仲間にする
日が暮れても蒸し暑い。
石畳が太陽の熱をため込み、今になって吐き出している。
リリスとルカが言った塀まで来た。
よく見ると、他の場所と色が違う。
おそらくは、門を塞いだのだろう。
穴が小さい。ミストラがくぐるのを躊躇していると、リリスは塀と小屋の壁に足をかけ、一瞬で塀を飛び越えた。
仕方なく穴に潜り、途中からリリスに引き出してもらった。
リリスは、土にまみれたミストラを見ながら、迂回すればよかったなと言った。
ミストラは、騎士連中に先を越されたくなかったと、言い訳をした。
先に進むと、確かに教場はあるが遺体が無い。
教場に入ろうとするミストラを、リリスが止めた。掃除屋が来たのかもしれないと言い、辺りを見てくると言って、森を音もなく進んて行く。
一人になったミストラは、とりあえず、木に隠れることにした。
髪飾りは捨てたし、小さなナイフはあげてしまった。
何処で売っているんだ。
しかし、掃除屋は国のものだけだと思っていた。
多くの国で、裏方をやっていたリリスが口にすると言う事は、それだけ、裏の社会で一般的なのだろう。
ミストラは、素性がはっきりすれば、リリスと組みたいと思った。
戦技に長け、機転も効く。状況判断も申し分ない。
アリアが来れば、ルカと組むだろう
私も誰かと組みたい。これまでの状況を把握し共有できているリリスがいい。
雑務は補助員とやらに投げて、早く任務を追わらせたい。
しかし、国の秘密を色々と話すことになる。上は許さないだろう。
そういえば、あの入れ墨の事を忘れていた。
ミストラは頭の中の書棚から、南方に関する資料を引っ張り出す。
自然に恵まれ、資源の豊かな国。近隣諸国から常に圧力をかけられて、小競り合いが絶えない。
五族が住み、その中から王が選ばれる。
彼らは、仲間意識が強く、戦うことに躊躇しない。話し合いの概念が希薄だ。
好戦的と言うか、周りの状況がそうさせていると言った方が良い。
強い者が統べる。五族の代表から選ばれた戦士が戦い、勝利したものが王になる。
入れ墨は、部族ごとに違う。それぞれに戦士、既婚者、成人、罪人と違う入れ墨がある。
リリスの入れ墨はなんだ。
そこまでの資料は見当たらない。本人に聞いて、罪人の入れ墨と答えたら驚きだな。
ミストラは、罪人と言う可能性について考えた。この辺で南方人は珍しい。南方人は一人でいることを好まない。それに、あの身のこなし。そして、裏の仕事。
まさかと思っていると、リリスが帰って来た。誰もいないようだと言う。
思わず、手の入れ墨を、食い入るように見た。それに気づいたリリスは、「背中にもある。見たいか?高いぞ」と言って笑った。
それを聞いたミストラは、目を輝かせて、見せてくれ。出来れば意味も教えてくれと言った。
そして、金は後払いで領収書をくれと。
リリスは、ミストラとは組みたくないとおもった。
教場に入ると、リリスは石畳にかがみこんだ。血を消す薬が色濃く残っているに気付いた。
多分、ここに掃除に入った連中は薬の特性を分かっていない。
集会所の連中の技ではない。
薬のかかっている、木片と草、石と土を回収して紙に包んだ。
この辺に、調べる知り合いはいない。
どうするかと、リリスが考えていると、ミストラが国に送ると言った。
「大丈夫。結果は隠したり偽らない。仲間でしょ」
仲間か。いつからそうなったんだ。
しかし、調べるあてもない。リリスはミストラに包みを渡した。
結果は、二日後には分かるそうだ。早い。リリスが言っていた情報網か。
リリスが、自分を仲間と言うのなら、情報網の仕組みを教えてくれるだろう。
試してみるか。
リリスは、どうしてそんなにも早いのかと尋ねた。
ミストラは一瞬、困った顔をしたが、内密にすることを条件に話始めた。
鳩を使う。帰巣する特性を利用して、足に括り付けた小さな筒に手紙を付けて放つ。
鳩が疲れるといけないので、何か所か中継地を経由させるそうだ。
人ならば、中継地に馬が用意してあり、乗り手次第だが馬を乗り継いで、休みなくここまでくるそうだ。
リリアは、その仕組みに驚いた。
そして、ある事が気になってミストラに、更に尋ねた。
「その仕組みで、この国に兵を送るのに、どれくらいかかる」
困った顔をしている。やはり言えないか。
ミストラは「先遣隊で小隊規模。それを順次送り込む」
「そのあとは、中継地点を拡張しながら大隊を移動させる」
推測としながらも、一週間以内に軍団が出来るそうだ。
この辺までなら、一か月が相場だろうが、一週間以内とは。
しかも、その時点で補給路網もてきている。
そんな軍事国家が山向こうにあるとは思いもしなかった。
ミストラの報告次第では、紛争どころの話ではない。
ミストラは、建国の物語と白面の剣士の話をした。
国の子供は、みんなそれを聞いて育つ。三百年前の話だという。
だから、国は戦争をしない。だから、安心して任務についていると言った。
「相手が仕掛けてきたら」
リリスは、この問いをするのをやめた。ミストラも分かっている。
話が終わる頃に、騎士たちがやって来た。
ペレスだ。着くと遺体が無いと騒ぎ始めた。
最近のペレスはいつもそうだ。
ミストラは、遺体は持ち去られたといい、薬品で消しきれなかった血痕をさしながら説明した。
ペレスは、ミストラに向かって、ルカを疫病神と罵った。
たしかに、ルカを狙ったものだ。ルカがミレイラと居なければ、彼女は怪我をしなかった。
リリスが何かを言おうとするのを制して、ミストラはペレスに謝罪した。
ペレスもまた、騎士としてあるまじき態度をとったことを詫びた。
後は、騎士たちが、念のために周囲を警戒すると言うと、ペレスは屋敷に引き上げた。
リリスたちも、屋敷に戻り、今度はルカに聞き取りをしなければならない。
ミストラは、ペレスが行くのをぼんやりと眺めながら、自分の長い髪を指に巻き付けた。
枝毛だ。
美しい赤い髪。旅の途中でも手入れを怠らない。なのにどうして。
ミストラの頬を涙がつたう。
それをみたリリスは動揺した。ルカのお守りに、戦争が起きるかもしれないと言う重責に耐えながら、異国の地で一人。
涙くらい流すだろう。
リリスは、そう思うとミストラを支えるのもいいと思った。