9-8
『さぁ、急いで炉を止めるぞ! キビキビ動け!!』
私は侵入した区画から開いた隔壁の間を走り抜けつつ叫んだ。
『2-1より1-1、そこまで急ぐ必要があるの!?』
ガラテアが私の急ぎっぷりに少し着いていけていないようだが、外典を知らない彼女達には無理もないことか。
『この惑星の命運が掛かっていると言っても良いくらいだ!』
さて、現在の高次連汎用規格で採用されている発電方式は二つ。
一つは核融合。言わずと知れた重水素をアレこれして熱を生み発電する方法であり、最も安定化され、かつ便利な方式として多く採用されている。標準規格の低温核融合炉は掌大に収まるほど小型化が成功しており――ここまで小さいのは特殊用途専用だが――様々な方法でバッテリーに電力を給電している。
あ、行っておくと我々はもうお湯を沸かしてタービンを回してないからな? 熱を電力に相転移させる発電方式があるのだ。
それはさておき、第二は縮退炉。聖A・C・クラークが残した偉大なる達成された予言の一つであり、制御された極小のブラックホールに何でも良いから燃料を放り込み、ホーキング放射によって発生する熱量を用いて発電するものだ。
前者は主に都市発電装置や施設維持、後は戦闘用外骨格などに採用されており、機動兵器の主機にも使われている。ああ、今は抜け殻になっている義体の主機でもあるな。
一方後者は我々、巨大建築物大好きな高次連の大型ユニットの主動力として用いられ、戦艦級以上のエンジンとして運用されるのが基本だ。
文字通り出力が桁違いであるのだが、その分筐体も巨大にならざるを得ないので――何重もの安全装置のため――デカブツにしか積みようがないのはさておき、かなりおっかないものでもある。
まぁ、何つったってブラックホールなのだ。発電に丁度良いよう均衡状態を保つ専用の疑似知性を用意してあやしているから大人しく熱量を生んでくれているのであって、暴走した瞬間えらいことになる。
たとえ極小の物であったとしても、ブラックホールが肥大化、あるいは蒸発してしまえばどうなるか。
まぁ、銀河系が終わるくらいで済んだら良い方かな。うん。
肥大化した時のことは勿論、何せまだ誰もブラックホールが蒸発したところを見たことがないんだ。何が起こるか分かんねぇんだから、おっかなくてしかたない。
……冷静に考えたら、なんでこんな方法で電気作ってるんだ私達?
一瞬正気に返りかけたが、効率と合理という棍棒で頭を殴って通常運行に立ち返る。
『〝アイガイオン級〟が自爆したらどうなるか分からん! 炉を緊急停止させて、迎撃装置も止める! そうすれば仲間達の進撃を助けることにもなるんだ!』
『なるほど、了解!!』
我々は敵に兵器を鹵獲されると面倒くさいので、盗られるくらいなら自爆しちゃえくらいに考えているが、流石に縮退炉を自爆させたりはしない。封印された核の中で穏やかに非活性化させて消滅させる機構が搭載されていて、その後にケーシング一式を吹っ飛ばして使えなくするだけだ。
ただ、ただ一つ懸念がある。
この〝テラ16th〟がもたらす原生生物への依怙贔屓たる魔法。
これがどこまで無茶を通せるのだろうか?
