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剣士の国  作者: quo
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対峙

ルカは窓の外を見ていた。何か動くものは無いか。

部屋の外ではガーランドが一人で何かをしゃべっている。


ミレイラは、ルカと話をしたかったが、護衛の仕事の邪魔はしてはいけないと思った。

せめと思い、お茶を煎れて勧めた。ルカはありがとうと言うと、外を見ながら飲んだ。


ミレイラは「あなたを守る」その言葉を思い出すたびに、胸を締め付けられた。

あの時、山賊から斬られるという恐怖から私を開放してくれた。振り返った時、ルカの背中に剣士としての極みを見た。

同時に、自分の剣士としての誇りも砕かれた。


少しでも認めてもらいたい。そんな思いで頭がいっぱいになった。そんな自分がみじめにった。

そして、感情があふれ出した。ミレイラは剣を取ると立ち上がり、「自分の身は、自分で守れます。私とて剣士です」。


ルカはミレイラが突然、言い出した言葉に困惑した。自分自身の心から湧き出た、ミレイラを守りたいという気持ちは、迷惑なのか。


ミレイラの言葉にルカは沈黙してしまっている。自分の恥じた。ルカは私を守ろうとしている。純粋にそう思っている。自分がより一層みじめになった。

ミレイラは、部屋を出て行った。


部屋から足早に出てゆくミレイラを見たガーランドは「こんな時に喧嘩はいかんぞ」と怒鳴った。

部屋の入り口で、ルカは追うか追うまいか迷っていた。私はミレイラには必要ないのではないか。


ガーランドはルカに「お前の任務はなんだ!」と一喝した。

自分の任務。そう。私が望んでミレイラを守ると言った。ルカはミレイラを追った。


ミレイラは裏の階段から下階に降りていた。ルカも続いたが、宿の裏庭に出るとルカを見失っていた。

遅かった。そう思って立ち尽くすルカは、微かにミレイラの声を聞いた。ルカは声の方向へ駆け出した。


ミレイラの声は、度々聞こえてきた。剣を交える音も。追っているうちに、ルカは町から離れた集会場についた。あたりには誰もいない。

最近は使われてないようだ。音も声もしない。正面に近づくと扉が開いていていた。


集会場に入ると、息を切らしたミレイラが、剣を構えて立っていた。ミレイラが見据える先に、男が立っていた。足元には人が倒れている。


男は静かにこちらを見ている。研ぎ澄まされた剣を突きつけられたような緊張感が走る。

白面の剣士。


顔は色白く、黒い白髪交じりの長髪を後ろに束ねている。

ルカはミレイラが、何か言いたそうにしていたが、下がるように言った。


男は、「執行人か」と聞いてきた。ルカは答えなかった。


剣士は続けた。「東に行けば、執行人は追ってこないと聞いた」と言うと、倒れている人間を足蹴にした。反応はなかった。


斬るべき剣士。東国に逃れ、潜んでいる可能性があるとグリンデルは言っていた。

そして、それを確かめるために、私はここに居る。ルカは、この男を斬らなければならないと思った。


男は剣をゆっくりと抜いた。長く細い直刀。突きの速さを重視する剣技か。

ルカは柄に手を添え、低く構えた。しかし、ルカは動揺していた。


ミレイラがいる。そして面がない。日の光は、集会場の天窓から日の光が降りそそいでいる。


怖い。食堂の主人がいった、子供の寝顔。斬る存在でしかない、剣士と斬り合う私の顔はどんな顔をしている。

いつも怖かった。だから面を被っていた。「一振りの剣となれ」「お前は剣技の極み」そういって、私に剣を振るう母の顔。


ルカの呼吸が、わずかに乱れた。剣士の男は踏み込み、ルカの喉に剣を放った。ルカは身をさばいて避けた。ほんの少し、剣が皮膚をかすめる。


ルカは剣を抜き放つと、男の手首に刃を振るった。男は剣を引き、ルカの刃は空を斬った。

間合いが遠い。詰めなければ、ルカの剣先は届かない。男はルカの胴を引き裂こうと剣を振るう。ルカは剣で受け流し、後ろに飛び男から間合いを取った。


男は間合いに合わせて、自在に剣を突く。速い。眉間に喉、胸。ルカは剣で受け流す。

