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8-8

 〝天蓋聖都〟領域でも最初に開拓された北は、手つかずであったこと、初の大規模入植であったこともあり〝ヴァージニア(処女地)〟と呼ばれている。たしか地球にも同じような土地があったし、旧米連系での航宙艦や、入植星系で最初の惑星をそう名付けることが多かったことから、どいつもこいつも考えることは同じなのだなと思う。


 意味はたしか処女であるのだが、だとしたら、この土地はもうその名にふさわしくなさそうだった。


 肥沃な大地は一面麦畑や野菜畑が広がっており、大規模農園が埋め尽くしていて開拓されていない土地がないくらいだ。防風林や採集目的で残っている森はあるものの、小さなもので、しかも植えられた木材的に植樹して作った人工林であろう。


 ここで下ネタ大好きな宙兵隊あたりだったら、随分と経験豊富な処女でいらっしゃる、などと顰蹙ものの軽口を叩いているのだろう。


 『……妙だな』


 『妙ですね』


 そして、工場群が立ち並ぶ都市圏についたあたりで、私達は強烈な違和感を抱いた。


 というのも、今の今まで、幾つかの都市を通り過ぎたが碌な滞空陣地も見当たらないし、早期偵察用の軽航空機なんぞも飛んでいないからだ。


 ブリアレオースパッケージには、その巨大さをカバーするため多数の直援機が同梱されており、出荷状態でもどうせ後で積み込むんだからとある程度はサービスで載せてある。機動兵器は別商品なので、他の区画で作ってくださいという扱いにはなるので搭載されていなくても不思議ではないのだが、ともかく上空を侵犯されないように専用の航空機が飛んでいて然るべきなのだ。


 しかし、北方の中枢にして州都、アウレリア曰くヤツの政治基盤たる都市に建つ工場群の向こう――炉は融合炉なので、煙突などは見えない――三重の壁に守られた城郭は、我々の観点で言えば全くの無防備であった。


 どこにもブリアレオースの巨人達は見えない。この北方の要衝であり、ヴァージルの支持基盤であるはずの街が無防備だと?


 『〝アイガイオン級〟には迎撃装備が破壊された時に備えて、小型工廠があったよな?』


 『はい。諸元通りなら同梱仕様の軽航空機くらいなら生産できるものと、補修用迎撃用装備工廠、及び砲弾生産設備がパッケージングされています』


 『……じゃあ、なんでこんなに州都がガラガラなんだ?』


 我々の目線で見れば、州都は護りが手薄どころではない有様であった。


 無論、人は沢山いるし、普段の営みは行われている。門には衛兵が立ち、城壁の上にはマギウスギアナイトが常駐しており、対巨竜用と思しき攻城弓も見受けられるのだが、それは全く普通の天蓋聖都都市が持つ防備に過ぎない。


 私であれば、原材料の調達をエグジエル辺境伯領などからの収奪によって賄ったのだから、大量に生産して砲兵陣地と塹壕、そして滞空陣地で針鼠のように囲む。そして市街戦に備えて幾つかの大路には可動式の物理障壁を設置して、郊外には格闘機を配備する発着場と地下格納庫を作るだろう。


 しかし、ヴァージニアでは現代戦闘に備えた武装が一切更新されていないように見える。逃げ出した東園騎士団の総数に比べて、マギウスギアナイトが多いのは〝アイガイオン級〟の工廠でギアアーマーを作ったからだろうなというのは分かるが、それ以外の有用な装備を配備しないのは何故だ?


 ここで敵が〝希代の阿呆だから〟なんて余裕はみせない。


 むしろヴァージルは慎重にして冷徹、そして頭が回る方だ。情報も多方面で握っているし、強大な戦力を持て余して御山の大将で満足する性質でもない。


 それは、戦艦群で聖都に殴り込んでクーデターを行うのではなく、小神格とも言える機動兵器を手に入れて、自らを神の遣いに持ち上げさせようという思考の断片から窺える。


 では何故、自分の支持基盤が斯くも脆弱なまま放置されているのか。


 『……もう、ヤツにとって北方は価値がなくなった?』


 『あり得ますね』


 しばし黙考し、一つの考えに行き着く。


 ヴァージルが抱えている〝アイガイオン級陸上戦艦〟は、その巨大さからして一つの都市区画が動いているようなもので、最大収容人数は十万人を超える。総積載量も凄まじいもので、倉庫に詰め込めるだけ詰め込めば継戦可能時間は数年にも及ぶ巨大兵器だ。


