遭遇
傭兵が部屋を出た後、ティファニアとミレイラは沈黙の時間を過ごしていた。
日が傾き、少しずつ部屋が影っていく。
騎士の老人がミレイラに言った。「ティファニア様の心中をお察しください」
ミレイラは立ち上がり、何も言わずに部屋を出ると、自室に籠った。
程なく、扉がノックされ、騎士の老人が扉を開けると。カインが立っていた。
とりあえずの結果を話すと言う。騎士の老人は部屋に通した。
カインは、二人が残留し、一人は金次第。もう一人は保留と伝えた。
そして、自分たちは個人でそれぞれで、傭兵稼業をしている。国が絡んでいる危険な仕事は、それなりにもらわないと、割に合わないと言った。
ティファニアは金は、言い値。とりあえずはその十倍は出すことを約束すると言った。
カインは傭兵を多くするつもりだと言うと、それも同意した。
もう、なりふり構っていられなかったのか。
そして、護衛計画の立案の権限もカイン達で決める権限も認めると、ティファニアは、出来得る限り早くと付け加えた。
カインは、同じ階に自分たちの部屋を取ってもらうように言うと、また騎士の老人の部屋に戻った。
ガーランドとルカに、ティファニアとの契約を話した。
ガーランドは特に言うことはないと言ったが、ルカは黙ったままだった。とりあえずはガーランドに厩舎と宿の周りの巡回を頼んだ。
ルカには、返答を保留しているが、ミレイラの護衛を頼んだ。ルカは頷くと部屋を出た。
ガーランドは、仲直りも成長の一つと言い、部屋を出て行った。
カインは、とりあえず宿の中の巡回と、ティファニアの警護をすることにした。
あとは、リリスがどう出るか。そして、追加の傭兵の確保、馬車以外の移動手段について考えた。
騒ぎが起こったこの町での傭兵集めは論外だ、そして、移動は幌付きの荷馬車がいい。しかし、この町は商人の通過地点でしかない。それに、視察で出かけた領主の妻が、荷馬車で帰ってきたら、みんな驚くだろう。思い切って、商館長の町へ戻るか。それだと時間がかかりすぎる。
考えるほど頭が痛くなる。とりあえずは巡回に専念しよう。そして、部屋が準備されたら、一度ゆっくり休もう。カインは重たい頭を抱えながら館内を見て回った。
リリスは、ルカとミレイラの秘密を探ろうとしていた。何か足がかりがないと、二人に話が出来ない。
お姉さんに何でも相談してごらんと言って、心を開く子らじゃない。
とりあえずは、ガーランドが言ってた、宿の裏に出る階段から降りてみた。
宿の裏手に出て、辺りを見渡してみた。そして、地面の足跡を探り始めた。
宿の人間たちは、ほとんどここを通らない。
とりあえずは、ルカの足跡。そして、小さい女性の足跡。ミレイラだろうか。どちらも同じ方向へ走っている。
あとは、男の足跡。この辺をうろついたようだ。あとは二人と同じ方向に走りっている。
そして、元は茂みに潜んでいたのか、森の方向から足跡がある。
走った先は、石畳になっている。低いが柵もある。追われると人は左へと曲がる習性があるから、ある程度の見当はつくが、相手が慣れた者なら、そうはしないだろう。
リリアは森の方から足跡を、逆にたどることにした。
草が根元から折れている。草木の折れた状態から後を追ってみる。
途中から、地元民の抜け道なのか、踏み固められた道に出た。
日の光が遮られ、湿気だけがまとわりつく。
森の木々が切れ、開けた場所に着くと、何か建物がある。
集会場か。地面を見ると、きれいに掃き掃除をされた跡がある。管理人か。
しかし、掃除した本人の足跡がない。
当たりだ。
リリスは、周りに人気がないのを確認すると、裏に回った。裏口の扉から入ろうとしたが、鍵がかかっている。当たり前か。
ベルトの隠しポケットから、まっすぐな鉄の針と、先の曲がった鉄の針を取り出すと鍵穴に差し込んだ。鍵はすぐに開いた。
扉を開けて入ると、慎重に中を探った。
特に変わった様子はなく、きれいに掃除され、椅子もテーブルもきれいに並んでいた。
リリスは、壁から床にかけて、丁寧に見て回った。
すると、床にわずかばかりのシミを見つけた。周りにも、少しだけだがある。
血の跡を消す薬の跡。血は残らないが、こいつの跡は少し残る。最近、「掃除」に入っている。
薬の跡を見てると、背後に人の気配がする。同業者か。殺気は感じられない。
「手を引け」背後の人間は、そう言った。男のようだが布で口を覆ている。女かもしれない。よくやる手だ。
馬車を襲うよう仕向けた連中か。しかし、私を気配なく追い、ここでの痕跡をきれいに「掃除」する。
そんな連中は雇われではなく、国の組織の連中だ。そんな奴らなら、ティファニアとミレイラも簡単に消せるだろう。
ここで、ルカとミレイラに何かがあった。
そして、ルカには謎が多くある。類稀な剣術の腕、旅の目的。どこの国の者か感じさせない振る舞い。言葉の使い方。ルカにかかわってほしくないのか。
かまをかけてみるか。
「あの子のお守りは大変だろう」床のシミをを撫でながら言った。背後の人間は沈黙している。監視か補助か、どちらでもとれる質問。動きがない。下っ端か。
「あの子は鈍い。私は常に隣にいる」「あの子が好きなだけさ」
血を拭きとる薬は何種類かある。国や個人で使うものが違う。「この国の騒動も気なっているんだろう」
賭けだった。例の領主がらみの人間なら、嘘と見破られる。他の国の者なら反応があるはずだ。
そして、賭けに負けたときに備えて、リリアは懐に手をいれ、短い筒に手を添えた。
強く握ると火薬が弾け、中の小さな鉄片が広く飛び散る。どこに当たろうと相手の動きを止められる優れものだ。
背後の人間が、少し息を深く吸い込んだのが分かった。そして、何も言わずに消えた。
リリスは立ち上がると、辺りを見渡した。上司に報告しに行ったか。
とりあえずは、火薬の筒を使わなかったことに安堵した。
非常に高い。今の手持ちが半分は消える。
「下っ端は、どこの世界も大変だね。そして、詰めが甘いよ」
そう言うと、床のシミの部分をナイフで削って、紙に包んで懐に入れた。
久しぶりの駆け引きだった。そして、手がかりも手に入った。
これで、ルカとミレイラに話をしてみるか。いや、反対に、余計に口を閉ざすかもしれない。
あれこれ考えるうちに、リリアは、ルカとミレイラの事を思う気持ちが深まったのを感じた。