正しい問答
カイン達は、ミストラの宿を後にすると、屋敷へ戻った。
深夜になったが、執務官が早速、話を聞きに来た。
カインは、執務官に報告した。
ミストラが国の命を受けて、ルカを保護しに来ている。国は、紛争へ意図せず介入することを恐れている。
そして、その関連で、ガレスと、ミレイラの安全にかかわる情報を得た。内容の性質上、ティファニアと直接話したがっている。
しかし、明日にはここを発つ、時間が無いそうだ。
ここまで言うと、執務官は、危険人物ではないかと、カインに言った。
カインは、時間が無いので分からない。放っておけば町を去るし、会うならカインとガードランドが立ち合い、ティファニアを守ると言った。
執務官は暫く考えると、ティファニア様に窺ってくると言って、部屋を出て行った。
時間をおかずに執務官は「今からでも会えないか」とカインに言った。
ミストラは、道具入れから持ち手が付いた針金を出して、捻じ曲げられたドアノブと、壁に深く突き刺したナイフの柄を結わえた。
さすがに鍵なしでは寝ることは出来ない。
一仕事終えると、ベットに横たわり、次の展開を考えてた。
ティファニアは、一応は会ってくれるだろう。ミレイラに帰還するように手紙を書くかは怪しい。
ガレスの件は、聞けば安心程度のものだ。少しは信頼度が上がるだろう。
カインとガードランド、そしてリリスが私を信頼して、あの女の言うことを聞かなくなればいい。
しかし、ミレイラの取扱いが問題た。情報では、ルカとミレイラは互いに離れようとしない。
もし、ルカの意思でミレイラの後を追うのであれば、あの女の思うつぼになる。
そう考えながら、天井を見上げていると、ドアの木がゆっくりと悲鳴を上げながら裂け、ドアノブの台座を残して扉が開いた。
カインとガーランドが立っている。
ミストラは「ノックって知ってる?」と、天井を見ながら言った。ガーランドは「静かに」とミストラに言うと、カインが、今からティファニアが会いたいと言っていると告げた。
ミストラは、何がティファニアを急かしたのかが気になった。
とりあえず、荷物は持っていくかと、しゃがんで短剣にかけている針金を道具入れに入れようとすると、カインが声をかけてきた。
「その針金を、どこで手に入れた」
カインは、剣の柄に手を添えている。
ミストラはカインを見上げて言った。「国で作られている便利道具よ。首をかき切ったり、縄を斬ったり、ドアノブの代わりになったりするわ。」
「私は文官で使わないけど」
カインの剣が素早く抜かれたかと思うと、ミレイラの喉元の突き付けられた。
カインの表情は険しい。
「すいません。刃が当たってますけど」
ミストラがいうと、「毒を盛った連中の仲間か」と、カインがいった。
そういえば、報告書にあったな。しかし、なんでいきなり。この針金が関係あるのか。
考えるミストラに、カインが「毒を盛っていた人間が、同じものを持っていた」
同じもの。報告書を読む限り、料理人とやらは国の者ではない。
しかも、不評で生産中止になった物だ。装具所が古い旅具一式を持ち出したから入っていただけだ。
本物だとすると厄介だ。誰かが国の装備を、持ち出して流通させていることになる。
模造品と見分けるのは簡単だ。これには、東国にない技術が使われている。「見間違いでは?この針金。というより糸よ。髪の毛と同じくらいの太さで、短剣を押し付けたくらいでは切れないわ」
ミストラが差し出すと、カインは針金は、もっと太く硬かったといった。
模造品か。だが、国の人間が関わっている可能性は残る。
料理人が持っていた理由は分からない。しかし、これが生産中止になるまで、そう長くはなかったはずだ。
関係者の絞り込みが捗る。
ミストラが考えていると、喉元の剣に力が入っているのが分かった。
「すいません。剣に力を入れていません?」
カインは、無言のままだ。
ミストラは、こういう雑な問答が嫌いだった。もっと冷静に。論理的に物事を理解して問答は行うべきだ。
ミストラは、カインの剣を無視して立ち上がった。そして、そのまま椅子に腰かけ、足を組んだ。
カインは剣を収めない。肌から血が滲んできた。
「あなたの求める答えとは」
ミストラがカインに言う。カインは無言のままだ。
「是か否かで答えてあげる。眠くなるまで。」
そうミストラが言うと、後ろに立っていたガーランドが口を開いた。
「誰か消したか」
ミストラは「否」と答える。
ガードランドとミストラの問答が始まる。
「誰かを消しに来たのか」
「否」
「生きて帰りたいか」
「是」
「ティファニアに嘘を吹き込むつもりか」
「否」
「ルカの事だけが目的か」
「是」
「ミレイラに手を出すか」
「否」
「俺たちを信頼しているか」
「否」
「戦争を望んでいるか」
「否」
「パンとバター代は、払うつもりはあるか」
「否」
ガーランドが、面白がって質問を続けようとしたが、カインが止めた。
カインは剣を収めて言った。
「とりあえず分かった。ティファニアに会ってもらう。妙な真似はするな」
そして、表で待っていると言うと、部屋を出て行った。
ミストラは、首筋に手をあてると「血が出ているんですけど」とつぶやいた。