27歳
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詩音が久しぶりに帰省してきた。
詩音がバレーの実業団に入ってからは、たまにしか帰ってこれないので、僕は寂しかった。
いつものように正座をし、線香をあげて手を合わせる。
いつもはラフな格好なのに、今日はなんだかパリッとしているな。スーツ姿の詩音なんて久々に見たよ。
「お兄ちゃん、今日は大事な話があるんだ」
大事な話?
「私、結婚するの」
詩音はゆっくり目を開けた。
「まだお母さんにも言ってないんだ。もちろん、お父さんにも。一番最初にお兄ちゃんに言わなきゃって思って」
詩音は左手の火傷の痕を撫でながら、
「お兄ちゃんが助けてくれたから、私はこうして生きていられる。三歳の時にアパートが火事になって、お兄ちゃんは死んじゃった。あの時はね、死ぬってことがよく分かってなくて、どうして突然お兄ちゃんがいなくなったのか、理解できなかった」
詩音は涙ぐむ。
「子供の時のことはだんだんと忘れちゃうんだけど、お兄ちゃんのことだけはなんでかな、忘れずに憶えてるの。ずっと近くにお兄ちゃんがいるような気がして……」
暗い部屋に線香の香りが満ちる。
「私ね、中学の時、不登校になってたんだ。いじめに遭って、何もかも嫌になって、夜遊びもしたりして、こんなに嫌な思いをするくらいなら、死んだほうがマシって思ってたんだ……」
詩音、僕はね。
「お兄ちゃんの命と引き換えに助けられた命なんだよって、お母さんに怒られて、初めてあの時の事故のことを詳しく教えてもらったんだ。馬鹿だよね、せっかくお兄ちゃんに助けてもらったのに、私、無駄なことばっかりしてた」
僕は、謝ってほしいとは思っていないんだよ。
むしろ、君の大切な腕に傷を残してしまったことを、僕が謝りたいくらいだ。
お昼寝をしているからと、君を一人アパートに残してコンビニに買い物をしに行ったから、助けるのが遅れてしまった。一緒にいれば、すぐ火事に気付いて逃げ遅れることもなかったのに……
詩音、ごめんなさ――
「ありがとうございました」
詩音の声が響く。
「お兄ちゃんに助けられたこの命、精一杯生きていきます。いつかまたお兄ちゃんに逢えた時、胸を張って『頑張ったよ』って言えるように」