9-6
生きてる! 何でか知らんけど私生きてる!!
二秒後、機体を立て直した刹那、私は自分が生きている理由が良く分からなかったが、ログを見れば明白であった。
私のことを具に観察していたセレネが、これは拙いとばかりに〝信管を無効化した誘導弾〟を1ー3に放たせて強引に現在位置から弾き飛ばしたのだ。
機体は強制的に移動させられて重粒子の雨から逃れ、こうやって原形を保っていられるわけだ。正しくボムだなこりゃ。
ヤバかった。ウラノス3は高次連規格ほど頑丈じゃないから、陽電子砲に操縦手槽がどこまで耐えられたか分からん。五秒以上照射を受けていたら、ドロドロに溶けて発掘に相当の手間が掛かるか、脳殻が駄目になるところだった。
『上尉、ご無事ですか!?』
『死んだかと思った!! 誰だ主警告装置を黙らせたのは!!』
『貴方ですよ貴方!!』
当たり所が少し悪かったから右の肩部スラスターが一基逝ったが、まだまだ活動は可能だ。我々機動兵器乗りは、四肢の一本を失ったところで戦えるよう、予め機体が壊れた状態でも戦闘継続すべく、最初っから壊れた機体を与えられるシミュレーションを数多く熟すのだから。
残り三秒を気合いで避けてみたが――セレネに助けて貰った分、嘘避けといってもいいかもしれない――照射が止まらない。
『クソッ、拡散して低威力化することで燃費を上げてやがるのか!』
はい、気合い避け続行! 左膝から下、かなりの推進器を失ったせいで最高時速は落ちているし、左肩にミサイルを喰らったこともあって幾らか人工筋肉が破断しているものの、やることは変わらない。
気紛れに軌道を変える棒状の光線を潜り抜け、光と戯れ続ける。その間に辛うじて空いたメモリを使って接近できないか計算してみるが、ちょっと無理だなコレは。発射点である首が動く上に、拡散している角度が120°とかなり広いこと、そして根元に近づくにつれて密度が増す当然の構造から、変に肉薄するとみじん切りにされる。
あと何秒耐えれば良い? 機動兵器を両断できる程度の出力に抑えているにしても、何十分も打ち続けられはするまい。
『セレネ! 熱量から逆算できるか!』
『弊機も陸戦隊のリンクを取ってるから結構忙しいんですけどねぇ!!』
『流石に制限時間が分からない弾幕ゲーは辛い! 推進剤も残り六割を切った!』
かなり無茶苦茶な機動ばかりしてきたから、推進剤をドカ食いしているので飛んでいられる時間には限りがある。特に主推進器剤が詰まった片足と増槽を喪ったのが痛い。
斜めから斬りかかるような機動で襲い来る鋼線を体を傾けて回避し、次いで下から襲い来る物をバク転の容量で避け、回避先に置いてあったような嫌らしさで微動もしない一本を急停止で踏まないようにする。
こんな曲芸を三秒に一回要求されたら、ウラノス3が保たん。全力機動を行ってバラバラにならないのは五分が限界というところだろう。既に片足を失った影響が右膝にもモロに来ており、結構嫌な音を立てている。
ああ、もう、私の全力に少しでも追いつかせるため、カリッカリにチューンしたのが裏目に出たな。機体が色んな意味で私に追いついていない。
かといって、リミッターを掛けた状態だったら十秒保ってたか怪しいしなぁ。これは結果的にプラスだったのか?