 反面、北方はどうだろう。人口は凄まじいものの広大で守るべき部分が多すぎて、発掘されたブリアレオースの巨人達と比べることも烏滸がましい装備しか持っていない。此方には機動兵器が最低でも一機あることは確定しているし、〝天蓋聖都〟で新しい装備を作っていることくらいは想像もできるだろう。


 要するに、もう支持基盤だった街の数々は連中にとって〝お荷物〟になってしまったのだ。


 それに一種の打算もあるだろう。


 ヤツはヤツで情報網を持っている。追放されたとはいえど〝天蓋聖都〟に埋伏させた配下もいるだろうことは、私が暗殺されかかった事案から確定していた。


 つまり、穏健派であり、無駄な人死にを嫌う清廉なアウレリアが枢機卿補佐という、現状の天蓋聖都で最も偉大な地位に就いたことをヴァージルが知らないはずがない。


 彼女が武力を用いた平定を行うか。


 まぁ、否だ。提案したことはないけれど、今の戦力なら引き潰して一気に支配できると進言したとして、そんな大勢の戦死者が一方的に出るような方法を彼女は許容しない。


 むしろ、当初のプランである〝守護神〟を並べて、聖都に〝機械神〟の加護が再び舞い戻ったことを示威して恭順を促し、ある程度罪が軽い物は詮議の後に恩赦して所領も安堵するなんて甘い考えをしていたくらいだ。


 それならば、都市の防備を構えるくらいなら、動かせる兵力を拡充して持ち逃げする方に舵を切る方がずっと効率的ではないか。


 だからここはもう捨てられた拠点なのだ。ヴァージルにとっては、最早何の価値もない。


 『少し調べるか』


 『現状の装備で撃破されることはないと思いますし、よいかと。ですが隠し種がないとも限らないのでご注意を』


 『分かった。増槽が少し重いが、帰りのことを考えてこのままいくぞ』


 私は空中で一度弧を描いた後、垂直に落下する軌道を描いて真っ逆さまに城郭の正門へと向かった。


 抵抗は一切ない。高度五百を切ったあたりで反転し、抗重力ユニットを最大稼働。スラスターを全力噴射し、門前の装飾を全て薙ぎ払う勢いで降着。足音も立てず、ふわりと降り立ったが推進器が撒き散らす剛風と、風を切る金切り声めいた音で誰もが私の到来を即座に察したであろう。


 城郭からゾロゾロ出てきたマギウスギアナイトに砲口を向けて牽制。さしもの彼等も、自分の頭どころか肩まで入りそうな大口径の砲口を突きつけられては動けなかっただろう。


 『武器を捨てて投降しろ。私は待宵 望。天蓋聖都では聖徒と呼ばれる男だ』


 「くっ、偽りの救世主め! 守護神様を呼びだしたからと言って……」


 大した忠誠心だ。囮の捨て駒になっているとも知らずに。


 私は天に向けて対機動兵器用のレイルガンをぶっ放すと、飛翔体が音速の壁を破ったことで、街中のガラスが割れそうな砲声が轟く。


 すると、さしもの彼等も怖じ気づいたのだろう。何人かは想像もできない火力に腰を抜かし、武器を持つ手が震えている者もいた。


 ま、全高10mもある巨人に啖呵を切っただけで大した物なのだ。少々ビビったところで、彼等を怯懦と呼ぶのは無慈悲というものだろう。


 『こちらに闘争の意志はない。武器を捨てれば誰一人殺さないと聖徒の名を以て約束する。重ねて警告する、武器を捨てて投降しろ。機械神の慈悲は無限ではないぞ。この機体が城館を更地にするのに、三分とかからんのだからな』


 一発の砲声で心に罅が入り、再び向けられれば抵抗は難しい。私を偽りの救世主と呼んだ男は、最後まで逡巡していたが、かなりキツい脅しを添えられたこともあってやがて武器を捨てた。


