外交
アリア達は水浴びが済むと、それぞれの部屋に帰って装備品の点検をした。
補給が受けられるのがいい。特に丸薬に軟膏はよく使う。
ミストラは、軟膏をいつもの倍、用意してもらおうとしたが断られた。
補給部は、在庫管理にうるさい。
食事の準備が出来たと言うので、食堂に集まると、ナタリアが厨房に入っていた。
栄養管理のために、料理の材料や調理法を指導していたそうだ。
出された食事は野菜が中心で、肉がほとんどない。卵は有り難いが、代わりに、肉のような何かがあった。
大豆で肉を代用したもので、体の成長を助けるそうだ。
ナタリアが一通り説明すると、残りの三人は食べ始めた。
味がしない。
ナタリアが言うには、塩味を減らしているそうだ。
アリアは、立ち上がって部屋に戻ると、小瓶をもってきた。
中身の粉を、料理に振りかけると、不味くないと言って食べ始めた。
ルカは無言で食べている。
アリアは、ちゃんと食べなさいと言うと、自分の野菜の半分を、ルカの皿に押し込めた。
ルカは無言で食べている。
ナタリアが、お代わりが沢山あるとい言ったが、誰も申し出る者はいない。
ミストラが、ここでの食事はナタリアが作るのかと言うと、勿論と言った。
金はリリスの入れ墨の模写に、ほとんど使った。外食をしようにも金がない。
栄養のある食事とは、こんなものかと思いながら、ルカを見ると無言で食べている。
その様子をナタリアが、嬉しそうに見ている。
その子は、単に不味いと言わないだけだよ。
食事が終わると、アリアはルカを連れて、ティファニアの生家に行くと言った。
ミストラが理由を聞くと、ティファニアの親に忠告をした者を特定し、ローレリアに残るように言わせると言う。
ミストラは、驚き立ち上がっって言った。
「ティファニアはガレスに従い、ローレリアとミレイラの為に、自ら生家に帰る事を選んだんだ」
「今更、帰る事などしない。一体、何の目的があるんだ」
思わす、声を荒げてしまった。
あの場に居たミストラが、彼女がどんなに辛い思いで決断したのか、アリアは分かっていない。
アリアは、
「ガレスはローレリアの無血開城を狙っている。反抗の意思が明確になれば、鼠どもが動き出すさ」
それを聞いたミストラは、アリアに近づくと平手で頬を打った。
ルカが「あ」っと言う。
アリアはミストラを見つめて言った。
「ガレスが軍を率いる口実は何であれ、一旦は引くことになる。エルンストが兵をあげるには、時間がかかる」
「その間に、ディートスを討つ」
そして、
「国の不始末の可能性が高い。ローレリアのは、我が王の名のもとに守られなければならない」
「ディートスの差し金で軍が動くなら、王から軍を引き出す」
ミストラは、アリアの言葉を聞いてうつむいき、唇を噛んだ。
確かにそうだと思った。発端は国の人間が東国に入り込んだせいだ。なにがティファニアの覚悟だ。我々が守るべきなんだ。勘違いをしていた。血を流すべきは、我々なのだ。
ミストラが顔を上げると、アリアがナイフを振り抜いた。ミストラの自慢の赤い髪が床に散る。
カインが切った比ではない。
ミストラは悲鳴をあげた。カインが切った時の比ではない。
アリアの髪のもみあげの一部がなくなっている。
ルカは、アリアに手を出す人間に不幸が起こる事を、ミストラに言い忘れていていた。
「暑い」
男は、綺麗に刈り上げられた黒髪を撫でながら言った。
官吏が着る服は、この季節には不向きだ。
旅用のつば広帽子は、熱を通さないと言うが、逃がしもしない。
装具部に意見書を出しておくか。
汗を拭うと官吏の男は、後ろを行く書記の女と護衛の剣士二人に、木陰で休憩しようと言うと、剣士達も同意した。
一見すると、大きな体躯と、浅黒い強面をした男は、戦士に見える。
しかし、目地尻には、笑いジワが刻まれ、見た目と裏腹に人懐っこい笑顔を見せる。
彼の懐には外交特使の証書を持っている。正真正銘の剣の国の代表だ。
この国は蒸し暑い。
嵐の通り過ぎた空を見上げながら、男は、外交長官から呼び出されたときの事を思い出していた。
近隣の国々の調査報告書をまとめ終わった。外とはもう暗くなっている。
帰り支度をしていると、長官が現れて、手招きしながら長官室に来いと言う。
早く我が家に帰ろう言うのに。
長官室には、各国から送られて調度品や、酒が所狭しと置かれていいた。
みんな、特に興味がなく、王は目録だけ目を通すだけだ。
捨てるわけにもいかず、倉庫は満杯になり、とうとう長官室に積み上げらていた。
足元には、両手を広げたくらいの盃が立てかけている。
何に使えばいいんだ。
長官は贈り物の山の中から椅子を出すと、男に座るようにすすめた。
「エド君は、調査室ここに来て何年かね」
長官は男に尋ねた。
「五年です」エドと言われた男はは異動の話だと思った。
長官は、エドの真面目な働きと、調査能力、赴任先での評判のよさを褒めちぎった。
エドは、悪い予感がしてきた。何かがおかしい。
長官はおもむろに、机から報告書を取り出した。
表紙には、王の印が押されている。直接、王が直接目を通する文章だ。
「東国に追われている剣士が逃げ込んで、何かをしでかそうとしている」
「国交がない。だが、いきなり戦争にはさせない。まずは外交で何とかする」
「外交部として、東国の王朝と国交を結ぶ足がかりを作ってくれないか」
東国とは、ほとんど交流はない。
そんな中で、いきなり国交を結べとは、無理が過ぎる。
長官は報告書を読めと言った。
エドは報告書をめくると、やたらとルカと言う名前が出てくる。
何者なのか。
長官は、じきに上がってくる情報として、東国と通じている者がいると言った。
そして、状況次第では、国の内部での異動が激しくなると。
穏健派と強硬派が、表立って動くのか。
長官は、グリンデルと会えと言って、一通の証書を渡した。
それには、エドが外交特使であると書かれている。
長官は、グリンデルとすり合わせが済んだら、東国へ行けと言うと、エドを残して長官室を出ようとした。
長官は、ふと立ち止まると振り返って言った。
グリンデルと会うときに、女がいるかもしれないが忘れろ。
そう言うと、忙しいを連発しながら長官室を後にした。
エドは、天井を見上げると、大きくため息をついた。
左遷なのか出世なのか、どうでもいい。
エドは立ち上がると、当直の衛兵に声をかけた。
「家に使いを出してくれないか。今日は帰れないと」
衛兵は手配すると言うと、立ち去った。
妻が怒る姿が目に浮かぶ。何日、帰っていないだろうか。
国家の危機と家庭の危機を乗り越えるべく、エドは自室に戻って報告書を読むことにした。