『機体がバラバラになるのが先か、集中が切れるのが先か微妙なところだぞ!』
『上尉! 熱量減少を確認! この減衰幅だと……あと三十秒ほどです!』
光明が見えた気がしたような、碌でもない数字が聞こえたような。
制限時間が分かったのはいい。ヤツもこれだけの攻撃を放ったなら、後隙を晒さずにいられないのは〝ヒュペリオン2〟との交戦記録から明白だ。
ただ三十秒かぁ……きっちぃなぁ。
横に三つ連なって振り下ろされる斬撃めいた光線の間隙、そこを機体に横倒しにすることですり抜け、一拍遅れて今度は横に連なって襲いかかる物を同様の手段で回避。当たればサイコロステーキ確実の一撃をいなして稼いだのは僅か三秒半。
時間が、時間が長い! 思考のクロック数を上げないと二手、三手先が読めなくて詰みの方向に回避しそうで怖いけれど、体感時間が引き延ばされているせいで無限に感じる。嫌らしい組み合わせで襲ってくる光線を回避しながら、ジリジリとした動かない世界の中で私はひたすらに藻掻いた。
ただ反射で避けてはいけない。読むのだ、動きを。全体の流れを。
地がない全周に360°の世界がある中で、我々航宙艦乗りは恒星方向を天頂と呼び、惑星表面上にいる時は地面から垂直の空を天頂とする。
そして自分から水平を時計で数え、縦方向を360°で計算する。
次はどっちに行く? 六時45°は、ダメだ。三手目で詰みパターンが来る。となると八時167°だな、こっちは比較的密度が薄くて次の手が読みやすい。
って、畜生、嫌らしいな、光線が動く速度に差が付いてきた。恐らく出力が落ちて、制御が甘くなってきたせいだろう。そのせいで難易度が跳ね上がるとか、制限時間が近づく度にえげつなくなっていく避けゲーめいてきたぞ。
ただ、此方には当たれば終わりのシューティングとは違う利点がある。
致命傷になる場所以外は貰っても問題ないということだ。
あそこ、一時12°の方角、かなり際の際で装甲を一部掠めて表面が沸騰しそうだが、何とか潜り抜けられる隙間がある。そこを抜ければ、時間いっぱいまで安全地帯だ。他の帯がどう動こうと、どの角度で変化しようと凌げる刹那の安地を見つけた!!
私は迷わず辛うじて機動兵器一機が潜り抜けられる、正にギリギリの領域に頭から突入した。スラスターの加減を1%でも誤れば真っ二つになる間隙へ体をねじ込めば、あまりの熱量に塗料が沸騰し、碧が暗くくすんでいくのが分かる。沸沸と煮たって剥がれ落ちていく塗料。
更に左の肘を守っている装甲板の一部が切り取られてしまったが、無事に突破することができた。
『抜けたっ!!』
ほんの少し動けば失われる安全地帯に身を置いて待つこと十数秒、ついに三分以上の長きに渡って吐き続けられた重粒子の雨が止んだ。
しかし、冷静になって周りを見渡すと、かなりの数のアダルト級とエルダー級が巻き添えになっていた。分かっていたけど、仲間意識とかないのかコイツら。
そりゃ私達にとって「構わん! 俺ごと撃て!!」は浪漫溢れる展開ではあるけど、それは後から脳殻を引っ張ってきて蘇生できるからであって、ガチで死ぬ身でやるこっちゃないと思うんだ。
しかも、圧倒的上位者が許諾なくやるのは、本当にどうかと思う。
などと爬虫類頭に期待するべきではないことを考えながら、私は背部スラスターを全開にして翔んだ。
ブレスを吐くのに全ての精魂をつき果たしたのか、疲れ果ててエルデスト級の動きが寸間ながら止まったからだ。
この瞬間なら狙える。
『いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!』
怪鳥の叫びを上げながら吶喊。頭をすり抜け、首を跨ぎ、背を抜けて目指すは翼の付け根。雄大にして巨大ではあるが、この巨躯を飛ばせるとは思えぬ大きな翼の間に着地し、抜き打ちで刃を大きく振る。
半月のような弧を描いた一刀は、完璧に両の翼、その根元を断ち切っていた。
『とったぞ!!』
吹き出る白い血に再塗装されながら、推進器を噴かして全力離脱。足が鱗から離れた次の瞬間、巨竜はあまりの傷みに悶えながら落ちていく。
やはり、あの体はエルダー級と同じく抗重力ユニットにて重力の影響を軽減し、翼で揚力を稼いで浮いていたのだ。
その浮力の源たる翼を失えば、落ちていくのは必定。
ヤツは空中で藻掻き、腹を紅く光らせて――エルダー級と同じく、あそこに抗重力ユニットがあるのだろう――巨体に反してゆっくりゆっくり落ちていくが、重力の柵から完全に逃れることはできず少しずつ終端速度に近づいていく。
完全に惑星の重力から逃れるのは、二千年前の技術でも結構な難事だったのだ。極大型の特別な抗重力ユニットがなければ逃れられないほど、〝テラ1st〟と同じ重力は強力だ。我々旧人類に端を発する物が、地上に射る間は耐えられるだけ頑丈にできているだけで、墜ちる物は等しく物理によって打擲される。
『総員、耐ショック姿勢!!』
やがて、落着。膨大な質量が落ちる時、そこには莫大な運動エネルギーが伴う。
衛星軌道から爆撃でもあったかのような衝撃が地面を巻き上げ、衝撃波で空気を薙ぎ払い、巻き上げられた粉塵が丘陵を薙ぎ払うように広がった。
これを避けられるのは遙か高みを翔ぶ我々だけで、相当量の土砂がブリアレオースの巨人達と生き残った竜達を遅う。
ただの粉塵ではない。大小様々な石くれや撃墜されていた竜の亡骸を伴う土砂の暴風だ。それは最早、破壊力を高めるため着弾と同時に子弾をばら撒く機動爆撃杭に近しい。
『……おいおい、マジかよ』
だが、それでもだ。
それでも、エルデスト級は生きていた。
体が歪んで歪になっているが、まだ藻掻いている。そして、恐るべきことに再生を始めようとしていた。
使い終えた楊枝のように折れていた手足が、少しずつ元の形に戻ろうと内部から自動で力が加わっているのだ。
ええい、まぁ、あれだけデカけりゃ自己修復機能くらい搭載できるわな!
