計画通り
宮史洲斗は今、苛立っていた。彼がパートとして働いている(レストラン 燕尾)は、連日多くの客が足を運ぶ人気店である。今宵も客席は大いに賑わい、厨房は大忙しだった。現在、多くの店が仮想空間や人型ロボットを導入し、効率的な経営手段をとっている中、あえて接客に人間を使っている店は少ない。そんな中、燕尾は人対人の接客を貫く数少ない店の一つであり、そのため人手も多く必要である。史洲斗があえてこの店を選んだのは、友人の誘いを断れなかったからである。
ある日のこと、史洲斗が普段付き合いのある友人の内の1人が頼み事をしてきた。どうも彼の叔父が飲食店を経営しているようで、最近そこの局社員が引退したせいで、給仕に手が回らない状態が続いていたらしい。そこで、彼の叔父がスカウターとして例の友人を派遣した。その友人曰く、史洲斗とは、昼食を共にするほど仲良しとのことだ。史洲斗は当時金銭的に余裕が無かったし、交渉として提示された金額も悪く無かった。そうやって渋々承諾したのだった。しかし、史洲斗が働き始めてからというもの、店が益々繁盛し、金曜日と土曜日の週2回を条件に働く約束が、現在では水〜日曜日の週5出勤に変わってしまった。人の頼みをなかなか断れない史洲斗は、不満を抱きながらも渋々働いていた。
友人「今日も疲かれたーー。もう動けないーーーー。」
史「お疲れ様。悪いけど今日も先に帰るな?」
史洲斗は更衣室で急いで身支度を整え客席へ出てきた。
史「お先しまーす。」
厨房を覗くと、店主がまだ調理場で作業をしていた。
叔父「おーう!今日もお疲れ史洲斗くん。
ほんといつも助かってるよー。
もう少しの辛抱だから、
もうちょっとだけよろしく頼む」
史「はい。お疲れしたー」
軽く済ませて、史洲斗は早々と店を後にした。
史「(めんどくせーー。いらつく・・・。慰めはいいから
もっと金をよこせ。
もっと俺に感謝すんのが道理だろ。)」
友人「今日も頑張ってたね、史洲斗。
叔父さんが働かせ過ぎて、
罪悪感すごいんだけど、俺。」
叔父「来週の面接さえ上手くいけば、あの子にもう迷惑か
けずに済むんだけどなー・・・。」
そう言ってタバコに火をつけた。
友人「でも珍しい人もいるもんだね。わざわざこんな店に
応募してくるなんてさ。」
叔父「悪かったな、こんな店で!」
友人「そろそろ俺も限界だったし、タイミング的には助か
ったよ。
あとはその人が万死一生の助け舟になってくれれば
いいけど。」
叔父「・・・・・・・・・・・・そうだな・・・」
史洲斗が家に着いた頃には、すでに12時を回っていた。シャワーを浴びる気も起こらず、そのままベッドに倒れ込んだ。空腹も忘れて史洲斗は完全に寝入ってしまった。
「・・・・・・るじ・・・・・・主人様・・・・・・」
史「んーー・・・・・?」
史洲斗が目を覚ますと、そこには幼い獣人と大男が跪いていた。
獣「お目覚めになりましたか、主人様。」
史「あぁ、何か変わったことは無かったか?」
獣「はい何も。」
史「そうか。」
獣「本日はいかがいたしましょう。」
一夜を共にして以降、獣人ともう1人の男は、どうやら自我を取り戻したようだった。原因は分からなかったが、史洲斗はあれ以降も淫らな戯れを続けていた。史洲斗は都合のいいように、獣人の少年を朱蓮、もう1人をルヴァンと名付けた。昔読んだ小説の登場人物の名前である。夜伽に他の者を指名しても良かったが、自分を取り合って荒そうことがないように、しばらく様子を見ることにした。
史「2人とも来い。
今日もお前たちが相手をしろ。」
獣「御意。」
悠華たちは草原を歩いていた。足の痛みがだいぶ和らぎ、途中休憩を挟みながら、簡単に森を抜けることができた。悠華の気まずさとは反対に、男は緊張感無く、冗談を言ってはケラケラと笑ったりしていた。。どうもこの男は、無神経なのか鈍感なのかイマイチ理解できない。
男「向こうにに洞穴が見えるな。あそこで少
し休憩しよう。」
悠「なんだか気を遣ってもらってすみません。もう痛みも
ほとんどないので、あとは寝ればよくなります。」
男「気は遣ってないぞ。この辺に包帯とかありゃいい
のに。」
こんな食えない男でも、一緒にいてくれるだけありがたいと悠華は思った。表に出さないようにしているだけで、根は優しい男なのだろうか。
男「よし、と。・・・・・座れるか?」
悠「はい。・・・・・っ。地面が冷たい。」
男「俺はちょっと周りを見てくるから、しばらく横になって
るといいさ。」
悠「わかりました。」
そう言うと男は、にっと笑い、欠伸をしながら出ていった。
男がいなくなり、不意に1人の時間が訪れた。洞窟が風を吸い込んで、ボウー、ボウーと不気味な音をあげている。悠華は地面に仰向けになり、天井を眺めた。いつ再び危険が迫ってくるか分からない状況だったため、気は休まらなかった。やることもなかったので、なんとなく今の状況を整理してみた。ふと、先ほどの男の正体が気になった。一体何者なのか、なぜ自分の面倒を見てくれるのか、もし彼に本当は企みがあって、今は様子を見ているのだとしたら?そんなことを悶々と考えていた。
男「じょうちゃん、あ!・・・眠ったか?」
悠「・・・・・いいえ。」
10分もしないうちに男が帰ってきた。
悠「どうでした?」
男「ん〜〜、特に変わった様子はないなぁ〜〜
洞窟、もうちょっと奥に続いてるだろ?
