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こんにちはお嬢さん

 はるか昔、北の山間部に洲王(すごう)という国があった。身分制度が確立されていたその国は、当時36代目の国王であった栄倭(えいわ)によって統治されていた。第二王位継承者且つ実兄弟であった霊羽(たわとば)という男、彼は兄栄倭と違い、物静かで頭が良く、政治には無頓着だった。ある日霊羽は1人の女と出会った。名を伎毘(きび)といった。女は辺邑(へんゆう)の低い身分の育ちであるが、絶世に美しく、霊羽によってすぐに(めかけ)として迎え入れられた。当時、血統つまり身分が重んじらていた時代、妾として許されていたのは高位の生まれの者だけ。しかし霊羽は賎民であった伎毘の身分を隠して側に仕えさせた。それからしばらくして伎毘は夜伽の末身重となり、出産が迫っていた。しかしここで重大な問題が生じる。どういうわけか伎毘の身分が明るみとなってしまうのであった。洲王はこれに激怒し、両者へ牛裂きの刑が下されることとなった。情状酌量の余地もなく、女は(ひつじさる)、男は(うしとら)へ、牛の嗎とともに(うえ)(した)が反発するかのように引きちぎられた。まるで鬼の咆哮のように、辺り一体叫喚声が響き渡った。


 処刑後、(したい)は皆全て獣に喰らわせるというのが掟であったため、仕えの者が独りその場の残骸を収集していた。するとどこからか、赤子の鳴き声が聞こえてきた。使用人は驚いて、声が聞こえてくる女の腹を掻っ切ると、真っ赤に染まった胎児が泣き叫んでいた。哀れに思った使用人は、森から更に歩いたとある集落の近くへ、その赤子(ちのみご)を捨て置いた。ちょうど泣き声を聞きつけた老体の(おきな)(おうな)がそれを拾い、胎児は彼らに育てられる事になった。子供は女だった。


 女はたいそう丈夫に育ち、男顔負けの体格だった。剣を握れるようになると、数々の戦いに参戦し、凄まじい勢いで武勇を轟かせていった。名は胡生(こはり)といった。胡生の名が広く知られたのは、武の実力ではなく、その残忍さであった。敵と見做した者は、女子供関係なく皆殺しにした。その勢いまさに天を打つ様であった。


 ある日のこと、攻め入った村の外れに信仰深く一本の(かたな)(そなえ)られていた。荘厳な雰囲気を纏ったその剣を、胡生はたいそう気に入った。それからといもの胡生の傍若無人さはますます目立つ様になった。その野心はさらに膨れ上がり、いずれ天上(そら)まで及びたいと思うようになった。このように、神に挑んまんとする思いが強まって、恐れ多くも神下ろしの儀を執り行うことになった。この儀式では巫女に神の子を受胎させ、とある日食の夜、巫女の腹を胎児もろとも貫くというものだった。そのとき使用された剣が、祭壇に祀られていた刀である。怒った(かみ)は胡生へ裁きを下した。其の魂を黄泉と現生の(はざま)へと封印し、下界と天界、どちらの世界からも切り離した。


?「と、ここまでが伝承されている話だが、問題はこの後だ。」

??「分かっている。ついにやってくるんだな・・・あの時が。」

?「・・・そうだ。お前にとっても悪い話ではない。」




 悠華が目を覚ますと、そこには鬱蒼とした森が広がっていた。今日はまだ春渡の姿は見えない。


悠「1人か〜。久しぶりだ〜、このかんじ・・・」


 ここ最近は入眠するたび春渡と顔を合わせていたため、かつての寂しさを追体験するような気持ちになり、若干の寂しさを感じた。適当に歩いてみるかと立ち上がった瞬間、近くからささっ、と何かが動く物音がした。春渡だ!と思い、尻尾を振って音の方へ向かった。するとそこには、異様な雰囲気が漂う1本の樹木があった。そして


悠「!!!」


 突如上から太い幹が振り下ろされ、悠華は紙一重のタイミングで(かわ)した。


悠「え!」


 それはまるで動物のように枝々を鳴らしながら悠華を威圧していた。本能的に危険を察知し、悠華は全速力でその場から駆け出した。木々が薙ぎ倒される音が後方から響きながら迫ってくる。走り続けて悠華は次第に息苦しくなり、足がもたついて前方へ勢いよく倒れ込んでしまった。


