9-4
五つの標的に優先度を振り分け、適切に迎撃することは高次連でも難しい。
旧人類の何十倍、下手をすると百倍以上に拡充された試行速度を持ち、たっぷり時間を掛けて思考を練ることができる我々であるが、あくまで資源がたっぷりあるだけで有限であることに変わりはない。
まぁ、攻撃を受けてから大まかに三十秒も使えないと考えるのが普通かな。
艦長が優先順位を決めるのに使えるのは数秒、砲術長がそれを最良に伴って振り分けるのに使えるのは十秒、長くて十五秒、それから艦内に設置された命令にだけは従順な疑似知性が最適解を弾き出すのに十秒少し。
これを少しでもはみ出すと、大体の物が中途半端、つまり〝しない方がマシ〟という散々な結果に落ち着く。
そして連中は愚かにも、その五択の全部を諦めきれなかった。
如何に〝アイガイオン級〟が優れた巨艦であれ、満身創痍の今、いや、仮に全ての武装が健在だったとしても命令の完遂なぞできようはずもない無理強いだ。
『セレネ、帰参した! 補給を!! 推進剤はほぼ空っ穴だ!』
『随分とぶん回しましたね! 三分で済ませます!!』
おかげで私は悠々と囮役を熟してヘイトタンクの任務を果たして〝テミス11〟に僚機と共に着艦し、補給を受けることができていた。寝そべることで高さを低くし、重外骨格を着込んだ工兵達が砲弾を挿入しやすい位置へと持っていく。
「聖徒様! 襲撃完遂お美事でした!」
「胸の空くような爆撃でした! 機械神万歳!」
換えの誘導弾を手に駆け寄ってきたのは、大半が機動兵器の訓練生だった。緊急整備訓練も兼ねて重外骨格に慣れさせておいたので、一番手近にいたから連れてきたのだが、仕事熱心で助かるよ。
『君達の支援あってこそだ。再装填を急いでくれ』
「おい、聞いたか!?」
「俺達の支援あってこそ!? こりゃ今生で最高の誉れだ!!」
大仰なことを言いながら撃ち尽くした誘導弾を追加し、爆弾槽に爆弾を追加していく工兵を微笑ましく見守りつつ回線は〝テミス11〟にも回し、降下強襲部隊に目線をやる。
無線はかなり賑やかだった。素人らしく、戦場の猛火に炙られて、叫びたいことを叫びたいように怒鳴り散らしている様は初々しいが、もう少しマシになるまで鍛えてからここに導き集ったと悔いるばかりだ。
それでも、広い甲板上にバラバラと散らばらず、一所に纏まって降下できたのは地獄の訓練あってこそ。生還した暁には思いっきり褒めてあげないと。
『2-2、カバーに入れ! 3-1、無理に撃とうとするな! 僕らの仕事は陸戦隊を中に送り込むことだからな!!』
左手に大型の盾を装備したテイタン2の群れは、四方八歩から浴びせ掛けられる迎撃兵装から亀甲陣を思わせる陣形を構築して身を守っていた。円を組んで盾の右で我が身を、左で戦友を庇い、僅かに空いた隙間から機銃を突き出して攻撃。
迎撃せんと砲口を向けてきた火器を少しずつ撃退しながら、中枢艦橋に取り付こうと陣形がジリジリ進む。一番危険な主砲と、それに乗っかった副砲は黙らせたのだ。テイタン2が装備できる正規品の中でも一番大きな盾を持たせたのだから何とかなるだろう。
『上尉、補給終了まであと二四秒』
『良い仕事だセレネ、助かる。さて、次に鬱陶しい陣地はっと』
高みから見下ろす視点で元気な陣地を探り、進んでいる味方を巻き込まず、それでいて進路を確保できる場所を厳選。次に斬り込む位置を見定めて、私は内心で舌舐めずりをした。
『それと、ご機嫌なナンバーもそろそろ終わりです。次は?』
『君に任せるよ』
『では、同じバンドで』
セレネの戦局は相変わらず最高だ。軽妙で小刻みなギターソロと独白めいた歌声から一気に爆音が華開き、世界を憎みきれない青臭い歌詞が溢れ出す。
『さぁ、二発目だ! 突っ込むぞ!! 遅れるなよ2-2 2-3』
『此方も準備完了しております』
〝ニュンペー22〟が操るウラノス3も私に続き、再び大空に飛び込む。曲がソロパートに入ると同時に敵の砲火が此方を向き、近接信管の花が咲く。砲火を避け、誘導弾を避け、時に撃ち落とし、防空圏に突入。
しかし、流石に一回目ほどの奇襲効果はないし、我々を守るミサイルの紗幕もなかった。
『1-2被弾、左膝部より下をパージ』
機械的に乱数軌道を描いて降下していた1-2が被弾した。当たり所が悪かったのか左膝の下から火花が散り、推進剤に引火する直前に自切。それから少し遅れて火花が回ったのか、切り離された膝から下が吹き飛んで衝撃波で機体がふらつく。
『追従可能なりや』
