10-1
〝ヒュペリオン2〟の制圧には、それから更に三十分ほどかかった。
諦め悪く抵抗する者、このまま戻っては死罪が確定している者、勇ましく戦死したがった連中が暴れたせいで制圧戦が必要になったのだ。
まぁ、船のコントロールを得てドローンを動かせるようになったので、無情だとは思うけど、それらに淡々と始末させたんだけどね。
とりあえず捕虜は空の格納庫に全員集め、武装解除させた上で機動兵器三機に見張らせている。彼等の真ん中には歩兵用のOQボムを置いてあるので、下手な動きをすれば吹っ飛ばすと言えば静かなものだった。
まぁ、その爆弾の真上にヴァージルを寝かせているから、というのもあるのだろうが。
いや、ちょっと本気でぶつかったから首やっちゃったみたいでね。酷い鞭打ちと脳震盪を起こしているから、動けないのが好都合だったから捕虜の漬物石になってもらったよ。
そしてドタバタ戦後処理を片付けた後――厳密にはまだ終わってないんだけども――CICには私……ではなくガラテアが座っていた。
「ね、ねぇ、本当にいいのノゾム!?」
『仕方がないだろう、私は今機動兵器に脳殻を移してるから、そこまで行けないんだ』
「体を持ってきて貰ったらいいんじゃないの!?」
『もう真面に空を飛べる機体は私のしか残ってない。行って帰って来ると時間が掛かりすぎる』
色々頑張って説得して、有線で直結したガラテアをCICに行かせて〝ヒュペリオン2〟をコントロールすることにしたのだ。
いやいや、よかった、こんな時のために延長用ケーブルを持ってきていて。中央戦闘管制室は基本的に有線だけで外に繋がっていて、クラッキングされないよう電波暗室仕様になっているから、誰かが中継してくれないと直結できないんだよ。
「つ、繋ぐよ!? 本当に繋ぐからね!?」
『安心しろガラテア。私が中継するからサンクトゥスギアとの反動は殆ど無いはずだ』
「こ、怖いなぁ……というか、本当に僕が〝艦長〟なんてやっていいのかな……後で凄い怒られそうなんだけど……」
越権行為を心配しているようだが、そこら辺は私が持っている強権と、この〝ヒュペリオン2〟を持って帰った功績で無理矢理黙らせるから安心してくれ。
さぁ、さっさとやろうじゃないか。
視界を同調しているガラテアが、震える手で左手の直結用ケーブルを延ばしてCIC艦長席にある端末に差し込む姿が見える。ぶるぶると揺れるせいで二度、三度とガチガチ当たって端子が弾かれたが、四回目でキチンと刺さり彼女の体が跳ねるのが分かった。
「うっ……なにこれ、情報量が、気持ち悪い……」
『落ち着け、バイパスして直ぐに私の方に廻る。基底現実の肉体を強く意識するんだ、吸って、吐いて、また吸って』
「すぅ……はぁ……すぅ……」
ガラテアの電脳と副脳を中継器として、私は〝ヒュペリオン2〟と直接連絡を取ることができるようになった。
そしてまず命令するのは指揮権の上書きだ。
『ヒュペリオン2、聞こえているか』
『はい、待宵テミス11艦長代行』
『貴艦の指揮権移譲を当方にすることは可能か?』
『否定。艦長職の兼任はケース897によって認められません』
まぁ、ここまでは想定済み。黄道共和連合は我々の同盟国なのもあって軍規を隅々まで知っている訳ではないが、高次連でも艦長職の兼任は認められていないので、ここで弾かれるのは分かっていた。
かといって、今はセレネが掌握しているからといって〝テミス11〟の艦長権限を放棄すると、〝ヒュペリオン2〟的に「じゃあ誰だよお前。114戦闘団と関係なくなっただろ」という話になってしまうので、ここでまた法律を使うことになる。
『今、私がバイパスしているのは〝イナンナ12〟搭乗員の子孫だ。汎銀河航宙法の二四五条、及びその捕捉条項。航宙艦漂流時における指揮権相続条項に基づいて、彼女に艦長職の移譲を要求する』
『協議中…………』
さて、頭の固いAIさん達が会話している間に、私はガラテアのバイタルに異常がないか確認する。
