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2-1

 行軍に際して最も警戒すべきは奇襲であるが、その点の問題を我々は完璧に解決できている。


 『上尉、250m先にミュルメコレオの集団一三』


 「分かった、迂回して進もう」


 そう、我々には天空の目、セレネのドローンがついている。銃の生産が終わった余剰で、彼女はソフトボール大の筐体に二対四枚の翅が備わった、監視にのみ特化したドローンを生産して監視網を構築してくれたのだ。


 ドローンは絶えず我々に先行し、梢の隙間や視界が届かない直上から光学的、熱源的データを集めてセレネに集約。相方を通して無用な戦闘を回避する情報を与えてくれる。


 [総員停止、迂回する]


 拳を掲げながら無線通信機に語りかけ停止を命じ、各分隊長級の指揮官を集めて迂回路を指示した。


 小型通信機も作れたので、五人一組を分隊として分隊長に配布し無声でやりとりができるようにしてあるおかげで、この三日間一度も敵に遭遇せず済んでいるのだが……。


 「そろそろ限界かな」


 『リデルバーディの集落があった地点に接近していますが、敵の密度が増えていますね』


 森の奥に接近するにつれてキマイラーの数が増えてきていた。今までは迂回する、通り過ごすまで息を殺して待つなどして、人員と物資の損耗を抑えてきたが、これも近くできなくなりそうだ。


 空には斥候として派遣されたらしきハルピュアが遊弋(ゆうよく)しているようになり、捜索分隊なのかミュルメコレオの群れも増えてきている。全てを回避しようとすれば迂回に迂回を繰り返すことになり、一向に目的地に到着できなくなるだろう。


 どこかで一戦やらかして、包囲網に穴を開けねば。


 幸いにも彼等のセンサーは生物の肉眼を上回るほど高性能ではないし――今まで見つかっていないのが良い証拠だ――通信範囲もお粗末とみえる。これ以上〝太母〟への道を阻まれるようなら、携行している食料の問題もあるので先制攻撃で壊滅させ、上手いこと敵軍の間を進むとしよう。


 いや、しかしVRゲームを思い出すな。アレは難易度調整の問題で敵の連携と視界がガバガバだから成立していたが、本気の警戒をしいた高次連統合軍相手なら10mも進めていなかったろう。


 なにせ我々はバイタルが全て監視されているので、一人でも異常が出れば即座に警告が発され、返答がなければ中隊規模の増援を送り込んで侵入者を包囲殲滅する。


 しかも早期警戒斥候仕様の甲種三型義体は360°の視界を持つ上、熱、電波、音紋すべてを見える超高性能センサーを備えている上、大気の歪みを“視る”空間レーダーも装備しているため、高度な光学迷彩技術を持とうが実質的に忍び寄るのは不可能なのだ。


 敵集団を一撃の下に粉砕すれば、穏便に進める現状は難易度的に大分“温い”方だね。


 しかし、私は平気でもテックゴブとシルヴァニアン達は、いつ襲われるかの精神的緊張で疲弊し始めている。そろそろ大休止を取って落ち着かせてやらないとな。


 まだ先は長い。占領されたリデルバーディの集落までの行程は消化したものの、そこから太母の領域までは二十日もあるのだから。


 戦闘を避ける道取りをしている分、余分に一週間はかかる計算をしなければ。


 陽が暮れればキマイラーの活動は消極的になることもあり――やはりセンサー感度の問題だろう――我々はセレネの庇護の下、安心して野営を張ることができる。


 私は電脳のおかげで眠らずとも平気だけど、他はそうもいかないからな。こうやってバッテリー式コンロで火を熾して食事を摂り、ちゃんと眠らなければ直ぐ駄目になってしまう。


 しかし、今も旧人類規格のボディを保っていた余所の国は、よくぞこんな不便な体で宇宙に出たもんだよなぁ……。


 「なぁ、ノゾム、見張りなら僕が代わるよ。君もそろそろ休まないと限界だろう」


 さっきまで栄養タブレットを囓っていたガラテアが、木の上に登って万一の奇襲に備えていた私に声をかけてきた。彼女の体は、この丁種義体と同じなので食料が私と同じでいいから実にありがたい。


 味の感想? 期限が切れた携行食(レーション)より幾らかマシと大好評だったよ。


 「私は平気だよ、ありがとうガラテア。君こそ休まないと辛いだろう」


 「だが、三日も不寝番をしてるじゃないか。このままだと死んでしまうぞ!」


 機械化人にとっての当たり前は旧人類にとっての非常識、という言葉を思い出した。そういえば、丁種以外の義体でも瞬きする機能があったり、仮装睡眠のモーションは同時に活動する他種族を不安にさせないため実装されたんだっけか。


