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金星

 (みや)史洲都(しずと)は地方の大学に通う大学生である。そこそこ容姿が整っており、注目を浴びることが好きな史洲都は多くの交友関係を持っていた。そんな彼には普段表には出していない一面があった。

 いつものように大学から一人暮らしのアパートへ帰宅した史洲都は、冷蔵庫から500mlのビール缶を取り出し自室のベッドに横になった。ヴァーチャルウィンドウを目の前に表示し、”まるでいちゃいちゃ4”と書かれたアプリケーションを開いた。


「ただいまぁ〜〜(りょう)くん!!今日も愚民たちに愛想を振りまいて疲れたよ。」


 すると画面からぴちぴちのタンクトップを着た、がたいのいい軍人姿の男性が出てきた。


「史洲都、お前は相変わらず口が悪い。いつかぼろが出るから直した方がいいぞ。」


「大丈夫だよ。俺の仮面は完璧だもん。みんな所詮モブの雑魚キャラだもん。」


「お前のこんな姿を見せてやりたいな。あっという間にぼっち確定だ。」


「諒くんだけが僕の唯一の理解者だよ。」


 史洲都がそう言うと、画面越しの諒と呼ばれる男性は鼻で笑った。


「諒くん〜。今日も相変わらず格好いいね。そのタンクトップもめちゃくちゃエロいよ。」


「フッ、お前は相変わらずお盛んだな。」


「今日も疲れちゃってさ〜〜、諒君に癒してもらいたいな〜・・・・・。」


 そう言うと史洲都は画面の右上にある、”対象の立体化”と表示された部分をタップした。


「(対照アバターの立体化プログラムを承認しますか?現在3986秒の”おねだり”時間が残っています)」


「(・・・・・・諒くんはアバターじゃねぇんだよ)」


 史洲都は緑枠内の”承認”の表示をタップした。すると画面が閉じ、先ほど画面に写っていた男性が史洲都に跨るような体勢で出現した。


「諒くん、明日予定は何もないし今夜は時間あるんだ。いっぱい僕を焦らしてくれよ。」


「淫乱野郎め・・・お仕置きが必要だな・・・。」






「はぁ・・・・・やっぱり諒くんはすごいなぁ・・・。」


 そう呟く史洲都は霧に包まれた薄暗い場所に立っていた。ところで彼には少し変わった特性があった。それは明晰夢を頻繁に見るということ。その確率は驚異の9割越え。小学生の頃に明晰夢の存在を知った史洲都は夢の中で自分が自由に行動できることに気づいた。当時まだ純粋だった彼は夢の中を飛んだり跳ねたりする程度だったが、思春期を境に段々と過激なものを望むようになった。まず彼は夢の世界がどれほど変幻可能なのかを検証した。すると自分が想像可能な範囲で欲望を具現化できるということが判明した。また、夢の中に登場する街並みや設定は毎回異なるが、それを大きく改変する事はできない。有機体を新しく創造することも可能だが、常に意識を保たなければすぐに形が崩壊してしまうことも分かった。明晰夢といってもなかなか多くの制限はあるが、実現可能な範囲で彼の欲望は次第にエスカレートしていったのだった。


「もう満足しているから今日は静かに過ごそう。」


  史洲都はだるそうに薄暗い空間を歩き始めた。徐々に視界が晴れてきた。どうやら彼は今塔の中にいるようだ。かなり広い敷地で、東京ドーム4個分はありそうだ。同じ階を人間や獣人、その他分類し難いような生物たちが自我を失ったように徘徊している。各階層を支える支柱が数本あって、外側には半透明で光沢のあるバリアーのようなものが窓のような役割を果たして光っている。。史洲都は階中央まで来ると辺りを見回した。


「前言撤回!!楽しめそうじゃん・・・・・」


 小さく呟くと、史洲都は大声で叫んだ。


「集え!!!」


 それまで徘徊していた者たちの動きが止まったかと思うと、ゆっくりと史洲都の元へ集まってきた。ただそれぞれ目は(うつろ)で輝きはなく、生命力が全くと言っていいほど感じられなかった。廃人のような彼らを一堂に整列させた後、史洲都は再び命を下した。


「1人ずつ前に出てこい。”よし”と言った者は左、”なし”は右だ。まずはお前!」


 そう言うと1人の幼い獣人が前に出てきた。やはり生の息吹(せいめいりょく)は微塵も感じられない。史洲都はまずは顔、次に下半身と視線をゆっくり落としていき、全体を目で舐め回した後、


