油断
アリアは一気に村長の屋敷に走り出した。
ちょうど、賊の男が扉から外へ出るとこだ。
男と目が合った。走りくるアリアに何もできずに、胸に短刀を突き立てられる。
倒れ込む男をゆっくりと床に寝かせると、屋敷に入った。
広間から話声が聞こえる。
手前の部屋からランプの灯りが漏れている。
誰かが動いている。台所か。
ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。
慎重に扉を開けると、女が酒瓶を棚から取るところだった。
ふくよかな中年女性。着ている服は村人のそれより、上品だ。
村長婦人か。
背後から近づくと、口を塞いだ。危うく落ちそうになった酒瓶を、アリアが寸でのところで捕らえた。
「村長の奥さんか?」
夫人は頷く。助けに来たと言うと、ゆっくりと手を放してやった。
「広間に何人居る」
アリアが問いかけると、三人と言った。そして、賊どもはおびえる村長をわざと囲み、酒を飲んでいると言った。
夫人はこれから、追加の酒を寄こせと言われ、取に来たそうだ。
アリアは、夫人に平静を装い、広間に酒を運ぶように言った。
そして、背後について一気に賊を斬ると言うと、夫人はアリアの目を見つめて、力強くうなずいた。
夫人に賊に酒を渡す時に、わざと落とすように言った。
気を取られている隙に、賊を始末する。
夫人が意を決して広間に入ると、酒瓶が割れる音がした。
同時にアリアは広間に飛び込む。
酒瓶を拾うために屈んでいる男が一人。村長らしき男の隣に一人。暖炉に寄りかかっている男が一人。
こいつは元締めの男。
婦人を押し退かせると、屈んでいる男の頭を踏みつけた。
男は床に顔を叩きつけられ、悲鳴をあげるた。
村長の隣の男にナイフを放つと、胸に深々と突き刺さり動かくなくなる。
踏みつけた男の首筋に、短剣を突き立てると、暖炉から窓に向かって逃げようとしていた。
窓を破って逃げる気か。
男の足に鉄芯の針を狙いを定めると、村人たちの叫び声が聞こえた。
アリアは叫び声の中に「助けに来た女が動かない」と言う言葉を耳にした。
まさかルカが。
一瞬、動揺した。鉄心は男の足をかすめると、壁に突き刺さり、男は窓を破って逃げ出した。
アリアは、逃げた男を追おうとしたとき、屋敷に村人が駆け込んできた。
村人が広間に転がる男たちに、言葉を無くしたが、すぐに我に返り言った。
「あんたの仲間か。斬られて動かなくなっているぞ!」
アリアは、破られた窓をみて、追うかどうか考えた。
ルカを失う方が痛い。アリアは選果場に走った。
選果場に着くと、中に人だかりが出来ている。
かき分けて入ると、ルカが倒れている。
すぐに脈をとると、生きている。しかし、呼吸が浅い。体を触ると背中に傷が出来ている。
チェーンメイルの所々が破れ、途切れ途切れだが、刃が皮膚を割いている。
チェーンメイルは、髪の毛のように細く硬い針金で編みこまれている。
しかし、相当な衝撃だっただろう。ルカが後ろから斬られるとは信じられない。
村人の一人が言うには、ルカは人質を取られて動けなくなった。
後ろに男が現れて、背後から斬られ、倒れ込んだところを蹴られたと。
人質に取られた娘が泣きながら、ごめんなさいと繰り返して謝っている。
村人に、賊がまだ居るかもしれない。外と家族を守れと言うと、この場から立ち去るように言った。
アリアが、大丈夫かと声をかけると、ルカは薄く目を開けたが、すぐに閉じてしまった。
内臓がやれているかもしれない。
監査役と男たちが現れた。アリアは激高して「遅い!」と声を張り上げた。
元々、監査役達を嫌っていたがここまでの態度をすることは無かった。
「傷は浅いが、意識が混濁している。内臓がやられているかもしれん。ナタリアのところに運べ」
そう言うと、手下の男たちが担架を持ち出し、ルカを慎重に乗せると森へ去っていった。
足元に頭を割られた男が転がっている。握られた剣は刃こぼれを起こしていた。国のチェーンメイルは優秀だ。
だが、甲冑か保護板を付けさせればよかった。動きが制限される甲冑は、アリアは好まない。ルカも同じだ。
しかも、このような人質を解放する作戦は、ルカはやったことが無い。
私が人質の多い方を取ればよかった。
監査役が、これから村長と明日の件を話に行くと言う。
アリアも同席するかと聞いてきた。
監査役にしては、気を使ってくれる。
「例の男は取り逃がした。網を張ってちょうだい。村長には予定通り会うわ」
監査役とアリアは、村長の屋敷に向かった。
ナタリアは拠点になる屋敷にいた。
手に入れた毒を、四種の試薬での反応をみて反応別に分類していた。
試薬をまぜて、この毒だけ反応する試薬を作る見込みが出来た。
土着の古い物だろう。文献が欲しい。
その辺の町には無いだろうが、危険とされる植物や、毒を吐く動物の図鑑はあるだろう。
舐めた感じから、神経系の毒。植物から成分を抽出。、加工と言えば濃縮させるくらいか。
対象が絞り込めたら、生息地を特定する。そうすれば解毒剤を作りやすい。
教科書通りだが、これが一番外れがない。
外を見ると、夜が明けそうだ。
ナタリアは、もっと毒の分析をしたかったが、歯止めが利かなくなるので、ここでやめた。
昔、研究中に気付いたらベットの上で目を覚ました。一週間の間、研究室に籠り、倒れているのを同僚が発見したらしい。
全く記憶がなかった。ある毒の解毒剤を作っていたが、完成していたと言う。
しかし、記憶がなくなっていたため、未だに作り方が判明していない。
大きなあくびをして、部屋をでたらホールが騒がしい。
覗いてみると、ルカが担架に乗せられている。
ナタリアは、反射的に走り出し治療室に運ぶように指示した。
話によると、背後から斬られ、腹部を強打し意識が混濁しているそうだ。
運んできた男に嘔吐したかと聞くと、していないと言った。
ベットに寝かせ、服とチェーンメイルを外すと背中に傷がある。
大したことは無いが、衝撃は強かったはず。
ルカに声をかけながら足と腕を力いっぱいつねると、痛みに反応がある。
背骨はやられていない。腹は打ち身跡ができ赤黒くなっている。
額、脇、股に手を当てて熱を診ると、発熱はしていない。
聴診器で腹の中の具合を診てみる。周りの人間は、初めて見る薬士の技を見つめている。
慎重に診たが、異常は無さそうだ。
背中の傷は大きい物だけ縫い、あとは軟膏を塗りつける。
丸薬は内臓の損傷が疑われるので、飲ませずに丸薬にする前の液体を傷に塗り付けた。
打ち身には湿布を張り付けるだけにしておく。
一通り終わった。
ナタリアは、経過観察の為にルカのベッドの隣に椅子を出して座った。
ぬるま湯につけた布で、汚れや返り血を拭いてやった。
さっきまでの苦悶の表情が和らいでいる。
顔を拭いていると、頬の傷が気になった。
幼少期に付けられたが、直らないと聞く。近くで見ると、薄皮の下が薄く赤みがかっている。
これは、直る途中だ。
これから、痕が残るか否かの問題で、何年もの間この状態にあるなんて聞いたことが無い。
ナタリアは触ろうとしたが止めた。
これは、私の範疇にない事かもしれない。
顔を上げると、ルカはいつの間にか、静かな吐息をして寝ていた。