 臆したとみるか、都市の者達の命を重んじたとみるか。どちらかはさておき、無駄な戦闘が発生しないのはいいことだ。


 人殺しなんてのは軍人であるから慣れているけれど、一方的な虐殺というのは気分がよくないからな。


 この城館を三分で更地にするのは実際にできることであるし、増槽を都市部に切り離して爆発させれば燃え上がらせるのなんて一瞬だ。


 やりたくはないが、やる必要があるならやる。まぁ、申し訳ないが私には天蓋聖都百万の人口と、この州都の人口だと前者の方が天秤が重いんでね。


 「分かった、投降する。だが、ヴァージル卿の名にかけて何も喋らんぞ」


 『では、せめて責任者を出して貰おうか』


 「そうはいかん! 貴様が何をしに来たか知らんが、我が名誉と誇りのため……」


 「ジョルジュ!!」


 問答をしていると城館の正門が開き、護衛のマギウスギアナイトを伴った少女と老人が駆けだしてきた。


 可愛らしい少女だ。淡い金の髪は陽光を賺せば白にも銀にも近い繊細な色合いで、子供らしい丸くぷっくりした輪郭に配された小さな顔の部品は均整が取れており、庇護欲を掻き立てる。


 潤みが強く今にも泣き出してしまいそうな、垂れた大粒の瞳に私は知っている男の影を見た。


 色合いがヴァージルと同じだ。


 「お嬢様! いけません! 地下壕に退避を!!」


 「いいえ! 守護神様に無礼を働いてはいけません! 街の運命は全て、我々にかかっているのですよ!!」


 まだ年若いのに――外見からして一四か一五ってところか――ハッキリしたお嬢さんだ。随分と厳しく躾けられ、かなりの高等教育を受けたと見える。


 彼女は私の前に跪くと、顔の前で手を組んで額に押し抱く、聖教特有の祈りを捧げた。


 「留守居の配下がご無礼を働きました、守護神様。どうか、お許しください。都市の安堵をお約束頂けるなら、わたくしは何でも喋ります」


 「ヴァージニアお嬢様!!」


 「黙りなさいジョルジュ! お父様が不在の今、この城の代官はわたくしです!!」


 『……そう畏まることはない。君はヴァージル卿の娘子かい?』


 心持ち声音を優しく問えば、彼女はそうだと頷いた。


 おやおや、驚いた。あの男、娘がいたのか。となると、私がした嫌な予想が一個外れたようで何よりだ。


 いや、曲がりなりに騎士団で出世したいなら、嫌でも結婚していて当たり前か。統合軍では別に未婚だろうが何だろうが気にされないが――むしろ、何処の任地に飛ばしてもいいし、遺族年金も要らないから重宝される――これでもVRで中世様式の世界を嗜んできた男だ。出世に婚姻関係による利害が付き物であることくらいは知っている。


 しかし、あの男の子にしては若いな。三十路を過ぎてから作ったということは、結婚が遅かったか、嫁さんを遅くまで貰わなかったのかね。


 「はい、ヴァージル卿はわたくしの父。この地と同じ名を授けてくれました」


 『それで、お父上は動く城を連れて何処へ行かれたのかな?』


 「……東へ。竜の渓谷へ行くと」


 『……なに?』


 東? 竜が蔓延る地に一体何の目的があって行くというのだ。これだけの野心を見せた男だから、〝天蓋聖徒〟の脅威を一つ取り除くことを代価に帰参を願うなんて怯懦を見せることはなかろう。


 恐らく、次の一手を打ちに行ったとみるのが妥当か。


 「そして、こう仰っていました。もし守護神が現れたなら、好きにするがいいと。最早、この地に何の意味も価値もないと」


 『それはまた無情な』


 やはり、もうここはヴァージルにとって何ら戦略的価値を持たない場所になっていたのだな。だから護衛も街を守る最低限置いておくにとどめ、自分達の行動が派手に伝わらない程度にしてあったのだ。


 最早、ブロックⅡ-2Bを手に入れて穏当に聖都を制圧することは不可能となった今、別のプランを用意しに行ったか。


 それも、艦艇を前面に押し出した全面戦争ではない? ヤツだけが知り得た、裏の手があるのか。


 嫌な予感がする。早く戻って協議し、部隊の戦力化を終えねば。


 『……思うところがないではないが、ここで暮らす民の殆どは其方の父が起こした反乱とは無関係なのであろう。故に私はこの地に手出しはしない』


 それに、留守居の鎮護として残されたということは、ここにいる連中は北方が荒れて自分の動きを悟らせないようにするためのデコイに過ぎまい。となると、一々とっ捕まえて記憶を覗いたって大した情報は知らされていないだろうな。


