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温かい帰り道


 定時は17時30分。

 さあ帰ろうと思ったその時に外線電話が鳴り、クレームに捕まってしまった為、担当営業への引き継ぎとクレーム内容を軽くまとめて、オフィスを出たのは18時15分だった。


 ホールで1分程待つ。

 到着したエレベーターに乗り込んで、一階に到着するまで表示板のカウントダウンを眺める。

 ビルを出たところの赤信号で止まる。

 橋を渡る。

 緩やかな下り坂。

 地下道へ続く階段。

 進むと地下鉄の駅があり、改札口を抜けると、ホームに向かうエスカレーターでまた下る。


 25階の高層ビルのオフィスから駅のホームまでは15分の距離。

 ある時調べたら、その高低差は120メートル程あるそうな。



 上手く対応したつもりではいるけれど、退社直前のクレーム電話はどうしても気分が沈んでしまう。相手の口調が荒いと尚更だ。


 オフィスが地下にあって、退社して120メートル上がって行くのであれば、気分も上を向くかもしれない。

 待って、下りて、止まって、下りて、下りて。

 足元を確認する為に視線は自然と下を向く。気分と同じく。


 ホームで乗降口の列に並び、次に到着した電車に乗り込む。

 奥まで進み、三人掛けの座席の前に自分の立ち位置を確保して、やっと鞄からスマホを取り出したところで、小さく着信音が鳴った。


『おつかれ』

 短いメッセージに頬が緩む。お疲れ様と返信すると、瞬間に既読になり、

『外で食べて帰らん? 肉』

 と文字が表示された。

『良いよ。どこにする?』

 牛丼のチェーン店か、ハンバーグ主体のファミリーレストランかと考えていたら、次に止まる駅から徒歩数分の、2時間食べ放題の焼肉店の名前が送られて来た。

『ガッツリ食べたい気分』

 了解と入力したところで駅に到着したので、人を避けてホームに降りる。

 後ろを歩く人に道を譲り、続きを入力する為に邪魔にならないところで立ち止まった。


『今どこ?』

 改札口で待つか、店の前まで行くか。混んでいれば先に店に入っておいても良いし、遅れるのなら本屋にでも寄ろうか。

 考えていて、背後に人が居ることに気付くのが遅れた。


 気配を感じて、通行の邪魔になったのだろうかと振り返りかけた瞬間、左耳にふぅっと生温かい息が吹きかけられ、首筋にぞくりとする感覚が走る。

 ひゃぅという妙な声が漏れてしまった。


「あれ、感じちゃった?」

 掌で耳を覆って振り返ると、そこには思った通りの反応が得られて嬉しかったのか、口許を緩めている彼が居た。


「こ、ここんなとこで何を」

「誰も居ないよ」

「そういう問題じゃない」

 一歩退がって、距離を取る。

「いつから、なんで」

 彼は右手を俺の背中に回し、改札口へ向かうように促す。並んで歩き出す。

「同じ電車だった?」

「そう。でももう少し前から」

「え、どこ?」

「信号待ちしてる辺り」

「そんな前!?」

 エスカレーターに乗り、振り返るように進行方向に背を向けて立つと、普段は見上げる彼を見下ろす角度になる。新鮮で、少し嬉しい。


「声を掛けようかと思ったけど考え事している雰囲気だったし、連絡してもきっと気付かないだろうなと思って、何となく後ろを歩いてた」

 手すりを掴んでいた俺の手に、彼の手が重ねられる。

「仕事で何かあった?」

 そんな前から見られていたことに対する恥ずかしさと、それとは逆に、見てくれていたという安心感も湧いて来る。

 重ねられた手の中で、手すりを掴む手をくるりと反転し彼の手を握る形に変える。

「終わり間際にクレーム電話を取ってしまっただけ。さっきまで嫌な気持ちが残ってたんだけど、もうどっかに行ったよ」

「そう?」

 それなら良いんだけど、と俺の手を握り返してくれる。

「耳へのふぅが良かったのかな」

「は?」

「慰めにキスくらいはする気で居たんだけど」

「何を言ってるんだ」

「人も居ないことだし」

「そういう問題じゃない」

「誰も見てないよ」

「きっと見えないところにある複数の監視カメラに映る」

 エスカレーターが終わりに近付いたので、彼の手の中から抜け出し、体の向きを変える。


 エスカレーターを降りて、三歩。

 突然彼の腕が右脇から差し入れられ、片腕で背後から抱き竦められた。

「な」

「帰ったらゆっくり、な」

「……っ」

 さっきの耳にふぅっと吹きかけられた息とは全く違う。

 唇が耳に直接触れ、熱い息が、甘い声が、耳の奥に直に響く。ぞくぞくと身体を駆け巡る何とも言えない快感。予期せぬ攻撃に腰が砕けそうだ。


 俺の反応を確認して満足そうに微笑んだ彼は、さあガッツリ食うぞと俺の背中を強めに叩いて大股で改札口に向かう。

 次の電車が到着するのか、ホームから吹いて来る風がエスカレーターを抜ける。

 背後からの風に押されるように、慌てて彼を早足で追う。


 改札口を抜けたところで彼が止まって振り返ったので、小走りに傍に寄り並んで歩き始める。

 オフィスを出た時にくすぶっていたモヤモヤをあっという間に消してくれたことには感謝しているけれど、別のモヤモヤが胸を占める。

 抱き付きたい。

 腕にしがみ付きたい。


 何も口に出してはいないのに、顔に出ていたのだろうか。

 彼が俺の顔を覗き込むようにして、

「早く食べて早く家に帰ろう」

 と言った。


 俺は、素直に頷いた。



最近のサラリーマンはネクタイ率が下がっているので、

どきっとするアイテムとして使って良いのか迷い、結局使えませんでした。

次は使ってみたいです。


お読み頂き有難うございました。

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