軽い興奮状態にあるが、船の攻性防壁やらに引っかかっていないこともあって、遺伝子型からキチンと乗員の子孫として認められているようだ。防壁はこっちが肩代わりしているので、電子戦になっても彼女が灼かれることはないのだけど、念のために気を付けておかないといけないからな。
それから体感で五分、基底現実時間で数秒ほどの沈黙の後、〝ヒュペリオン2〟は指揮系統の完全な不在よりは、例外規則を呑んだ方がマシだと判断したのだろう。
『当艦の艦長代行職を現在直結中のガラテア・ダッジ氏に移譲します。また、それに伴い、汎銀河航宙方の二四五条捕捉四項の二に基づいて彼女を代将補に臨時任官いたします』
『了解した』
ひゅーう、と内心で口笛を吹いた私は、そのまま起こったことをガラテアに伝えた。
「だ、代将補!? それってどれくらい偉いの!?」
『えーと、黄道共和連合だと……上から六番目かな?』
名誉職の元帥がいて、上級大将、大将、中将、少将、それから代将がいて、その補佐役の代将の補佐なので将官としては一番下っ端だが、彼女はこの惑星状において、紛れもなく黄道共和連合の遺児として最高の地位に就いたわけだ。
「上から……六番……」
『おっといかん』
一瞬クラッと来たらしい彼女の電脳に働きかけて、再活性プロトコルを起動させ心因性の気絶から復活させる。彼女は艦長席の脇息に肘を置いて、目をカッ開きながらダラダラと汗を流す。
「いやいやいやいやいや、僕はただの騎士なのに上から六番目!? 嘘でしょ!? 聖教でいえば何にされたの!?」
『何処かの機関長クラスじゃないかな? ともあれ大出世おめでとう、閣下。私より四階級も上だぞ』
「冗談言ってる場合じゃないんだよノゾム!!」
『その通りだ。艦長代理。ということで、さっさとこのデカブツを動かしてくれ』
自動防衛プロトコルが働いているので、諦め悪く残ったエルダー級や行き場所を失ったように彷徨いているアダルト級が飛び交う空に向かい、未だ対空砲火は賑やかにバンバカぶっ放されている。
早々に戦域を離脱しよう。このアイガイオン級は主砲を二門失っていることもあって、判定としては中破状態に近い。これ以上戦闘して火器を失うと、デカイだけの置物になってしまう。
「動かすって言ったって……」
『ただ艦長代行として〝ヒュペリオン2〟に命令すれば良いだけだ。戦域から離脱しろってね』
あとは曖昧な指示でも戦術電算機が良い塩梅に解釈して、適当に逃げてくれる。私は未だ事態を受け容れかねているガラテアに、ヒュペリオン2を呼び出すように命じた。
「ひゅ、ヒュペリオン2」
『はい、閣下』
「か、閣下!?」
『一々驚くのを止めた方が良いよガラテア。少なくとも聖都に戻るまではね』
そりゃ将官なんだから、敬意を込めて〝閣下〟と呼ばれるとも。これくらいで驚いていられては困るから、慣れて貰わなきゃ困る。
これが高次連だったら戦闘団の長なのだし、直ぐに副官型の筐体に入った数列自我や、幕僚団がぞろぞろ挨拶に来ただろうから、もっと面白い百面相が見られたんじゃないかなと思いつつ、私はしどろもどろ指示を出す彼女を見守るのだった。
「ヒュペリオン2、戦域を離脱してくれないか」
『了解しました閣下。戦域を離脱します』
すると、巨艦がゆっくりと動き始める。スラスターに火が灯り、抗重力ユニットが最大出力に入って船体を軽量化し南下を始めた。だだっぴろい平原に隠れ場所はないし、この巨体では身を隠せる場所なんて存在しないので、敵根拠地と想定できる区域から最速で離脱するための軌道であろう。
「……う、動いてるのコレ? 振動を感じないんだけど」
『動いてるよ。時速30km、まだまだ加速する。確かカタログスペック上は80km毎時まで出たかな。オーバーロードさせれば120kmくらい出せたとも聞くけど』
「こんな巨大なものが!?」
直上から、その巨躯を見下ろしたからこそ驚くのは分かるけど、最低限これくらいの速度で機動できなきゃ衛星攻撃から逃げ回ることはできないんだから、当たり前なんだけどな。まぁ、大型構造物が実際に稼働している様を見たことがない人間なら、驚いても無理はないか。
