9-7
高次連統合軍には基本的に〝専用機〟という概念は存在しない。
製品は極めて高い精度で均一化されており、クセらしいクセというのは設計由来の物が多く、個体差が殆ど無いこともあって、稼働可能状態の機体にパイロットが割り振られるからだ。
それに私達の心の中の男の子が〝専用カスタム〟とか〝パーソナルカラー〟という単語に心を躍らせるのだが、それをやると〝悪目立ち〟して折角のエースやエース・オブ・エースを――統合軍では単独戦果十以上の操縦手の誉れ名――敵に集中狙いされて、無駄に損耗するかもしれないからだ。
画一的な外見の中に鬼札が混じっているかも知れない。機動兵器部隊が与える威圧感のため、我々は自分達だけに見えるARホロタグでキルマークを塗装する。それが唯一許されたお洒落なのだ。
故に機体は消耗品と割切って、駄目になったら簡単に乗り捨てる。資産価値としては、錬成に何億円と基底現実時間で最低でも数週間、気合いを入れれば半年かかる我々の方がずっと価値があるからだ。
それでも、私はかつて1-3だったウラノス3に乗り換えた際、大破した先程までの乗機に敬礼を送った。
二千年間、一人で格納庫にて待ち続け、よくぞ任務を果たしてくれた。竜殺しを成した剣の一部であるお前のことは忘れないぞ。そういった敬意を込めて。
「聖徒様! 今度はまた爆装ですか!」
『そうだ! 火器は対艦レイルガンで頼む!』
再度の出撃は、再び爆装での仕様だが、今回は敵陣地を破壊するためではない。
折角甲板上に出た機動兵器を遊ばせておくのが勿体ないからだ。
『こちら1-1より2-1』
『2-1より1-1。どうしたの!?』
『これから機動兵器搬入口をこじ開ける! 我々も内部で暴れるぞ!』
『えぇ!?』
〝アイガイオン級〟は最長部で2.5kmもある巨大艦だ。当然ながら、メンテナンスのためには大型の作業機械が必要となる部分も多いし、内部の倉庫を移動するための通路が諸所設けられている。
そのため、甲板の昇降機を破壊すれば、機動兵器でも内部に侵入することが可能なのだ。
[こちら1-1より。第一小隊、進捗はどうだ]
[そこら中壁だらけで難儀している! ■■■■!]
[了解した。内部に突入したら電子戦を仕掛けて船内図を手に入れる。それまで耐えられたし]
他の陸戦小隊にも問い合わせてみたが、進捗は芳しくない。まぁ、街に近しい巨大さの積層構造建築物だ。隔壁を下ろしまくって迷路にすれば、完全充足の一個師団でも制圧に苦労するのだ。中隊でやっていること自体が間違っている。
ただ、我々には利点がある。
敵は制御の殆どを頭の固い疑似知性に任せているが、こちらにはセレネもいるし、テックゴブの光子結晶を使った疑似スパコンも持ち込んである。
船内に乗り込んで機動兵器の処理能力と、量子演算器を用いれば幾らか楽にもなるだろう。
補給を済ませた私は再び大空に飛び出し、薄くなった対空迎撃網を潜り抜けて、機動兵器や航空兵器を甲板に運ぶためのエレベーターへ重点的に爆撃を行った。
すると、可動部なのもあって脆い昇降機は轟音を立てて落下していき、機動兵器が優に三機は飛び降りられる穴が空く。私はそれを見届けると、今後邪魔になる爆装パックをパージした。
『突入路は開いた。擲弾いくぞ』
『うえぇぇぇ!? 1-1 やりすぎじゃ!?』
『降下時が一番危険なんだよ!』
亀甲陣を組みながら防衛装備と撃ち合っていたガラテアが悲鳴を上げるが、下で出待ちされていては困るので、私は腰から機動兵器用の擲弾を放り込んだ。500kgOQボムの爆発力は凄まじく、炎の柱が高々と上がり、中から色々な物が吹き出してきた。
アダルト級の数が多くて出すに出せなかった軽格闘航空機の予備、木っ端微塵になった作業員や戦闘員の遺骸、固定されていなかった補給物資のコンテナ。敵はエレベーターをこじ開けてまで入って来ることを想定していなかったのか、護りはかなり適当であったようだ。
