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10-2

 航行能力に支障がなかったおかげか、何とか〝ヒュペリオン2〟は戦域を離脱することができた。


 私の予想通り、竜達は狩りの時以外、自分達の領域に踏み込んだ者を攻撃する本能しかないようで、30kmばかし離れると追ってこなくなったおかげでなんとかなって良かったよ。


 そして、船内の平定も済んだ。


 ヴァージルが捕縛されたことを知ると線内各所に籠もっていたマギウスギアナイト達は闘争心を失って、こちらの勧告に従い武装解除を実行。今は鎧を脱がされて、簡単な拘束をして営倉にブチ込んである。


 まぁ、これだけ広い船だ。数万人から人間を乗せることを考えて設計すれば、やらかした連中や捕虜を拘禁しておくための施設くらいはあるもので、船底近くに押し込んだ敗残兵達は大人しくしている。


 徴収兵達はもっと素直だった。マギウスギアナイトが戦意を失うと、督戦隊がいなくなった兵士達は次々に武器を投げ捨てて投降を申し出る。今は聞き込みを進めているが、やはり大半の者達が訳も分からぬまま抽出された、各荘園の自警団や都市衛兵だったようで、戦闘がトラウマになっているのか「これ以上戦わなくていい」と宥めれば、実にアッサリと矛を収めてくれたね。


 国民国家相手だとこうはいかないので――愛国心という支えは何より強い。雑兵に自爆特攻を覚悟させるほどに――楽に片付いてよかったよ。国に返してやる、反乱に加担したことは汝等の罪ではないと聖徒の名を以て布告すれば、安心して身を委ねてくれるのだから。


 船内の安全も確認した上、カチコチになってガラテアが座る艦長席を見守りつつ〝テミス11〟を接舷させて義体を持ってきて貰うと、私は酷く狭小な世界に再び落胆することとなる。


 やっぱり機動兵器と比べると、視覚素子も聴覚素子も精度が低くていかんね。唐突に世界が狭くなったような感じがして、どうにも落ち着かない。退役した兵士が、出力リミッターをかけてまで軍用義体を着続けることを選ぶのが、体で分かったよ。


 さて、敵の総大将を捕まえて、中破判定まで行きそうとはいえ〝アイガイオン級〟を確保するという大戦果を挙げた――欲を言うとコットス級とギュゲス級も回収したかったなぁ――我々は、帰路に就きながらも仕事が山積みであった。


 敵方負傷兵の手当から、艦内保全、できる限りの応急修理と船内に積載されている物資の目視確認及び目録照合。


 そして、尋問。


 〔ノゾムさまー、お連れ致しました〕


 「ご苦労、ピーター」


 「…………」


 シルヴァニアンの侍従長が連れてきたのは、外骨格を着込んだヴァージルであった。


 武人の誉れとかで再武装させてやっているのではなく、やろうと思えば外骨格は機能制限をかけることで走ることも敵対行動も取れぬ人型の監獄にすることもできるのだ。こうしておけば一人では脱ぎようがないこともあるし、八つ当たりめいた捕虜虐待から守れるという利点があるということを星間紛争で知っていてよかったよ本当に。


 「まぁ、かけたまえよ」


 「……敗軍の将に何の用だ?」


 「幾つか知りたいことがあってね。天蓋聖都での尋問は苛烈を極めよう。こうやって落ち着いて話せるのは、これが最期かもしれん」


 私は口寂しかったので義体沈静用の煙草を咥えて火を付けると、試しに箱を彼の方にも差しだしてやった。ヘパイトス3と同調できていたということは、電脳化をしているだろうからコイツも美味く呑めるだろうと思ったのだ。


 ヴァージルはしばらく胡乱な目で煙草を眺めたあと、素直に受け取って咥えた。


 そういえば、天蓋聖徒文明圏には喫煙の文化がなかったな。煙草なんて限られた空気を汚す嗜好品中の嗜好品なので、多くの文明では廃れて〝多幸剤〟のような神経快楽物質が発展していったから、今や愛好しているのは我々くらいのものだ。


