二人の接触
女はリリスの勘が良いところを気にっていた。
詰所に火を放った後、遠くに馬車らしき影を見た。
雲の切れ間から、一瞬のぞいた月の光に照らし出されたそれは、ルカ達の馬車に違いない。
あれから、手傷を負ったルカを運んで、町を出発したか。
街道から慎重に、途切れて現れる月の光に照らし出される馬車の影を追った。
案の定、二手に分かれた。ミレイラにティファニア。
ルカとミレイラは、何か引き合うように離れない。ルカにはリリスが付く。
リリスは敬実に仕事をしている。
女は、感というものを信じない。
しかし、ルカが剣に呑まれる前に剣士を斬ることが出来ているのは、ミレイラの存在かもしれない。
ルカとミレイラを引き離すと、どうなるのか。
興味深いが、今はルカの監視が仕事だ。
女はリリスがルカとエンデオ領の城下町に入って準備を整えるだろうと考えた。
こちらも仕事をしなければ。
女は馬を捨てると、通りすがりの商人と交渉して、荷馬車に乗せてもらった。
追うのではなく、単純にエンデオ領に向かうだけなら、気付かれにくい。
東国で寝ている間に、それなりの情報網を作った。
おそらくは、入城許可書あたりを入手するために、偽造屋を探すだろう。
ルカには、滞りなく動いてもらわねば困る。
あの情報屋は元気にしているだろうか。
女は城下町に着くと、乗せてくれた商人に礼を言って別れを告げた。
途中で、良い反物を扱う商人の名前が聞けたのは、幸いだった。
市場に行ってみて、探してみようか。
女は工業地区に足を向けた。
この町は、鉄製品を作る職人組合の力が強い。
その力の陰で、特別な商売する者も多い。
工業地区の外れに、小さな屋敷がある。
こじんまりしているが、よく手入れされている。
女が呼び鈴を鳴らすと、男が出てきた。
男が一瞥すると、客間に通された。
相変わらず悪趣味だ。
部屋の中には、国中の刀剣に暗器、鉄の農具が陳列されている。
鉄をこよなく愛し、鉄器を愛でながら酒を飲むのが、彼の趣味らしい。
女がうんざりしいしていると、男が出てきた。
手入れをしていない白髪に、焼けた赤い肌。
老人とは思えない体躯は、長年、鉄職人として働いていた証だ。
老人は、この町の「顔」の一人だ。
「誰かの葬式があるのかい」と、老人が言った。
この美しい黒の服に施された、青い刺繍をみて、それが全体を引き締めてることに気付かないのか。
女は、この手の人間が嫌いだ。
女は微笑みながらいった。
「お元気そうで何よりです。この前、お会いしたのはいつだったでしょうか。」
「今日は、紙屋さんと耳が大きい人が健在か、聞きに来ました。」
目の前の男は渋い顔をして言った。
「何がしたい」
定期的に情報を買っていたが、いつも、顔を立てるために挨拶に来ていただけだ。
そして、この職人は、俺を通せと言っている。
戦争になれば鉄器は増産される。私を門前払いしないとなると、まだ、確定的な情報を得ていない。
時間が惜しい。
「取引しませんか?ゆっくりと、確実に材料と職人を集めておかないと、出し抜けませんから」
「確定したら、一番にお耳に入れます」
ルカが動けば、いずれ剣士と会うだろう。足踏みされていては困る。
こちらが都合のいい場所で監視するなら、剣士の居場所を探る。引き合わせれば、勝手に斬り合う。
リリスとミレイラには、安全な道を指し示す。
取引通りだ。しかし、選択をするのは彼女たちだ。
男は席を立つと、また連絡すると言って部屋を去った。
女は屋敷を後にすると、宿を探しに出た。
リリスたちとは出会っていない。野営で時間を調整したか。
動きがあるまで時間がある。反物を見て回ろう。
ミストラは、窓からさす日の光に焼かれて目を覚ました。
さすがに、昼まで寝て疲れが取れた。
しかし、朝で気持ち悪い、湯に浸かりたい。
仕事上がりに湯屋に行けないのが、こんなにも苦痛だとは。
とりあえず、水を用意してもらって体を拭いた。
今度は、反物の女の行方探しをしようと、宿をでた。
すると、すぐに男が歩み寄ってきた。
小太りで、人懐っこい顔をした男。綺麗に整えられた口ひげが印象的だ。
男は、商館長からミストラの世話をするように、言われてきたそうだ。
「何なりとお申し付けください。」
どうやら、鈴を付けられたようだ。
反物の女の件は、監査役に任せてルカとの接触を優先させよう。
あの女の存在を知られると、こちらと天秤に掛かれかねない。
あくまでも、私としか情報の取引をしてもらなければ意味がない。
ミストラは歩きながら、ルカたちの動向を聞いた。
ティファニア達とミレイラ達とで、二手に分かれて、ティファニア達はローレリアに入るそうだ。
別行動をとったとなると、ミレイラ達は、おそらくエンデオ領に直接入るだろう。
相手に時間を与えない。悪くない作戦だ。
だが、準備なしで飛び込んでいるんだろう。そんなに世の中は甘くない。
あの女は、ルカについているはず。手段を選ばない。ルカに何らかの方法で剣士を当てる気だ。
ミストラは考えた。あの女は、ルカと剣士との戦いを見ることを監視と思っている。
剣士がいる可能性が高い場所に誘導するだろう。そして、剣士は東国の紛争に関係がある可能性がある。
ルカが、東国の戦争の引き金になりかねない。
一旦、あの女とルカを引き離すか。
ミストラは、小太りの男に、ティファニアへの紹介状を準備してほしいと言った
すぐに出ると伝えると、小太りの男は商館へ走っていった。
商人らしい。時間の大切さを分かっている。
ティファニアの側にいる傭兵達には、いずれ会わなくてはならない。
そして、ティファニアの命令であれば、ミレイラは戻ってくるだろう。
しかし、慎重にしなければ、あの女が、強引に騒ぎを起こしかねない。
時間との勝負だ。
ミストラは、宿に戻ると自室の窓に、印をつけた。監査役と接触する。
そして、ルカ自身が自制できるように、あの女の事を伝えなければならない。
ティファニアへの手土産げは、ガレスへの手紙と、それが届いていないという情報でいいだろう。
彼女の反応も見たい。
ミレイラ達へは、ローレイラ以外で発行された身分証明書、通行証、あとは、ローレイラと関係が薄い領主からの紹介状あたりか。
いつでも、どこからでも入られる「鍵」だ。手元にあれば、急いている心も落ち着くだろう。
あの女は、寝ている間に、独自の情報網を作っている。だから、監査役を出し抜いている。
しかし、監査役達が仕事をしていないわけではない。
ミストラは、小さな紙に、それぞれの用件を書くと、小さな筒に丸めて入れた。
書き終わる頃に、扉をノックするのが聞こえた。数回打って小さくまた打つ。
扉を開けて、ノックの主に筒を渡した。
窓際で外を眺めていると、あの小太りの男が封書を持って駆けてくるのが見えた。
ミストラは窓の外から空を見上げた。
雲一つない快晴。伝書鳩は気持ちよく空を舞い、自分の巣へ帰るだろう。
そして、私は封書をもって、休みなく馬で駆ける。
生まれ変わりが本当なら、今度は鳥がいい。
ミストラは、荷物をまとめ始めた。