微笑む(51話~52話)の間
ルカは屋根裏部屋で床に座り込んで、静かに目を閉じていた。
剣士の場所を知ってから、ずっとそうしている。
ミレイラは、ルカの様子が気になっていた。
初めてみる姿。まるで、夜の虫の音に、耳を澄ましているかのようだ。
ミレイラはルカに声をかけたかった。しかし、なにかが、それを阻んでいる。
集会場のルカ。あの後姿が頭を過る。
呼び鈴が一回。リロワが戻って来た。
馬は用意できたが、馬車は一台しかなかった。三日、四日程度ならと、快く貸してくれると。
夕刻までには、宿に付くそうだ。
リロワに籠城の件は話していない。
リリスは、これからの計画を、頭の中で思い起こした。
カインとガーランドに集合位置を知らせて、そこで合流するように伝える。
それだけで済む。
後は、こちらが、その場所にそろっていればいい。ルカが帰ってくるのを待てばいい。
ルカは目は目を閉じたままだ。
リリスが集合場所を決めた。街はずれの森の木材置き場。
リロワが言うには、打ち捨てられて人気は無いそうだ。
リリスが、馬が準備出来次第、カイン達のところに行って作戦を伝える。
そして、リリスがここへ戻って、集合場所まで移動する。
ミレイラが、騎士の老人、ペレスの説得をするはずだど言ったが、ティファニアに手紙を書くようにお願いした。
ミレイラは、ここでティファニアを守れと言われた。
ルカの名前が出てこない。
夕刻まで、しばらく時間があった。
リリスがのぞき穴から外を見張りをしていた。ルカは、まだ座ってい、目を閉じている。
ミレイラは、ランプに油をつぎ足し終わるおと、ルカの隣に座り込んだ。
何も言葉を交わすことなく、時間が過ぎてゆく。
そうだ。初めてルカの背中をみて感じた事。剣の極み。
ミレイラが口を開いた。ルカに、剣を教えてほしいと。
ルカは答えず、目を閉ざしたままだった。
ミレイラは、それ以上、何も言わなかった。
リロワが馬車を借りてきた。
日が傾き始めている。
リリスがティファニアの書いた手紙しまうと、カインとガーランドの居る宿へ向かった。
リロワが馬車の支度をしている。ミレイラはリリスと監視を交代した。
ルカは、まだ目を閉じたままだ。
呼び鈴が一回。リロワが部屋に入って来ると、支度が整ったと言った。
ティファニアは、リロワに礼を言うと、深々と頭をさげた。
そして、この屋根裏がいつでもティファニアが使えるように準備をしておくと言うと、
ティファニアは、使うことが無いように、領地を守る。
そして、リロワの一族に、それを誓うと言い、またリロワは声もなく泣き出した。
ルカはおもむろに立ち上がった。リロワに馬を借りると言うと、裏口へ向かった。
ミレイラは振り返り、思わずルカの腕をつかんだ。
剣を振る姿からは想像できないほど腕は柔らかく、ミレイラの親指の爪が、服越しにルカの肌を傷つけた。
ミレイラは、すぐさま手を離した。
「ごめんなさい。痛かった」
ルカは、痛くない。斬られると、もっと痛い。そう言うと、
「ミレイラが痛がる姿は見たくない。」と言って、裏口に向かった。
ミレイラは、ルカがどんな修行をしていたのか、想像できなかった。
きっと、騎士の真似事をしている私が、剣を教えてくれと言ったのを軽蔑したかもしれない。
そう思いながら、ルカの後姿をみていた。
ルカは振り向くと「行ってきます」と言って、裏口から出て行った。
ミレイラは、ルカが微笑んだのを初めてみた。
リリスは宿へ着くと、様子を覗った。
衛兵は外に居ない。衛兵の馬は四頭。
あの女が言う通り、ほとんど詰所に戻ったようだ。
宿の裏に回ると、カイン達の部屋の裏についた。
また、窓を小さくつつくと、カイン達に計画の記された紙を窓の隙間から差し込んだ。
カインがうなずくと、リリスはリロワの店に向かった。
カインはさっそく縄から抜けだすと、寝ていたガーランドを起こして、扉に張り付き外の様子を覗った。
複数の足音。使用人たちが、午後の支度に入っている様だ。
しかし、衛兵のいる様子はない。
そもそも、縄で縛られて、部屋に閉じ込められて以来、衛兵は一度も入ってきていない。
ならばと慎重に扉を開けてみると、やはり衛兵はいない。