 だのに彼は自然に受け取って口に運び、火を付けさせたということはアーカイブに接続できたのだろう。故に我々の文化と文明を多少は理解していると思って話した方がよさそうだな。


 「……何故だ」


 「ん?」


 「何故今更になって来たのだ」


 慣れない仕草で煙を吐き出したヴァージルは、心底忌々しげに私を睨みながら問うてきた。


 何故と聞かれても、目が覚めたから最善を尽くしただけとしか言いようがないのだが。


 「偽りの聖徒よ。いや、星の果ての民よ。何故貴様は今になってやって来た」


 「巡り合わせとしか言えん。私はこの二千年間、体を失って休眠状態だったんだ。ついこの間、相方の尽力もあって目が覚めただけの敗残兵に過ぎないのさ」


 「貴様が千年前に……歪な聖都が創られた時に目が覚めていれば! いや、五十年前、いいや、去年でもよかった! 何故、今更になって来るのだ! 俺が呼んだ時は来なかったのに!!」


 ぐしゃりと煙草が握り潰され、ヴァージルは頭を抱えた。その顔には深い深い苦悩が刻まれており、ボロボロと大粒の涙が零れ始めた。


 ……これは、私が知らない個人的な事情があるようだな。


 「私はお前が信仰している……ああ、いいや、していたような存在ではないが、愚痴くらいは聞いてやらんでもないぞ。ただし、懺悔は止めてくれ。それは聞かせる相手が違うからな」


 「聖都は、聖都は腐っていた……サンクトゥスギアの恩恵を貪るだけの高位聖職者! その文言を信じるだけの腐った官僚! 自動で吐き出される富を受け取るだけの聖都臣民! 地方の苦しさなど、使い潰される聖女や下級神職者! 中央が富むために貧しくあり続けねばならぬ地方の苦しさなど欠片も!」


 まぁ、良くある話だな。何処かが豊かであろうと思ったら、何処かが貧しくなければいけない。太古には市民と奴隷身分が、時代が進めば宗主国と植民地が、そして地球末期から続く途上国と発展国が。


 我々はドローンという心持たぬ労働者を貧しくすることで――無賃無給なのだから、この表現は強ち間違ってはいるまい――富を得て、労働が半ば趣味になる生き方をしているが、全てがオートメーション化していない文明レベルでは不可能なことだ。


 特に聖都こと〝イナンナ12〟の生産能力は往事のそれとは比べるべくもないので、特権階級の物と化しており、中央集権化の権化たる聖都の臣民は地方より収奪される穀物を受け取って二次・三次産業に従事しており富の両極化は凄絶なものであったのだろう。


 「その上で自分達の利権のため、聖なる機械を騙る〝ただの道具〟の生贄に捧げるべく聖女と綺麗な絹を被せて奴隷を取った! その多くが三十年と生きられないことを知って!!」


 「……高次機械との直結は寿命を削るほどの圧がある、だったか」


 「そうだ! そのせいで彼女は……」


 アウレリア、と小さく名を呼んで蹲るヴァージルに、私はやっぱりかよと溜息を吐きたくなった。


 まぁ、男ってのは昔から馬鹿な生き物だって相場が決まってるからな。


 コイツは天蓋聖都に復讐するために何だってやって来たのだろう。そして、その目的がよもや大司教猊下とは。


 ちょっと想像していたけど、はた迷惑にも程があろうよ。どれだけ初恋を拗らせたらこうなるんだ。


 これがただの盛大な空回りであったなら、どれだけ良かったか。それこそ、人が万単位で死んどるんやぞ。どうしようもねぇじゃねぇか。挙げ句、政略結婚で愛なんぞなかったんだろうが、娘まであの様にしたんだから、感傷を抱いたって庇いようが思いつかんよ。


