ミレイラ
出発は正午と決まった。
近くの町は素通りし、次の町には深夜に着く。商館長が手配済みだそうだ。傭兵はその町で探すそうだ。急ぐなら馬で夜通し走らせ、途中で野営すれば一日と半分で着く。
カインは、のんびりとした旅と報酬に、満足しているようだった。本当は素通りする町で傭兵を探したかったそうだが、妥協したそうだ。それに、宿泊予定の町の方が規模が大きく、傭兵もつかまりやすいと言っていた。
ルカは、自分の荷物をまとめ終わった。
この旅で情報収集を念入りに行おうと思った。これからは、向かう領地の事や内情、東国の領地の勢力地図、そして、有力者との関係構築と忙しくなる。間者の訓練を生かす時が来た。
間者の女からの教育を思い出しながら、別棟を出ると騎士の女が立っていた。
騎士の女はルカに歩み寄ると、助けてくれた礼を言った。そして、騎士の老人の無礼な態度を詫びた。
ルカが返事をする前に、騎士の女は自己紹介を始めた。名をミレイラと言った。父の体調がよくないとの知らせを受けて、母と急遽、近隣の町の視察から、領地のローレリアに帰る途中だと言った。
ミレイラによるとローレリアは東国を構成する代表的な三つの領地の一つに属していて、東国は三つの領地の代表たちの結束で成り立っている。その中でも父の存在は重要な役割を果たしているので、それゆえに旅を急いでいたと言いうことだ。
そして、無理な迂回で、ルカを危険にさらしたことを、改めて詫びた。カインの名前が出てこなかったのが不思議だった。
ルカは、なにもせずに情報が手に入ったことに満足した。情報収集は苦手で、手間が一つでも省けたことに安堵した。ルカは思わず「ありがとう」と、ユリアに礼を言った。ルカは、しまったと思ったが、ユリアはなぜか喜んでいる様子だった。
ミレイラは、使用人に命の恩人だからと言って、朝食と服を用意させたと言った。味と量は満足だったか、服は気に入ってくれたか、部屋は快適にだったかと矢継ぎ早に言ってきた。ルカは満足したと答えた。
そして、ミレイラはルカを見つめて、静かに、ひそやかに「あのことをは誰にも言っていません。言っても誰も信じないでしょうし」と、言った。確かに、自分の余計な情報はさらしたくない。今度はちゃんと礼を言い、これからも内密にすることをお願いした。ミレイラははずんだ声で、約束すると答えた。
ルカが別棟から外に向かおうとすると、ミレイラはどこへ行くのか尋ねられた。市場に行って、消耗品を買いに行くと言いうと、ミレイラも同行して良いかと言った。断る理由はなかったので、二人は市場に向かった。
市場ではルカは外套のフードを目深に被った。傭兵の襲撃が仕組まれていたとすると、迂回するしないにかかわらず、ここに立ち寄る事を見越して、仲間を置くだろうと思った。自身の存在を隠すに越したことは無いと考えた。しかし、ミレイラが市場に来ると、皆が声をかけ、挨拶をしてきた。そして、ミレイラはルカの後にくっついてくる。
目立っている。
間者の女が見たら激怒するだろう。彼女は、言葉の選び方や行動一つで、自身の命が脅かされ、更には国家の存亡にもかかわると教えられた。そのことの重要性がよく分かった。今度は断ろう。そう思った。
ルカは携行食と傷用の軟膏、熱さましの乾燥薬草、予備の皮手袋を買った。ミレイラは、一つ買う度に質問をしてきたので、非常に時間がかかった。携行食については、町を経由するので、食料は心配の必要はないと言ったが、不測の事態に備えると言うと、自分の分も買い求めた。
ルカはふと、ミレイラの甲冑を捨てさせたことを思い出した。そのことを詫び、新しい甲冑を購入して贈ると言うと、ミレイラはとんでもないと言った。
すでに、商館長から新しい甲冑が贈られているので、気にする必要はないと言った。それを聞いたルカは、あの甲冑は捨ててもよかった物かと尋ねた。そして、自分の身を預けるものを、自分で選ばないのは危険とも言った。
すると、ミレイラはうつむいてしまった。そして、顔を上げると、甲冑の選び方を教えてほしいとルカに願い出た。
早速、ルカは市場を見て回り、武具を扱う店を見つけるとミレイラを連れて入っていった。
中にはきらびやかな甲冑や剣、盾が飾られていて。主人はルカをみると、めんどくさそうに、何か買うのかと尋ねてきた。
ルカは主人に、彼女に合う武具を探していると言った。主人はその女性がミレイラだとわかると、カウンターから出てきて、やうやうしく頭を下げた。
主人はミレイラに凝った甲冑を勧めてきた。ルカがこれは駄目だと言うと、不機嫌そうにルカをにらんだあと、改めてミレイラに装飾と機能について、説明して勧めた。従者と勘違いしているようだった。
ルカは主人を無視して、軽量だが、肉厚で表面に波打つ突起のある小手。稼働範囲が広いく、首回りを守る形状のある肩当。首当と胴は腹部と胸部が分かれたもので、剣や矢を受け流すように、湾曲したもの。兜は視界が広く、首を守る部位が肉厚もの。脛当は小手と形状は同じだが、厚さは小手に比べて薄い物、最後にチェーンメイルは標準的なものを選んだ。
どれも機能的だった。盾と剣は、実力を見てみないと分からないと言った。
ミレイラは一つ一つの選んだ理由を聞こうとしたが、ルカは市場での質問攻めを思い出した。
出発に遅れるかもしれないと言うと、ミレイラは主人にすぐに商館に運ぶように言った。ルカが金の事を言う前に、ミレイラは主人が出してきた紙にサインをした。主人は、ミレイラに深々と頭を下げると、奥の男たち呼びつけ、箱に武具を詰め込ませた。
商館では、使用人たちが準備を整えていた。カインも終わっており、昼食を食べるだけになっていた。
カインがミレイラと一緒に歩いているのをみた。
ルカがミレイラと別れて、カインの方へ向かってきた。カインが何をしていたかルカに問うた。ルカはミレイラと市場で買い物をして、ついでに甲冑も選んでやったと言うと、雇い主と距離を置くべきとたしなめられた。ルカはうなずいた。
ルカとカインが別棟で昼食を食べ終わると、荷物を馬に積んで商館の出入り口で待機していると、騎士団が現れた。出口にひかえると、領主の妻と従者が馬車に乗り込んだ。そして、商館長が見送る中、騎士団と馬車は、傭兵を伴って商館を後にした。街道ではカインが先行し、馬車の先頭に騎士の老人。側面にもう一人の騎士とミレイラ。後衛にルカが続いた。
ミレイラは肩越しにルカに視線を送ると、申し訳なさそうに、少しだけ頭を下げた。
ルカは、あれだけ鉄の塊に包まれれば、斬られないだろうと思った。