契約と選択肢
リリスは、カイン達の宿を後にすると、何回も追っ手が無いか確認しながら走った。
ルカが気になる。
一人で剣士と斬り合っている。
あの女は、ルカにしか斬れないと言った。
しかし、ルカに斬らせるとも言った。
リロワの店に着くと、すでに馬車は準備されていた。リリアが裏口で合図をすると、扉が開いた。
無言のままで二人は外に出ると、素早くティファニアを乗せミレイラが御者台に飛び乗った。
リリスは馬にまたがると、馬車の後衛についた。
馬車では路地に入ることは出来ない。速さも限られている。
後ろを警戒しながら走るしかない。
最悪、カイン達と合流地点で囲まれるはめになる。
大通りを抜けて、何回か細い道を不規則に進んだ。
リリスは追っ手が居ないのを確認すると、馬車に馬をつけ、ミレイラに合図をした。
馬車は木材置き場に向かった。
木材置き場に近づくと、リリスが大きく前に出て場内の手前で中を見渡した。
朽ちた木材置き場の影から、ランプの灯りが点滅した。カイン達だ。
慎重に近づくと、カインの姿が浮かび上がった。
すぐにランプに布をかけると、カインはリリスに頷いてみせた。
馬車を材木置き場に隠し入れると、騎士の老人はティファニアとミレイラの無事を喜んだ。
早速、リリスはカイン達と、次の行動の話をし始めた。
急場の計画だ。都度、計画を修正しながら進まなければならない。
ここから全員がでローレリアに向かう。
途中の分岐で、ティファニアとミレイラが分かれる。それぞれにカインとガーランド。リリスが付く。
問題は、途中の詰所の衛兵だ。大半が居る。宿の衛兵が追ってくれば、挟み撃ちされる可能性がある。
そして、ローレリアに着くのは、怪しまれないように、朝にする必要がある。
遅くても早くてもいけない。あと、もう少し待ってからの出発だ。
カインはリリスに、ルカとの合流をどうするか、聞いてきた。
リリスは迎えに行ってくると言うと、カイン達が持ち出した弓と矢を馬に括り付けた。
リリスは、自分とルカが戻らなければ、構わず出発するように言った。
カインはリリスを見ると、なにか察したのか、何も言わなかった。
リリスが馬にまたがると、ミレイラが近づいてきた。
「ルカをお願いします」
リリスは頷くと、馬を走らせた。リリスはミレイラが、一緒について行くと言い出すのではないかと思っていた。
ミレイラは成長している。そして、その先にある壁を超えることが出来るのか。
最近は、人の心配ばかりするようになった。この件が終われば、いい金が手に入る。そしたら引退しよう。
リリスは、詰所の手前で馬を降りた。馬を引きながら慎重に森に茂みに、ルカが入っていったであろう痕跡を探した。
詰所の前を通り過ぎる真似はしないはず。そして、「良くない人」もそのはずだ。
リリスは草が踏み倒された跡を見つけた。まだ新しい。馬と、それを引く人。
そして、その足跡の上から、更に足跡がある。
ルカが入った後に、誰かが入っている。
リリスは、森の暗闇を怖がる馬をなだめながら、足跡を追った。
リリスは森に分け入ると、剣を交える音を聞いた。
音の方に向かうと、二人の剣士が斬り合っていた。目を凝らすと、闇夜に男と、白い仮面の女が剣を振るっていた。
女の白い仮面が、時折、雲の隙間からさす月の灯りで、鈍く浮き上がる。
男が仮面の女に追い詰めている。
一歩一歩、仮面の女が、男ににじり寄る。
仮面の女。ルカか。
初めてみるルカの剣術。剣は速く正確に男の急所を狙い、男はそれをかわすたびに、体がくずされていく。
男の剣はルカに届かない。まるで大人が子供を相手にしているかのようだ。
ルカも男も、一時も剣を止めない。リリスが初めてみる、剣士同士の斬り合い。
リリスは矢筒から、三本の矢を、一本ずつ指の間に挟んで取り出した。一本目の矢を弓に矢をつがえると、男に狙いを定めた。
「ルカを監視する」身の安全引き換えに、引き受けた事だ。
最後まで斬り合いをさせて、男かルカが倒れるまで斬り合いをさせることが、あの女の言う「監視」なのか。
リリアは選択を迫られてた。ルカは優勢に見える。どうする。
リリスの矢は、男を狙い続けている。
雲の切れ間から月の灯りが差し込んだ。その瞬間、ルカの向こうの森の中で、一瞬、何かが光った。
研ぎ澄まされた矢じりが、月の灯りを反射した光。
リリスは叫んだ「ルカ!」
ルカはリリスの方を見ることなく地に伏せた。
そして、地を這うように振られた剣は、急激に向きを変え、下から男の喉笛を掻き切った。
リリスは倒れ行く男から、森に潜む矢じりの主に狙いを変えると、一本目の矢を放った。
再び雲で月の灯りは消え去り、暗闇が覆う。
リリスはそのまま、残りの矢を放った。二本目はやや下に。三本目はまっすぐ。
森に潜んでいた男は、崩れ落ちた。肩に、胸、頭。それぞれ、射抜かれていた。
全てが終わった。
リリスはルカの近づいて行った。ルカは白い仮面をつけたまま、息絶えた男を見ている。
ルカは仮面を外して男の隣にかがみこむと、小さな声で「ごめんなさい」といって、目を閉じさせた。
ルカはリリスを見つめて、「疲れた」言うと、リリスは「私もだよ」と言った。
リリスはルカの腕の傷を診た。深い。この傷で剣を振るっていたのか。ルカの右手は、自身の血で染まっていた。
リリスは傷をで布できつく縛ると、ルカに肩を貸し、立ち上がった。
時間が無いと言うと、来た道を戻り始めた。
ルカとリリスは、馬をひいて廃道を進んだ。
リリスは焦っていた。ルカを馬に乗せ、早く傷の手当をしたい。
もうすぐ街道だ。後を行くルカが「リリス!」と小声で言った。
リリスは油断していた。焦るあまり、衛兵の存在を感じ取れなかった。衛兵は森を進む音に気付いて、こちらに向かってきた。
リリスは、衛兵が声を上げる前に、矢を一本つがえて放った。
矢は衛兵の胸を射抜いた。そして落馬した。すると、近くにいた衛兵が声を上げた。
しまった。まだ居る。
リリスは馬に乗って街道に駆け出すと、矢を三本とってつがえた。
視界に入った衛兵に一気に矢を放った。牽制だったが、衛兵の一人の胸を貫いた。
ルカも街道に飛び出し、リリスの後に続いた。後方では衛兵の怒号が飛び交っている。
「シモン」「矢が」
リリアの耳は「シモン」と言う名前を拾った。
この件の黒幕につながる男。矢が当たったのか。後ろを振り返ると、ルカが何か言いたそうにる。
リリスは、ルカに時間が無いと言うと、さらに馬を走らせた。
屋敷のそばに、女が立っていた。
黒い布地で仕立てられた服は、緩やかに彼女の体を包み込んでいた。
首回りと袖に施された青い薔薇の刺繍は、黒い服の中で踊っているようだった。
女はルカとリリスが森に消えると、剣士の男に近寄り、その顔に紙を押し当てた。
そして、静かに立ち去った。