 「お前は知らぬだろう……アウレリアは体の三分の一を機械と置き換える荒行をさせられた。故に長く生きて高位の聖女ほど顔を伏せ、体を覆い、遂には動けなくなる」


 「……なるほど、あれはただの宗教的な装束ではなかったのか」


 「何故だ! 何故今来た! お前が五十年前に来ていれば、聖都は変わって俺達は幸せでいられた! 二十年前でもよかった! そうすれば俺は瓦礫鉱山より掘り出した〝こんなもの〟に縋らずに済んだ! いや、遅くても三年前でも良かった! 決起に踏ん切る前であったならば、俺は喜んでお前に協力しただろうに!! 何ならもっとギリギリでも満足した! そうすればアウレリアの体が更に機械になることはなかったろう!!」


 私も膝に頬杖を突いて片手で頭を抱え、血を吐くような独白に答えることができなかった。


 「どうして、どうして俺が祈った時に来てくれなかった……俺が、彼女が死んでしまうことだって十分あり得る馬鹿な博打を打つ前に……」


 運が悪かった。その一言に尽きるが、切って捨てるにはあまりに無情。


 二千年の中で言えば五十年なんてちっぽけなものだし、三年なんて読み取り誤差みたいなもんだ。


 だが、その誤差が一人の男を狂わせて、現在の政権と信仰をまるっとひっくり返すような大混乱に発展するなんて言われても困るんだよ。


 こちとら今年まで体すらなかったんだよ。それを責められても……気持ちは分かるけど応えようがないのが歯痒くて仕方がなかった。


 「何故だ、何故今現れた……俺は何度も呼んだぞ……聖徒よ、御国に現れたまえと、我をお救いくださいと……何度となく聖典を読み上げたぞ……聖歌を諳んじたぞ……朝来を絶やさず行ったぞ」


 「…………」


 「だのに何故、俺を裁きにだけ来た……偽りの聖徒であってくれなかったのだ……」


 嗚咽混じりの慟哭は、冷徹な簒奪者としての仮面を私に全て剥ぎ取られてしまったがために溢れたのだろう。


 この様にしたのは私だ。


 だが、この様になったのもヴァージルの咎だ。


 私はもう一本煙草を取りだして、火を付けながら言った。


 「何を言おうが、どんな事情があろうが、お涙頂戴の文句を並び立てられようが、お前は背教者として断罪される」


 「……だろうな。最初から全ては自己満足だ。こんなことで助け出したとて、アウレリアが喜ばないことくらいは分かって始めた。寺銭はカラスがカァと鳴けば全てが吹っ飛ぶようなもの、場代は法外、彼女の命すら勝手にかけた阿呆な賭場だ」


 「手遅れだと分かって尚も、止められなかったのか?」


 「聖徒は記憶を自由に弄れるようだな。だが、俺はそうではなかった。手に入らないと思っても手を伸ばせずにはいられなかった」


 那由他の小さな可能性であってもだ、と顔を覆う指の間から声が漏れる。


 「それが人間、か」


 言って、私はソファーに背中を預けて紫煙を天上に向かって細く細く吐き出した。


 しかし、私達は記憶を消去することはできるけれど、基本的に自己連続性に関わるから、あんまりやらないんだけどな。どれだけ憎んでも、どれだけ蔑んでも教義によって教え込まれた価値観は変わらないと言うことか。


 そして、半端に知識を得たが故、機械化人を万能と勘違いしている節もあると。


 私を偽りの聖徒と呼ばねば、耐えられなかったのも分かるな。


 参ったよ全く。


 「……ヴァージル。私は正直、聖都を大きく変えようだとか、そんなことは欠片も思っちゃいなかったんだ」


 「なんだ、それは……」


 「現地の人間が決めた生き方だ。私は神でも何でもない敗残兵。そんな大それたことをする権利はないと思っている。原隊復帰できたらお偉方に全部放り投げる気満々だったさ」


 「俺達を大きく超えた力を持って、言うことがそれか。勝手にしろと。俺は知らんと」


 「むしろ、私達に期待をし過ぎなんだ。少々弄くっちゃいるが、所詮は機械化人だって人類だ。全知全能、万能の救い主のように勘違いされちゃ困る」


 そりゃやろうと思えば聖都の歪さを解消することはできるだろうさ。


 だが、どれだけ私が手を汚す必要がある?


