二人
ルカはミレイラ部屋の前に立った。
このまま、立ち去ろうか。
あの斬り合いを見られてから、何も話していない。彼女は私をどう思っているのか。
答えを聞くのが怖い。
ミレイラは、良くしてくれる人。だから守ると言った。
しかし、剣に呑まれた私が、いつか彼女を斬るのでないだろうか。
ルカはミレイラの部屋の前に立ち尽くしていた。
奥から人が歩てくる。給仕だ。
給仕はルカに構わず部屋の扉をノックした。夕食を自室か食堂で食べるかの案内だった。
しかし、返事が返ってこない。ルカは、まさか賊が入ったのかと思い、給仕が二回目のノックをする前に、扉をあけ放った。
そこには、ベットに腰かけて涙をぬぐっているミレイラがいた。
ミレイラ慌てて顔を背けた。給仕は二人を見て、バツが悪くも食事の案内をした。
ミレイラは自室でとると言うと、給仕は足早に下階の階段に向かった。
ルカは入っていいかと、ミレイラに尋ねると、ミレイラは無言でうなずいた。
ルカは部屋に入ると椅子に腰かけ、ミレイラを見つめた。泣いていたせいで、目が腫れている。
かける言葉が思いつかない。
ミレイラは国の中の争いに巻き込まれている。そして泣いている。ミレイラにはいつもの良くしてくれる人であってほしい。いつも騒がしく、忙しいミレイラであってほしい。
しかし、どうしていいか分からない。とにかく、楽しい話をすればいいのか。
ルカは楽しいと思った事を、必死で思い出そうとした。
そしてルカは「ジャガイモ」といった。「この辺のジャガイモの相場はわかる?」
「釣りは気持ちが安らぐ。そして魚はナイフで突いて採る。」
ルカが悲しいときに、楽しくなった話だ。
ミレイラは黙っていたが、そのうち肩を震わせて、笑いを必死にこらえている様だ。
落ち着いたのか、ミレイラはルカを見ると、「ジャガイモ!」といって噴き出した。
そして「なんで最初からナイフで突かないの?」と、今度は声を押し殺して笑い始めた。
良かった。ルカは、ミレイラがいつもの、良くしてくれる人に戻ったと思った。
ミレイラは落ち着くと、ルカに「ありがとう」と言った。そして、国の争いごとに巻き込んだことを詫びた。
これからは、自分たちの力で、争いごとを解決する。
だから、ルカたちは、もう帰っていいと言った。親戚を訪ねるのが遅くなる。こっちは大丈夫と言うと、また、ありがとうと言った。
ルカは思わず、親戚はいないと言った。真実だ。間者の女の言葉などどうでもいい。
そして、どうしても聞きたいことがあった。「あの時の私の顔はどうだった。」
ミレイラは驚いた。いつも表情に乏しく、何を考えているか分からなかったルカが、まるで、闇夜を怖がる子供のような顔でミレイラ見ている。
あの集会場での斬り合い。始めは息をのむような激しい斬り合いが、まるで、相手をいたぶるようになっていった。
ルカの背中が怖かった。
集会場のでて、そのまま逃げようかと思ったが、ルカが出てくるのを待った。
一人にさせては駄目だと思った。
出てきたルカは、悲しそうな顔をしていた。
そして今、何かを怖がっている子供の様にしている。
ミレイラは、優しくルカを抱きしめた。「心配ない。心配ないよ。いつもの優しいルカだったよ」
ルカは小さな声で「うん」と答えた。
ガーランドは空腹に耐えかねていた。外には異常はない。厩舎にもだ。
襲って来るなら、あの領主の女のとこだ。そこに居ればいい。来る奴を斬れば良いだけだ。
そして、宿に入って飯を食うことにした。食堂に入ると、カインがいた。テーブルに突っ伏して、もう考えたくないと、ガーランドに弱音をはいた。
元気がないときは、飯を食って飲むに限る。そう言うと、嫌がるカインに構わす、給仕に酒を注文した。