いかんよ君ら。出入り口というのは敵も使えるのだから、もっと頑丈に封鎖しておかないと。後で片付けるのが面倒だろうと、使わないならロックボルトを落とすなりしてガッチリ固めておかなきゃ。
『中隊集結! 先行突入する! 援護しろ!』
『2-1了解! 忙しいなぁ!』
防御陣形を崩すことなくできる限りの速度で走ってくるテイタン2中隊を待ち、私は内部に突入した。
案の定、OQボムの威力は壮絶で有効範囲内はドロドロに溶け落ちて、機械だった物や人間だった存在の焦げ痕が地面や壁にこびり付いている。
『クリア!』
『行くよ! エントリー!!』
安全を確保してから味方と共に突入し、私は手近な端末を探した。
かなり強引な突入だったから無事なのがあるか心配であったが、指揮所が生き残っており、これ幸いとばかりに指でガラスを突き破って穴を開け、コンソールと直結する。
『セレネ、電子戦は行けるか』
『暫く陸戦隊の指揮が甘くなりますが、何とか』
『突入部隊には現場確保を優先させろ。ここで船内図にアクセスして、あわよくば隔壁を上げさせる』
『〝アイガイオン級〟ほどの防御なら、そう簡単にはいきませんよ』
アイガイオン級はただ巨大な移動拠点ではなく、戦域の総指揮を兼ねていることもあって役割ごとに大量の電子戦疑似知性を投入している。五機のAIが相互監視を行っていて、何処か一箇所でもおかしなところがあれば、ハックを受けた個体を隔離、クリーンアップして恒常性を保つようにしているのだ。
故に単純な電子戦では勝ち目がない。輸出用ダウングレード品なので光子結晶こそ詰んでいないが、搭載している量子電算機の性能は今の我々を数倍以上上回っているため、正面から殴り込んでも顔面を五体の疑似知性から殴り返されてベコボコにされるだけだ。
しかし、彼等にも抗いがたい物はある。
それは指揮権だ。私は現在〝テミス11〟の艦長代行職に就いていて、その識別コードが発行されていると同時、〝イナンナ12〟の上位船員権限も偽装してある。
ここを突けば全権掌握とは行かずとも、道を切り開くくらいはできるはずだ。
『こちら〝テミス11〟艦長代行、統合軍の待宵上尉だ。統合管制疑似知性、応答されたし』
『こちら〝ヒュペリオン2〟、コードを確認した。貴艦の位置を知らされたし』
無機質な男性形の合成音が――といっても、機械化人でなければ肉声と区別はつくまいが――画一的な返答を寄越してきたので、極秘任務中であると機位を誤魔化す。
ギアプリーストの魔法は同盟国相手のIFFすら無効化して攻撃されるのだ。現在位置を露呈して、散々に叩きのめされては洒落にならない。
『現在当艦は貴艦の極秘任務を確認していない。即刻指揮下に戻られたし』
『これは最高司令部からの秘匿任務である。総司令部に確認されたし』
『……了解……エラー、通信が繋がらない』
『次席、及び第五席まで確認を実施しろ。それと、現在貴艦の統括責任者は誰だ』
理詰めで疑似知性を虐めるのは〝テミス11〟を奪取した時と同じやり口だ。基本的にAIちゃんは責任を取りたくない、というより、取れないよう作っているので逃げ場をどんどんと潰していく。
『当艦の艦長はエルヴィーナ・ヨハンセン大佐。戦闘団指揮官はリドリー・イーストウッド中将です』
『では両指揮官に通信を繋げ』
衛星通信もなければ、総指揮権限を持つ〝イナンナ12〟も沈黙している今、この〝ヒュペリオン2〟は自分が陸戦総指揮権限を持つ旗艦であることを理解しつつも〝責任を取るべき存在〟の不在を認識しているはずだ。
さしものヴァージルとて機械化して直結していたとしても、あくまでギアスペルで無理矢理操っているに過ぎない。正規の艦長権限までは得られていないはずだろう。
何せ、それは本国でないと発行できない極めて秘匿性の高い物だからな。私が今得ている艦長代行権限とて、大きな制約が掛かっており――たとえば自爆命令などは出せない――無理な命令は聞かせられない。
なので淡々と追い詰めていくのだ。
『エラー、主席から第五席、及び提督は不在です』