『可能です。ですか機動力が26,78%低下。離脱は困難かと』
敵の最適迎撃距離を抜いたのでもう安心だが、二回目で一機失うとはな。主推進器は背中に集中しているが、細長い二等辺三角形の足首がない脚部にも太股の裏にデカイ推進器が三機も集中している。これを失うと機動力が途端に落ちて、回避力が大幅に下がってしまう。
となると、下手に連れて逃げるより、囮として中隊の上を飛び回らせた方が有効か。
『1-2、誘導弾は温存、爆撃実施後は中隊の上空防護にあたれ』
『1-2了解』
ちと惜しいがフラフラした飛翔で離脱させ、撃墜させるのも癪だからな。それならば有人機の盾に使った方が幾らか有意義だ。
気持ちを切り替えて、元気にポンポンと対空防護を行っていた陣地に肉薄。Bメロの開始と同時に爆弾槽を開放し、すれ違い様に低空爆撃を行って甲板を薙ぎ払う。迎撃兵装が鉄屑に成り果てて地面に黒い雨として降り注ぎ、強度がそこだけ違うのか甲板基部が剥き出しになる。
やはり爆撃で破壊するのは無理だな。元々の頑丈さもあるが、たった三機編成の攻撃隊で――しかも一機は今さっき離脱が確定した――落とせる爆弾でどうこうなる装甲厚じゃない。主任務が機動兵器だけの撃破じゃなくてよかったよ本当に。
『上尉、加減に気を付けてください。対空兵器を減らしすぎると……』
『アダルト級に集られる、だろう。分かってるさ』
どうせ予備があるのだからと対艦レイルガンを豪勢にばら撒いているとセレネから警告が来た。レーダーを意識をやれば赤い警告が周囲を埋め尽くしており、防備が薄くなったのをこれ幸いとアダルト級やエルダー級が狙っているのが分かった。
彼等には何らかの意思疎通方法があり、この船を退かしたくて仕方がないのだろう。
あるいは、天蓋聖都を定期的に襲っていたように〝文明を襲撃するプロトコル〟でも組まれているのか?
この惑星の生命体は歪だ。光子結晶を備わって生まれてくることや、高効率人工血液が流れていることが、ではない。
何らかの目的を持って生まれている。そう確信させるところがあることが。
生命なんて物は基本的に〝何となく〟の弾みで生まれる物であって、そこには本質的に目的意識はない。ただ増える本能があり、進化する機能があるから形を変えていっただけで、故にこそ我々は〝何のために生まれてきたのだろう〟なんて贅沢な悩みを抱えていられる訳なのだが……。
『っとぉ、分かった分かった、お前の相手もしてやる!!』
無駄な思考を繰っていると、至近距離を重粒子の吐息が掠めた。エルダー級の個体が、弾幕の薄くなったところに体をねじ込んできたのだ。
機体を左右に動かして翻弄し、ヤツの首が少し右に傾きすぎた瞬間、加速を斜めに変えて猛進。抜刀しながらすれ違えば、かつてはブルドッキング・ヘッドロッキングでもねじ切れなかった首が面白いように飛んだ。
流石は虎徹、大東亜重工業が渾身で打った珠玉の逸品。斬り心地が違う。手首に殆んど衝撃を感じなかった。
これはスケール比もあって比べるのは間違っているが、間違いなく我が愛刀〝国綱 TypeA〟より良い刀だ。くそ、もう三十年くらい貯蓄して〝村雨〟モデルを買うべきだったか?
……いや、落ち着け。剣の良さに振り回されるな。結局は持っている人間次第だってことくらい、自分が一番分かってるだろ。
首を失って制御が狂った体が羽根をのた打たせながら余勢を借ってぶつかりそうになったので、スラスターを少し噴かして上空に逃れ回避。この個体が統率していたらしい、十数匹のアダルト級が、一刀にして指揮個体が殺られたことに怖じけて飛び去っていった。
いや、ただ逃げ散ったのではないな、別の個体が指揮する群体に加わったのだ。
やはり、この竜達も何らかの目的があって生み出されたのだろう。
トゥピアーリウスもそうだが、高性能な異形は殆どが生命的な観点で見れば異常だ。
彼等は生まれながらにして役割を持ちすぎている。
一つの役割のために生み出された種。それを銀河では“奉仕種族”と呼ぶが――一応、分類的には数列自我知性体もここに入るらしいが、我々は進化過程より独立した生命体と定義している――振る舞いが正にそれなのだ。
特定の領域から、何らかの引き金が引かれない限り大きく離れることはなく、個ではなく群が中枢を重要視して命を投げ出す。
これだけ複雑な機構と巨大な脳を持っている生物としては、不自然なまでの真社会性。
正に奉仕種族としか言いようがないのだが……だとしたら、この個体群は何に奉仕している?
