紹介状
ミストラは監査役の用意した馬を乗り継ぐ合間に、携行食を食べていた。
悪くない。しかし、このような状況下では、何でも旨いだろう。
バターを塗ったパンが食べたい。
監査役は小さな村に寄付をして、馬と伝書鳩の中継地点を整備していた。
もう、エンデオ領の城下町付近まで整備されたそうだ。
彼らの食料、飼葉、伝書鳩の管理費。どれくらいの金が動いているのだろうか。
それだけ、剣士の派遣は儲かるのだろう。
東国を市場とすれば、もっと儲かる。
国でも、そんな考えをする人間もいるだろう。もしかすると、あの女の目的はそうなのかもしれない。
「庇護者」。国の人間が後ろにいる可能性がある。
自分の逃げ道も作らなければ。
しかし、ルカは左遷のはずだったのに、なぜ、こうなったのか。
ルカと会ったのは一度だけだ。そもそも、監査役と会うのが稀なので、特別ではない。
ミストラは思い出していた。
数年前、監査役室で留守番をしていると、白い面を手に持ったの女の子が、ノックなしに入ってきた。
噂だけは聞いていたので、ルカだと分かった。
黙って立っていたので用件を聞くと、通行証が欲しいと言った。
棚から申請書をだして、書き方を教えた。使用者の欄に「アリア」と書いたのが印象的だった。
ミストラは申請書を見て、その国が使っている通行証の紙とインク、羽ペンを出して、必要事項を書いて渡した。
ルカは興味深そうに見ていた。
暇だったのでお茶を淹れて、色々と教えてやった。
実在する村や町、発行所の一覧。担当者の筆跡一覧、連番の規則性が書かれた手引書。領主や王が変われば印影も変わる。
毎年、資料は更新されるから大変な量がたまるが、過去の証明書が作ることが出来るのがいいところだ。
ミストラは専門部署に回さず、その殆どを記憶して、その場で作成できる。
彼らの仕事は遅い。
ルカは、質問こそしなかったが、まじめに聞いていた。
長い説明が終わる頃には、お茶を飲み干していた。そして、口を開くと「お代わり」と言った。
代わりを注いでやると、少しずつ大切に飲み始めた。
表情に乏しい少女だが、大切にゆっくりと飲んでいる。旨いんだろう。ついでに茶菓子も出してやった。
ミストラが「給金でもっといいものが買えるだろう」というと、ルカは、何がいいものなのか分からないと答えた。
ミストラは、ルカをお茶を飲み終えるまで、ぼんやりと見ていた。「分からない」か。
ルカが部屋を出るときに、棚にあった特級品の茶葉を持たせた。「旨かったら、それがいいものかもね」
ルカは、礼を言うと、部屋を去っていった。
後で知ったが、あの茶葉はグリンデルの私物だった。
ルカにあげたと言うと、グリンデルは「そうか」と言っただけで、お咎めは無しだった。
今度会ったら、あの茶葉は美味しかったか聞いてみよう。
監査役が馬の準備が出来たと知らせてきた。
ミストラは、また駆け出した。
カイン達は、何もしていなかった。
正確には、何もさせてもらえなかった。
屋敷に入ってから、見張り櫓や外の見回り、出入りの業者の確認がしたかったが、客人である手前、歩きまわることが出来ない。
それどころか、騎士の女様から、別棟へ泊るように指示されたが、さすがにそれはティファニアが止めた。
本来なら、執務官やティファニアと常に話し合い、情報分析と調査をしたかったのだが、そんな話が一切できていない。
もしかすると、ティファニアは独自の行動をしているのではないか。
リリスの方も気になる。
日に日に、ティファニアへの不信感がつのっていった。
執務官は窓の外を見ながら、考え事をしていた。そして、何度もため息をついていた。
使用人が、執務官に来客を知らせに来た。商館長の紹介状を持っている。
赤い髪の女性で、名前を「ミストラ」と名乗り、ティファニアに会いたいと言っていると。
執務官は紹介状を見ると、ティファニアに報告した。
ティファニアは、少し考えた後。執務官で対応し、内容を聞くように指示をした。
外で待っていたミストラは、屋敷の窓をくまなく見ていた。
そのうち、使用人があらわれ、執務官が対応するので、来客室に来るように言われた。
「私はティファニア様にお会いしたく、紹介状を携えてきたのですが」
使用人は、執務官が相手することを繰り返した。
「わかりました。では、失礼いたします」
ミストラはそう言うと、もう一度、屋敷の窓を見ると、踵を返してゆっくりと近くの町へと向かった。