 体は動かなければ休められるし、脳は電脳だから機能制限すれば疲弊しないからと眠らずにいたけれど、これからは少し気を遣った方が良さそうだ。


 「私は眠らなくても平気な遺物を頭に入れてるんだ」


 「ね、眠らずの目を持っているのかい!?」


 おっと、適当なことを言って誤魔化そうとしたら、どうやら天蓋聖都にも似たような装備が伝わっていたようで、滅茶苦茶驚かされてしまった。


 ただ、驚愕よりも心配の方が勝っている声なのは何故だろう。


 「あれは大勢のギアプリーストを廃人にしてきた道具だよ! 余程機械精霊との適性が良くないと発狂してしまう物を何で……」


 「一人旅で睡眠時ほど危険なことはないからね。精霊のご機嫌がいいのか、一度も体を壊したことはないんだ」


 あー、なるほど、生体脳を無理矢理活性化させて起きさせる遺物なのか。そりゃ下手な使い方をすれば発狂するわな。私達でさえたまには再起動やらキャッシュ整理が必要なんだから、生身の脳でやったら保つまいよ。


 ただ、多くの、という表現がされたあたり、実際に使っちまってる上、適応できる人間が出るまで実験したのかよ。普通に怖いし、益々謎が増えるな。なんで彼女達は旧人類の肉体に副脳を宿し、剰え機械化人の装備に適応できる個体が存在するのか。


 謎と興味は深まるばかりだ。


 「それでも……!」


 「じゃあ、明日は交代で寝よう」


 折衷案を出して心配性のガラテアを宥める。


 「しかし、君は優しい子だね」


 「なっ、ぼ、僕が優しい!?」


 「マギウスギアナイトの君からすれば、僕は遺物の簒奪者だろうに。そんなに心配してくれるなんて、本当に良い子だ」


 「子供扱いは止めてくれないかなノゾム! 僕はもう二三だよ!!」


 おや、思っていたより若かったな。


 ……あれ? というか、旧人類で大人って何歳からだっけ? 私達は仮想現実の義務教育空間で六〇年は――基底現実時間だと約半年――暮らしてからロールアウトされるから、そこら辺ちょっと感覚が分かんないんだよな。


 それに照らし合わせれば二三歳っていったら、それこそ義務教育中の若者に思えるんだけども……。


 「き、君こそまだ若いだろう! 東の方の顔付きだけど、君の方が年下なんじゃないかな!」


 「ふふ、いやいや、君の何倍も生きてるよ私は」


 正確には十倍以上、寝ていた期間を含めれば百倍以上だけどねと内心で溢し、褐色の顔を赤らめた彼女の頭を撫でた。


 「まぁ、今日はいいからお休み。良い子だから」


 「っ……だから、子供扱いはやめてくれ!」


 バシッと手を弾き、彼女は寝床へと引き上げていった。


 そうか、二三歳は頭を撫でられると怒る程度の年齢ではあるのか。今度から気を付けよう。こんな子供が戦場に出るとか酷い国もあったもんだなと思ったんだが、意識を現世に追っつけないと、その内凄い失礼をすることになりかねん。


 「セレネ、五分だけキャッシュの処理で性能を落とすからカバーを頼めるかい」


 『了解、安心してお休みください』


 「しかし、こういう時は煙草が恋しいな。VRだと休憩の時はよく吸ってたから」


 沈静自体はソフトを動かせば幾らでもできるのだけど、VRに長く浸っているとコマンドを走らせるだけというのが酷く味気なく感じる。ゲームの中みたいに煙草を吸ったり、本当に横になったりしたら落ち着く方が私には向いている。


 これも二千年もゲームに浸った弊害かな。軍務の最中は、そんな余裕をぶっこいたどころか、色々舐め腐った願望が出てくることはなかったというのに。


 『〝太母〟が何とかできて工場が生産できたら作りましょうか? 実際に丁種の肉体を賦活する極小機械群を込めて』


 「そいつは素敵だ、QOL爆上がりだね。検討しておいてくれ」


 『了解、ではよきお休みを』


 ま、休憩と言ってもキャッシュ処理、意識自体は残ってるんだけどね。


 そのまま眠らず朝を迎え、我々は行軍を再開した。


 「うーん、このままだとどうやっても後戻りするしかないな」


 六日目の昼、敵の配置が拙くどうやっても引き返すしかない状況が遂に起こってしまった。


 前方500mにホヴを含むミュルメコレオ15体の群れ、三時の方向700mにハルピュアが三機遊弋しており、更に迂回してきた八時の方向にはホヴが三体。


 こりゃどれか叩き潰さないと時間が勿体ないし、物を食わねば生きていけないテックゴブやシルヴァニアン達の物質が尽きる。遠方からえっちらおっちら運んでくる余裕はないし、大量の物資を運搬する航空ドローンも作れない現状、多少無茶をする他ないか。


 [総員、戦闘準備。攻撃位置に移動する]


 静かに移動するように命じ、我々は行動を開始した。最初のターゲットはハルピュアだ。コイツらは空を高速で飛べる特性を持つ以上、絶対に叩いておかないと延々つけ回されて酷い目に遭う。