実際、かなりの無理を実現しているのは事実だ。〝ヒュペリオン2〟は正規指揮権がないにも拘わらずヴァージルに自分を好きにさせているし、〝テミス11〟を乗っ取るのにもかなりの手間が掛かった。
それを考えるなら、本来は絶対に了承しない命令を通させることもできるのでは、という不安が過るのだ。
『邪魔だ! 二秒やる! どかねば蹴散らすぞ!!』
そんな焦燥と共に駆けているとセンサーに敵の一群を捕らえた。
艦内に配備された防衛用のドローン群ではない。それらは一時的に私達のIFFに反応して攻撃しないよう説得した。
何より生体反応があるのだ。
先んじて叫びながら角を曲がると、案の定ヴァージルの配下が横列を敷いていた。
「き、きき、来たぞ!」
「射て! 射て!!」
軽い衝撃が連続して襲いかかってきた。
百五十人ほどの民兵隊と、それを監督するマギウスギアナイト。彼等が〝対装甲コイルガン〟を放ってきたのだ。恐らく、船内の工廠にデータが入っていたのだろう。陸戦隊向けの装備として。
無論、歩兵用装備であり、対機動兵器用に作られている訳ではないのでウラノス3のペラい装甲ですら貫通することはない。あれは同格の外骨格を相手取るための装備であって、アダルト級の竜程度なら何とかできるだろうが、ウラノス3やエルダー級より固いテイタン2をどうこうできる代物ではないのだ。
分かっていように、時間稼ぎのためそんな装備を支給して陣形を組ませるとは。本当に諦めの悪い奴だな。
マギウスギアナイトが扱う聖弓も飛んできたが、当然ながら装甲の前には無意味なれど、彼等は凄まじい速度で走る巨体に脅えて引き金を引くことしかできなくなっていた。
いわゆる恐慌状態。練度が足りない新兵が陥りがちな状況だ。
くそっ、命をすてがまる覚悟を決めた歩兵を蹴散らすなら、良心の呵責を覚えるどころか、その意気やよしと真っ向からぶっ飛ばすところだが、これはやりづらい。
『繰り返す! 退け! 逆徒の命であたら命を散らすことはない!!』
二度目の警告を発したが、残念ながら発砲はとまらなかった。
彼等は装備の質、練度からして恐らく徴収兵であろう。速成で道具の使い方だけ教え込まれたから、脅えてしまえば反復動作になるまで仕込まれたことしかできなくなっている。
となると、流石に殺すのは遺恨が残るな。北方統治が荒れたら、〝ヒュペリオン2〟を成功裏に奪還しても反乱フェスティバルの引き金になりかねんし、守護神にして聖徒という、私の強権を支える二本柱に傷が入るやもしれぬ。
これは正直避けたい。私の名誉云々より今後が面倒になる。
『どうするの1-1! 排撃する!?』
『……弾の無駄遣いだ! 私達は機動兵器だぞ! 機動しなくてどうする!!』
ええいままよ! どうせ何もできんのだ! 邪魔なら乗り越えるのが機動兵器の利点だろう。
私は二歩下がって助走距離を稼ぎ、横列を一跨ぎに飛び越えた。
スラスターを使わなくたって――使うと真下の雑兵を黒焦げにしてしまう――これくらいチョロい物だ。
『そっか、分かったよノゾム! 後続! 1-1に続け!!』
ガラテアも意図を汲んでくれたのか、幅跳びで横列を飛び越えて範を見せ、後続に続かせた。
彼等は大質量の物体が――テイタン2は300tオーバーだしな――頭上を飛び去っていくことに驚いて腰を抜かし、遂に戦意を喪失したのか追いかけてはこなかった。統率約のマギウスギアナイトががなっているのが見えるが、一度心が折れた兵士を言葉だけで戦わせるのは不可能だ。
『ははは! そうだね、僕らは機動兵器乗りなんだ!』
『そうだ! 機動戦が私達の命! 邪魔な物は飛び越えてさっさといくぞ!!』
笑いながら走る。十機もの機動兵器に乗り越えられた歩兵達は恐慌状態に陥っていて、追撃の心配はない。むしろ、無茶な命令をしてきたマギウスギアナイトに銃口を向けないか心配なくらいだった。
その後、似たような陣形を二度ほど跨ぎ越して指揮と士気を打ち砕いてやり、整備区画まであと少しというところで機体が警告を発した。
高速接近熱源、そして照準波。
『回避!』
適度に距離を取っていた私達は、広い整備用廊下で左右に散った。
その間を誘導弾が走り抜けていく。
『歩兵携行型の対機動兵器誘導弾か!』
視覚素子の望遠機能を最大まで強めれば、通路の奥から走り寄ってくる幾つもの騎影が見えた。
あれは、ギアキャリバー……いや、黄道共和連合の普及型多脚装輪車〝オルトロス2〟か。群狼のモンキーモデルで――冷静になるとどんだけお得意様なんだろう――機動性を犠牲にした代わり、AIによる自動操縦の精度と安定性を高めた機体であり、我々のように〝外骨格兵で群がって機動兵器を撃破する〟ような真似を嫌った彼等が、軽歩兵でも機動兵器に対抗できるよう配備した物だ。
その神髄は安定性によってもたらされた騎射の命中率にある。搭乗したマギウスギアナイト達はタンデムシートに大量の予備弾頭を括り付けており、それが〝オルトロス2〟に装備されたサブアームで自動装填されていく。
チッ、ここに来て中々鬱陶しい。広い場所では接近される前に始末できる良い的なんだが、こうも狭いと流石に厄介だ。
『各機迎撃! 射線を相互に開けろ!』
となると、一番簡単なのは射たれる前に叩き潰すこと。私は急制動をかけ、膝立ちになって……って、このウラノス3には足首がないからやりづらいな!
