厄介ごと
ミレイラは自室に入ると甲冑を脱ぎ、手入れした後に体を拭いた。
夕食は自室でとったが、熱気に体力を奪われ、半分ほど残した。
太陽の光が強くなりゆく季節。この甲冑はつけているだけで体力を奪ってゆく。
儀礼の場ではいいのだろうが、重厚で意匠を凝らした甲冑は邪魔でしかない。
ルカが選んだ甲冑を思い出すと、この甲冑より快適だろうと思った。
ぺレス。一族に仕える騎士の老人は、父が大騎士と呼ばれていた時代の腹心だったそうだ。
そして、私の教育係でもある。
傭兵を雇った頃から、騎士との身分の差を考えてほしいと口うるさく、近づくことを禁じられた。
ルカが選んだ甲冑を着ると言ったら、どんなに長い説教をされるだろうか。
ルカを引き留めたときですら、別室で長い説教を聞く羽目になった。
悪気がないのはわかるが、ルカが居なければ、私は此処にはいなかったはずだ。
ミレイラは思い出していた。商館の水場で見た彼女の体は、月明りに照らされ、無駄な肉がなく、機能美にあふれていた。あれが本物の剣士の体だ。
そして、朝に見た彼女の剣の捌き。寸分のずれなく振られる剣は、美しく、風すら切り裂くほど素早かった。
どんな修練をすれば、ルカのように強くなれるのか。
ミレイラはルカと話したくて、しょうがなかった。
母とペレスは、宿に着くたびに、部屋で長く話をしている。最近は、二人で話し込み、母に就寝の挨拶すらしない。
日が落ちてまだ時間は経っていない。人通りも多い。
ルカの宿まで行ってみよう。
そう決心すると、ミレイラはローブを身にまとい、護身用の短剣を携えて宿を出た。
リリスは、騎士たちの宿が見える広場に居た。広場の椅子に腰かけていると、ローブの女性が出てきた。
やれやれ、といいうと立ち上がり、彼女の後をついて行った。
行先の見当はついていたが、一度も振り返らず、帰りには明かりが必要な時間になりそうなのに、ランプを持っている様子もない。
宿場で、カインとガーランドは、今後の事について話していた。報酬の残りは領主を館まで送り届けることでもらえる。そして盗賊の一件が気になる事を話していた。無関心を装い聞き流していたが、案の定、カインが私に仕事を振ってきた。領主の妻と娘の警護。
途中で何かあり、足止めを余儀なくされれば、いつまでも報酬はもらえずに、拘束だけされてしまう。館までの日数が増える。だから、厄介ごとがあれば、早めに処置する。
カインは、自分の手持ちから報酬を出すと言ってきた。ガーランドの親友だ。受けることにした。
ガーランドは実直な男だ。悪がない。リリスはガーランドが好きだ。正確に言えば心地の良い場所だ。
リリスは傭兵でも斥候を得意としていたが、実際は潜入工作を請け負っていた。危険だが報酬がいい。
ただ、正面切っての戦いより、政争や権力争いの場が戦場だった。
そんな世界に嫌気がさしたころ、ガーランドに出会った。彼と一緒に居ると、彼の性格と風貌からか、自然に厄介な仕事はこなかったし、そんな仕事は断ってくれた。
しかし、今回は昔の親友からの誘いだ。カインから初めて話を聞いた時から、厄介ごとの予感を感じていた。しかも、二人の想像以上に厄介なことが絡んでいる。そんな匂いがする。
リリスはそれ以上に、気になることがあった。ルカだ。人付き合いの苦手で、素直でいい子そうに見える。十二人切りの話には興味がない。
しかし、あの漆黒の瞳の奥に、何とも言い知れない闇を感る。本人に自覚はあるのだろうか。
リリスは、色々考えているうちに、考えることがめんどくさくなった。南方人特有の気軽さで、さっさと終われば、当面はゆっくりできるという考えで、頭がいっぱいになった。給料分は働こう。
そう思いながら、リリスはローブの女の後を追った。
ルカが部屋で、今までの記憶をたどっていると、部屋の扉の向こうに人の気配を感じた。ノックされ、扉を開けると、ローブを着たミレイラが立っていた。
ミレイラは、こんばんわとあいさつすると、ルカに部屋に入っていいかと言った。
ミレイラが手配した部屋だ。それは勝手だが、リリスはどう思うだろうか。リリスとは、まだ会って半日。不愉快な思いはしないだろうか。
そう考えていると、リリスが帰ってきた。「お客さん?」というと、ミレイラと分かったのか、頭を下げた。「外は暗いですよ。そして傭兵の宿に来るなんて、あの爺さんに大目玉じゃないんですか?」と、楽し気に言った。
ミレイラは、少々きつめに「大丈夫です。ルカに用事があるだけです。」と、リリスにいった。
リリスは、申し訳ございません。と反省した素振りをみせて、食堂に居るからと言って、部屋から出て行った。
ルカはミレイラに改めて向き直ると、部屋に招き入れた。
テーブルも椅子もなかったので、ルカは床に座った。ミレイラはルカに、ベッドに座るように促した。二人はそれぞれのベットに座って向き合った。
ミレイラは、甲冑を選んでくれた件に礼を言った。ルカは、選び方を教えようとしただけだったのを思い出した。体に合わせなくてはならない。
手元の甲冑は、体に合わせるために、職人に調整してもらわないといけないと言った。
ミレイラは、素直に返事をすると、職人はどこにいるのかをルカに尋ねた。
ルカは返事に窮した。国なら帰れば沢山いるが、この辺には土地勘がない。
たぶん、市場に行けばいるかもしれないとしか答えることが出来なかった。
答えに窮した様子をみて、ルカにいきなり不躾な質問をしていまったと反省した。彼女は旅をしているのだった。
まずは、ルカを知ることからだ。
ミレイラは、なんのために旅をしているか聞いた。ルカは、東方にいる親戚を尋ねるためというと、領内なら、この護衛の仕事が終われば、馬車で送ってあげられると言った。
ルカは、また答えに窮した。東方の親戚などいない。とりあえず。ありがとうとだけ返した。
ルカは、この手の「差しさわりのない会話」が苦手だ。間者の女に、繰り返し訓練され、頭が変になる前に、相手が匙を投げた。
ミレイラはぎこちないルカの容姿に、勝手にルカが気を悪くしていると思った。
確かに、いきなり訪ねてきて、疲れているところに質問ばかり。
いきなり帰るとも言えず、時間だけが過ぎていく。
ルカは、ふと、リリスの投げかかてきた、彼女の一団についての疑問を思い出した。
ルカは、視察の時には傭兵はいなかったのに、帰る時だけ傭兵を雇ったのか尋ねた。
ミレイラは、騎士の老人が手配したので、理由は分からないといった。
ただ、傭兵はすぐに見つかったと言った。
ルカは傭兵が五人、すぐに揃うものなのか、あとでカインに聞いてみようと思った。