よもや〝テラ16th〟そのものとか言わんよな。
『上尉、あまり格闘戦をすると推進剤が保ちませんよ』
『っと、そうだな。まったく、コイツはどうにも燃費が悪くてたまらん』
重さとは即ち運動エネルギーの源であるため、どうしても敵に吹き飛ばされることなく斬り倒そうとすれば、抗重力ユニットの力を落とさざるを得ない。
そうすると、今度は増した重量を賄うために推進剤を強く噴かす必要があるため燃料がゴリゴリ減る。
痛し痒しだな。ウラノス3、特段悪い機体じゃないんだが、やっぱり思い切りが足りない。原型機となった紫電4と同じく、装甲を薄くして推進剤をもっと沢山積んだら、より長く戦闘ができるというのに。
〝虎徹 TypeC〟を構えたまま近くの陣地に着地。砲塔の旋回が間に合わない内に基部から斬り落とし、躍るような足運びで次々と切り刻む。コツは敵の射線に入らないこと、そして常に敵を遮蔽に使える場所を占位しつづけることだ。
そうすると疑似知性は自己破壊を嫌って発砲ができない。思いきりの良い砲術士が制御していたなら、これくらい駄賃だとばかりに一基か二基犠牲にしてでもぶっ放してくるんだがね。
やはり敵さん、十分な教育が追っついてなくて、戦略的な動きは機敏でも現場レベルでの対応が全然だな。今の段階で戦えてよかった。
これが幾十もの戦闘と何十年分もの戦闘経験を蓄積した船であれば、たった十二機と一隻で制圧するのは不可能だったからな。
『ノゾム! 中央艦橋に取り付いた! 破損孔から陸戦隊を送り込むよ!』
『来たか! よし、セレネの指示に従って存分に暴れさせろ!!』
見れば、陸戦隊が亀甲陣の真ん中でコンテナ型の兵員輸送ユニットを下ろしているところだった。一瞬のようで、自分の技量に関係なく死ぬかも知れない場所に詰め込まれて運ばれる時間は永遠のように長い。
そこから解き放たれた戦士達の士気は旺盛で、手当たり次第にぶっ殺してやるとばかりに勢いよく雪崩れ込んでいった。
トゥピアーリウスは外骨格を着たがらなかったので――というか、なくて十分だったので――装備更新こそしていないが、その素早さと矢の理不尽さで中に詰め込まれたマギウスギアナイトにも対抗できることだろう。
それに続いて前衛兵のシルヴァニアン達が突入し、同時に重装備のテックゴブが後を追う。
そして、数を補うために市民兵からかき集めて、旧式化した丙種劣化品を着せた旧人類の歩兵が占領部隊として少数のマギウスギアナイトに指揮されて突撃していった。
集めに集めた一個中隊二百人。この艦隊はヴァージルにとっての虎の子であったのだろうが、こっちもこっちで常に換えの利かない鬼札を使っているのだ。
さぁ、どっちの手札が強いか勝負しようじゃないか。
『よくやった2-1!! あとは、我々が甲板上でどれだけ粘られるか次第だぞ!!』
敵の指揮中枢は三箇所ある。ヴァージルがいる大当たりを引けたら一発で終わるかもしれないが、そんな幸運は早々に訪れまい。
中に送り込んだ面々には頑張って貰わないといけないが、こちらも踏ん張り時だ。
さぁ、一回補充に戻ったら、一番のデカブツを刈り取るか。
美味しい獲物を自分で選べるのが、指揮官の特権ってね…………。
【惑星探査補記】奉仕種族。とある目的に従って人造的に創造された種族の特徴。用途に合わせて特化した種族を多数運用する国もあれば、完全な奴隷階級を作る国もあり、これを殊更に忌み嫌う国もあるなど扱いは銀河中で様々である。
数列自我知性体も機械化人の奉仕種族と見做されている節があるが、その発生過程、及び機械化人達が「彼等はそんな陳腐な物ではない」という見解によってそのように扱うことはない。本人達の自意識はさておくとしてだが。
BGM詳細はTwitterで呟いたりしています。
明日も更新時間は未定でお願いします。
感想などいただけたら上尉と同じく有頂天になるので、何卒よろしくお願いいたします。