ともかく、機体の高さを下げ、腕部に内蔵した対人チェインガンを展開。敵の軌道を読んで未来予測位置に弾丸の驟雨を降らせる。
「ぎゃっ!?」
高性能な聴覚素子が木っ端微塵に吹き飛ばされた敵の断末魔を拾うのが、少しだけ煩わしかった。臭覚や痛覚はオフにしても、大事な何かを呟くかも知れないので、こればかりは選別でオフにできないのが疎ましい。
『くそっ、動きが早い!!』
『壁を走るぞ!』
『1-1より2-2、FCSの性能を信じろ! 標的が赤くなったら引き金を引くだけだ! 3-1も変則的な機動に紛らわされるな、盾をしっかり構えるんだ!!』
指示を出しながらもう二機粉砕するも、後続が二十騎近くやってくる。動きは訓練されて統率だっており、先頭が潰されようが乱れないところからして、アレが東園騎士団の本隊であろう。
畜生、ヴァージルめ、配下の教育まで完璧とか嫌味かよ。コレ私が乱入してなかったらマジで天蓋聖都は引っ繰り返ってたじゃねーか。
せめて予想外の駒である我々がブチ込まれたせいで夜も眠れないくらい怒り狂ったり、ドタンバタン暴れててくれないと、こっちの苛立ちと釣り合いがとれねぇぞ。
私はそんなことを考えながら発射されてしまった誘導弾を左の対人チェインガンで迎撃し、放って隙ができたマギウスギアナイトを撃破。後続のガラテア達もようやく自分達に備わったFCSが、この距離なら補正も働いて殆ど必中に近いことを思い出して冷静に撃ち始めた。
『うっ……』
『くそっ……』
しかし、敵誘導弾は盾で防ぐか、迎撃して一方的に撃破できているのだが、2-1以下マギウスギアナイト達の反応が悪い。
それもそうか。裏切ったとはいて、元同胞なのだ。
だのに斯くも一方的に葬ったとあっては、気持ち悪くなって当たり前だ。
我々と違って「そっか、今回敵か、じゃ仕方ねぇな死ね!!」とスイッチを切り替えるように簡単にはいかないのだろう。
事実、銀河情勢は複雑怪奇。十年前までは絶対に破れない同盟! とかいって仲良くして交流パレードなんかもあったりしてた連中が20年しか経ってないのに突如離反し、顔を知ってる子供が乗ってるような機体を単分子原子ブレードで細切れにした経験がある私にはちょっと分かる。
感傷と呼ぶには生々しく、哀れみというには重すぎて、何とも言語化し辛い現象。
腹の底からぐつりと、気持ち悪さが押し上がってくる感覚はキツいよな。特に、最悪な記憶を選別して削除できない人間には。
『敵機動兵力排撃完了』
淡々と告げるセレネの報告に何人かえづくのが分かった。
まぁ、安心して思いっきり吐いておけ。旧人類用に作ったその外骨格には、反吐や血を吸引してパイロットを溺死させない機能が付いている。
『こちら1-1、前進再開。全周警戒を怠るな』
適横列を幅跳びで越えた時の愉快さを失った仲間達を引き連れ、私は縮退炉整備区画へと急ぐのであった…………。
【惑星探査補機】銀河情勢は複雑怪奇。政治や外交スパンは十~数十年規模という短い期間で様変わりするため、機械化人には全てが掌返しに見えるほど短期間で劇的な変化に感じられる。故に「たった三十年前に仲良くしようねって一緒に植樹した国が……」と涙しながら衛星軌道攻撃を行うような悲劇が間々発生する。
大変お待たせ致しました。毎日更新はできませんが、週一更新くらいは目指して再開していきます。
追記:申し訳ありません。エピソードを間違えたため差し替えてあります。




