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遠征の準備は粛々と進んだ。
セレネのドローンと長距離で通信するための中継ドローンやコイルガン、各種装備がガンガン量産されて兎達が運んでくるのだが、その製造速度を鑑みるに如何に私の筐体を作るのに大量のリソースが必要だったのかと震え上がる。
状況からして仕方がないのだけど、下手をすると、この体は軍用義体よりコストが掛かってそうだな。
[構え!]
自分の製造費用はさておき、私の号令に従って野っ原で呼びかけに応えてくれた戦士の群れがコイルガンを構えた。
かつては三名まで減ったテックゴブの戦闘要員は、リデルバーディが森を駆けずり回って、各部族に働きかけてくれたおかげで二五人まで増えた。
奔走してそれだけ? と思うやもしれないが、未だ森の各所に隠れている部族の長達は戦力をできる限り抽出してくれている。
逃げるまでに戦死した人員も多かろうし、未だ各所で暴れ廻るキマイラーから非戦闘員を守らねばならない中、貴重な戦力を一部族ごとに数人寄越してくれただけでも大した物ではないか。
これも彼の尽力と“手土産”として持たせた数挺のコイルガンのおかげだ。
それに私には頼もしきシルヴァニアン達がいる。私を守るためにも、元々自衛以外の闘争に関心がとんと薄い彼等の中から志願兵が一五人も集まってくれただけで心強い。
それに、王国を守る守備隊も一〇〇人規模で結成できたのだ。これで後顧の憂いなく、ティシーが残した王国から離れられる。
銃口の数こそ火力であり、火力の高さこそ戦力であるのだから。そして、銃後の厚みこそが銃身を支えるのである。
[狙え!!]
訓練は兎達の王国がある地下ではなく、広い平原で行われていた。指示に従って初弾を装填したテックゴブとシルヴァニアン、そしてどうしても参加すると言って聞かないガラテアが――念のため、もう少し安静にしていて欲しいんだが――横列を組んでコイルガンを構える。
狙いは五〇m先、等間隔に並べた木の杭だ。簡単な紙のターゲットが張ってあり、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
[撃て!!]
号令と同時に引き金が引かれ、励磁音と弾丸が音の壁を突き破る破裂音の多重奏が響き渡った。
コイルガンは火薬を使わない分、ほんの心もち発射音が静かだ。ソニックブームで大気が爆ぜる音は独特で心地好い。
それよりも最大の利点はリコイルの弱さ。反作用はあるもののストックに採用した衝撃吸収機構のおかげで射手への負担は殆どない。
その上、機構がシンプルなおかげで多少の蛮用にも耐えうるため、彼等に支給するには最適の武器と言えた。
やはり部品点数の少なさと整備性の高さこそ正義だ。
[再装填!!]
便利さも大きな反面、コイルガンには大きな欠点がある。まず火薬式銃と違いガスが発生しないため、反作用を利用した自動装填ができない。そのため、必然的に内部機構を複雑化して自動装填機構を採用するか――私のコイルガンはこの方式だ――ボルトアクションなどの手動装填にするしかないわけだ。
射手達がボルトを持ち上げ後ろに引けば、ヒューズとバッテリーが一体化した空薬莢が跳び出していく。そして、解放された薬室に新たに弾丸を挿入しボルトを前方に押し戻す。
連射できない欠点はあれど、リコイルのマイルドさとリロードの衝撃がないおかげで精度は極めて高く、たった三日しか訓練していないというのに発射された弾丸は殆どが標的に命中していた。
『命中率89.24%です。大した物ですね』
「元々弓矢やクロスボウを使っていただけあって、偏差射撃にも強いみたいだしね」
しかし、能く当てるものだ。簡素な照門と照星があるだけで、光学照準器もないのに50m先の標的に九割方が命中とは。この調子なら、前と同じ異形の鷹も――ハルピュアだったか――弾幕射撃で楽々追い返せるだろう。
問題は、此方から向かっていく分、地上から襲いかかってくる異形も考慮しなければいけない点なのだが。
[第二射用意!]
ここから一度放棄されたリデルバーディ達の村落まで三日、そこから太母までは更に二十日ほどかかるそうなので途中で交戦は必至である。
その上、まぁまぁ厄介そうなのが多いのだ。
テックゴブや異形と実際に戦ったガラテアからの聴取に基づけば、大別して陸上型のキマイラーは三種類いるらしい。
先ずはミュルメコレオ。これは体高50cmほどもあるアリめいた節足動物に猛獣を思わせる頭部が溶接された異形で、口腔内に備えた肉挽き機めいた牙が主たる攻撃オプションだそうだ。
頑丈さは然程ではないが兎に角数が多く、しかも一体潰せば増援が次々湧いてくるため始末が悪い。時折〝太母〟の方から迷い込んでくる個体を潰せば、最大で四〇体以上を相手させられたことがあるとリデルバーディはぼやいていたので、目的地付近では数百体が犇めいていると想定した方がよさそうだ。
[撃て!!]
