしても不足はないはずだ」


 これを聞いてアウレリアから小さな吐息が溢れた。あれだけ巨大な聖別機械ともなると、適合者を探して自分達で維持できるようになるまでどれだけの時間的、そして人的損失を被るのかとずっと嫌な算盤を弾いていただろうから。


 「機械妖精様が手を貸して下さるのなら幸いです……あれほどの威容、相当の適性を持つ司教や聖女でないと神の威光に灼かれて終わりでしょうから……ですが、司祭を置かない訳にも、毎日の礼拝を行わない訳にもいかないでしょう。聖なる機械一つ一つに祈りを捧げるのが作法ですから」


 機械聖教の聖典では、そう決まっているのか。そういえば、確かにギアプリーストは解放されている天蓋の区域を毎朝毎晩行き交って、香を焚きながら掃除したり何やら忙しそうにしていたな。


 となると、天蓋ほどではないが、かなり広いヒュペリオン2をいきなり持って来られるのは、そりゃ迷惑か。あれ一基でどれだけの人数が新たに必要になるか定かではないが、数人で終わらないのは確実だ。


 今の聖教では、どれだけかき集めてもコンソール一個一個に祈祷をさせるには人員が足りまい。大分粛正したから、今は下から何とか人を絞り出したり、政治的に蟄居させられていた者を復活させたり、燻っていたのを昇進させたりして誤魔化していたようだが、そこに更に祈るべき場所を増えれば頭を抱えたくもなろうよ。


 かといって、アレはデカ過ぎる上に目立ちすぎるから、東にまで持って行く予定がないからな。どうにか人員を捻り出して維持して貰うとしよう。


 しかし、確かにアイガイオンの巨人達は無補給で戦うことも考慮されているから、無茶すれば五〇年はドック入りしなくても保全できるようになっているとはいえ、祈りの力とやらで耐用年数をガン無視されているのが心から癪に障る。


 我々が時間という、凄まじく目が粗い鑢から機械を保全するためどれだけの手間と技術をかけてきたか! それでも一世紀メンテなしで動けば大した方なんだぞ! 数千年の眠りから覚めてすぐ動く機械なんてのは、高次連でさえ創作SFの世界から引っ張り出せていないのに!!


 葛藤を沈静プロトコルで落ち着けて、私は内々のことは片付いたし、しばらくは外憂も物理的に張り倒せるようになったので安心だろうとアウレリアを落ち着かせた。


 彼女は何ヶ月か人事で大童になるだろうが、そこは責任者ということで我慢して貰おう。私は聖徒様と崇められてこそいるが、ただの神輿だから人事には口を出せないからな。


 「さて、引き継ぎは置いておいて、今後の方針なのだが」


 「今後? ヴァージルを……失礼、逆徒を討ち、天蓋聖都に安寧は戻りました。守護神様の兵団も加わり、聖都の護りは盤石。これ以上やるべきことが?」


 「問題は根から断つ。ノスフェラトゥは一掃するし、東方の竜も間引きする。禁域の森は今のように触れねば向こうから手を出してくることのないよう盟約を結んだけど、外敵の脅威が全て去った訳ではない」


 なので、そこら辺はちゃっちゃと巻きでいこう。時間的猶予は手に入ったのだから、奪還のためとはいえぶち壊しすぎたヒュペリオン2を修繕しつつ、テミス11をもうちょっと真っ当な状態に改修し、当初の予定通りテイタン2を増強大隊にまで拡充する。


 それから、随伴歩兵隊も師団とは言わんが旅団規模で欲しいな。


 兵団を充足させた後、渓谷のノスフェラトゥを製造工場ごと破壊し、先の一戦で数は減ったが全滅していない竜に「こっちに来ると死ぬぞ」と脅しつけ、安全をより強固にする。


 そして、東に向かうのだ。


 「東? 東になにがあるのですか? 竜の峡谷を越えた向こうは経典の教えだと海があるだけですが」


 「ディド」


 『東には大陸係留索という巨大施設があります』


 「大陸……けいりゅうさく?」


 これはヒュペリオン2を掌握してから知ったことだが、この大陸は南北に長く、天蓋聖都は北寄りの高緯度なれどツンドラに踏み込まない丁度良い季候の場所にある。本来ならば海岸も手に入れて、更に好条件の立地であったであろうが、それを竜の峡谷が蓋をしていて辿り着けなかった形であるが、どうにも〝そうさせたくなかった〟懸念が湧いてきた。


 というのも、冨和 昌謙中佐が〝東に鍵がある〟と遺言執行機に言い残していたとおり、イナンナ12落着直前の衛星データが偶然同期されていたヒュペリオン2の映像データには、しっかりと大陸と大陸を繋ぐ巨大構造物が建築されていたからだ。


 我々は宇宙での大規模建築を愛しているが、地上で行うそれも大好きだ。さもなければクサナギ級陸上戦艦なんぞ量産していないし、そのデッドコピーたるアイガイオン級を諸外国に売り捌いたりもしていない。