 慎重な男だ。全ては自分の心の中にしまって、配下には知られても構わないことしか教えない。圧倒的な武力を持つ彼に逆らう者はいなかったのだろう。


 クソ、さっさと引き返して、制圧は聖都の人間に任せるか。陸上戦艦がない今、ガラテアの一個中隊を行進させるだけで〝交渉〟は簡単に済むだろうから、長居は無用だ。


 『それでは、私はここを去る。いずれ聖都より人が来るだろう。その際は……』


 「お待ちください守護神様! どうか、私を聖都にお連れ頂きたいのです!」


 「お嬢様!?」


 おおん? 急に何を言い出すのだね、この子は。


 「未だ領地には父の信奉者が多数います! わたくしを人質にすれば、彼等も暴発はしないでしょう! どうか、ヴァージニア領二十万の民を安堵するべく、わたくしをお連れください!」


 ふむ……まぁ、確かに道理だな。あのヴァージルのことだ、我々の脚を鈍らせるためならば、残した戦力も無駄にはするまい。彼等がゲリラ的に抵抗を続けたとあれば、中々に面倒臭いことになる。


 『上尉、後のことを考えると悪い提案ではないかと。貴方も制圧戦争で聖都の民同士が殺し合いをするなんて趣味ではないでしょう?』


 『はぁ……私を理解してくれているのは嬉しいけど、厄介ごとを抱えるのを勧められるのはちと微妙な気分だよセレネ』


 しかし、合理的であることは否定できない。ここは一つ、彼女の提案に乗ってみるとしよう。


 『心地好い旅とは言い難いぞ、ヴァージニア嬢。たとえ聖都に着いてもな』


 「覚悟の上です。父の罪は、娘であるわたくしが雪ぐのが道理かと」


 ……なんで、あの権力欲の塊から、こんな良い子が生まれるんだ? 教えてください三至聖様、浅慮な私では筋道がよく分かりません。


 何と言うか、こう、高慢で世界は自分の物と勘違いしているようなご令嬢なら、扱いも多少雑にしていいから気楽なんだけども。


 『では、掌に』


 「ああっ、お嬢様!!」


 「ジョルジュ、後を頼みます。くれぐれも父の配下に大人しくするように、わたくしの名を以て命じてください。領民二十万の命は、我々の行動次第なのですから」


 健気な御姫様を掌で包んで、私は抗重力ユニットを起動させた。


 さて、酸素濃度的に高空域を飛ぶことはできないよな。そうなると空気抵抗が強くて燃費が悪化する訳だし、大都市の上を避けて飛ぶ必要があるから遠回りも必要な訳で。


 うーん……燃料、保つだろうか…………。




【惑星探査補記】ヴァージニア。北方十二領の中でも最も富んだ領であり、ヴァージルの支持基盤。最初に開拓された土地であるため、その名が冠せられることとなり、天蓋聖都領域最大の食料生産地域として長く百万都市の胃袋を満たしてきた。


 開拓装備にも恵まれていたため、聖都に次ぐ最も暮らしやすい都市としても有名である。

前回で百話だったようです。全く気付かなかった……もうそんなにやってたのか……。


明日も更新は未定でお願いします。


感想は作者の原動力。ちょろっと給油していただければうれしく存じます。

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― 新着の感想 ―
民衆の前で演説&連れ去りイベントやらないと実感してもらえんのではと思ったり 城門に乗りつけたから(目立ったから)周知は十分かしら?
[良い点] ええ子や なんで欲望を煮詰めたようなおっさんからこんな良い子が生まれるのか、人体の神秘 あ、100話到達おめでとう御座います 息抜きが100話って何してるんですか、とセレ姉姐さんがいたら呆…
[一言] ※ちょっと失敗したので再投稿です そういえば、連載100回超えおめでとうございます! それにしても、まさか、ヴァージルが先んじて竜の渓谷へ向かっていたとは……やはりそこには、戦局を覆すに…
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