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宵の明星

 一人の少女が目を覚ました。ここでは彼女の名をAとしよう。Aは至って普通の女の子である。特筆すべき点がないため風貌については省略するが、あえて言うとしたらその銀髪の髪である。透き通るような輝きを持ったその髪色は、()ではなくまさに()であると言ったほうが正しい。


 すくっと立ち上がったAは素知らぬ顔で歩き出す。今Aが歩いている道・・・というか空間は、地球という惑星における熱帯雨林に近い場所である。湿度や温度といった概念が存在しているかどうかは分からない。A自身もそのような末梢的な情報には無関心に見える。


 そんな中、茂みの向こうで突然微かな物音がした。取るに足らない程の音だったが、Aの関心を引くには十分だった。Aという生命体がここで目を覚ましてから今までで初めて見せる()()()な反応であった。Aは物音が何か確かめるために進行方向とは外れた方へと歩き出した。草木で覆われたこの場所では生い茂る草をかき分けなければ前に進めない。


 少し歩くと、そこには幹下部に大きな穴がぽっかりと空いた大樹が堂々と根を張っていた。幹は金色とまではいかないものの光沢のある褐色に輝き、厳粛な雰囲気が漂っている。この大きなモニュメントにすぐ気が付かなかったのは、辺り一面背の丈を少し超える大きさの草と歪に曲折した木々たちによって視界が封じられていたからである。


 Aは木に近づくと、不自然に広がったその大きな穴を見つめた。まるで熊が冬眠する出入り口のような穴である。入り口は地上から半地下方向に続いている。Aは少し考える素振りをしたのち、中の様子を伺うため銀髪の美しい髪を左耳にかけながら屈んだ。空は晴天というわけではないが、決して暗くはない。しかし想像以上に中の空洞が深く、奥まで見ることはできない。Aは両膝をついて引き込まれるように這って進んだ。歩みと共に照明が弱まっていく。本来得体の知れない空間に物理的にも心理的にも前進するには勇気がいるだろう。しかしAには恐怖心より好奇心の方が勝るようで、冷静な判断を下すに及ばなかった。


 完全に暗闇に支配される前に奥に明かりが漏れているのを見つけた。Aは進みを早め、些か不安そうに見えた顔が晴れていった。とうとう出口に差し掛かり、窮屈な体勢から体を起こそうと地面についていた手を踏ん張った。どうやら洞窟の外は(ひら)けているようだ。Aは立ち上がりつぶやいた


「はぁ・・・。」


 呆れ文句ではなく、感嘆と安堵が混ざり合い発せられた言葉であった。天井まで100mはありそうな大きな空間が広がり、壁には小さな家屋とそれを結ぶ簡易的な梯子が蜘蛛の巣のように縦や横に広がっている。集落のようにも見えるが、人気は全くない。しばらく周辺を見回して、今度は膝ではなく両の足でAはゆっくりと歩み出した。ここである純粋な疑問が浮かぶだろう。Aが進んだ距離はせいぜい10m程度、鉛直方向ではなく緩やかな傾斜を伴った水平方向である。見上げるとそこには吹き抜けの空はなく、あちこちにランプが取り付けられた怪しくも壮麗な天井で覆われている。しかしながら、物理法則が通用しないこの亜空間に対しAは全く疑う様子を示していなかった。


 さらに奥へと進むと、鉄の匂いが充満した薄暗い洞穴に差し掛かった。そこには大広間から僅かに漏れ出る光で不気味に照らされた鉄骨階段が上へと続いていた。さらに歩みを進め、錆び付いた鉄階段の1段目に徐々にAの片足が触れようとしている。鉄同士の関節にAの体重が加わり軋んだ音が空間に広がるほんの直前


