才か無い
少女はルカの手を引くと、自分の家に案内すると言い歩き出した。
宿からそう遠くない所に彼女の家はあった。
他の家より大きく、隣に工房がある。
一人の男が黙々と木を削っている。
男は顔を上がると驚いた表情をした。
布で顔を拭うと、二人に歩み寄って来た。
「まさか、本当に来ていただけるとは思ってもいませんでした!中へどうぞ」
男はこの少女の父親か。
家に入ると奥から女性が出てきた、
「奥へどうぞ。お食事を用意いたしました。お口に合いますかわかりませんが」
「ごゆっくりしていってください」
ルカはテーブルに座らされた。少女が隣に座る。
壁には木彫りの品が飾られてある。
ルカがもらった櫛もある。
ルカは櫛の礼を言った。
少女は、作ったのは私だと言い、早速使ってくれたことを喜んだ。
程なくして料理が運ばれ、少女の家族全員が揃うと食事が始まった。
魚のパイに焼いた鶏肉、ジャガイモの入ったスープ、新鮮な野菜。
どれもが美味しかった。
テーブルを囲む家族。父親がパイを切り分ける。みんなが揃って笑いながら食事をする。
ルカにも切り分けられ、どうぞと言われる。
ありがとうと言うと、まだ沢山あるからと言われた。
これが家族。ルカの知らない世界だ。
少女が父親の作る工芸品の話を始めた。
遠くの貴族にも納めているそうだ。父は謙遜しながらも娘も工房で働いていると言いうと。
贈った櫛は彼女が作った物だとあかした。
少女は顔を赤らめてうつむいた。
そして、楽しい食事の時間も過ぎてお茶が出される。
少女は母親と台所で洗い物を手伝っている。
ルカと父親が二人きりになった。
父親が言った。娘は工房を出て遠くの町の剣の道場に通いたいと言っている。
そして、騎士として仕官する事を望んでいる。
「ルカさんから見て、娘はどう見える?」
ルカは質問の意味が分からなった。
だだ、父親が少女の事を心配しているのが分かった。
返事に困っていると、少女が湯の準備をしたからとルカを居間から連れ出した。
少女の家は大きく、工房の職人が湯に浸かる事が出来るように大きな浴槽があった。
若手の職人の日課は、職人と少女の家族用に水を運ぶことだそうだ。
少女も若い職人に交じり水を運んでいると言う。
少女はルカに、一緒に湯に浸かっていいかと言った。特に断る理由が無いので一緒に入ることになった。
ルカが服を脱ぐと、少女は体の傷に驚いた。
興味と言うより驚きと、そして不安が入り混じった表情を見せる。
一緒に湯に浸かっても、どうしても傷に目が行ってしまう。
腕の傷、わき腹の傷、肩の傷、そして頬の傷。
斬られても剣は振り続けないといけない。すぐには治療が出来ない。その場で自分で傷口を縫う。
ルカは日常の一コマのように言う。少女は、あまりの生々しい話に身がすくんだ。
ルカが、背中にもあると言うと少女は見ることを遠慮した。
それでも少女は傷に興味があるようで、痛かったかとかどうやって一人で傷を縫うのかルカに聞いてきた。
一通り答えると、大分時間が経ってのぼせそうになった二人は湯から出た。
少女は最後に、頬の傷の事を聞くとルカは言った。
「これは特別な傷」と。
ルカと少女は着替えると湯冷ましに外に出た。
切り出した丸太に腰かける。火照った体に夜風が涼しい。
見上げると星々が夜空に川の流れのように集まっている。
少女は剣を学びたいと言った。
町を出て剣の道場に言って、どこかに騎士として仕官したい。
そして少女は言いう。
「どうだろう」と。
ルカは少女の言葉を思い出した。
剣の才があるのか聞いているのだ。
ルカは無理だと言いそうになったが、自分のやろうとしたことを思い出した。
逃げてもいいし、その先により良い仕事があるかもしていない。
そう思ってナタリアの下で働いてみた。半日だが。
そう思うと、少女が剣の道を歩み事を止めることは出来ない。
「剣の才がなるかは分からない。私はこれしかないかと、他の事をやってみたけど駄目だった」
「やってみないと分からない。でも、剣しかない私のようになることは、人を斬り続ける事だ」
「そして斬られもすることだ」
ルカは腕の傷を撫でながら言った。
「私が斬った人たちは、斬られたくて剣の道を歩んでいたのとは違うと思う」
「斬られたくないから、人を斬っている」
「まだ斬られていないと言う事は、才があるのかもしれないけど明日は分からない」
「剣の道には形が残らない。でも、貰った櫛は一生大事にできる」
少女は沈黙している。
母親が来て、ルカに客間にベットを用意したと言った。
少女はまだ沈黙している。
ルカがおやすみなさいと言うと、少女はおやすみなさいと言った。