廊下に出ると、料理と酒を運ぶ、使用人の後ろ姿だけがあるだけだった。
使用人が部屋を開けるると、何人かの話声が聞こえてきた。
衛兵の声だ。
あそこに集まっているのか。衛兵は四人と言うのは間違いないだろう。
全員がそこに、集まっていれば好都合だ。
このまま逃げるのもいいが、毒をもった連中と合わせて、同時に二つの追っ手をまくなど、御免こうむりたい。
詰所に先回りされ、詰所の全員が追って来るのも面倒だ。
カインが扉の前で様子を覗った。
声は四人分。慎重にドアノブを回す。鍵はされていない。
カインは、ガーランドに小声で、飛び込んで衛兵たちを押さえる。自分が右手の方、ガーランドは左手の方を襲う。
ガーランドは頷くと、自分たちを縛っていた縄を携えた。
ガーランドと目で合図すると、一気に部屋に飛び込んだ。
絵札で遊んでいた衛兵の達は、何が起こったのか分からず、ただ目を開け驚いていた。
カインは右手の二人に飛び掛かった。一人のみぞおちに強力な一撃を食らわし気絶させると、残りの一人に、目つぶしをすると、声を上げる前に手で口を押えた。
残りの二人の方を見ると、ガーランドの足元に転がっていた。
生きているのかはわかなかった。
ガーランドが衛兵を縛って、カインの剣を持ってきた。
カインは、口を塞いでいる衛兵の喉にナイフをあてると、「静かにしていれば、痛い目にはあわない」と小声でいって、ゆっくりと口から手を放した。
目がまだ見えてない衛兵は、震えながら何もしゃべらずに頷いた。
カインは、衛兵たちの事について質問した。
衛兵たちは一報を受けると、すぐにここへ向かい、調べが終わると隊長の命令で、自分たちが残ったと言う。
そして、衛兵が全員で十名だと言った。
隊長が居なくなると、留守番隊は酒盛り。士気が低いのは、隊長が無能な証拠だ。
カインが隊長が戻ってくるのはいつか聞くと、三日四日位と答えた。
すぐには帰ってこない。衛兵たちを縛り上げて、それを発見した自警団が通報するまで、一晩。
朝までは時間が稼げる。
ガーランドが、奪われた装備品を集めていると、袋に入った短剣と太い鉄の針、そして、持ち手の付いた針金を見つた。
衛兵に聞くと、調理人がの所持品だと言った。
調理人について分かった事を聞くと、この町の者ではない事だけと答えた。
もっと、情報があったかもしれない。あの隊長の部下だから仕方ない。
時間が惜しい。
カインは、尋問を切り上げ、衛兵の首を腕で締めあげると、衛兵はゆっくりと眠るように気を失った。
改めて縄で縛り、全員に猿ぐつわをかませて床に転がした。
長く眠っていてくればいいのだが。
カインは念のため、料理人の所持品の入った袋を手に取ると、騎士の老人の部屋に向かった。
宿の廊下を慎重に進む。
途中で使用人たちが、客の部屋に御用聞きにやってきた。
これだから金持ちが泊まる宿は困る。傭兵が泊まる宿など、受付の爺さん一人だ。
物置部屋でやり過ごすと、騎士の老人の部屋の扉を、小さくノックした。
少し間をおいてから、同じようにノックが帰ってきて、鍵が開く音がした。
静かに扉を開けると、騎士の老人が物陰で剣を抜いて構えていた。
騎士の老人は小さな声で、「カイン。ガーランドもか」と言った。
いきなり切りつけられはしまいかと心配した。騎士の老人が、経験深く老練でよかった。
カインは騎士の老人に、手早く計画を説明した。
騎士の老人は、ティファニア達をおいて、集合場所に向かうことを反対した。
ティファニアの手紙を渡し、人が少ないうえに、行き違いが発生して、更に混乱する可能性があると説明した。
騎士の老人は、うなりながらも承諾した。
後は、衛兵の馬を奪って、集合場所に行くだけだ。
カインは、街道での襲撃、毒を盛った人間たちの存在が気になっていた。
この宿を、まだ監視しているかもしれない。集合場所まで後を追われない様にしなければならない。
騎士たちは、大丈夫だろうか。
カインが、そんな心配をしていると、珍しく騎士の老人が話しかけてきた。
「子供はいるのか」
カインが「いない」と答えると、騎士の老人は小さくため息をついた。私もだと返した。