悠「いった〜〜!!!」


 膝の皮が擦り切れ、シャツが土まみれになっている。再び走り始めようと立ち上がった時、足首に強い痛みを覚えた。


悠「いっ!!うっ・・・」


 足を引きずりながら、小走りで前へと進む。おそらく捻挫でもしたのだろう、酸欠に加え激痛が全身を覆い失神寸前だった。身を潜めればこの場を切り抜けられるかもしれないと考えた悠華は、その場へしゃがみこみ、血まみれになりながら膝行して、脇道の草むらへ身を潜めた。後方の轟音が近づいてきて、悠華が先ほど転んだ場所で止まった。くねくねと枝やら幹を動かしながら、しばらくその不気味な樹はその場から動かなかった。悠華は目を見開いてその光景を凝視し、大きく乱れた呼吸を整えることに神経を集中させていた。するとその樹は細い枝を地面に突き刺した。数秒後、目にも止まらぬ速さで四方八方へ枝を突き伸ばした。悠華の顔脇を細い幹がかすった。悠華は硬直し、息をすることも忘れていた。すると枝がするすると樹元へ戻っていった。落ち着きを取り戻したその樹は、のそのそとその場を立ち去ろうとしていた。我に戻った悠華は再び息をし始めた。すると顎から汗が滴ったのだろうか、腕にかゆみを感じ目を移すと、ムカデが腕を這っていた。


悠「ぃぎゃあああああああ!!!」


 思わず大声を出した後、大きく後悔した。去ろうとしていた樹から枝が飛び出し、隠れ蓑となっていた茂みがはたき倒されてしまった。それと同時に悠華と樹は目があった、ように感じた。夢の中であるという認識を忘れ、悠華は自身の死を覚悟した。負傷した体で今から走って逃げる事はできないし、何より戦意を喪失していた。樹はゆっくりと悠華の元へと近づいてきた。今にも突き刺されそうな、威嚇した雰囲気を漂わせている。悠華は絶望した表情となり、目に生気が全く感じられなかった。僅かに働く脳内で呟いた、


悠「(あぁ、ごめんなさい・・・ありがとう・・・春渡くん・・・)」


 絶体絶命の窮地において、悠華はなぜか春渡の顔を思い返した。怪樹の鋭利な矛先が、まさに悠華の身体(からだ)を貫こうとした瞬間、


(・・・・・・・・・・!)


 まるで空き缶を握りつぶした様に怪樹の本体はぐにゃりと曲がり、一瞬にして視界から弾き飛ばされた。


?「おーい、大丈夫か〜おじょうちゃん。」


 唐突な出来事が連続し、困惑する悠華であった。隅でくたびれる様に横たわる怪樹に気を取られ男の声など耳に入らなかった悠華は、怪樹から距離を取るように、また警戒するように後退りした。そうしてようやく男の姿が目に入り、虚な眼差しで一瞥をくれると、無惨にも粉砕された怪樹に再び目を移した。どうやら事切れた様子で微動だにしていない。再び視線を男に移して小さな声で尋ねた。


悠「・・・あ?・・・・・こんにちは・・・・・」


?「え?ふっ、ふははは!!こんにちはってなんだよ!!・・・やったぁ!とかじゃないのかよふつう。」


 男の気軽さに緊張がほぐれた悠華だった。彼のお陰で悠華は落ち着きを取り戻すことができた。


悠「あの・・・助けてくれてありがとうございます・・・」

?「困ってる奴がいたら助けるのが道理ってね!いや〜〜・・・無事でよかったじゃんか〜。」

悠「あなたがやったんですか・・・・・。本当にありがとうございます。・・・あの・・・よかったら向こうへ行きませんか・・・?」


 怪樹が再び動き出すのではないかと心配になり、悠華は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


?「たしかにこんな場所に留まるのも気味悪いかなら〜。じゃデートの誘いに乗った。」

悠「”デート”!?何言ってるんですか!!デートとかそういうのじゃないよ!!!」


 ”デート”について実地での経験が全くない悠華は、驚くくらい素人(うぶ)の反応をしてしまった。


?「いいね〜その反応〜。青っぽくておじさん眩しいよ〜。」


 男のペースにすっかり悠華は流されていた。


?「じょうちゃん足怪我してんだろ〜。おぶってやるから掴まんな」

悠「ありがとうございます。でもデートじゃないです。」


 悠華の独り言が聞こえなかったのか、男から返事は無かった。悠華は謎の男に背負われた状態で、2人はこの場から立ち去るのだった。無惨に倒された怪樹を横目に流しながら。

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