ルカの居合の間と同じように、大きく踏み込んでくる。そして、間断なく正確に剣で急所を突いてくる。

一旦、後ろに飛び、深く深く相手の懐に飛び込もうか。しかし、後ろにはミレイラがいる。そう大きく動けない。


男は一瞬、低く構えると深く踏み込み、ルカの首元に一閃を放った。ルカは本能的に身をひいてかわした。

素早い突きの連撃に、一閃を隠している。これが、この男の本当の剣技か。


居合が完成していれば、ミレイラを危険にさらすことは無かった。

しかし、悔いているのではなかった。斬り合いの中で、ルカの心の乱れはなくなってゆく。冷静に、相手の剣筋を見ている自分がいる。


剣先が首をかすめる。次は胸、次は右腕。「見える」


相手の呼吸がわずかに変化した。来る。ルカは右足への一閃が放たれる前に、自らの剣で振り払った。

「そうだ。そして距離を取る」相手は剣を振り払われ、後ろへ引いた。ルカはこの一瞬で首を斬れたが、それを止めた。


「続けたい」ルカの心の中で、そんな気持ちが芽生えたはじめた。


相手の突きが間断なく放たれ続ける。

ルカの心の中が真っ白に染まりゆく。何も考えなくても、相手の呼吸、筋肉の動き、剣の軌道を感じることが出来る。

ルカは相手の剣撃を正確に、そして見越したように打ち払う。自分が、相手が、踊っているように思えてきた。


男の呼吸が乱れている。突きの正確さが失われていく。ルカは、「もっと速く、正確に。呼吸を整えて」と心の中で男に言葉を投げかけた。

ルカは、相手の剣をわずかな動きでかわす度に、相手の薄皮を斬った。「外すからそうなる」


剣士の男はおびえていた。相手をとらえられない。始めの斬り合いとは違う。相手はほとんど動いていない。呼吸を乱し、突きが狂う度に、手に足に首に、薄皮を切り裂いてくる。まるで、遊ばれているかのように。


得体のしれない恐怖が、心を覆う。少女の黒い瞳は、漆黒の闇のようだ。吸い込まれて闇に落ちてゆく。誰か助けてくれ。


ルカは飽きてきた。相手の剣は正確さと速さが失われていく一方だ。始めの斬り合い。お互いの命を懸けた斬り合いの輝きは無くなっている。


もう、いいか。


ルカは男の剣を手首ごと切り落とすと、自らの剣を男の胸に突き刺した。


剣は心臓をわずかに外れていた。男は、剣が体に突き刺さっていくのを感じていた。苦しみは長く続く。そして、剣を持つ少女の目は大きく見開かれ、男の目を見つめていた。黒い瞳は暗くそして深く闇が渦巻いていた。


ルカは、剣を男の体に押し込みながら、命が消えゆくのを、ゆっくりと、静かに見ていた。


男が倒れ込む音で。ルカは我に返ると、剣士の男が、苦悶と絶望の表情を浮かべて、息絶えていた。

私がやったのか。ルカの胸が早鐘を打つ。剣を男の体から引き抜こうとしても体が動かない。


下がっていたミレイラが、ゆっくりと歩み寄ってくる。ルカは「来るな!」と叫んだ。

ミレイラが立ち止まったのが分かった。


「母の顔」。今の私は、どんな顔をしている。見られるのが怖い。

ルカは恐怖で体が震え、力なく座り込んでしまった。「出て行ってくれ」ルカは静かに言った。


ミレイラは、何も言わずに集会場から出て行った。


ルカは、斬り合うなかで、自分の中の何かが、押さえられなくなっていたのが分かった。

「剣に呑まれる」。私は、そうならないと自分自身に誓った。それでも、怖くて面を使い続けた。

今の自分の顔はどんな顔をしているのか。


ルカは立ち上がると、出口に向かった。ミレイラが私の顔を見て逃げ出すかもしれない。

でも、ミレイラの前に立ちたかった。終わった事を、守った事を告げたかった。


外には、ミレイラはルカが出てくるのを待っていた。


ミレイラはルカに走り寄ると、ハンカチをルカの頬にあてた。「血が出ている」ミレイラは言った。

母の剣からつけられた傷。いつまでも治らない傷。


ルカは、ミレイラの表情を見て、自分の顔をの事を聞こうとしたが止めた。

ルカは「ありがとう」と言うと。ハンカチをあてているミレイラの手に、自分の手を重ねた。

暖かかい。

ルカは、ずっとミレイラの暖かい手に触れていたいと思った。


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