「よし。お前は左だ。」


 と言った。


「次!!」


 それから1人ずつじっくりと、独断と偏見によって取捨選別をしていった。何人かの選定を終えた後、1人の女が前にでてきた。年は10代後半のようだ。


「さすがに男だけだとバランスが悪いよな〜。仕方ないから顔がいい女を数人押さえとくか〜〜。お前は他と比べて美しい顔をしてる。よし、左に並べ。」


 女から反応は無いものの、史洲都の指示通り左の列へと進んでいった。その後も順調に”可”やら”不可”やら精選作業を行い、ある長身の男が史洲都の前に出てきた。その男の下部を史洲都が凝視している。


「お前・・・顔はまあまあだが素晴らしいものを持ってるじゃないか・・・・・ちょっと確認してやる」


 (よだれ)が垂れそうな程顔を緩ませていた史洲都は手を伸ばした。男は薄汚れた白いブーメランパンツ一枚で、大きくうねりながら下着が隆起している。生地の一部が引き伸ばされ、黒々とした焦げ茶色の物体が透けて見えている。史洲都は男の下腹部から這うように手を忍ばせ、内側を弄るように動かした。そして発情したよう吐息を漏らすのだった。


ガコーーーーン!!!!!


 突然大きな音と共に反対側の壁が勢いよく崩れた。史洲都はとっさに手を離し音の方向に顔を向けた。至福のひとときを邪魔された苛立ちに先立って、嫌な予感がじわじわと押し寄せた。無意識の内に自身の股間を押さえていた。


「・・・・・まずいかも。」


 キィィィィィィィィ!!!!!


 崩れ落ちた壁の間から、(ほうき)に跨った何かがこちらへものすごい速さで向かってきた。(むくろ)にも見えるし、絡み合った枝が人の形をしているようにも見える。一匹だけではない複数体の()()が煽動するように飛び回っている。史洲都は突然の出来事に呆気に取られていた。目の前には微動だにせず佇む者、衝撃波で倒れたまま動かない者など様々だったが、皆等しく虚空を見つめている。周囲が明るくなったと思い見渡すとあちこちで炎が上がっている。謎の侵略者たちが次々に火炎瓶をぶち撒けていたからだ。


「お前ら急いでここから飛びおりろ!!」


 史洲都は大きく怒号を上げて窓へと駆け出した。前述の通り、吹き抜けの窓にはシールドが貼られていて強度や作用は不明である。史洲都の掛け声に反応する者、しない者両方いたが、何人かの人間が窓脇へたどり着いた。シールドに手を付けたまま、まるでパントマイムのように滑稽に動いていた。半透明の遮蔽物はやはり内と外とを完全に断絶していた。


「こんなときに!!!」


 肝を嘗めたような顔をして史洲都は目を閉じた。そして心の中で


「(3・・・・2・・・・・1・・・・!!!!!!)」


 と数えると、思いきり念を飛ばした。すると史洲都の周りのバリアーが消えた。それを確認したと同時に史洲都は近くの人間たちを思い切り外へ押しやった。3、4人の人間が上手く脱出できたようだ。勿論飛び降りた先がどうなっているかは分からない。しかし史洲都にそこまでの事を考えている余裕はなかった。一刻も早くこの場を切り抜けることしか頭になかった。けれどあくまで、従者たちを伴って・・・・・。シールドは3秒ほどですぐに復元してしまった。窓へと集まる者が次第に増えてきた。史洲都は再び集中し、カウントダウンと共に念を飛ばした。シールドが再び弱まり、人間や獣人たちは次々に落ちていった。今度は2秒程でシールドが復元してしまった。おそらく念に力が足りてなかったからだ。


「俺の楽園を!!!!あ゛ーーーーーー!!!!!!」


 史洲都は焦燥と憤りでいっぱいだった。侵略者たちが放った火が広がりすぐそこまで迫っている。逃げ遅れた者たちは火傷で皮膚が黒く爛れ、それでも平然と立ち尽くしていた。周囲一帯焼けたタンパクの臭いに包まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図の有様だった。幸い侵略者たちは不思議にも直接的に攻撃をしてこなかったし、史洲都選りすぐりの上玉たちはほとんどがすでに脱出していた。念じる事で多くの精神力を消耗させた史洲都は、次の脱出が最後の機会だと判断した。夢から覚めないための集中力を残しておく必要があったからである。最後の秒読みを終えると一気に念を飛ばし、シールドをこじ開けて外へ飛び降りた。


「(もう窓が塞がっている・・・結構ぎりだった・・・・)」


 燃え盛る炎と脱出に遅れた者たちが遠目にぼんやりと見える。混乱を持ち込んだ連中の姿は見えなかった。塔は思ったよりも高かったようで、着地までにかなり時間が掛かっていた。ようやく地上が見えたかと思ったら、その先は地面ではなく、大きく渦巻く水面だった。


「これだから夢は・・・・・・」


 史洲都は諦めたように捨て台詞を吐いた。

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