二種類目はホヴ、と呼ばれるもので外見はテックゴブに似ているが、全身に醜悪な腫瘍のようなできものが密集し、指の本数や目の数はチグハグ、一切の理性がない怪物で大変に凶悪だという。体も大型で体高は180cmから200cmはあり、格闘戦になっては生きて帰れないと――それでもリデルバーディは槍で倒したことがあるそうだが――恐れられていた。
[再装填の後……]
そして、最後は名前がない怪物。
これに名が付けられていない理由は一つだ。遭遇して生きて帰ってきた者が誰もいないから。
遠くから歩いている轟音と曖昧な輪郭が見えただけで、詳細が分かるほどの至近に近寄って生還した物は誰もいない。故に恐れを込めて、誰もが名前を付けるのを嫌がったせいで無名になったそうだ。
コイツのことはガラテアもハッキリとは見ておらず、一切の情報がないのがおっかないね。
どうしよう、地上軍の多脚戦車みたいな化物だったら。強装モードでも正面装甲をブチ抜けなかったらお手上げなんだけどな。
[任意射撃! 始め!!]
正体不明の敵が、そこまでの脅威でないことを祈りながら任意射撃を命じれば、いっそう賑やかにパカパカと銃声が鳴り響く。
テックゴブ達は素早さ重視で弾幕が厚く、一方で手指の形状が丸すぎるせいかシルヴァニアンは装填こそ遅いけれど狙いが正確。
しかし、ガラテアがな……。
彼女の弾はギリギリターゲットの側を掠めているだけで命中弾が殆どない。
無理もないか。テックゴブやシルヴァニアンはクロスボウという銃と似た構えと狙いを付ける武器を使っていたが、彼女は全くの初心者なのだし。
「ガラテア、もう少し脇を締めて。引き金を強く引きすぎだ」
「こ、こうかな」
よくよく見ると、小柄なテックゴブ達に合わせて作ったから、銃はガラテアが持つと随分と小さく見えた。
というか、この子冷静に観察したら割とデカくないか? 私と上背が殆ど変わらないから180cmはあるし、肩幅と筋肉の付き方からして体重も80kg近くはあるよな。
うーん、ボーイッシュ僕っ子ギザ歯猫目褐色巨乳デカ娘。ちょっと属性過積載過ぎない?
「外れ。力みが抜けないな」
「し、仕方ないじゃないか。マギウスギアナイトの武器は剣と弓だ。聖堂から賜る聖剣と聖弓でなければ外骨格は貫通できないから、こんなの扱う機会がないんだよ」
ぶすっと銃を扱いづらそうにする彼女は、銃剣を付けて槍として扱った方が幾らかマシかもしれないと嘯いた。
しかし、聖剣と聖弓ね。どちらも戦場でなくしてしまったそうだが、どんな代物なのだろう。20mmの装甲を断てるということは、剣は単原子分子ブレードか超高圧縮合金製の振動刃だとは思うけど、聖弓の方は全く予想ができん。
あの分厚い複合装甲を貫通できる弓って一体なんぞなもし。
……いや、待てよ? そういえばテックゴブ達が使っていた機械弓も普通にハルピュアの装甲を抜いていたよな。残骸を確認する限り軽量合金製だったので普通なら貫通できるはずがないのだが。
もしかして、使っている道具にも謎の理論が働くとか言わんよな。弓矢で甲種義体が破壊されたら私は多分泣くぞ。
ともあれ、使い慣れない武装が使い慣れない大きさで寄越されても困るか。ふーむ、セレネに頼んで特注のにした方がいいかもしれんな。
ただ、やっぱり基本は大事。これでも使えるんだから、教育はできる。
「いいかい、こうだ」
「ひゃっ!? の、ノゾム!?」
背後に回って抱きかかえるように体を支えてやり、腕の位置を正す。それと同時、腰に手をやって正しい射撃姿勢を取らせた。
「銃はこうやって構えるんだ。肘を締め、頬を付け、腰を据えて振動を殺す」
「みっ、耳元で囁かないでくれないか!?」
構えがしっかりしたことを確認すると、手を重ね合わせ人差し指をそっと抑える。
「引き金はゆっくり、優しく。新生児の頬に触れるように」
「あ、ああ! 分かった、分かったから! はっ、恥ずかしいよ!」
「指導に恥ずかしいも何もあるものかね。ちゃんと当たるようになるまでつき合うから我慢してくれ。ほら、しっかり前を見て。的と照門、そして照星が一直線に並んでいるね?」
「う、うん……」
照門と照星、そして標的を一直線に結ぶようにしてやる。この距離だと空気での減衰や重力の影響を殆ど考える必要はないので、小難しいことを考える必要はない。
重ね合わせた指にゆっくり力を込め……発砲。彼女越しに軽いリコイルを感じながら、遠方で紙標的が弾けるのが見えた。
「あ、当たった」
