絹の思い
三人は、応接室に通された。
あの商人の部屋程はないが、高級そうな調度品が並んでいる。
目を引いたのは、古い装飾の施された騎士の剣で、額縁にられている。
よく手入れをされているのか、その刀身は輝きを失っていない。
ミレイラがそれを見入っていると、一人の男が入ってきた。
カインと同じ壮年期の男で、人を安堵させる、柔和な目をしていた。
男はミレイラに、その剣は曽祖父の物と言った。
そして、その柔和なまなざしで、腰の飾り布を見ると、我がローレリアの令嬢のミレイラが訪問してくれたことを喜んだ。
男はリロワといい、その飾り布は、昨年、店から献上したものであると言った。
ミレイラは来賓用の椅子に座ると、リロワも座った。
同時に、お茶が運ばれてきた。
リロワはミレイラから、ティファニアが息災であることを告げると、喜んだ。
そして、ミレイラが飾り布をまとっているこのに、感謝をした。
リロワの曽祖父は、先々代の領主に仕えていたが、獲得した領土を繁栄させるため、自ら騎士の称号を返上して平民となり、細々と行われていた養蚕業を一代で主要産業とした語った。
そして、領主は曽祖父の働きに、惜しみない援助をし、領家の絹は曾祖父が手掛けた物しか使わない事とした。
そして、それは今も続き、年に一回、最上級の絹を献上していると。
ミレイラは、ティファニアからそのことを、教えられた。
騎士である父と兄に憧れ、領民の事など考えずに、自分のやりたいことだけをしてきた自分を恥じた。
そして、ティファニアは、この争いから、出来るだけ領民を捲き込みたくなので、リロワを訪ねることをためらっていたと語った。
リロワは、「ミレイラ様のお目は、御父上の。お口元は母君からでしょうか。」いうと、ミレイラの生誕の儀に招かれた事を、至上の喜びと語った。
ミレイラの目から涙が零れ落ちたが、構わす「ローレリアのために尽くしてくれて、ありがとう」と令嬢らしく気品の満ちた声で、リロワに言葉をかけた。
リロワは、「もったいないお言葉です」と、言うと深々と頭を下げた。
話はリロワから始まった。
「何なりとお申し付けください。」
こんな夜更けに令嬢が訪れたのだ。何か事情があっての事とは、容易に察しがつく。
ミレイラはどこまで話していいか迷った。領主の権力争いなど、知ると巻き込まれるかもしれない。
いや、リロワの様子から、手を貸すと言って、自ら踏み込みかねない。
少しの沈黙の後、ミレイラは言った。
父の手に余る仕事が出来たので、急ぎ帰れねばならない。
馬車の不具合で、この町で宿を取ったが、宿でならず者たちの争いごとが起きている。そして、金品目当てなのか、目を付けられたようだ。宿に長い居するのは、あまり好ましくない。
馬車が直るまでの間、ここでかくまってほしいと。
リロワはそれならばと、幾日でもお泊り下さいと、快諾してくれた。
そう言った後、リロワが謝らなければならい事があると。ミレイラに申し訳なさそうに、言った。
それは、祖父の代に遡る。曽祖父は領主と話し、ここを万が一の隠れ家にして、隠れた出入り口と、屋根裏部屋が用意されていると。しかし、そのことも平和な時の中で忘れ去られ、祖父の代からは、得意先の奥方などが、喧嘩などで飛び出したとき、一時的にかくまうことに使われている。
リロワは再度、ミレイラに詫びると、今後はそのような事はしないと約束すると、涙目で言った。
リリアは好都合と思った。隠し部屋に秘密の出入り口。おそらくは、度々あるので、使用人連中は口が硬いだろう。大口顧客へのサービスか何かだろが、代を重ねて、商売上手になったと言う事だ。
ミレイラは、リロワに先々代の思いが、今ここで役に立っていると感謝の言葉を贈った。
リリスは、ミレイラの成長を感じた。領民を思う言葉。許す言葉。そして、機転の利いた話しぶり。
リロワの様子をみて、本当の事をうまく隠した。ひとづてに宿の事が耳に入っても、気にならないだろう。
リロワの案内で、三人は隠し部屋を覗くことにした。二階の物置の壁板の一つを押すと、そこに階段が現れた。それを上ると、屋根裏に出た。
意外にも広いく、天井が高い。剣を振るうのに差し支えない。
屋根を高めに、二階を低めに作り、外見から分からなくしてあるそうだ。
外の飾りに隠す形でのぞき穴があけてあり、外の様子がうかがえる。
足音が響かないように、床板の下に詰め物をしているが、念のため、下の部屋は物置になっている。
家出のご令嬢に、夫婦喧嘩で家を飛び出すご婦人たちには、過ぎた作りだ。
もう一つの出入り口は、一階の倉庫との壁に空間を作り、そこに階段を配している。
外に出ると、離れの物置の陰で、見つかりにくい。
一時的に身を潜めるのに最適だ。地下道で遠くに出る方法もあるが、まめに手入れをしないと、崩れてしまう。水がたまるし虫もわく。いざと言うときに使えない。
三日、四日なら、これで十分だろう。
一通りみたミレイラは、リリスに目配せした。リリスがうなずくと、リロワに早速、今の宿を引き払うと伝えた。
リロワは準備いたしますと言うと、店の奥に入っていった。
リリアは、急いでカイン達に伝えてくるので、ルカとミレイラはここで準備するようにと言った。
二人には、リロワだけではなく、使用人全員に気を配れと言った。リロワがこちら側でも、使用人に通じている者が居るかもしれない。
ルカとミレイラは、出来るだけ一緒に居るようにと言うと、リリスはミレイラを見つめた。
そして、ミレイラに、ルカが傷跡を掻くようなら、隠しナイフを使えと、耳元でささやいた。