新しい契約
カインは木材置き場に潜んで警戒していた。
まだ時間はあるとはいえ、一か所に留まるのは危険が伴う。
ミレイラが息を殺して、カインの隣に来た。
母をよろしくお願いいたします。
カインは、ローレリアの城まで、ティファニアを護衛するまでが仕事だ。そのあとは知らないと言った。
ミレイラは、カインに言った。
私と契約してください。
今の契約はティファニアとの契約だ。ミレイラは、護衛の対象の中に居るのでしかない。
しかし、カインは、この目の前にいる、守られていただけの娘が、この道中で、どんなことを思ったのか。どんな契約を結ぼうとしているのか、聞いてみたくなった。
「内容と報酬は。」
ミレイラは、「依頼は三領地の拮抗を崩そうとしている勢力の排除。報酬は平和」と答えた。
ミレイラの瞳の青は、彼女の純粋な気持ち。それは、闇夜でも深く青を、たたえている。
しかし、英雄譚に出てくるのは傭兵ではなく騎士様だ。
カインは、傭兵達は自由な存在。報酬は常に金といった。そして、「平和では仕事がなくなる」
それが現実だ。
ミレイラはカインに向かった言った。
三領主の拮抗が崩れれば、大きな戦争になる。傭兵も徴用され、どこかの領地の兵になって、自由を奪われる。
そして、「真の平和なんてない。たから仕事は無くならい」
真実だ。戦争はあらゆる人間を兵にする。農民に町人、傭兵も。
そして、平和と言われる時代にも、傭兵は存在し続けている。
綺麗事の裏の真実を飲み込んで言う。
カインは、リリスがミレイラに入れ込む理由が分かったような気がした。
しかし、カインには無用な話しでしかない。報酬を得たら、当分のんびり暮らす。金が尽きれば、へまをして、この世を去るまでそれが続く。ずっと続く。
なら、英雄譚の真似事に付き合う時間くらいあるだろう。
カインは、ミレイラと新しい契約を交わすと言った。ただし、報酬は平和ではなく金だと。
ミレイラは、ありがとうと言うと、今度はガーランドの方へ向かった。
カインは、ミレイラを止めると、ガーランドは契約しなくても付いてくる。
そう言って、ティファニアの下へ戻るように言った。
まっすぐで純粋な巨漢の戦士は、歓喜し、雄叫びを上げかねない。
馬が近づいてきている。二頭だ。
カインがランプの光で合図を送ると、馬に乗っている人間は手で合図して答えた。
リリスだ。
木材置き場の裏に、馬を回すと、リリスとルカが中に入ってきた。
ルカの右手は血まみれになっている。
その姿をみたミレイラは立ちすくんでしまった。
リリスはリリスを座らせると、カインに出発の時間を聞いた。カインはもう出たいと答えた。
傭兵たちは、無言でルカの治療を始めた。
リリスがナイフで服と止血で巻いた布を切り取ると、深く腕を切り裂かれた傷があらわれた。
ガーランドは荷物から、金属の物入れと小さな酒瓶を取り出した。
中を開けると、釣針のような針と髪の毛ほどの糸が入っていた。
カインが水筒の水で、ルカの腕と傷口の血を流し終わると、ガーランドから酒瓶を受け取り、酒を傷口を振りかけた。
辺りに、強い酒の匂いが漂う。
リリスが針と糸を手に取ると、カインが同じくリリスの手に酒を振りかけた。
リリスはぬいぐるみを縫うように、傷口を縫い始めた。
無言で淡々と作業していく。
ルカの肌に針入れる。そして、引っ張り上げ、糸を通して、大きく開いた肉を閉じていく。
ミレイラは、思わず顔を背けた。
リリスは傷口を慎重に縫いながら、ミレイラに変わりの服があれば準備するように言った。
ルカの服は、袖を切られ、血だらけだった。ミレイラは馬車の荷室から服を取り出した。
リリスは傷口を縫いながら「私って、これ、得意なんだよね」と言うと、縫い終わった糸を結んで、ナイフで切った。
包帯を巻き終わると、「終わり」と言った。
リリスは、ルカの服をナイフで切って脱がすと、固まっているミレイラから服をロり上げ、腕に当たらないように、慎重に着せてやった。
