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剣士の国  作者: quo
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偽物

宿の廊下は油がしみこみ、むせるような匂いを放っている。

廊下には、蹴破られた扉と男の骸が転がっている。


下の騒ぎは収まっているようだ。


人の少ない宿は、ぼや騒ぎで客の全員が下階に降りている。

この油は火が付けば、爆発的に燃え上がる。

早く出なければ。


ミレイラは、ここに宿泊している者に、宿から避難するように言うべきだと言った。

リリスは、窓から逃げようと考えたが、ミレイラに二階から飛び降りる能力は無い。

少なくとも、裏口から出るべきだと言った。


ルカは「正面から出ても、問題ない」と言った。ミレイラは、早速荷物をまとめに部屋に入っていった。

ルカはリリスに「剣士ではない。おそらく、空き家の男も」「来るとすれば、どこを通っても同じだ」と言った。


リリスは、剣士ではなければ誰なのかと問うと、分からないと答えた。

しかし、国の訓練を受けているような感じがしたと、付け加えた。


ルカたちは、荷物をまとめると、下階の降りた。

床は水浸しになり、カウンターが焦げ付いていた。

老夫婦と客たちが、外から持ってきた水を撒き、床を掃除していた。


もう、鎮火している。


主人は、不始末詫びると、料金を返すと言ってきた。

ミレイラは主人に、励ましの言葉と共に、金を主人に手渡した。


リリスは渡した金が、かなりの金額だと分かったが、今日で引退だから、これくらいの事はしてもいいと思った。

そして、去り際に、二階には上がらずに、衛兵を呼んだ方がいいと言って、宿を後にした。


ルカたちは市場に出ると、夜の営業を始めた屋台の裏道を行き。荷馬車か馬を探しに広場に向かった。

この時間でも、出入りする商隊はある。


途中でルカが、懐から宿帳を取り出すと、排水溝に投げすてた。

リリスと主人が話している隙に、盗み取ったようだ。抜け目がない。


歩きながら、リリスはルカに襲ってきた連中の事について切り出した。

「剣士でなければ、何なんだ。」

ルカは、やはり分からないと言ったが、「国のものではないのは確かだ。短期間だが国流の剣の捌きを習った感じがした」

「射手もそうだが、ばらばらに動いていた。訓練が未熟な証拠だ。本当の剣士だったら、こちらは危なかった」


あれでも危ないのに、さらに危ないことになっていたのか。

しかし、話の筋からすると、剣士が子分を作っていることにならないか。



アウロラは射手が居た部屋に入った。

倒れた男にかがみこむ。付け焼刃では駄目か。


親指は地切れ飛び、わき腹と頭に一本ずつ矢が刺さっている。

矢を封じ、わき腹で動きを封じ、最後に頭を射る。しかも、姿が見えない窓越しに。

おそらく、何が起こったか分からなかっただろう。


三射。これがリリスの腕前か。国ならいい俸給がもらえるだろう。


この男も、宿で倒れている連中も、いい腕をしていたのを拾って鍛えなおしたというが、モノになっていない。

そもそも、物心つく前から剣と一緒に寝食を共にしている国の人間と、比較するのが間違いだ。


アウロラが、立ち上がろうとしたした瞬間。向かいの宿が爆炎に包まれた。


ここで育てた掃除屋か。やることが雑過ぎる。

ここにも、その掃除屋が来る。


アウロラは、壁にもたれかかると、ぼんやりと宿の炎を見つめた。



遠くで爆発する音がした。宿のようだ。

ミレイラが、老夫婦の事を心配している。確かに、あの宿に泊まらければ、宿が焼けることは無かった。


夜が更けているとはいえ、屋台はまだにぎわっている。

人をかき分けながら、進んでいく。


不意に、ルカの肩に女がぶつかった。一瞬だったが、ルカの耳元でささやいた。

女はそのまま、通り過ぎた。


ルカは立ち止まると、リリスに言った。

「剣士がいる。一人だ。表に出て広場で男に会え。馬を用意してある」


リリスは、こんな人通りのある中で斬り合うのかと思った。

ローレリアに現れた剣士もそうだった。時と場所を選ばない。


ミレイラはルカに「待っているから」と言うとルカは頷いた。


リリスはミレイラを連れて、表通りに出て広場に向かう。

ルカのあの様子。今度こそ、本当の剣士が来るのか。