「ぎしっ」


 という鉄同士が強く歪み合う音が上方から聞こえた。一瞬にしてAに緊張が走り、急速に鼓動が早まった。


「まって!!!!」


 Aはやや張った声で問いかけた。早まった鼓動は今だに落ち着きを取り戻さない。あれほど好奇心に満ちたAの表情が固まっていた。Aは天井を凝視するが何も見えない。すると突然強烈な光がAの眼光を直撃した。暗闇に慣れていた目を素早く伏せる。反射的に閉じた視界の端に()()()が映った。顔を伏せて目をぱちぱちさせていたAを粛然と見下す光源がゆっくりと勢いを弱めていった。天井から漏光が完全になくなると同時にAは顔を上げた。まだ暗闇に順応できていないせいか、目の前が黒い霧で覆われているようだ。目を開けたり閉じたりするたびに青や紫の補色残像が目にこびり付く。Aが暗順応する頃には、初めてこの空間に入った時と同じ静寂が辺りに広がっていた。鉄の手すりに力を込めて握り、Aは勢いよく階段を駆け上がった。轟音を立てながら暗闇の中を脇目も振らずに昇っていく。乳酸が溜まり細かに痙攣する脚を最小限に休ませながら、Aはついに天井へと昇り詰めた。


 するとそこには直径1mほどのマンホールのような蓋が外界との通り道を塞いでいた。大量の汗で髪が束になって頬に張り付いてくる。「この蓋をずらせるのだろうか・・・・」とも思ったが激しく乱れた呼吸を整えた後Aはゆっくりとその蓋に手をかけた・・・・・・




 空は一面と晴れ渡り、まさに晴天と呼ぶにふさわしい。無限に広がる草原と大小様々な規模の森があちらこちらに散らばっている。この広大な大地に聳え立つ大木の頂上端側から、一人の少年が満足そうな表情を浮かべながら下界を見下ろしていた。大木の上面は枝が窮屈に折り畳まれ引き伸ばされたようになっており平たく受け皿のようになっている。そのため簡単に歩くことができる。少年は前触れもなくそっと振り返った。すると平面中央が微かに揺れ、満月から新月へと姿を変える月のように小さな歪曲した縦長の穴が徐々に広がっていった。


「・・・・・よっ、っっっと。」


 一人の少女が力みながら外界へ這い出ようと手を伸ばす。大量の汗をかいたAの姿がそこにあった。Aの上半身が日光に晒されている。体勢を立て直そうと肘を平面に強く当て前方を向いたAの視線と、優雅に腰掛ける少年の視線が重なった。二人の間を静かな微風(そよかぜ)が無神経に流れている。少年とAはお互いに見つめ合ったまま微動だにしない。


「・・・・・・こっちにおいでよ。」


 優しい笑顔を見せながら少年は話しかけた。止まっていたように思えた時がAのなかで再び動き出し、Aは我を取り戻す。振り返った顔を反対方向へと移した少年の後方で、Aはとうとう頂上に足をつけた。


「すごいよね・・・・・初めて・・・・・・・僕・・・・・・。」


 まだ二人の間に距離があるせいかうまく聞き取れない。Aはおもむろに少年の近くへと歩き出した。


「あなたは・・・・なに・・・・・・?」


 初対面の相手に対し無遠慮にもAは呟いた。


「・・・・・僕?・・・・・・・・・

なんだろうね・・・・・・・・・」


「・・・・・あなたはどこからきたの・・・・・?」


「・・・・・分からないよ・・・・・」


「・・・・・・・・そう・・・・・・・・」


 素っ気ないやりとりにAは言葉を詰まらせてしまった。


「・・・・・わたし・・・・・・・ね・・・・」


「君はこころを見たことがあるかい?」


「え・・・・・・・」


「想像してみたんだ。きっとこの景色よりもずっとすごい()()なんだよ。」


 突拍子もない発言に、Aは返す言葉が見つからなかった。あれやこれやと思考を巡らせAは再び口を開いた。


「わたしはね、ここっ・・・・・」






 広い草原に(そび)え立つ大樹の上で、少年は一人静かに広大な大地を見下している。心地よい風にその銀髪を(なび)かせて。


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