となると、回答は一つ。中枢を体から切り離す!
『上尉、無茶です!』
『やらなきゃアレが地上で暴れ廻って面倒なことになる!』
首の太さはどんなものだ。長く見積もって8mちょいってとこか。
私は急上昇し、機位を計算した後に抗重力ユニットを切った。
機体が終端速度に達することのできる高度に陣取り、そこから大上段に切り下げてそっ首を刎ねてやる。こうでもしないと止まりそうにないのだから、頸椎を叩っ切って終わらせてやるだけだ。
どうせ機体はボロボロ、このまま戦闘に参加することはできないんだから、丁度良いくらいだ。
『1-3! 〝テミス11〟に帰投しろ! 脳殻を移し返す準備だ』
『了解』
『ああっ、もう、本当に無茶をなさる……』
大上段に構え、抗重力ユニットをオフに。自由落下の助けを受け降下を開始。220tの巨体が最高速に乗っかるのは圧倒まで、見る間に地面が近づいてくる。
計算式はバッチリ、スラスターを噴かせる瞬間は今。
『ちぃぃぃぃぃえすとぉぉぉぉぉ!!』
抗重力ユニットをギリギリで起動し、能う限りの運動熱量を刃に載せながら振り下ろせば、〝虎徹 TypeC〟単分子原子ブレードは鱗の鎧を割ってビルの様に分厚い頸椎を両断し、更に斬り割った威力の余波で首を完全に契り翔ばした。
強引な減速に機体がギリギリと文句を言い、左膝部関節に罅が入って、破れたシーリングから人工筋肉の輸液が噴出する。
しかし、〝刀身より幅広の物体を破壊する〟という難行は成せた。刃が音速を超えて発したソニックブーム、そして純粋な運動エネルギーが全てをねじ伏せたのである。
やはり暴力。暴力は全てを解決する。
『とっとと……』
しかし、流石は高次連の三大変態巨頭。出雲航空台座や湯谷重工業と並んで一歩も退かない大東亜重工の傑作刀だ。儀礼用のTypeCにも拘わらず、こんな使い方をしても折れず欠けず、腰も延びないとは大した物だ。
それに、このウラノス3も散々脆いだとか物足りないとか言ったが、よくここまでつき合ってくれた。流石にレストアするより再生品投入口に放り込んだ方が速いからお別れになるだろうが、よく頑張ってくれた。
肩部マウントから伸びてきた鞘に静かに納刀し、私はスラスターを噴かして〝テミス11〟へ帰投するべく飛び上がった。
さぁ、歩兵達の支援に行こうじゃないか…………。
【惑星探査補記】抗重力ユニットは超弦理論を応用し異相次元に働きかけて重力を打ち消す技術であるが、全く零にしてしまうと自転に置いて行かれて大変なことになるため極めて繊細な技術である。
それ故に極端に大型な物でない限り大気圏を突破することも、独力で星の柵から完全に脱することもできない。
昨日はお休みしてすみませんでした。復調しました。
明日も更新時間は未定でお願いします。