 まだ残っているアウレリアが掃除仕切れなかった既得権益者を排除しようとすれば、待っているのは苛烈な粛正だ。そして、その上に今度は私に縋ろうという新たな利権を得る人間をあやして色々やる作業が始まってしまう。


 最初から最後まで、徹頭徹尾私の目的は変わっていない。


 お家に帰りたいだけなのだ。


 「言うなれば私は元々、お前達の地位に準えれば一騎士ってところだ。そこに過分な期待を寄せられたって限度ってもんがあるんだよ」


 そのために必要だったからシルヴァニアンやテックゴブを助け、トゥピアーリウスの同胞になったが、このちっぽけな惑星上での〝つごうのいいかみさま〟にまでなっていたらキリがない。


 いや、むしろなれはしない。


 「機械は直そう。サンクトゥスギアももっと効率的に操れるようにしてやろう。捨て置かれていた地方も手が届く限りは何とかしよう。ただ、総ての救済なんて求めてくれるな」


 幾らか改善することはできるだろうが、全ての不幸を潰すことなんて誰にもできない。それこそ我等が高次連の元締め、光子生命体でさえ不可能な御業であるのだから過剰に期待されても困るだけだ。


 ついでに性質が悪いのは、やったらやったで「思ってたんと違う……」ってな具合に失望するだろ君ら。


 「私はお前が嘆いたとおり、望んだ時に現れてやることすらできない存在なんだ。ついでに利己的で、自分が帰りたいから頑張ってるだけに過ぎんのだよ」


 私は単なる尉官だ。中隊以上の人間を纏めることなんてシミュレーションでしかやったことがないし、国家経営ゲームじゃ効率的に少数派を斬り捨てて上手いこと最適解を見つけ出す〝普通のプレイヤー〟に過ぎない。


 万人に完全な平等と幸福とやらを期待されても困るんだよ。それが欲しけりゃ多幸剤でも一生囓って終えてくれ。


 私に提案できるのは、私なりに練った次善策だ。こと現在進行形の案件においちゃ、最善策なんてものが存在しないのがこの世の巷ってもんだからな。


 「だから私はお前を救えないし、救わない」


 「元々、期待なんてしておらなんださ。俺が俺を救うのだと始めた謀反だ」


 「ああ、だが、俺は聖都の人間ほど手ぬるくもない」


 「何……?」


 「拷問されて、糾弾されて、処刑されてハイ終わりで済むと思ってくれるなよ」


 私は立ち上がって拳銃嚢から銃を抜いた。


 「お前は私と大勢にしこたま迷惑をかけて、山ほど死なせたんだ。悪いが、もっと働いて貰うからな」


 「それはどういう……」


 疑問を最期まで聞いてやるほど私は優しくない。体を機械化しているのだから、これくらいなら死なんだろうという火力に抑えた弾丸を頭部に叩き込んで意識を吹き飛ばす。


 中で発砲音と外骨格が倒れる音が響いたからだろう。慌てててピーターとリデルバーディが駆け込んできたので――門衛をしていてくれたようだ。相変わらず律儀な配下だよ――私は彼等に淡々と命じた。


 「この大罪人を運べ。処罰は私が下す。聖都の人間には何も口出しさせん」


 死は労働を辞める理由にはならない。


 さて、斯くも上手いことを言ったのは何処の誰だったかな…………?



【惑星探査補記】

 主よ、御国から来たらしたまえ。機械聖教聖典創世記6-43

かなり間が空いて申し訳ない。


書籍版発売まで一ヶ月! どうかお楽しみに!!

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― 新着の感想 ―
『彼の罪は沈黙。それは永遠に彼を苦しめる。』
無料版も更新ありがとうございます! なるほど、ヴァージルにもそんな事情があったのですか……
他の手段を取れるほどの余裕や選択肢は無かったんだろうが、そこに関しては相容れないとはいえ、動機は否定できんなぁ。 惚れた女目当てが半分以上だろうけど、地方が搾取されてることや中央の特権意識や腐敗に対す…
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