人が行き交う中、ルカは立ち止まっている。

人々が邪魔そうに避けてゆく。


真直ぐに見据える先の人込みの中、一人の男が立っている。

何かを感じるのか、人の方から避けてゆく。

男に黒い影が覆うと、揺らめき始めた。人ではない何かになった。


ルカは、その影に吸い寄せられるように歩み寄る。

足りない。宿にいた男では足りない。あの影なら、きっと私を満足させてくれる。


揺らめく影もこちらに近づいてくる。

ルカは柄に添えた。


高まる緊張と命の脈動がルカの全身を覆いつくす。

揺らめく影も剣を抜こうとしている。あと半歩。


一瞬、ルカの前を子供が通り過ぎる。笑っている。子供の走って行く先には、母親が手を広げて待っている。


いけない!


一気に引き戻される。心臓が止まりそうな衝撃。

黒い影は、ルカの隙を見逃さなかった。大きく踏み込むと、剣はきれいな弧を描きながら、ルカの首をとらえる。


斬られる。ルカは黒い影に大きく踏み込み、剣の柄をわき腹に突き当てた。


影は後ろに飛びのくと、間合いをとった。効いてはいない。

周囲の人々が、悲鳴を上げて逃げてゆく。


ルカの息は乱れ切った。手に汗がにじむ。

集中できない。もう一撃来たら、かわすことは出来るだろうか。


影が言う。「見えているのか」

何のことか分からない。

「私の影たよ」そして、「君にも見える」


ルカは「違う!」と叫んだ。

影は笑っている。「みんなそうだった。苦しかっただろう」


影は、「楽になる。受け入れることが出来れば」と言った。


ルカは叫びながら影に斬りかかった。

影は身をかわすと、ルカの足元を切り払う。

ルカは、かわすのが遅れて、足に切先が一筋の線を描く。

血が滲みだす。


体は崩れながらも、影の足元に剣を振るう。

浅い。しかし、相手の油断を誘い、出来た隙にそのまま剣を切り上げた。

影はこれを剣で軽く受け止める。


ルカは、体が崩れたままで、鍔競り合いにはいった。分が悪すぎる。

そして、のけぞりながらも見た影の顔は、ルカの瞳と同じ。

一瞬、その瞳に気を取られた影が、ルカの腹を蹴り上げる。


お互いに飛びのくと、体を戻したルカが斬りかかる。

影は、剣を受け流し、そして切りつける。ルカが受け流して、また切りつける。


大ぶりのルカの剣を、影が軽くいなしていゆく。


ルカは息が途切れそうになる。木剣で人形を打ってゆく訓練のようだ。

体が重い。止めれば楽になるのか。

まわりの音が聞こえなくなる。二人だけの世界。


まただ。


ルカは一人、たたずんでいた。目の前には斬り合う二人の剣士がいる。

一人の剣士を見る。私だ。顔から黒い影がにじみ出て揺らいでいる。


もう一人の剣士を見る。私だ、白い面を着けている。


白い面の私は、もうすぐ斬られる。黒い影の私は、美しい剣の捌きで、寸分の狂いのない軌道を描いて相手の剣を打ち払う。

白い面の私は、それを剣で受け止めることしかできない。


影の放つ美しい剣が、虚空を切り裂き、黒い影が滲みでて、白い空間を影で染めてゆく。


誰かの声が聞こえる。優しい声。肩に手を添えられた。

暖かい。耳元で何かをしゃべっている。

ルカは、素直な気持ちで手のひらを見ると、いつもの白い面があった。


こっちがわたし。


ルカは影の放った首筋への剣を、寸前のところまで誘い込んで、剣で受け止めた。

首筋に刃が食い込む。


斬ったと確信していた影がひるむ間も与えずに、そのまま体ごと影の懐に踏み、鍔をとらる。

ルカは、剣で弧を描くように振り抜くと、影を剣ごと弧の軌道から押し出した。


ルカは影の背後にまわる。見えるは影の背中だけになった。

「さようなら」


自由になったルカの剣が、影の首元からわき腹にかけて、切り裂き、真っ二つにした。

上半身と下半身が、同時に地面に転がった。


まわりには、すでに誰もいない、首筋の傷は深く、布をあててきつく押し当てた。

ルカは影に近づいて、顔を覗き込んだ。笑みを浮かべた顔。暗く深い瞳。


これが、私の中にいるもの。


ルカはめまいがして、気分が悪くなった。

口に手をあてる。もどしそうだ。


遠くから衛兵と思しき声が聞こえる。

足がもつそうになりながらも、ルカは広場に向けて走った。


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