「銃は狙って撃てば当たるようにできてるから当然。見てなよ」
たった今始めて標的に弾が当たったことにガラテアは驚くより先に呆然としているようだった。
だが、この程度で満足して貰っちゃ困る。私は見本を見せるため腰のコイルガンを省エネモードにして抜き打ち射撃をした。腰元で構えるヒップシュートはVRゲームだと照準に難があるが――それでも当たるよう滅茶苦茶練習したけどね――火器管制を積んでいる義体には何の影響も与えない。
狙いは風でヒラヒラしている標的の右端。引き金を引く度に僅かずつ左にズラして、点描で絵を描くが如く銃口を微動させれば紙標的は見事に真っ二つに裂かれ、下半分は草原に舞い上がって消えていく。
「す、凄いね。銃にかかった魔法かい?」
「いや、技術だよ。ほら、そっちも貸してごらん」
この銃に魔法なんてかかっていない。ただ火器管制と直結できるよう電子制御系が備わっているだけで普通の、何なら標準装備より劣る銃だ。
それより更に劣る銃でも、技量があればこんなことだってできる。
「よく見てなよ」
私は弾を一発咥え、小指と薬指、薬指と中指の間にも一発ずつ挟んでコイルガンを構え、FCSなしで照準を始める。
こっから先はVRゲームで鍛えた純粋な技量の世界だ。
まぁ、そもそも管制系を積んでいない、簡易な銃だから自力エイムするしかないんだけども。
構えから照準までは約0.6秒。引き金を絞って初弾を紙標的のど真ん中に命中させた後、即座にボルトを後退させて次弾を装填。風が一瞬落ち着く刹那を見越して再度射撃し、一発目の穴に被るよう第二射を〝通し〟、三発目も同じく初撃の穴を通す。
ぷっと吐き出すように弾丸を掌に投げて、最後の一射を……ああー、しくじった、風が途中で被って、穴を広げてしまった。まるで二つ重ねのアイスクリームか雪だるまみたいな形になってしまったな。
全弾ピンホールで格好付けようとしてたのに。
クソ、軍用義体だったら200m離れてもピンヘッドできるんだけどなぁ。
「まぁ、長じればこれくらいできるようになる」
標的を拾ってきて見せれば、彼女は穴の縁が何度も擦られたような状態になっていることから、最初の穴を全ての弾丸が通ったことを見て取ったのであろう。感動したように私を見てきた。
「す、凄い! まるでお伽噺の射手だ!」
「そんな大したもんじゃない。君も頑張れば直ぐにできるさ」
頑張れと肩を叩いてから他の射手達の様子を見ようかと思っていると、不意にセレネからの通信がポップした。
音声通信ではない。表情を模しただけの画像で、ぷくりと膨れた可愛らしい猫のアイコンだった。
「どうしたんだいセレネ」
『いえ、いつの間に宗旨替えをなさったのかと思って』
何事かと思って音声通話を繋げると、彼女は不快さを押し殺した時特有の淡々とした調子で喋り始める。
「はぁ?」
『そんなに柔らかい体は楽しかったですか』
ここで「嫉妬かい?」なんて聞くほど野暮じゃない。
何せ彼女とは、私が起きている間だけでも一五〇年の付き合いだ。郷土防衛隊の歩兵だった頃も、軍士官学校に転籍した時も、そして機甲科に異動した時も一緒だったのだから何を言いたいかは分かるさ。
「私の相方は君だけだよセレネ」
『筐体さえ無事なら、弊機は彼女千人分の働きができたのに』
「分かってる分かってる。世界で一番頼りになるのは君だ」
相方の地位を肉体がある相手に取られるとでも思ったのかね。私は彼女の可愛い嫉妬に気付かれないよう肉体だけでくすりと笑い、物資集積の進捗状況を尋ねた。
『……小銃は充足しました。協力してくれた部族へのお礼分も含めて。弾丸も予定通り一人二五〇発配布できます。予備も五千発ばかし。それと水筒の準備も』
「ありがとう」
〝太母〟に向かう遠征の準備はほぼ完了した。必要な食料を今シルヴァニアン達が集めてくれているし――草食の彼等が雑食のテックゴブ達に合わせて採集するのは苦労していたが――一番嵩張る水は、私が持っているのと同じ大気中の水分を凝結させて補充させる水筒を人数分用意したから大丈夫。
後は人数分の足があれば最高なんだけど、それは流石に高望みが過ぎるか。
三至聖から「人間は支払った以上の代償を受け取ってはならない」と叱られないよう、有り物、つまるところ二本の足でえっちらおっちら行くとしよう。
さて、怪物退治はVRゲームと同じように上手く行ってくれるかな…………。
次回の更新予定は2024/07/13 17:00頃 を予定しております。