剣士と見張る人
ミストラは屋敷の裏口から出ると、ごみ置き場に立った。
ごみを捨てる素振りをしながら、辺りを見渡すと、小石を見つけた。
辺りに散らばる小石とは違う。ごみを捨てるついでにかがむと、小石を拾い上げて、そのまま部屋に帰った。
今は、監禁された部屋を、そのまま使わせてもらっている。
小石は力を入れると、卵のように割れて、中から小さな紙切れが出てきた。
内容は、
「剣士の追加承認」
「武具技術漏洩の国内外での調査開始」
「その首謀者の捜索」
「ただし、努めて一般的的情報入手の手段を活用すると。東国の政治環境に極力、影響を与えないものとする」
丸投げだ。
ミストラは、椅子に腰化掛けたまま、天井を仰ぎ見た。
長いが、要するに上手くやれと言う事だ。
しかし、如何に上が東国に神経質になっているのが分かる。
グリンデルの苦悩がうかがえる。
剣士の追加と、技術漏洩の話が通ったのは収穫だ。
剣士が増えるおかげで、守りが固められる。技術漏洩から消えた剣士と、その背景に何があるかが分かる。
これは、国を揺るがす事件になりそうな気配がある。
いっそのこと、東国の田舎で暮らすか。
そういえば、剣士って誰だ。
ミストラが裏面にも文章があるのを見つけた。
危ない。燃やすところだった。あんな、意味のない長い文章を書くからだ。
「剣士は。執行人のアリア。補助員を一名」
よりにもよって、制御不能な剣士を寄こすとは。
補助員ってルカみたいに、こき使われる係か。かわいそうに。
しかし、アリアは執行の中で最強だと思う。
昔、任務で序列一位と二位の剣士を、同時に相手して斬っている。一人は生け捕りの指示だったらしいが。
本人は手違いだと言ったそうだ。
機転も効く。ルカとの相性も良いと思う。
しかし、アリアを、いきなり屋敷に入れるのは得策ではない。何をしでかすか分からない。
とりあえず、近くの町に宿を取って、事前の説明をしておこう。
リリアやミレイラ達にも、根回しが必要だ。
ミストラは、早速、アリア宛てに手紙を書き始めた。
リリスは、カインが軟禁されてる部屋に戻って来た。
軟禁と言っても、来客用の部屋だ。ガーランドと相部屋だが、ベッドは一つ。
どうするんだ。
さすがに、リリスには個室が与えられた。
シエラに案内された。南方人は初めて見るのか、じっと見られた。
いつもの事だ。
リリスはカインに、ミストラを信頼してもいいと言った。
カインは意外と言った感じだ。
ただし、彼女の上の連中には気を付けなければならない。ミストラは、こちらが危ないときには教えてくれる。と、付け加えた。
あえて、「戦争になる」と言わず、「危ないとき」と、言った。
背後に国家と言う組織がある。
人員を割けていないのには、なにか理由がありそうだが、掘り返すときりがない。
正直な話し、私も、カインにも裏が無いとは言えない。
この辺が、落としどころだ。
カインは、察したのか、分かったと返事をした。ガーランドも異論はないそうだ。
カインは「ティファニアから報酬はもらった。ミレイラのとの契約はどうすると」と言うと、ガーランドは破棄しないと言った。
ガーランドが、リリスにどうするか聞いた。
リリスは、そもそも、契約はしていない。とりあえず、ついてきただけだ。いつでも抜ける。
金には困っていない。どうするか。
「ガーランドが残るなら、もうちょっと付き合う。暇なんでね」
ガーランドは、思った。
リリスとの付き合いは長くはないが、ミストラ同様に、何かを抱えていると感じる。
今でこそないが、仕事中に物思いにふける姿を何回か見かけた。
俺はルカもミレイラもミストラも好きだ。守ってやりたい。
だから、俺をダシに使う以上は、もうちょっとではなく、最後まで付き合ってもらう。
リリスたちの話が終わった頃、ミストラがノックなしに部屋に入って来た。
リリスは、西の人間はノックを知らないのかとい言った。
ミレイラはリリスが常識人だとわかって胸をなでおろした。
ミストラは話があると言い、椅子に座った。
国から武具の技術漏洩の調査の指示が着た事。そして、調査の過程で襲ってきた連中の素性も、ローレリア、ひいては東国で起こっている事が分かる。
ミレイラが、それを「見ていれば」、彼女自身が、良い道を選択できるのではと。
カイン達は、その話に乗った。というより対案が無かった。
あとは、ミレイラが同行するかどうかだ。
ティファニアの具合から言うと、そばに誰かが居た方が良い。
カインは、追加の剣士の事を聞いてきた。
ミストラは、優秀でルカと組んでいたこともあると伝えた。
二、三日中に着くので、紹介したいと言った。
アリアは、監査役の作った中継所を使って、馬を休みなく走っていた。
途中で、ミストラからの手紙を受け取った。
小休止のために、中継地点で休んでいると、荷馬車から木箱を下ろしているのをみた。
国の薬類に予備の剣等を備蓄しているらしい。
中継網は情報だけではなく、物資の輸送経路としても整備されつつあった。
アリアは、携行食を食べながら、小隊程度ならすぐに派遣できると思った。
「そろそろ、行きませんか?」
アリアの後ろに、女が立っている。間者の女の贈り物だ。
アリアが国を発つときに、一人の剣士の女が現れ、同行すると言った。
ナタリアと名乗った。
剣士連中に、そんな名前の者はいない。
髪は長めだが、この国では珍しく、髪を後ろで高めに止めてある。
瞳はアリアと同じで、緑がかっている。
柔和な笑顔で挨拶をしてきた。
アリアが髪型を見ていると、東国では良く見られる髪型と言う。
甲冑も、この国物とは少し違う。
アリアが、帰れと言う前に
「お二方はこれから忙しくなるであろうと、補助をするように仰せつかりました」
ナタリアが言い終わった瞬間、アリアが斬りかかると、後ろに飛んでかわした。
剣を抜いていない。剣士なら反射的に剣を抜く。
ナタリアは、何も言わずに優しく微笑んでいる。
それからというもの、ナタリアは後ろに張り付いてくる。
何回か巻こうとしたが、失敗した。
しかし、疲れた。
次の町には湯屋があったはず。ナタリアを、今度こそまいてやろう。
そう思っていると、ナタリアは並走してきて言った。
「次の中継所は、まだ先ですよ」
アリアは、ルカよりたちが悪いと思った。