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剣士の国  作者: quo
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圧力

アリアは木陰に立っていた。

この国の、湿度は低い。

日に当たらなければ、暑さをしのげる。


アリアの大剣の峰打ちで手足を砕かれた男は、日の下でもだえ苦しんでいる。

「話してくれたら、お水をあげるわ」

アリアは、男にそう言うと、自分の水筒の水で喉を潤した。


背後に誰かいる。

「横取り?」そう言うと、アリアは振り返った。

間者の女。長い髪に事務方の制服を着ている。


どうせカツラだろう。この女は、いつも違う格好で来る。

化粧も服も髪型も、気配も。


間者の女は、無言でいる。

監察役が男を馬車に放り込んで、走り去った。


「執行人とて、許可なしに自国の人間に手を出すのは、ご法度だ。」

「見逃してやる。男の事は忘れろ」


あの女は、自分では動けない。なにせ、王からの命でしか動けないからだ。

だから、私が「自分の意思で動いた」と言う体裁が欲しい。


今更、何が見逃すだ。


数は知らないが、直轄と言われる者は多数いると聞く。

それぞれが、街に、城に、隣国に、溶け込んで生活している。

しかし、あの女だけは、間者の者と名乗り、王城を闊歩している。


「分け前が欲しいんだけど」と、アリアが言うと。

「男の持つ情報をくれてやる」


そして、尋問なんで繊細な作業は、お前には出来ないと言って、馬に飛び乗り去っていった。


ここ数か月、グリンデルに内密に、あの女に付き合って、男の動きを追っていた。

定期的に誰かと会っていた。近隣の国の人間ではなかった。


「グリンデルの失脚を狙う者がいる」


ある日、家で洗濯物を取り込んでいると、あの女が現れてそう言った。

あの女に付き合うのは、気が進まなかったが、事は重大だ。しかし、あの女も、動ける人間が私しかいなかったのだろう。

利害が一致しただけだ。


グリンデルは中立を謳うが、穏健派の支持の元にいる。

そして、あの男は強硬派の委員の秘書役と、外部の人間との間を行き来していた。

間者の女は言わないが、東国の人間と会っている。問題は、東国の誰とつながっているかだ。


強硬派は、剣士の派遣先をもっと広げ、利益追求を求めている。

穏健派は建国の王の意思に従い「白面の剣士」として無心を貫き、利益追求を二の次としている。


どっちも分からんでもない。国は繫栄して国民の生活を豊かにしなければならない。

しかし、いたずらに派遣先を増やせば、よからぬ事をする者が多くなる。手綱が緩めば戦乱の世に逆戻りだ。

清廉を旨として、よからぬ剣士を積極的に狩るグリンデルは、強硬派にとっては足かせだ。



とりあえずは、仕事は終わった。グリンデルには悪いが、子供と夫の待つ我が家に帰ろう。

今日は、子供を抱きしめて癒される。そのあとは夫の手料理を堪能する。

明日は子供に剣を教えてやろう。最近は文官になりたいと言い出している。そうはさせない。


アリアは馬にまたがると、家路を急いだ。



グリンデルは評議会の小さな部会室にいた。

監査役、間者、執行人を、法の下で管理する目的の部会だ。


委員は全員で五人。それぞれが、政務長官、軍務長官、財務長官、外交長官、法務長官から任命されている。

数は少ないが、中枢に近い委員で構成されている。

ほとんどをグリンデルが取り仕切っているので、報告は書類のみが通例だが、今日は全員がそろっている。


「執行人が東国の内紛に関与している」

「行方の知れなかった剣士が、同じく東国で発見されている」


この二件について、早急に対処する事。

それだけで部会は解散した。委員が全員揃い「早急に」と言う。

強硬派に情報が洩れている。圧力をかけられているのだろう。


委員から解放されて、監査役室に戻ろうとしていたグリンデルに、女の事務官がよってきた。

間者の女だ。


「アリアが家に帰っている」

それだけ言うと、通り過ぎていった。グリンデルは、足早に監査役室に向かった。



アリアは久しぶりに家に帰った。

我が家よ!この香り。帰ったのだ。


ノックせずに家に入る。いい匂いがする。魚だな。

台所に行くと、夫が料理をしている最中だった。「おかえりと」と言うと、まだ、仕込みに時間がかかると言う。

息子よ!抱きしめようとすると、あからさまに拒否された。反抗期か。


アリアの夫は文官で、今日は休みを取っている。一日中、家にいるのだ。

財務だか何だか知らん部署にいる。


私が家を空けることが多いので、一人で家事をするのは大変だろう。

夫と息子には、各国に散らばる剣士の監督指導を、仰せつかっていることになっている。

給金は、ほぼ全額を家に入れている。よき妻だ。

何しろ、任務につけば、金は使い放題なのだ。


金と言えば、むかし、夫が経費を乱発する部署があって、困っていると愚痴を言っていたのを思い出した。

帳簿を見ると、個人の飲み食いが多いそうだ。


国民から預かった金を、何だと思っているのかと憤慨していた。

夫を悩ますとは許せない。いつか、捕まえてやろう。



そういえばと、夫は居間の引き出しから手紙を出してきた。十枚以上ある。

私信の様だから開けていないと言って、渡された。私信に似せた召喚状だ。


受け取ると、夫が見てない隙にゴミ箱に入れた。

家の扉ををノックする音が聞こえる。出てみると剣士が二人立っている。

扉を閉めようとすると、足を入れてきて防がれた。


「グリンデル様から、絶対に連れてこいと言われました」

そう剣士が言うと、応じないなら扉を破壊すると言う。何と乱暴な。


何とか粘っていると、更に二人の剣士が現れた。一人は同期だ。序列一位だったか。隣の奴は二位だった気がする。

「いい加減にしろよ」

アリアは、夫にすぐ帰ると言うと、四人の剣士に囲まれ、グリンデルの元へ連行された。



アリアは囲んできた剣士に、監査役の部屋に突き飛ばされて入った。乱暴が過ぎる。


グリンデルの眉間の皺が、更に深くなっている。珍しく不機嫌そうだ。

「どこをほっつき歩いていたか知らんが、連絡を取れるようにしておけ」

それは、あんたのためだよ。


「何か用かしら。料理が冷めちゃうんだけど」


グリンデルは、読めとだけ言うと、報告書の束を投げて渡した。

アリアが、めくっていくと、ルカの名前が大量に出てくる。あいつは何をしているんだ。


グリンデルは、ルカが東国の内紛の渦中にいる。そして、そのうちの一派に与していると言った。

更に、所在不明の剣士と遭遇して、斬っている。しかも、剣士どもは組織だって、武装集団を率いてると。


あいつから目を離した私が馬鹿だった。


そして、東国で回収したと言う国の武具を、投げてよこした。相当に機嫌が悪い。

グリンデルは「国の技術が持ちだされている」

「首謀者を洗い出せ。国内は私がやる。お前は東国に行け」


間者の女はこのことを探っていたのか。あの男の情報はまだか。


アリアは、「料理が冷めちゃうんだけど」と、再度言った。

この流れは、今から東国へ走れの流れだ。幸せなひと時を守らなければ。


意外にもグリンデルは「明日の昼にでも発て。今日は帰れ。料理が冷めないうちにな」と言った。

優しすぎる。まさか、帰って来れないほど、この件は荒れているのか。なおの事、行きたくない。


「誰か適任を。例えば、東国の世情に詳しい者とか」

グリンデルは、ミストラを行かせたから、合流しろと言った。


ミストラの机を見ると、きれいに片付いている。と言うか、何もない。

かわいそうに。生きてはいまい。


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