使用人はただ、その後ろ姿を、呆然と見送るしかできなかあった。
カインは、赤い髪をした女がこちらを見ているのが分かった。
何か封筒を渡して、中に入らずに帰っていった。
おそらく、誰かに会いたかったが、門前払いをされたのだろう。目的が気になる。
リリアが言っていいた女の特徴と一致しない。誰だ。
ティファニアに手紙を渡したのか。それにしては、門前で待つのも、使用人が出てくるのも不自然だ。
日が傾くころ、カイン達は執務官に呼び出された。
応接室に通されると、執務官が前置きなく、今日の赤い髪の女の件を話し始めた。
赤い髪の女は、ミストラと名乗り、いきなりティファニアに会いたいと言ってきた。
ティファニアは、ガレスの手の者と思って、不安に思っている。
そして、この手の対応は不慣れなので、その女が、どのような人物か調べてほしいと。
カインは話を聞きながら、封書の件が出てこないのを不審に思った。
一体、何だったのか。執務官が知らないわけがない。
こっちから、問いただすこともできるが、やぶ蛇かもしれない。そして、赤い髪の女に興味がある。
何よりも、外出できるのもいい。
カイン達は、調査を引き受けた。
カイン達は、日が落ちるとすぐに屋敷から出た。ガーランドは、剣士かもしれないという。
カインは、その可能性についても考え始めた。それと共に、自分たちが斬られたらティファニアは、どう思うだろう。
カインの不信感は、大きくなり始めていた。
赤い髪の女は、町の方へ向かって行った。
おそらく、町の宿に泊まっているはず。あの髪だ。聞けばすぐにわかるだろう。
町に入ると、あっさりと赤い髪の女の宿は見つかった。
カインが町に入った途端に、パン屋から呼び止められ、パンとバター代を寄こせと言ってきた。
赤い髪の女が、両腰に剣を差した男と、大男が来る。金は彼らが払うと言われたそうだ。
そして、パン屋の主人は、宿はあそこだと指さした。
ガーランドが「面白い女だ!」大声で笑うと、パン屋の主人に金を払ってやった。
この旅で、ガーランドが気にった女が増えていく。人生が楽しいだろう。
ミストラが、久しぶりに柔らかいパンと、上質なバターに舌鼓を打っていると、木と金属が互いにつぶれ合う音とともに、ドアノブが回り始めた。
扉が開くと、部屋にカインとガーランドが入ってきた。
ミストラは「扉には鍵かかかっていたと思うんだけど」と、言うとガードランドが「こんなものは鍵のうちに入らん」と答えた。
カインは、この状況でもパンにバターを塗って食べ続ける女をみて、ガードランドの遠い親戚かもしれないと思った。
部屋に椅子は一脚しかないので、ミストラはベッドに腰かけるように促した。
赤い髪の女は、ミストラと名乗ると、会えてうれしいと言った。
カインは、昼の出来事について聞いた。
「商館長の紹介状を持ってきましたが、ティファニアには会えませんでした。これは織り込み済みです。あなた方と会うための小芝居です。」
カインはあきれた。
紹介状を持ってまでして、こちらを呼び出す意味が分からない。
そもそも、商館長から、どうやって紹介状をとりつけたのか。
ミストラは続けた。
「ルカは私の国の者です。皆さんに付きまとっている女がいるでしょう。その女から、ルカを引き離しに来ました。」
そして、カイン達に協力しろと言い出した。
話が見えない。カインは、そちらの国に事なら、ルカと会って話せばいいと言った。
ミストラは「あの女は、ルカと剣士の斬り合いをさせようと、誘導しています。私の動き次第では、強引に事を進めるやもしれません」
「ご同行されている方が、斬り合いに巻き込まれる可能性を心配しています。」
そして、ローレイラとエンデオの事を考えると、戦争の引き金を引きかねない。
それを、阻止するために西の国から来たと言った。
「私は時間を浪費するのが嫌いです。明日中にティファニアと直接、話す機会をください。」
「私の国の人間のためとはいえ、手ぶらでは失礼だと思い、ガレスの手紙と、ミレイラの安全の事についての情報を提供をいたします。」
カインは、あの女の事は、リリスから聞いたに過ぎない。
ミストラとあの女を、引き合わせれば、何か違うものが見えてくるかもしれないと思った。
ティファニアの考えも気になる。
カインは、分かったというと、部屋を出ようとした。
ミストラは、ドアノブの修理代は、ティファニアに会った時に請求すると言った。
カインは、西の国には、金を払うという概念が無いのかと思った。