もしかしたら反対側に抜けられるかもしれないぞ。
まあ怪我のことも気になるから、
ここでしばらく休んだあとになるが。」
悠「大丈夫です。多分軽く捻っただけなので。」
男「いずれにせよ、ちょっと寝よう。俺も眠くなって
きた。』
男は大きな欠伸をした。
悠「なんだか痛みが引いてきた気がするんですよね。やっ
ぱり大したこと無かったのかも。」
男「ならよかった。じゃあちょっと横になって・・・
ぁ〜〜あ」
男は再び大きな欠伸をして、スースー、と眠ってしまった。悠華は自分の足首にそっと手を触れてみた。土や草の汚れがこびりついて見えにくかったが、患部の腫れはほとんどなく、問題なく歩けそうな状態だった。
悠「不思議・・・・・」
恭「先生!あの子に何かあったんですか!?」
悠華の保護者である恭子は現在、かかりつけの病院に来ていた。担当の医者から連絡をもらい、急いで駆けつけたのだった。
医「そうではなくてですね、実は|rastyoglo《ラスティア
グロ》(*国名)の研究チームにこの件を相談したと
ころ、過去に似たような症例があったんです。
しかもその症状が快方に向かったというじゃあない
ですか。」
恭「どういうことですか!?」
医「そこで、再度精密な検査をしたいので、3ヶ月ほど悠
華さんを入院させて頂けないかと思いご相談している
んです。」
恭「なんと・・・でも・・・
じゃあ、治るっ、てことでしょうか!?
でも、どうして今になって、
しかも安全なのかしら・・・?
悠ちゃんにも聞いてみないと・・・夫にも・・・
それに・・・・」
ラスティアグロ、通称sloと呼ばれるこの国家は、厳重な国境整備により、国の情勢や軍事規模がほとんど分かっていない。噂によると、他国の内情を知るために、秘密裏に拉致や監禁を行い、内部の情報漏洩も徹底して防ぐという、まさに要塞のような場所である。各国から優秀な人材を集め、国家予算における開発・研究費の内訳も多かったため、sloはあらゆる産業で秀でていた。
医「落ち着いてください。
詳しい内容は追って連絡します。
ただ・・・この治療法ですが、我が国では認可が下り
ていません。直接ラスティアグロに行って治療する必
要があります。」
恭「そんな・・・・・危ない手術なんじゃ・・・。
それに、そんな危険な国になんて・・・・・
あの子には、幸せな生活を送れるようになって欲しい
と思います。でも、わざわざ命を危険に冒してまで治
療させようとは思っていませんの!」
情勢も分からないような怪しい国に、大切な我が子を送る親などなかなかいない。恭子は治療以前に、安全面の心配が当然強かった。
医「おっしゃる通り。それは重々承知してます。なぜ認可
されていないかというと、治療に高度な医療システム
が求められるため、そう簡単に導入できる病院が少な
いんです。機材の費用も高く、スタッフもそれなりの
人員を必要とします。医学的な先進国であり、更に、
優秀な人材が集まる街でなければこの治療は成立しな
いのです。
残念ながらこの大和(*現地の国名)はそれに選ばれ
なかった。
確かにあの国はいい話を聞きません。しかし医療技術
をはじめ、多くの産業で高い水準を誇るスローなら、
賭けてみる価値はあるんです。
もちろん、絶対に危険がないように細心の注意を払
います。私直属の警備部隊も派遣しますし、向こうの連
中にも顔を通してあります。悠華さんを絶対に危険な
目に遭わせません。約束します。」
そう言うと、担当医はテーブルにあった珈琲を啜った。
恭「・・・・・・・でも、やっぱり危険だわ・・・
それに治療を受けるにもよっぽどの大金が必要なん
じゃ・・・。
一体どれくらいかかるんでしょうか。」
恭子は項垂れるように聞いてきた。
医「実はもう一つ嬉しい知らせがあるんです。そこの研究
チームからですが、症例が極めて少ない貴重なデータ
だということで、費用を負担するからぜひ、というこ
となんですよ。」
恭「え!?まさか全額!?」
医「ええ。」
恭子は驚いて沈黙してしまった。
医「こんなチャンスは滅多にありません。
あとは上島さんのご決断ですが、私はこの機会を無駄
にして欲しくない。」
すると恭子はしばらく黙り込んでいた。恐らく情報を整理しているようだ。
恭「・・・・希望が沸くようなお話です・・・・
でも、家に帰って、またご連絡します・・・・・」
医「ええ。ですができるだけ早く決断してください。先方
をいつまでも待たせるわけにはいきません。チャンス
には期限があることをお忘れなく。」
恭「・・・・ええすぐに。」
そう言って恭子は頭を抱えながら部屋を出ていった。
看「お大事に〜。」
深刻な相談を終え、重苦しい空気の中、後ろで控えていた看護師は緊張感のない声を掛けた。恭子が出て行ったのを待ってから、
医「monclerr大病院(*ラスティアグロの病院)に掛ける。
お前は γ の準備を。」
看「は〜〜〜い。
でもγだなんて、
やる気あるんですか〜〜?せんせ〜。」
そう言って看護師はニコニコとした表情を変えずに部屋を出ていった。
医「ふんっ・・・・・これでいい・・・。
全ては計画通り。」