 赤道上の軌道エレベーターを同じく、大陸間の移動を簡便にする巨大な橋を作ることだってある。


 「大陸と大陸を繋ぐ橋? それはまた遠大な……」


 「たしか建築諸元が記憶通りなら、一本で差し渡し二万kmってところですかね」


 「に、二万2km!?」


 ただの橋ではない。海を越え、大陸同士を繋ぐ巨大な交通路のようなものだ。いわば地球型環境を保ったまま作るための、陸上結節機だな。


 「し、神祖はそんなものまで作っていたのですか……」


 この惑星には五枚の大陸を作り、豊富な水資源と水産資源を供給するために太平洋を彷彿とさせる大海原が存在している……予定だ。私が知っている限りだと、そのように整形することになっていた。


 ただ、環境のためとは言え、一々惑星内航行が可能な艦艇や水上艦を整備するのも面倒なので、サービスとして大陸同士を綱で結ぶような施設、大陸係留索の建造も決まっていたのだ。


 ほら、アレだよ、弁当買ったら暖めてもらえたり、箸がついてたりするのと同じでサービスというヤツだ。


 「本来、神祖はこの惑星上全てを活動拠点にする予定だった。だが、船便や海運に頼ると大陸間の移動が非効率ではよろしくない。だから大陸から別の大陸に最短一刻足らずで繋がる鉄道を作ることになっていたんだ。天蓋生徒を走る路面電車の強化版だね」


 「べ、別の大地まで一刻もしない列車……?」


 赤道上の何処かを基点に鉄道網を内蔵した直径数十kmの係留索が蜘蛛の巣の如く大陸同士を繋ぎ、非常に効率の良い陸運を提供する施設だが、通信帯テロをやらかした連中はテラフォーミングだけではなく、ご丁寧にこいつの建築もやってのけたようだ。


 そして、厳しい山間の道を通らないと天蓋聖都領域から辿り着けない〝駅〟を封鎖するように竜達が居座っていた。


 これには何らかの意図を感じる。


 高次知性をあまり近寄らせたくなかったのか、それとも僅かなりとはいえ黄道共和連合の知識を持った聖都の民との相性を考えて遠ざけたのかは分からないが、流石に偶然で片付けるには意図的な部分が大きい。


 それにだ。もし赤道付近に辿り着くことができ、連中が丁寧に軌道エレベーターまで完成させていたとしたら、宇宙への道がぐっと近づく。


 いや、やろうと思ったら、あの巨体を1G下で崩壊させず維持しているヒュペリオン2の極大型抗重力ユニットを取り出せば宇宙空間に出ることも不可能ではない……のだが、試しにロードマップを書いてみたら遠大すぎて諦めた。


 だって、あれを分解するだけの船渠を今の技術で建造するってなったら、多分今の若者が働き始めて孫の代に形になるかなってもんだぞ。そこから壊さないように炉と抗重力ユニットを取りだして、新しく作るとなったら数世紀をかけた大事業だ。


 しかも、国家を傾けながらやるような。


 私の寿命は光子結晶が壊れない限り無限に近いので構わないが、天蓋聖都を火の車で回してうん百年のプロジェクトに付き合わせるのは忍びない。しかも、同期間、セレネも私も休みなしで設計作業に没頭だ。神様の遣いをやりながら。


 いや、ぶっちゃけしんどいし、非効率極まるのでサクッと諦めた。それに彼等の信仰的に、神の残滓である戦艦を解体するとなったら、いくら聖徒と崇められている私が提案したところで大反発間違いなしだからな。


 それならば、軌道エレベーターも完成していることに賭けた方が部も良いし、時間も短く済むというものだ。


 あるいは、航行可能な航宙艦が係留してある可能性も捨てきれないしな。


 「そういう訳で、ちょっと準備をしたら、我々は東の大陸係留索を目指そうかと」


 「性急ですね……」


 「ご安心を、厄介事は全て500mm砲で〝掃き清めて〟から行きますよ。それに、私と貴方方では時間の感覚が違う。我々の言うちょっとは一〇年単位です」


 ヴェイル越しにも、そういう問題じゃないんだがと言いたげな顔を見なかったフリをして、私は数年ほど準備に時間をかけるため、腰を落ち着ける必要があるなと試算した。


 しかし、数年なんて私にとっちゃあっと言う間なんだが、如何せん炭素基系の現地人には長いだろうからなぁ。


 シルヴァニアンやテックゴブは帰郷休暇もあげたいし、こりゃ思ったよりのんびりした予定をたてることになりそうだ。


 ま、兵士達を育てる時間だと思えば構わないか…………。




【惑星探査補機】機械化人や数列自我の時間感覚でいう〝ちょっと〟や〝少しの間〟は、あまり真に受けない方が良い

明日(2025/7/8)にいよいよ書籍版が発売です!!


エカニス・エニカ様(TwitterID:@EchanisEnicha)による美麗な挿絵、数万文字の書き下ろし。

そして各書店様の書き下ろし特典SSに加え、インターネットアンケートに回答すると“11,000文字”の書き下ろし特典SSが読めるようになっております!!


筆者にラーメンの一杯でも奢ってやるつもりでご購入いただければ嬉しく存じます!!

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― 新着の感想 ―
大陸をつなぐ巨大な橋と鉄道! スケールがダイナミックで良いですね! ロマンを感じます!
二万キロ一本……地球一周4万キロだけど、惑星が大きいのか、主要線路まとめて一本にした長さなのかちょっと疑問に……長い一本が二万キロだと、一刻かからないと時速凄い速さ
大陸係留索って何処かで聞いたことある単語だけどバイオメガだったかな
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