早速、酒が運ばれてきて、ガーランドはそれに手を伸ばした。
給仕は、青ざめた顔でガーランドを見ている。何かが起きるのを待っている様だ。
それを見た瞬間、カインは給仕の手を握った。握った手をそのままに、後ろのひねって背後に立った。給仕は悲鳴を上げた。
カインは腰のナイフを給仕の首に当てると、何をしたかと耳元で怒鳴った。
給仕は、かろうじて聞き取れる声で、毒を入れたと言った。
給仕が言い終わる前に、ガーランドは厨房に走った。厨房にいた料理人がナイフを構えて立っていた。
料理人は、突進するガーランドの胸ににナイフを投げつけたが、あっさり筋肉に弾き飛ばされた。
そして、ガーランドはそのまま料理人に突進すると、肩で料理人を弾き飛ばした。
胸の骨が砕かれる音とともに、壁にたたきつけられた料理人は動かなくなっていた。
給仕は料理人に脅され、粉を入れさせられたと言った。
カインが給仕の服をまさぐると、懐から紙の包みが出てきた。
ガーランドが戻ると、包みを開けて中身を確かめた。白い粉が入っている。
粉からは何かの薬のようなにおいがした。
リリスは宿に戻ろうと、集会場からでて、通りに出ようとした。
通りにでる道に、一人の女性が立ってた。「こんにちわ。もう、こんばんわでしょうか」
若くて柔和な笑顔。長い艶のある黒髪を後ろに束ねている。緩やかな白色の服の所々に、控えめだが見事な刺繍が施されている。
リリスが様子をうかがっていると、「この服ですか?私が縫いました。きれいでしょう」と言った。
リリスは、何者かと彼女に問うた。彼女は「商人の町で、仕立て屋をしています。ここまで、ちょっと遠かったですね。」と、笑顔でいった。
普通の女にしか見えない。殺気も間者のような気配もしない。普通の女だ。
「詰めが甘いんですよね」と言うと、削り取ったシミを渡してほしいと言った。
集会場に居たのか。気付かなかった。
「あなたが上司?顔さらしていい度胸ね」リリスは、そういいながら細い投げナイフを裾から手の平にだした。
彼女は言った。「彼らとは別なんです。格と言うんでしょうか。商人の町で寝ていたのですがね。仕立て屋を構えて、楽しい日々を送っているところを起こされてしまいました」
「寝ていた」リリスの胸が何かに押さえられたように苦しくなった。
まずい。
人である事を捨てた連中だ。深く社会に浸透し、命令が無ければ人として暮らし続け、人生を終える。命令で目覚めれば、人である事をすて、命令のままに行動する。リリスが知る中で、最も危険な存在。
目の前の女からは。何も感じられない。友人と立ち話をしている感覚だ。これが、眠りから覚め、人を捨てた者なのか。
リリスは。ナイフを隠している手に、汗がにじむのを感じた。
リリスは大人しくシミの削りかすを渡すと、女は礼言った。
「そろそろ帰っていいかな。晩飯が冷めてしまう」とリリスは言った。この女から、離れないといけない。あっさり返してくれるだろうか。
「その事なんですが、たぶん無理ですよ。散らかってて。」と女が言った。
カイン達のことか。「何をした!」リリアは思わす、叫んだ。
「勘違いをしていますよ。彼らは大丈夫です。たぶん。本来なら私が動くところではないんですが、見逃しているみたいですね。それで、私が来たんですよ。」
そして、やっぱり格の違いと、残念そうな顔で付け加えた。
話が見えない。だが、少なくとも敵ではなさそうだ。
女は一緒に宿へ向かおうと言った。そして、足元が暗いのでと、ランプを取り出して火をともした。
リリスにランプを渡すと、「そうだ。味方でもありませんよ」と、にこやかに言った。
悪のかけらのない笑顔に、リリスは、恐怖を覚えた。