ガーランドがルカに、酒を勧めたが、ルカはいらないと言った。ガーランドは、気に入ったと言って、ルカの背中を思いっきり叩いた。
ルカは、一瞬、苦悶の表情を浮かべた。
皆は、深いため息をした。
ルカは、自分の荷物から小物入れを出すと、入っていた丸薬を取り出して口に入れ、水筒の水で流し込んだ。
ガーランドが、丸薬の事を聞くと、傷の治りが早くなる薬と答えた。
一粒分けてくれと言うと、ルカは「いやだ」と明確な意思表示をした。
ルカの傷の手当てが終わると、一団は出発した。
詰所の衛兵はほとんどいないはずだが、宿の衛兵と、もしかすると応援が来ているかもしれない。
なので、街道を並走する道を選んだ。道は細く森が迫っているが、詰所の前を突破するよりかはいい。
カインが馬車を操り、ガーランドが前衛。騎士は側面についている。ミレイラは馬車の後ろに付けてあるが、リリスが後ろに離れて後衛をしている。ルカは馬車の後方で遊撃にしてある。
ガーランドが前衛なのは、ガードランドが居車台に上る時に、台座から裂けそう音がしたからだ。
リリスが警戒していると、遠くに明かりが見えた。
詰所が火事の様だ。ぼや程度の様だか、人影が数人みえる。
あれだと、こちらの事など、手が回らないはずだ。
あの女の仕業だとするとありがたいが、我々が火を放ったと思われかねない。
放火は重罪だ。
リリスは後衛をルカと変わると、馬車に並走した。
カインに、あの女の事を話した。カインは少し考えると、悪くないと言った。
そして、調理人の所持品の入った袋を渡された。
その女なら、何かわかるかもしれないと。
あとは、万が一の時の連絡手段と、集合場所を打ち合わせた。
互いに、地図上でしか見たことがないので、確実に落ち合えるかは疑問だった。
カインはその話が終わると、ミレイラの新しい契約の話をした。もちろん、受けたと。
リリスはその話を聞くと吹き出し、肩越しにミレイラを見た。
先は君主か詐欺師だな。
ミレイラは後方に下がるとルカと並走した。傷をみて、大丈夫と声をかけた。
「痛がるミレイラを見たくない」その言葉を思い出した。
カイン達と新しい契約を結んだ。それは、みんなに傷を負わせる、命を落とすことを命じる事と同じだ。
なのに、ルカの傷をみて、怖くなって顔を背けた自分を恥じた。
それでも、ルカにはそばに居てほしい。私は、傲慢だ。
ルカは直らない傷はないと言った。そして、頬の傷に手をあてた。
「ミレイラに会ってから、少し直った気がする」
リリスは、カインとの話が終わると、ルカと交代した。
リリスはミレイラに言った。
「あの傷は深い。傷を縫うときなんか、痛みに悶え苦しむのがほとんどだ。ルカは顔色一つ変えなかった」
「最後に酒を断っただろう。酒は痛みを和らげるために飲む。飲まないのは、すぐに戦場に戻る連中さ。酒を飲んで判断が鈍らないように」
「傭兵も兵士も戦場で多く見てきたが、そんな人間は数えるほどしかいない」
そして、ミレイラに森で見たことを話した。白い面をしたルカ。
彼女は、人じゃないかもしれないと。
ミレイラは、それでも一緒にいてほしいと言った。
リリスは、ミレイラらしいと思った。
リリスは、カインから新しい契約の話を聞いたと言った。そして、契約しないと。
ミレイラは、うつむいたが、すぐに顔を上げた。そして、残念だと言うと、分岐に着いたときに報酬を渡すと言った。
リリスは、「契約はしないが、二人にはついて行く。危なくなったら逃げる。」
そう、ミレイラにいった。
ミレイラの顔がほころんだ。リリスを見つめて、「ありがとう。」といった。
リリスはミレイラの瞳をみて思った。
私を見つめる瞳。カインが決断の時に見たと言う瞳。深く青く決意にあふれた瞳。
彼女の瞳は、これからも変わらないと。
最後に、必要経費は全額ミレイラ持ちだと言うと、理解していな様子だった。
リリスは、未来の君主様に経費について説明する羽目になった。