 ジリジリと中腰で藪や梢に隠れて接近し、75mの距離まで近づいたところで射撃姿勢を取るように指示した。訓練を重ねた彼等なら、この距離でも十分に当てられるだろうと信頼している。


 [各員、初弾装填。安全装置外せ]


 各々、木々の股に銃身を預けて安定させたり、地面に伏せて精度を向上させる中、私は分隊ごとに標的を定めて一斉射の準備をさせた。


 下手な鉄砲でも数打ちゃ当たるのだ。鉄砲上手達が一斉に発射すれば、どれかは当たる。


 [……撃て]


 空中で偏差射撃を大量に浴びたハルピュア達は命中弾が多すぎたのか、殆ど爆発四散した勢いで木っ端微塵になって墜落していった。


 同時、森中に響き渡る銃声。さぁ、お祭りの始まりだ。


 [再装填急げ!!]


 『上尉! ホヴとミュルメコレオが反応しました! 全速で向かってきています! 接敵まであと25秒! 後方のホヴも反応、こちらは67秒で接敵!!』


 分かっているとも。それを見越して予め人員を配置したんだ。


 [総員、狙いを十時方向に! 私の指示に従って斉射用意!!]


 しかし、動きがいいな。攻撃があり次第、予測箇所に全力で走っているとは。データリンクされていないと思っていたが、実は弱いながらに繋がっているのだろうか? 至近距離だけだと情報共有が可能だったりするのかもしれん。


 [撃て!!]


 時計がない中、文字盤を使った方角指定を教えるのに少し苦労はしたが、全員の身に何とか馴染ませたので照準は会敵までに済んでおり、全員の銃口が予測位置を向いていた。


 そして、藪から最初のミュルメコレオが顔を出すと同時に発射を命じ、驟雨の如く弾丸を浴びた出来損ないの獣と蟻の混合物は躍るような勢いでバラバラになった。


 [任意射撃開始!!]


 藪の向こう側にいたミュルメコレオも多く倒れたが、まだ第一陣はホヴを含め六体残っている。私は味方をカバーするべく、後方に置き去りにしてきたホヴを相手しようと軍刀に手を添えて駆けだした。


 背後で銃声、パンパカ賑やかにお出迎えする味方を背に全力で駆ければ、合成速度でより素早く後方のホヴ達に接敵する。


 しかし醜いな。全身腫瘍だらけ、あらぬ方向からカメラアイが生えた姿はテックゴブを意図的に貶めたような醜悪さとしか言えず、正に怪物そのものだ。


 私は親指で鯉口を弾き、抜刀を斬撃に変えて先頭を走っていたホヴの胴体を両腕諸共一刀両断にした。刀身に白い血液が僅かに付着するが、振り抜く勢いで飛び散って纏わり付くことはなく虚空に流れて散っていく。


 そこで動きを止めず、手首を返して左の片手薙ぎ。初撃で両断された胴体が地面に落ちるより前に、再び胸から先を割断して三等分にしてやった。


 これだけ斬れば、どれだけタフだろうと反撃できまい。


 実際無力化できていたようで、バラバラになりながら崩れ落ちるホヴを回り込んで二体目に狙いを付ける。


 拳を振り上げて迎撃しようとしてきたので、そのまま側方を駆け抜けて抜き胴をお見舞いすれば、単原子分子の刃が醜い腫瘍塗れの胴体と下半身を泣き別れにさせた。


 真っ二つにするだけで死んでくれるってのは楽で良いね。これが同じ義体を身に纏った機械化人だったら、上半身だけで反撃してくるから全く油断ならんのだ。


 最後の個体が肩を前面に押し出して突撃してくるので――意外と器用な戦い方をするな――半歩左に退いて回避し、すれ違い様に膝を斬り飛ばす。白い血液を撒き散らしながら駆ける速度のまま吹き飛んだ右膝を見送り、転倒したホブに駆け寄って首を刎ね飛ばしトドメ。


 ここまでの所要時間は約二五秒、単原子分子ブレードの耐久時間を半分も使ってしまったが、まぁまぁってところだな。


 付着していないが念のために血糊を払う仕草をして、慎重に刃を鞘に戻せば、視線が私に集まっていることに気が付いた。


 [な、なんて戦士だ……剣一本でホヴを三体も……]


 リデルバーディが感嘆の声を上げ、同じくテックゴブの戦士達が私を讃え始めた。


 どうやらVRで鍛えまくった剣戟は、彼等のお眼鏡に適ったようで、私は異種族ながらにして名誉戦士の称号を賜ることとなった…………。



次回の更新予定は2024/07/13 18:00頃 を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] vr里学了战场刀法吗(笑)
[気になる点] 「剰え」には、振り仮名があった方が良いかもしれません [一言] 流石は単分子ブレード、凄まじい切れ味ですね! 燕返しのような連続斬撃が、こうも決まるとは!
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