衛兵
夜が明ける。使用人たちの朝の準備の物音が聞こえる。
小鳥のさえずりはなく、部屋に薄い光しか差し込んでいない。
カインは、薄く眠っただけでだったが、すぐにも動ける。戦場で深く眠るのは命取りだ。
ガーランドもそうだった。立つと体を伸ばし、筋肉を柔らかくした。
何頭か馬が駆け込む音がした。衛兵どもの到着だ。
衛兵隊長のシモンは目を見開き、興奮していた。
何もせずとも、騎士へなれるくらいの名家の出身だったが、横柄な態度と、喧嘩で相手を傷付けたのを機に、僻地の守護隊に閉じ込められた。
本当であれば放逐されるところを、叔父に助けてもらった。
自警団の伝令は、争いごとに毒が使われたと言う。ならず者の間でも、毒はご法度だ。
三領主は権力闘争を好まない朝廷のために、毒は禁制品にして厳しく取り締まっている。
禁制品を使った事件だ。首謀者を挙げれば、大きな手柄となる。
シモンは詰所に留守番を一人残すと、残りの九人で夜通し駆けた。
シモンたちは、朝日が昇る前に宿に着いた。薄曇りで湿気をはらんだ空気で、不快な汗をかいていた。
到着を告げると、町の責任者が出てきて、体を拭く水と布を用意た。
汗を拭くと、他の客の手前もあると言って、応接間に通された。
副隊長と二人で部屋に入り、残りは外で待機させた。
汗をはらみ、息を切らせている衛兵たちの姿を見かねた使用人が、桶にたっぷりと水を張り、持ってきた。
厩舎の裏だがと、使用人の休憩場所をに案内した。
衛兵のは皆、感謝の言葉をかけ、それぞれに器を取り、水を一気に乾いた喉に流し込んだ。
そして、渇きを癒すと、今度は頭から水を被った。
一息つけた衛兵の一人は、厩舎の裏にある、豪華な馬車を見ながら、身分差にため息を漏らした。
シモンは応接室で、責任者から事の概要を聞いた。
そして、物置で縄でくくられ、うなだれた給仕を尋問した。「料理人に脅され毒をもった」、包丁ではなく、短剣だったと。そして、料理人とは、面識はない。
料理人の骸は診療所に預けられていると言う。
シモンは部下を名指しで、二名呼びつけ、検分を命じた。
医者が立ち会うとはいえ、この暑さで半日。名指しされた衛兵は、渋々、診療所へ向かった。
後は、残りの傭兵の二人だけだ。毒を盛られるくらいだから、何かある。
責任者は、傭兵達が自ら部屋で大人しくしていると言って、部屋に籠っていると言う。
シモンは念のため、部下を三名連れて、傭兵のいる部屋に向かった。
部屋では、二人の傭兵が椅子に腰かけていた。剣を渡せと言うと、意外にも大人しく従った。
そして、シモンそれぞれの名前を聞くと、血走った目をして言った。
「お前らの後ろには誰がいる」
カインは、この男は単純な奴だと思った。出身やこの町に来た経緯をとばして、核心をついてきた。
目の前の餌に、考えなしに飛びつく性格だ。カインは、この手の男の扱いに慣れている。
カインは、後ろの衛兵をみて、ここでは話が出来ないといった。
シモンは部下たちに、外で待機するように命じた。
部屋にはカインとガーランド。シモンの三人になった。
カインは、かまをかけた「お前たちが邪魔に思っている連中さ」
シモンは何の事だか分からなかった。無論、自分自身の事ではない。
しかし。心当たりがないわけではない。
叔父が最近、詰所から離れた廃村に、人を住まわせている。
「よろしく頼む」
そういわれて、小遣いといって、金と高級な酒を、たんまりともらった。
だから、部下に言って巡回をさせていない。
叔父の事なのか。そして、こいつらは、俺が関係していると思っているのか。
カインはシモンの困惑の表情を見ると、この男は単純すぎると思った。そして、駆け引きに出た。
「金で情報を売ろうとした矢先だった。金と身の安全を保障するなら、すべてを話す。しかし、そちらの主格の前でないと言えない」と。
シモンは、カインの話をきいて考えた。二人のもつ情報とやらを叔父に差し出す代わりに、自分の騎士への返り咲きを約束させる。
誰が邪魔な人間なのかは知った事ではない。こちらの話を蹴るなら、騎士団に引き渡せばいい。
そうすれば、大きな手柄となって、少なくとも、ここから抜け出せるだろう。
シモンは、いきなり部屋を飛び出すと、宿の責任者に手紙の準備をさせた。
外で待機していた部下を呼び出すと、カイン達に縄を打ち、部屋に監禁するように命じた。
そして、責任者の執務室に入ると、叔父宛てに手紙をしたため、蝋で封印した。
部下の一人に、急ぎ叔父に届けるように命じた。部下が、さすがに馬がつぶれると言うと、詰め所に寄って、馬を乗り換えろと言った。
命じられた衛兵は不満げだったが、逆らったら何をされるか分からいと、仕方なく馬を駆って詰所に向かった。
リリスは、とりあえずはミレイラとティファニアの安全が確保されたのをみて、カインとガーランドの事を考え始めた。
先ずは、衛兵が着いているか。カイン達が激しい尋問を受けていないか。そして、衛兵と一戦交える状況に陥っていないか。
もう一度、宿に戻らなければならい。
その前に、ルカに傷隠しの事を問いただした。
すると、ミレイラが、思わずルカの頬に触れてしまったと言って詫びた。
リリスは、この二人に付くのは、保留しようと思った
リリスは、ルカに後の事を任せると、慎重に裏口から外に出て走り出した。
夜は明けようとしているが、雲に覆われ、どこにも逃げ切れなかった湿気が、もやになって視界を遮る。
それでも、リリスは全力で走った。