アイガイオン級の元になったクサナギ級は、もっと早くて120kmで巡航できるのは黙っておくか。
『セレネ、追従しておくれ』
『承知しております上尉。それと、気が早いことに艦内要員は祝杯の準備をしておりますよ』
『本当に気が早いな……というか、酒を持ち込んでいたのか』
『それは勝つ気で出てきたんですから、シャンパンの一樽二樽は持ってくるでしょう。多分、出陣のドサクサに紛れて貴族向けの上物を銀蠅してきたんじゃないですか?』
ったく、何処に行っても兵隊ってヤツは変わらんなぁ……。
ああ、懐かしい。機動兵器中隊を率いていた頃も、私の配下達は勝ったら騒ぎに騒いで大隊公庫から金を引っ張って祝いをやらせようと、あらゆる手段を講じてきたからな。今回は私の財布は傷まないし、自分で用意してきたのであれば見逃してやるとするか。
『あー、族長? ちょっといいか?』
『ん? どうしたリデルバーディ。残敵掃討に手間取ったか?』
『いや、今火薬庫に誰か潜んでないかを見て回ってるんだが、警告が五月蠅いんだ。危険物反応がどうのこうの』
そりゃ火薬庫なんだから当たり前だろうと一瞬思ったが、ふと冷静になると外骨格に装備されたセンサーは〝活性状態〟にある物にしか反応しない……。
『いかん!!』
私は即座にリデルバーディの位置を検索すると、彼はミサイル保管庫にいた。
そこには大量の〝融合弾〟が保管されており、爆発すると外は頑丈でも中は脆い船体がぐしゃぐしゃになる。
『センサーに従って至急捜索しろ!! クソッタレのヴァージルめ! 負けた時に全てを台無しにする仕度までしてやがったのか!!』
『わ、分かった! 指示に従えば良いんだな!?』
『偵察ドローンを船内中にばら撒く! 兎に角急げ!!』
私は一瞬、兵士達の安全を考えて退避させるべきか考えたが、どのみち離脱できる場所など何処にもないのだ。船内各所に散っている部隊に各方面の弾薬庫を確認させると同時に、補修用ドローンを展開させて起爆段階にあるミサイルの解除に向かわせた。
『畜生! ガラテア! 至急〝ヒュペリオン2〟に問い合わせろ! 自壊シークエンスに入っているかどうか!』
「えっ!? あっ、分かった! ヒュペリオン2!! 自壊シークエンス? とやらは起動してる!?」
『はい、いいえ閣下。閣下が就任される三分前までは時限式で有効でしたが、指揮権の移譲に伴って解除されております』
あ、危ねぇ、そうだよ、ヴァージルのことなんだから最後っ屁を警戒しないでどうするんだ。浮かれていたというのか、私も。
『艦内で臨界状態にある融合弾の数も調べさせてくれ! 解除しないと内側から吹っ飛ぶぞ!!』
「何だか響きだけでおっかないんだけど!? ヒュペリオン2!?」
本来、ミサイルサイロに挿入されていない融合弾は安全のため弾頭を臨界状態にする暖機ができないようになっている。
しかし、不可能なことを無理矢理言い聞かせるギアプリースト達の魔法があれば?
『現在、五箇所で不明なエラーが発生しています』
やっぱりか!! くそ、こういう時、聞かれないと答えないから疑似知性体は肝心な時に役にたたねぇんだよな! 特にこういう〝普通なら絶対起きないこと〟への監督が甘いんだ!
エラーの起こっている場所を報告させた私は、何とか起爆十分前に暖機が済まされているミサイルを見つけ出すことに成功し、それを止めるよう作業ドローンに命じて危機を脱したのであった。
……いや、死ぬかと思った…………。
【惑星探査補機】疑似知性は命令されたこと、聞かれたことへの対応は数列自我に劣らぬ程完璧だが、自分から進言して指示を仰ぐことや、本来想定されていない問題に対する対応で大きく劣る。
そのため、黄道共和連合では人間が監督して異常が起こっていないか気を配ることで対応するという、人手を減らしたいんだが増やしたいんだが判断が難しいことをしていた。




