信頼
ミレイラは自室から外を眺めていた。
母に会ったが、憔悴しきっていた。
帰還の報告をすると、何も言わずに抱きしめられた。
痩せた感じがした。
聞けば、ミストラと言う西の国の女と、ルカを拘束すると言ったそうだ。
自分でも、なぜそうしたか分からない。ミストラとルカ。特にミストラは実際に拘束をしたことを詫びたいと言った。
心が乱れている。落ち着かせるために、一緒に庭に出ようと誘うと、執務官から止められた。
事態が落ち着くまでは、外出を控えてもらいたいと。
確かに、いまここで母に何かあれば、父エルンストと連絡が取れない以上、ローレリアは崩壊すると言っても過言ではない。
父上に帰ってきてほしい。叶わないなら、手紙でもいい。母上に励ましの言葉を贈ってほしい。
母は領民から慕われるが、皆を導くような性格ではない。
何もできない自分が歯がゆい。
そう思っていると、庭園で赤い髪、ミストラとリリスが何かをしゃべっている。
カインと会った時、ミストラとは距離を置く様に言われた。リリスが彼女を信じていいか、判断出来まで。
カインは個人的な見解と前置きして、隠し事が多いが、敵ではない。
その代わり、駒として使われる可能性は否定できないと言った。
ガーランドは、いい女だとしか言わない。
結婚するそうだ。意味が分からない。
母の居室から出たとき、シエラからルカが倒れたと聞いて、急いで部屋に行くと、あの女から追い返された。
シエラからあの女の事を聞くと、暴力的で人使いが荒いと言う。
ならば、どうして、あの女の言うことに従っているのかと聞くと、黙り込んでしまう。
弱みでも握られているのか。
そして、ルカを溺愛している様だと言った。
「溺愛」ミレイラは、その言葉を聞くと、何とも言い知れない、黒い感情を抱いた。嫉妬だ。
ルカは私の物だ。誰にも渡さない。
ミレイラは、その黒い感情に飲み込まれそうになる自分を感じ取ると、ルカの言葉を思い出した。
「ミレイラは良くしてくれる」
ミレイラは、その感情から引き戻された。
「嫉妬だ。あの女。ミストラに」
ミレイラは、そうつぶやくと、自分を嫌悪した。
そして、ルカに会いたい気持ちが押さえきれない。
ミレイラは、ルカの休む部屋に行った。
部屋の前にシエラがいる。ルカの会いたいと言うと、ミストラの許可が必要だと言った。
後ろめたいのか、目を合わせようとしない。
ミストラに弱みを握らていないか聞こうとしたとき、ちょうど、ミストラがお粥をもって歩いてきた。
ミレイラを見るなり、ルカとの面会は駄目だと言った。
ミレイラは「なんで?」と、強い口調で言った。それを聞いたシエラがたじろぐ。
自分でも驚くほど高圧的だった。
ミストラは少し考えると、「ルカにお粥を食べさせたら、あなたとお話ししたいわ」
心が乱れている。落ち着かないとだめだ。
ミレイラは、そう思うと「分かりました。後で私の部屋へ来てください」
そう言って、私室へ戻っていった。
ミストラはルカの部屋に入ると、窓を閉めた。
日が落ちると、寒くなる。
ルカは、起き上がって、そばに立てかけている自分の剣を見ている。
声をかけると、こちらに向き直った。
「お粥だよ。食べなさい」
ミストラは、ルカにお粥の皿を渡した。
ルカはお粥の匂いを嗅ぐと、食べたくないと言い始めた。
ミストラが、手持ちの薬草を入れたのがばれたらしい。
良薬口に苦し。独特の苦さはあるが、体の血の巡りを良くして、疲労回復を助ける。
しかし、ほぼ無臭のはずだ。戦場で培われた能力なのだろうか。
しかし、これは個人で買った高級品だ。今更戻せない。
携行食でいいと言い出すルカに、食べれば、蜂蜜を入れたお茶を淹れてやると言うと、仕方なく食べ始めた。
ルカは、お茶を飲み終わると、剣を取ってくれと言うので、渡してやった。
抜くと黒い刀身に、刃だけが冷たく光っている。
そして、刃こぼれ一つない。
二十人は斬っている剣とは思えない。余程こまめに手入れをしたのだろう。
ルカは剣をじっと見つめて言った。
「一度も研いだことはない。甲冑ごと斬ったのに。血も後が残らない。血を吸いこんでいるようだ」
そして、どうゆう作りなのかと聞いてきた。
恐ろしい。私なら捨てる。
しかし、間者の女がくれたそうだ。なにか、私の知らない特別な技術が使われいるのかもしれない。
前の剣はどうしたと聞くと、アリアに叩き折られたと言った。
国の財物になんてことを。
ルカは剣を鞘に収めると、目を静かに閉じた。
剣の鞘を優しく撫でる。
「ミレイラには、大事な人はいますか?」
誰だろう。親兄弟か、想い人か。大事と言われれば、ルカも、ここに居る全員が大事だ。
ミレイラは、ルカの問いの真意を掴めなかった。
ルカは「私は母を斬りました」
「剣が無ければ、大事な人を斬ることは無いと思う」
「そうでしょう?」
ルカは目を閉じたままだ。その表情は無機質な、まるで面を着けたように見える。
感情を抑え込んでいるのか。
しかし、そう問われたら、私が答えるの事がでいるのは、ただ一つ。
「斬らなかったら、斬られる。大事な人も斬られるだろうね」
「そうでしょう?」
ルカは、目を閉じたままだ。
「横になっていなさい。早く寝るように。ランプの灯は自分で消してね」
ミストラは、そう言うと部屋を出た。
頬の傷の理由。噂には聞いていた。しかし、本人から聞くとは、思ってもいなかった。
ミストラは、ミレイラの私室に向かった。
ノックすると、ミレイラ自身が出迎えた。
何か落ち着きがない。
椅子をすすめる前に、お茶を淹れている。ミストラが立っていると、気まずそうに椅子をすすめられた。
互いにテーブルをはさんで向き合う。沈黙の時間が流れる。
ミレイラが、先に切り出した、
ルカに会うのを禁止しているのは何故か。そして、何の権限があるのかと問うてきた。
言葉は領主ご令嬢だが、声は少女だ。
ミストラは、精神的負担が大きく、まいっている。療養が必要が必要と考えている。そして、ルカは国の管理下にあり、私がその権限を代行していると答えた。
ティファニアが、ここがローレリア領内だと言うと、ミストラは、出て行きましょうかと言った。
子供の言い争いだ。頭が痛くなる。
しかし、ルカの様子がおかしいのは事実だ。ミレイラもおかしい。いや、疲れている。
ティファニアの疲労した姿と、一連の事件。たれにも相談できずにいる。
二人とも精神的にまいっている。ここで二人を引き合わせたら、どうなるか分かったもんじゃない。
それに、ティファニアへのガレスの謁見が近いと聞く。更なる刺客への対応も考えねばならない。
後は、リリスたちとの連携。
今度は胃が痛くなり始めた。
ミストラが、ため息をつくと、ミレイラが言った。
「ごめんなさい」と。
そして、さっきまでの強気の姿勢は消え、ルカの顔を見るだけでもいいと言った。
ミストラは、ルカが涙を流して抱きついてきたのを思い出した。
忘れていた。この二人はまだ、子供なのだと。
ミレイラがどうしたものかと思案していると、ミレイラの背後の窓から一瞬、光をみた。
何か連絡が来ている。
ミストラは、善処すると言って、部屋を出て行った。
吉報であれば良いが。
ミストラは、胃がをさすりながら、裏口へ向かった。