先兵
アリアは治療室を後にした。
大事なく良かった。
ルカを優先させ、あの男を取り逃がしている。私は執行人として弱くなっているのかもしれない。
遠い国に来たせいもあるのか、家の事が気になる事が多くなった。
来年は息子が武官か文官の適性を計る試験がある。どっちに出るだろうか。
絶対的な結果が出ない限りは、両道の課程を続けることになる。
しかし、志願となると別だ。そうはさせない。
アリアが息子の教育方針について悩んでいると、外で馬が嘶いている。
誰か来たようだ。
外に出ると剣士が二人いる。馬を降りて荷物を下ろしているようだ。
剣士は、若いのと壮年の男が二人。いずれも、序列を授かっていないように見える。
彼らがアリアに気付くと若い剣士が兵舎は何処かと尋ねて来た。
面倒くさいので、顎で奥の建物を指してやった。
若い剣士はその態度に立腹したのか、歩み寄りながらアリアに名を名乗れと言ってきた。
いまの私は機嫌が悪い。剣の峰で両足を砕いてやるか。
壮年の剣士が若い剣士を引き留めた。私の間合いまであと半歩だったのに。
「アリア殿とお見受けする。国先での剣士のご指導、お疲れ様でございます」
壮年の剣士は、頭を深々と下げると、小隊の受け入れ準備に先遣として来たと言った。
壮年の剣士には、小隊副長の肩賞がついている。アリアは、ほほえみながら長旅をねぎらった。そして、二人の任務について報告を求めた。
壮年の剣士は、アリアの言葉に感謝の言葉を返すと、アリアに報告をした。
小隊本隊は、古びた使用人棟に入り、ある程度の人を割いて、新兵舎の建設を後押しする。
残りは、村の護衛に着くと言う。そして、国ではもう一つの小隊の編成が完了しているとの事だ。
アリアは、村人と友好的に接し、敵性勢力への無用な攻撃をしないように自重せよと、若い剣士を見ながら副隊長に命じた。
そして、仮眠をとるために自室に戻った。
副隊長は若い剣士に言った。
「あの方には逆らうな。不幸に見舞われる」
リリスはミストラと別れると、宿に向かった。
途中、立ち止まると空を見上げた。雲一つなく満月が闇夜を照らしている。
行き交う人もなくなった。
何処に行ってもそうだ。見上げれば同じ空がある。飽きてきた。
子供の声がする。笑い声だ。
見ると、家族で店じまいの準備をしている。
掃除をする母親を子供たちが手伝い、父親が外の荷物を運び入れる。
国には帰らないと誓った。しかし、ミストラの言葉に、西の国に住むのもいいかと思った。
ガーランドはミストラと結婚するようだが、私はどうしようか。
所帯を作るか。しかし、一つ問題がある。私より強い男が居るかどうかだ。
確率的にはミストラの国だろう。アウロラの件が済んだら、ミストラに何人か見積もらせるか。
リリスが宿に着くと、カインが宿を出るところだった。
そんなに急ぐ事なのかと言うと、何も言わない。
そう言えば、カインの出生など知らない。生まれてから傭兵だったのではないだろう。
カインがリリスに、どう動くかと聞いた。
前に話した女を探してみると言うと、ほどほどにとカインは言った。
ミストラと会っていたのはお見通しか。
ガーランドは護衛の仕事を探すらしい。
商人ではなく、個人で動き回り金払い依頼主。概ね何か訳ありだ。
正規の人間を護衛に動かしたくない人物。今なら、当たりを引く可能性が高い。悪くない話だ。
何かあれば、宿で手紙を預かってくれるようにしたとカインが言うと、足早に宿を後にした。
リリスは、あの女がエンデオに居るだろうと、明日、町を出ようと考えたがミレイラの事が気になった。
ついでに、ティファニアの屋敷に寄ることにした。
リリスが宿の部屋に帰ろうとすると、ガーランドに呼び止められた。
ミレイラと会っていたなら、なぜ、俺を呼ばないのかと。
リリスはそれもそうだと思うと、詫びの意味を込めてミストラの好物を教えてやった。
「そこの屋台の串焼きだ。大ガエルの肉に、主人の味付けが合っている。うまかったぞ」
ガードランドは喜んだ。
リリスは、ミストラが花と串焼きを贈られる姿を想像すると、思わず吹いてしまった。
ミストラは、リリスと別れると宿を探した。
もう夜も更けだ。護衛もなしに帰ることは危険だ。
拠点には国の剣士が来ているだろうか。
来ていれば、今後の行動の自由度が上がる。危険な単独行動が出来る。
正直なところ、アリアの指示で動くとろくなことは無い。
まだ空いている宿を見つけて入った瞬間、金がないのに気付いた。
主人に月明りがきれいな町ですねと、謎の言葉を残して慌てて宿を出た。
ミストラは仕方なく、リリスの部屋に居候させてもらおうと、リリスの泊る宿へ向かった。
リリスの居る宿へ着くと、カウンターの主人に追加の金はリリスが払うと説得してへ入り込んだ。
カインもガーランドも寝ているだろう。
リリスの部屋まで忍び足で進んで扉の前に立つと、細長いナイフが扉の板の隙間から飛び出してきた。
ナイフがミストラの首筋をかすめる。ノックもしていないのに。
この旅で首筋に刃が付きつけられるの何回目だろうか。
ミストラがその回数を数えていると、ゆっくりと扉が開いた。
「血が出ているぞ」リリスは言った。
あんたがやったんだけどね。
ミストラが夜道が怖いので、泊めてくれえないかとリリスに頼んだ。
リリスは、あからさまに嫌な顔をすると、部屋に招きいれた。
リリスは床に座ると、ミストラにベッドを使えと言った。
意外な心遣いに感謝しながらも、一回は遠慮した。
リリスは「賊が入ったら、真っ先にベットの上に剣が突き刺さる。私はその隙を狙って逃げる」と、冷静に言った。
ミストラは、そうですかと言うとベッドに潜り込んだ。
首筋の切り傷が痛い、何も考えずに飛び出たから軟膏を忘れた。
とりあえず、ハンカチで押さえておくか。
ミストラがハンカチを探しているのをみて、リリスが手当てしてやると立ち上がった。
リリスが道具箱から小袋を取りだした。
中から、砂粒のような物を手に少量取ると、そのまま傷に刷り込み始めた。
痛い。傷口に沁みる。
激痛に耐え、手当てが終わると傷を触ってみた。血は止まている。
これが、リリスの国の携行傷薬だそうだ。
「刷り込んでみた。早く治るかもな」
リリスが言うには傷にそのままかけるか、水があれば溶かして塗る薬だそうだ。
そう言ってリリスは笑っている。
ミストラは宿の追加料金の話をしていないのを思い出した。
今ここで言うか、宿を出る前に言うか。
いずれにせよ、自叙伝のネタになるだけだからいいやと思いながら床に就いた。




