受け継がれる思い
リリアはルカの準備が出来ると、ティファニアに部屋を訪れた。
中にはティファニアとミレイラ、老人の騎士がいた。
騎士の老人はルカを見ると、なるほどミレイラ様のお側にいてもよかろうと、うなりながら言った。
引き締まった体に、純白とまではいかないが、白い礼装。
高めにまとめた黒髪と鋭い黒い瞳の目、そして、少し焼けた肌。みる者は、彼女が騎士の女と思うだろう。
そして、リリスのひいた口紅で少し、大人びて見えた。
ミレイラはティファニアに、リロワとその曽祖父の事を教わっていたのか、話が終わるとルカの方を振りむいた。ミレイラの深い青色の瞳はルカの姿から、しばし離れずにいた。
ミレイラも支度が終わったていたようだ、
銀髪は櫛を丁寧にとおされ、控えめな化粧をしていた。
青い瞳はまっすぐに前を見据えている。白い肌に少し薄めの赤い口紅が彼女のもつ、品格を際立たせていた。
ドレスは旅の途中で着る簡素なものだ。
それでも、薄い若草色に、襟元から胸にかけて純白のレースが流れ落ちるようあつらえてあるいる。
スカートは動きやすいように一枚の布で巻かれ、まえで合わさり深いスリットが入っている。
いつもの騎士の服のからは想像できない。ミレイラの気品さが漂う。
リリスがミレイラに「いいね」褒めると、言葉を返さず目を伏せた。
そして、ミレイラはルカを横目で見た。いつもの表情でこちらを見ているだだった。
ティファニアは、危ないことはしないようにと、一枚のシルクの飾り布を出してミレイラの腰に巻いた。
銀のように輝き、その縁には金色の鳥の刺繍が施されていた。
ミレイラは、母に礼を言うと、飾り布に剣を差そうとしたので、さすがにティファニアはそれを止めた。
ドレスに帯刀した娘が、町を歩くのだ。目立ってしょうがない。
ミレイラが丸腰である事の不満を漏らしていた。
リリスは、確かに、万が一のために、ナイフくらいは持つべきだと思い、何か手持ちの物で合う物が無いか考えた。
それまで、黙っていたルカがミレイラに歩み寄ると、椅子に腰かけるように言った。
ミレイラは、ルカの黒い瞳から目を離せずに、言葉が出ないまま椅子に座った。
ルカはミレイラが椅子に座ると、自らは膝をついた。そしてミレイラのドレスのスリットから手を入れると、スカートをたくし上げた。
あらわになるミレイラの足は、やや引き締まっていたが、白い肌が美しく、細く長く、少し柔らかさを残していいる。ルカはミレイラの足に手を添えると、少し持ち上げ、ルカの方へ引いた。
ルカは背中に仕込んだ薄いナイフを右足の太股にあてがうと、ナイフが落ちないように、布できつめにしばりつけた。
ルカは呆然としているミレイラに、これで大丈夫と言った。
皆、しばらく声が出なかった。
カイン達は最後の打ち合わせを行うために、ティファニアの部屋を訪れた。
皆、押し黙って、表情が硬い。
ミレイラの姿を見ると、確かに、リロワに領主の娘と証明することが出来そうだと思った。
ルカは、リリアの技での顔の傷は見事に消えていた。ミレイラの後ろに立てば、令嬢お付きの士官と、誰もが思うだろう。
白の礼服の出所については、気にしないようにした。
上手くいくかもしれない。カインはそう思った。
ふと、ミレイラを見ると、緊張しているのか顔が紅潮している。無理もない。
打ち合わせが始まった。
ミレイラは、ルカとリリアを伴って、リロワを訪問。
経路は複雑にし、こちらの手の内を読まれない様にした。
カイン達は、引き続きティファニアの警護に着くが、あくまでティファニア達と無関係を装う。
そして、連行となれば衛兵と一戦交えなくてはならない。
唯一の望みは、衛兵たちがこちら側の派閥である可能性。これは騎士の老人に確認してもらう。
カインは、衛兵がこちら側の人間でないことは無いだろうと考えていた。連中の筋書きなら、反領主の人間が来るはずだ。
そして、作戦の失敗時の集合地点を決めて、打ち合わせを終了した。
ミレイラたちは、宿の裏手か出発すことにした。
リリアが周囲の安全を確認をすると、ミレイラとルカよ呼んだ。移動中はリリスが前衛。ティファニアの右後方に付いた。
大通りからリロワの商店まで、少々時間がかかる。しかし、連中の中に追跡に長けた者など居ないだろう。
襲撃の突然の中止や、一般人に毒を入れさせた事。やることが場当たりだ。
始めから事の全容を知っていれば、この程度の連中相手に、遅れはとらなかった。
リリスは、少しいら立ちながら、歩いていると、大通りに出た。
特に何か怪しい気配はなく、通りを進んだ。
夜のとばりが降りはじめ、行き交う人はまばらで、店も終いの時間だ。
市場の店主たちは、片付けに入り、行商人も売れ残りを袋にしまい込んでいる。
それに入れ違うように、夜の屋台が店を開け始め、早い者は今日の疲れを癒すため、酒をあおっている。
少なくとも貴婦人たちが出歩く時間帯ではない。リロワの店が、着くまでに開いていればよいのだが。
ミレイラがリリスを急かしたが、ここで、歩速を上げると目立つとたしなめた。
隣のルカに聞けばいいのだが、あれから一回も顔を見ず、言葉も交わさない。
あの女が言う通り、寝起きでルカの面倒を見るなど、憂鬱でしかない。
もどかしさを覚えながら、歩いていると、リロワの店が見えてきた。店じまいの最中のようだ。
ミレイラが店じまいをしている使用人に声をかけると、ミレイラの姿をまじまじと見つめた。
確かに、こんな時間に絹などを買い求める者は居ない。
しかし、使用人は、すぐに三人を中に案内すると、テーブルを用意して、若い使用人にお茶を出すように命じて、店の奥に消えた。
良くない状況かもしれない。
リロワがが向こう側の人間で、通報までの時間稼ぎとしたら。
リリスは、ルカに目配せをした。
待つ間、ミレイラは運ばれたお茶に目を落としていた。
毒の件が頭を過り、口を付けるか逡巡していた。
若い使用人が、何か粗相があったのであろうかと、心配そうにこちらを見ているのが分かる。
程なく、さっきの使用人が出てきて、奥に案内すると言う。
居るのは衛兵かリロワか、あるいは黒幕か。三人が奥に入ろうとすると、リリスは止められ、ここで待つように言われた。
確かに傭兵がご令嬢と同席することは無い。
ミレイラは凛とした声で「この者も中へ」と言うと、若い使用人に茶を残したことを詫びた。二人の使用人はミレイラに深々と頭を下げた。
リリアは思った。これがミレイラの真の姿。いや、求められる姿か。