『当然だ。エルヴィーナ・ヨハンセン大佐、及びリドリー・イーストウッド中将は戦死なされた。最期のバイタルデータを送る。確認されたし』
『……了解』
その二人が死んでいることは、既に〝イナンナ12〟のステイシスポッドで乾眠に失敗していることから確定している。実はその時、偉そうな人の死亡記録データはきちんと引き出してあるのだ。
正に、こんなこともあろうかと。
『現在、貴艦に指揮官がいないことは判明しているな?』
『把握しております』
『艦内で戦闘が発生していることは?』
『統合軍IFFを持つ部隊と不明勢力が交戦中です』
『つまり、貴艦は危機的状況にある。我々は〝ヒュペリオン2〟奪還任務のため差し向けられた増援部隊だ。不明勢力排撃のため、隔壁の全開放を要求する』
暫く悩んだ後、その理由を問うてきたので私は実に最もらしい理由を提示した。
『敵はテロリストだ。貴艦の縮退炉を狙っている。その護衛のため、道を空けられたし』
『……現状の当艦指揮を執っている指揮官の許可が必要です』
『では、その指揮官は誰だ。データベースに該当はあるか?』
再びの沈黙。念入りに確認しているのだろうが、ヴァージルは〝イナンナ12〟が〝天蓋聖都〟になってから千年先に生まれた人間だ。登録などされているはずもなく、機械化した上のギアスペルで強引に指揮権をもぎ取っているに過ぎない。
『正規の指揮権限をお持ちですが、該当はありません』
『テロリストからの電子戦攻撃の可能性が高い。はじき出せるか?』
『不可能です。指揮権は正当な物と認められています』
チッ、また〝テラ16th〟のもたらす魔法という名の依怙贔屓か。〝テミス11〟の大司祭と違って、正規権限を得ているならリドリー・イーストウッド中将の遺言を捏造しても指揮権奪取は難しいだろうな。
何せ〝ヒュペリオン2〟にとっては、今は責任を取ってくれる人が公的には存在していることになっているのだ。それを軽々に手放したくはなかろう。
『ならば我が隊の任務の支援だけを行ってくれ』
『…………評議中』
複数機搭載さいれている自我知性の間でも意見が割れているのだろう。こっちは上位船員権限を偽装しているものの、所詮は観戦武官に過ぎない。それが重大な保安上の理由を盾に乗り込んできたとして、すぐに納得はできまい。
頼む、通ってくれ。今、必死こいてセレネが船員権限を上位の物であると騙し続けているのだが、それが何時まで保つか分からん。
『了承しました、待宵観戦武官及び〝テミス11〟艦長代行。船内の隔壁を排除し、テロリスト排撃までの戦闘行動を許可します』
『感謝する〝ヒュペリオン2〟。貴艦に三至聖の加護があらんことを』
っしゃあ! 通った! 船内の方々が揺れて、隔壁が開く音がする。ついでに船内図を手に入れることができたので、これで各小隊に命令を出すことができる。
そして、私は最悪の事態が起こった時の備えに精を出すことができるわけだ。
『中隊、前進するぞ! 侵入した歩兵隊の支援を行うと同時に〝主機管制室〟へ向かう!!』
いよいよ最期かとヴァージルが自棄を起こして、船を自爆させようとした時、炉を止めるため船体中枢に向かうのだ…………。
【惑星探査補機】機密コードや認証コードで陸上戦艦はガチガチに固められているが、正規指揮官の存在しない場合、その護りは格段に弱くなる。これは設計上どうしても避けられないもので、高次連は長年補佐役としての数列自我知性体派遣を申し出ているが、黄道共和連合がそれを呑んだことはない。
魔法は通じてもIFFまでは騙せないのでギリギリ上手く行く戦法。
明日も更新は未定、というより端的に言って書き溜めが尽きてきたので、しばし書き溜め期間を頂きたく存じます。
と言うのも読み返していて9-10から10-5くらいまでの内容に「なんかちげぇんだよなぁ……」という書いてて「これ面白い?」となる病気が出て、ちょっと大幅改編したくなったからです。3ヶ月近くほぼ毎日更新してきましたが、それが止まってしまうのは慚愧の念に堪えませんが、クオリティアップのために御寛恕いただきたく存じます。




